29.理想の家
あれから、私は順調に回復した。
この家に来てから、毎日熟睡しまくっているからか、日本にいた頃より熟睡できているような気もする。
何というか、この家にいると『守られている』という安心感があるからかもしれない。
今日は倒れてから五日目である。
「ヒマだぁー…」
団長さんにはまだ、動き回るなと言われているから、この家から私は出ていない。
「ヒマだよー…」
こっそり外に出ようかと思ったが、私には団長さんの忠実な部下が見張りに付いている。
ゴローだ。
ゴローは私が動くと、どこにでも付いて来る。
トイレの時もお風呂の時も、ドアの外で待っている。
そうそう、お風呂には昨日やっと入れた。
なんと、この家のお風呂には浴槽があった。
今までいた客室には、シャワーは付いていたが、浴槽はなかったのだ。
騎士さん達は兵舎に大浴場がある、とは聞いてたけど、私が入りに行くわけにはいかないしね。
久しぶりの浴槽に浸かって、手足を伸ばした時はしみじみ幸せを感じた。
そして、その後に驚きの事実が判明した。
お風呂上がりに髪の毛をタオルで拭いていたら、団長さんが乾かしてくれたんだけど…
「メイ、そんなちまちまタオルで拭いていても、頭が乾かないだろう」
「へ?ドライヤーがあるの?」
団長さんがニヤリと笑って、私の頭に手をかざす。
とたんに暖かい風が頭を包んだ。
「え?」
「俺は風魔法と火魔法が少し使えるんだ。戦闘で使えるほどではないがこのくらいはできる。こうすれば髪も早く乾くだろう?」
「えーっ、え?団長さん、魔法が使えるの?
すごいすごい」
髪はあっという間に乾いた。
今までの私の苦労はなんだったんだ、と思うくらいにサラサラ髪になった。
魔法ってすごい!
「こんなもんか」
団長さんはサラリと私の髪に指を通すと、そのまま一房取ってキスを落とした。
…なんなの、あの人。
一緒に住んだら甘さが倍増してるんですけどー!
心臓がもたないんですけどー!
で、台所もちらっと見たんだけど、ステキだった。
なんと魔道具の冷蔵庫がある!
コンロも、オーブンもある!
あんな立派な台所があるんだから、何か作りたい!
と昨日、団長さんに言ってみたら、
「これからはメイはこの家に住むんだから、治ってから存分に使えば良い」
と言われてしまった。
ヨハン先生にも
「治ったら好きなだけ料理したらいいんじゃ。家は人が住まないと傷むからのう。もう婚約者なんじゃから、一緒に住んでも良いじゃろう」
と言われてしまった。
お家が傷んでいくなんて耐えられないっ…
そんな訳で、私はこのまま、この家で暮らすことになった。
「うん、ヒマだから台所チェックしよう」
軽く伸びをしてベッドから降りた。
そのままゴローと一緒に一階に降りる。
この家は一階に玄関入って右手にお風呂とトイレ、
廊下を挟んでリビングとつながったキッチン、その奥に客間と団長さんの寝室があり、階段を上がった二階の手前に私がいる部屋、廊下をはさんで二部屋がある。
理想的だ。ステキなお家すぎる…!
日本では両親が亡くなった後、私の実家で暮らしていた。
この家より小さく年季が入った3LDKの家だった。
自分の実家だから、あの家ももちろん好きだったが、この家はまさに私が描いていた理想の家に近いのだ。
今、あの家はどうなっているのだろうか?
健か美奈が暮らしているのかもしれない。
二人が今までどおり、あの家で暮らしているところを想像する。
でもそこに私とゴローはいないんだ…
そんな風景を考えたらズキリと胸が傷んだ。
ブンブンと頭を振り、感傷を振り払う。
…体が弱ってる時に心まで引きずられてはいけない。
私は台所の戸棚を開けた。
「すごい、充実してる…!」
食器は一揃いある。客をもてなす用のお茶のセットもお酒のセットもある。
この家の台所の備品は、元の住人から引き継がれたままだと団長さんが言っていた。
何よりも私が喜んだのは、ケーキ型があることだった。
こんなところに丸型、正方形、長方形のケーキ型が二個づつあるなんて!
「わー、大きいケーキも焼ける!」
蓋付きの金属のカップも十個ある。
これ、プリン作るのに良さそう!
しかも、前の住人は使わなかったのか、きれいな状態のままケーキ型やカップを置いていってくれている。
使ってみたい…!
思いついたらダメだった。
そうだ、プリン、プリンが食べたい!
しかし材料がない。
砂糖はある。でも卵と牛乳がない!
厨房に行けばあるのにー!
「ん?待てよ?」
私はゴローを見る。
フンフンと台所チェックをしていたゴローも私を見た。
「ゴロー、頼まれてくれない?」
その日、食事当番はニールとセインだった。
二人が厨房で作業していると、ゴローがトコトコとカゴを咥えてやってくる。
「おう、ゴローどうした?」
「カゴ持ってるな」
二人がゴローを見ると、カゴを落とした。
どうやら中を見ろということらしい。
「あれ?中になんか入ってるな」
カゴに入っていたメモ書きを開いてみると、メイからのメッセージだった。
セインがメモを広げて読む。
「なになに…今日の食事当番さんへ。
団長さんには秘密で、卵ニ個と牛乳一瓶カゴにいれてください、だって」
「なんか作る気だな。よかった、メイさん元気そうだな」
二人で顔を見合わせて笑いあう。
治った途端に何か作ろうとしているのがメイらしい。
「しかし…」
二人はおすわりしてハッハッと舌を出しているゴローを見る。
「卵はゴローに持たせるの危険だよな?」
カリカリ、とゴローがドアを引っ掻く音がする。
ゴローにカゴとメモを持たせたのは賭けだった。
ゴローがお使いできるかはわからない。
しかし、暇すぎてやってみようと思いついたのだ。
「おかえり、ゴロー」
ドアを開けると、ゴローかおすわりしている。
その横にカゴが置いてあった。
小さな野の花のブーケと、卵二個と牛乳一瓶がカゴに入っている。
中にメモが入っていたので、読んでみる。
「メイさんへ
体が良くなったみたいでよかったです。ゴローに卵を託すのは危険そうなので、配達しました。
ゆっくり休んでください。
セイン、ニール」
どうやら今日の食事当番のどちらかがカゴを持って来てくれたらしい。
このブーケはニールさんだろうなぁ、となんとなく思った。
ありがとう、と厨房に向かって手を合わせる。
ありがたやー
さて、これで団長さんが帰る前にプリンを作れるぞ!
まずはお湯をヤカンに少しだけ沸かす。
次に小さな鍋に砂糖を入れて焦がす。
私は苦目のカラメルが好きだ。
カラメルの色をよーく見極めて、少しのお湯を鍋に注ぐ。
ジョワーと熱湯が跳ねるので、お鍋の蓋でガードした。
うん、いい色!
洗っておいた金属カップ二つにカラメルを注ぐ。
わざと少しカラメルを残した鍋には牛乳を入れておいた。
こうすると鍋もきれいになるし、おいしいカラメルミルクになる。
卵と牛乳、砂糖を混ぜてザルで濾す。
バニラビーンズを入れたいところだが、この世界にあるかどうかわからないから仕方ない。
これでプリン液もできた。
金属の方にプリン液を流し入れる。
一つはプリン液だけのカップを作った。これはゴロー用だ。
さっき沸かした熱湯を蒸し器に入れる。
これで金属カップを蒸せば、蒸しプリンの出来上がりだ。
金属カップに蓋をして蒸していく。
料理用の砂時計があったのでひっくり返した。
数字を見るとどうやらこの砂時計は十分のものらしい。
十分加熱して、十分は予熱で火を通そう。
砂時計を一度ひっくり返して、プリンを確認する。
うん、ちゃんと火が通っている。
大きいボールに水を浅く入れて、プリンをそこにつける。
これで荒熱が早く取れるから、あとは冷蔵庫に入れればいい。
「ふふふーん」
気分が良くなった私は鼻歌を歌いながら、冷蔵庫にプリンを入れた。
カラメルミルクも瓶に入れて冷蔵庫に入れて冷やす。
鍋と調理器具を洗って片付ければ、証拠隠滅だ。
隣のリビングに行くと、何枚かの書類が置いたままになっていた。
一枚が風で飛んだので、拾って書類を重ねて揃える。
「ん?」
一番上の書類は団長さんのもののようだ。
生年月日が書いてあるのが見えた。
そういえば、団長さんの誕生日っていつなんだろう?
他の部分は見ないようにして、生年月日だけ見る。
なんと来月の末だった。
これは覚えておかなきゃ!
何かしたいもんね。
野の花のブーケは背の高いグラスに活けた。
すごくかわいい。
お茶を入れてニマニマとブーケを眺める。
お花なんて、母の日以外でもらったことはなかったな。
あ、一回だけあった。
子供達がアルバイトするようになって、最初の私の誕生日には花束をくれたっけ。
確か写真で残してあったはずだ。
部屋からスマホを持って来て開く。
…やはり充電は減っていない。なんでだろう?
不思議だが、わからないことはもう考えないことにしている。
私は画像フォルダから、子供達がくれた花束の写真を表示した。オレンジと黄色の花束。
この花束をもらって、その後は子供達と焼肉に行ったな。子供達がごちそうしてくれたんだ。
思い出すと、少しだけ涙が溢れた。
ガチャ、
その時、玄関が開いて団長さんが帰ってきた。
「メイ、起きてて大丈夫なのか…って、どうしたんだ、泣いてるのか?」
あわてた団長さんが大股で私に歩み寄ってくる。
涙でぼやけた視界のまま団長さんを見る。
足、長いなぁ…
「どうした?体がつらいのか?熱は?」
団長さんはオロオロとしながら、私の涙を拭き、額に手を当てた。
「熱くはないな…ヨハン先生を呼ぼうか?」
「違うの!体は大丈夫!先生に来てもらわなくて平気!」
あわてて答えてスマホを見せる。
「このブーケ見てたら、子供達の事を思い出しちゃっただけなの!」
ほら見て、とスマホの中の花束を見せる。
「…花束…」
ささやくような声で団長さんがつぶやく。
「そう、花束。子供達が買ってくれたの」
団長さんはじっとスマホを見た後、額に手を当てて
しゃがみこんだ。
「どうしたの?具合悪いの⁈」
まさか私の熱が移ったんだろうか。
どうしよう!
あわてて団長さんの顔を覗き込む。
「違うんだ…そういえば、俺はメイに花の一つも贈っていなかった…」
あ、そういえばそうかも。
団長さんはなんだかすごく落ち込んでいる。
「この世界では俺が一番にメイに花を贈りたかったのに… このブーケは団員からだろう?
…先を越された…」
「え、そんな落ち込まなくても…」
どうしていいかわからなくて、手を出したり引っ込めたり、私もオロオロしてしまう。
「プロポーズの時は、せめて花束くらいは用意するもんだ、とオスカーにも言われたのに…」
ズーンと音が出そうなくらい、団長さんがさらに落ち込んでしまった。
オスカーさん、そんなこと言ってたのか。
「だ、大丈夫だよ?私は花束にこだわりはないし!
騎士さん達だって、私には子供とか弟みたいなものなんだし!」
団長さんの肩をポンポンと叩きながら主張してみた。
「…子供、弟…そうだな、家族からの花束だと思えば良いのか」
「そうそう!」
やっと体を起こして、私と向き合った団長さんと両手をつなぐ。
「だから!いつか花束もくれたらいいよ!そうだ、結婚記念日にくれたらいい!」
ブンブン、と手を振りながら言ってみると、団長さんの気分がやっと少し浮上した。
「そうだな。これから結婚記念日には、毎年大きな花束をメイに送ると誓おう」
「それがいいよ!と、ところでお腹は空いてない?」
「ああ、夕食を取りに行って来よう。メイは食べられそうか?」
「うーん、動いてないからあんまりお腹空いてない。スープだけで…」
あ、ダメだ。また団長さんの目が心配の色を帯びてしまった。
「パン!パンも食べます」
「そうか、じゃあ持ってくるから待っててくれ」
そう言って、また団長さんはいそいそと家を出ていった。
「…なんか団長さん、キャラ変わってない…?」
くぅん、とゴローが鼻を鳴らした。
団長さんが運んできてくれた夕食を食べ終わった。
騎士さん達は料理の腕を上げたのがよくわかる。
この世界に来て最初に食べたしょっぱいスープを思い出して私はくすりと笑った。
団長さんがお茶を淹れようとした時、私は待ったをかけた。
「どうしたんだ?」
団長さんかティーポットを片手に首を傾げる。
ちょっとかわいい。
「今日は、デザートがあります!」
「デザート?作ったのか?」
あ、まずい。団長さんの眉間に皺が寄った。
「ごめんなさい!暇に耐えられなかったの!
でもこの家からは出てないの!セインさんとニールさんに聞いてもいい!」
そして私はゴローのお使いの話をした。
団長さんは、ものすごく感心して話を聞き、ゴローを褒め称えた。
「いつも熱を出した時はプリンを食べてたの。
どうしても食べたくなっちゃって。
団長さんと一緒に食べたかったの」
団長さんはふむ、と黙り込む。
「…そうか、それなら仕方ないな。
メイの性分を考えてなかった俺のミスだ。
せっかく作ってくれたんだし、そのプリン?とやらをいただこう」
私はブンブンうなずく。
「うん!食べよ食べよ!あとね、カラメルミルクって飲み物もあるの」
いそいそと冷蔵庫に向かい、プリンを取り出す。
そして、団長さんの前でお皿にプリンをひっくり返した。
「これを…こうやって…はい!これがプリンです」
「おお、プルプルしてるな」
「こっちはカラメルミルク。飲んでみて?」
団長さんがカラメルミルクを一口飲む。
目を見開いて、黙ってもう一口飲んだ。
これは、きっと気に入ってる時の反応だ。
「…うまいな。甘すぎない。香りもいい」
「うんうん、プリンも食べてみて」
うれしくなって、勧めてみた。
団長さんはそっとプリンを掬って口に運ぶ。
「…!」
さっきより目が見開いて、プリンを凝視している。
「…これは、なんて危険なんだ」
「はい?」
「無限に食えそうだ。うまい!」
そう言う割には、大事そうにちびちびとプリンを食べている。
「でね、できればでいいんですが…
このプリンを大きい型で作って、皆に食べてもらいたいと思ってるんで…るの。
迷惑かけちゃったお詫びに。
砂糖は私の私物があるんだけど、卵と牛乳も在庫から個人で購入できますか…で、できるかな?」
いかんいかん、普通に話すんだった。
頼み事をしようとしたから、ついうっかり敬語に戻りそうになった。
団長さんがきっぱりと言う。
「皆で食べるものなんだから、砦の材料を使っていい。これを作るのにも手間がかかるだろう?
それに、誰も今回のことを迷惑だ、なんて思ってないからな」
よかった、プリンに夢中で私の変な口調には気づいていないみたい。
うーん、でも良いんだろうか。
まあ、大人数分作る分の手間賃が迷惑料、と思えば良いのかな。
「ありがとう。そしたら、明後日の仕事復帰の時に皆に出したいから、明日、材料持って来てもらっても良いかな?」
ヨハン先生からは、もう仕事に戻ってかまわないと昨日言われたのだ。しかし心配症の団長さんがもう一日は休めと言って、明後日の復帰が決まった経緯がある。
「ああ、明日の午前には俺が持って来よう」
「うん、皆をびっくりさせたいからナイショね」
ふふ、と笑いかけると、団長さんも笑った。
大きいプリン、上手に出来たらいいなぁ。




