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四十五歳、犬と異世界で砦暮らし  作者: 綾瀬たまき
第一章
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1.北の砦の来訪者

 リリン、リリン。

 砦に鈴の音が響くのはいつも突然だと聞いてはいた。

 私が聞くのは初めてだけど。

 こんなにきれいな音がするんだ。

 私が来た、あの日もそうだったのかな?


 誰かが廊下を走っている。

 砦全体が騒々しくなった。

「来訪者です!北東の斜面!」

「あそこは足場が悪い!急ぐぞ!」

 廊下から聞こえる声に、食堂にいた今夜の当番の騎士達が慌ただしく出ていく。

 私も廊下に出て、騎士達を見送る。

 先頭には見慣れた大きな背中。

「団長さん!…お願いします!」

 声をかけると、団長さんが振り向いてうなずいてくれる。


 彼らを見送った私はしゃがんで、犬のゴローを撫でる。

「どんな人が来るのかな」

 ゴローは私を見上げ、パタと一度だけ尻尾を振った。

「さて、私もやりますか」

 厨房に戻り、小さな塩むすびを二つ握る。

 鍋に水をはり、味噌汁を作る。

 今日の具は玉ねぎと葉物にしよう。

 味噌を溶いていると、食堂に残っていたロイドさんから声がかかる。

「それ夜食っすか?」

「うん、みんなの分と、今日来る人にも食べてもらおうと思って」

「…今日の人、食べられるといいっすね」

「そうだね、ケガもないといいんだけど」


 一時間くらいした頃だろうか、足元にいたゴローがピクリと耳を動かして食堂から出ていく。

 私も続いて廊下に出ると、騎士達が戻ってくるのが見えた。

 騎士達の真ん中に、若い女性。

 肩にかけられた毛布をギュッと握っている。

 握った手の白さで彼女の不安と心細さがわかった。


 その後、女性は食堂に連れられてきた。

 医務官のヨハン先生の診察が終わって、問題がなかったのだろう。

 椅子に座り、真っ青な顔をしている。

 髪の色、顔立ちからして日本人に見えた。


 私はおにぎりと味噌汁を持ち、彼女のもとに向かう。

「これ、よかったらどうぞ」

 私の声に弾かれたように頭を上げた彼女は目の前に置かれたものを見て声を出す。

「え?おにぎりに…味噌汁…」

「こっちの世界のもので作ったから、ちょっと日本とは違うかもだけど」

 少しでも安心してもらえるように声をかけると、彼女は放心した顔で私を見つめる。

「あの、ここ、どこですか? 日本ですよね?」

 そうだよねぇ、こんな状況なんて訳わからないよねぇ。

「残念ながら、日本じゃないの。私たちがいた世界とも違うみたい。いわゆる異世界ってヤツなの」

「異世界…? やだ嘘、そんな、からかってるんですよね?」

 彼女の顔は真っ青を通り越して白くなっている。

「からかってないよ」

 なるべく、彼女を刺激しないように落ち着いて話す。

「私も日本から来たの。東京の西の方からね」

「ここに住んでるんですか…?」

「うん、ここで働いて暮らしてる。とりあえずここは危険な場所じゃないから安心して。ヨハン先生には診てもらった?白い髭のおじいちゃん先生」

「はい、診てもらいました。あの、ここは一体…?」

「ああ、ここは北の山の砦。さっきあなたを助けに行った人たちはここの騎士団だよ」


 そこまで話したところで、食堂に団長さんが来た。

 身長は百九十センチくらい。がっしりした体型で、顔には古い傷跡がひとつ。

 うれしそうに寄ってきたゴローの頭をひとつ撫で、まだ起きてたのかと話しかけている。


「あの大きい方は…?」

「あの人がここの団長さん。コワモテだけどいい人だから大丈夫」

 団長さんはそのまま私たちのところに来る。

「少しは落ち着いたか?」

「はい、助けてくださってありがとうございます」

「気にするな。ケガがなくてよかった。腹は減ってないか?」

 彼女に話しかけている団長に、厨房からトマスさんがおにぎりと二人分の味噌汁を運んでくる。

「こっちは団長の分ですよ。

 あとそっちの味噌汁、冷めちゃったと思うんで、交換します」

 トマスさんも騎士らしく大柄だが、よく気がつくタイプなのはこういう時にありがたい。

 彼女の味噌汁を新しいものに交換すると、ふわりと味噌の香りが漂う。

「いいにおい… いただきますね」

「うん、熱いから気をつけて」

 少し緊張が緩んだのか、彼女が味噌汁を一口飲む。

 ほっと息をつき、塩むすびも口にする。

 そしてまた、味噌汁を一口。

「おいしいです」

 ぎこちない笑顔だけど、ちゃんと顔を見てくれた彼女にほほえみ返す。

「よかった。おかわりもあるからね」


 一口、二口。

 彼女は味噌汁を飲んで、塩むすびを食べた。

 それまで張りつめていたものが、そこでようやく切れたのかもしれない。

 塩むすびを食べていた彼女の瞳から涙が流れた。

 泣きながら、それでも彼女は塩むすびを半分食べてくれた。

 まだ彼女は混乱の極みにいることだろう。

 きっとあの日の私のように。

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