最終話 欺き合い
最終話 欺き合い
あと9日…
あと8日…
家事を終え、ソファでのんびりしていると、サキからメッセージがきた。
『よっ。しばらく忙しくて連絡できんくてごめんね!』
そんな内容だった。
サキとはしょっちゅう連絡を取ってたのに、ここ2〜3ヶ月、サキからの返事がまちまちになっていた。
『もー、心配した』
『ごめんてー』
『元気なの?』
『元気元気』
時間を確認すると午後2時過ぎ。
休憩時間とかでもなさそうだから、きっとサキは休みなんだろう。
『ならいいんだけど』
『報告がありまっす!』
『なに?』
『彼氏ができました!』
前に失恋したと言ってたのに、どゆこと?
『実ったの?』
『違う人』
『だれ?』
『うふふ』
『もったいぶんな』
『むふふ』
『もったいぶんな』
『タツヤ』
タツヤ…
タツヤってあのタツヤ?
『ホントに?』
『ホントホント』
めっっっちゃ……
嬉しいんだけど。
大好きな2人がくっつくだなんて。私にとってはこの上なく嬉しい出来事だ。
すぐにサキに電話をし、詳細を聞いた。
どうやらよくある流れのようだった。
サキが失恋を吹っ切れずにいた時、ずっと支えていたのがタツヤだったらしい。
その姿は安易に想像できた。タツヤは優しいから。
それで気付けば好きになっていたと、サキは照れながら話していた。
…別に羨ましくなんてない。
いや…
嘘だ。
少し羨ましい。
そう思うのは2人が純愛だからだ。
私たちとは違って、2人には“歪み”がない。
だからといって、私は今のこの生活を壊す気はないし、自分の選択を後悔してもいない。
ただ少し…
2人のことが眩しく見えてしまったんだ。
夜になり、りっちゃんが帰ってきた。
いつも通り一緒に夜ご飯を食べる。
目の前のりっちゃんは、美味しそうに私の作ったご飯を食べている。
この人は…なんで普通に声をかけてくれなかったんだろう……
なんで…
あんな手段を選んだんだろう。
「あと1週間だね」
もし普通に出会っていても、私は今みたいにりっちゃんのことを好きになっていたのかな?
「彩葉?」
もしかしたらこんな形だったからこそ、私はこんな感じになって、こうやってりっちゃんのことを愛しているのかな?
「彩葉っ」
「…え?」
「もう、さっきから声かけてんのに」
「ごめん」
「考え事?」
「…あ…サキとタツヤが付き合ったんだって」
りっちゃんはそれを聞くと笑顔になった。
どうやら誤魔化せたようだ。
「そうなの?」
「うん。今日サキから教えてもらった」
「よかったねっ。彩葉の大好きな2人がくっついて」
本当に嬉しそうにりっちゃんは笑っていた。
食事中は、2人の話題で盛り上がった。
ご飯を食べ終わると、りっちゃんはシャワーを浴びにいった。私はその隙に洗い物を済ませ、それからソファに座った。
もし私たちが普通に出会っていたら、私はここまでりっちゃんに執着しなかったかもしれない。こんなにまで好きにならなかったかもしれない。
私たちにとっては、これが必然だったのかも?
いや。
そんなの狂ってる。
それでも…
「あと1週間だね」
「ご飯行くの?」
「そ」
シャワーから出て来たりっちゃんは、タオルで頭を拭きながら隣に座ってきた。
「楽しみ?」
「そりゃ楽しみだよ。りっちゃんがせっかく予約してくれたんだもん」
当日が楽しみなのは本当だった。
それにりっちゃんも楽しみにしているようだったから。
だから私も楽しみに…
あと7日…
あと6日…
あと5日…
「彩葉、当日これ着て?」
りっちゃんが休みの日、おもむろに紙袋を渡してきた。
中を見てみると、綺麗目なワンピースだった。
「これ…」
「あとこれ」
それからりっちゃんは箱を手渡してきた。
「なに?」
「開けてみて?」
私は箱にキレイに装飾されているリボンを解くと、箱をゆっくりと開けた。
「…ネックレスと…ピアス?」
「うん。どう?」
「かわいい」
それはとてもシンプルなものだった。
一粒ダイヤのネックレスに、ピアスは揺れるタイプのもの…
「当日はそのワンピースと、そのネックレスとピアス、婚約指輪もつけてね?」
やっぱり高級店に行くのかな?
「りっちゃん、私テーブルマナー…」
「ううん。そういうところには行かない。大丈夫だから気にしないで?」
じゃあ、こんなに着飾ってどこに行くっていうの?
「あ」
「なに?」
「靴ないよ?このワンピースに合うようなやつ」
私がそう言うと、りっちゃんは“しまった”というような表情をした。
こんなりっちゃんをあまりみたことがなかったから、すごく新鮮に見えた。
「今日っ」
「へ?」
「今から一緒に買いに行こう?」
あれ?こんなに焦ってるりっちゃん初めて見た。そう思うと面白くなってしまった。
「あははっ」
「なに?」
「ふふっ」
「なになに?」
「はははっ」
一度笑ってしまうと、止まらなくなってしまった。
りっちゃんはずっと「なに?」、「なんで笑ってんの?」、「ねぇ彩葉っ」、などと言っていた。
始まり方なんてどうでもいい。そんなの関係ない。私たちは…私たちなりにちゃんと“重ねて”きているじゃんか。
あと4日…
あと3日…
あと2日…
あと…1日…
とうとう明日だ。
私はいつもよりもスキンケアを念入りにすると、眠りについた。
当日はメイクが終わると、りっちゃんからもらった上品なワンピースに身を包み、ネックレス、ピアス、婚約指輪も身につけた。
髪の毛もワンピースに合わせてセットし、鏡で確認してみる。
変じゃ…ないかな?
なんだか私っぽくないな…
そこへりっちゃんが私の様子を見にきた。
「……めっっちゃかわいい……」
「……」
「彩葉、すごく似合ってる。メイクも似合ってるるよ」
「…本当?」
「…うん」
あ…
まただ…
またりっちゃんはあの顔をしてる。
少し切ない顔。
でも表情はとても穏やかで優しい笑顔。
なんでそんな顔するの。
「もうすぐ出るけど準備はいい?」
「うん」
私は荷物をまとめると、2人で家を出た。
今日は車ではなく電車だった。
こんな格好したことがなかったから、恥ずかしかった。それに周りと比べると浮いているような気がして、こそばゆかった。りっちゃんもカジュアルスーツに身を包んでいた。
電車を降り、りっちゃんに手を引かれて歩いていると、雰囲気のいいレストランに辿り着いた。
店員さんに案内され、とある部屋に通されると──
「「「彩葉、律さん、結婚1周年、おめでとうっ」」」
……え……?
通された個室はそこそこ広く、そこにはサキ、タツヤ、ユイナ…なんかの地元の友達8人、それからヤマダさんがいた。
何これ……
「驚いた?」
隣にいたりっちゃんが、そう声をかけてきた。
「どういうこと?」
「サプライズ。俺たち結婚式しなかったでしょ?」
「うん…」
「だからね、タツヤくんに相談してたんだ」
「え?」
「彩葉にサプライズをしたいから、みんなで集まれないかって。彩葉の仲のいい子を集めて、結婚祝いをしてやれないかなって、相談してたの」
いつの間に…
「タツヤの連絡先知ってたの?」
「サキちゃんに教えてもらった。ちなみにサキちゃんにも協力してもらったんだ」
だからこのワンピース…
白なんだ…
私には可愛らしすぎるって思ってた。
でもりっちゃんはこの日のために…
思わず目頭が熱くなった。
「ホントはね?美容室も予約しようと思ってたんだけど、それはサキちゃんに止められたんだ。“それだと彩葉が警戒する”って」
サキはよく私のことわかってんな。
「どう?久々にみんなに会えて」
「…嬉しい。ありがとう」
私は、私らしくないことをした。
みんなの目の前で、りっちゃんに抱きついた。
すると周りからは“ひゅー”だとか、“おぉぉぉ”だとかの歓声が上がっていた。
それからタツヤが仕切り、りっちゃんが簡単な挨拶をすると、またタツヤが仕切り、みんなで乾杯をした。
みんな…私たちのことを祝ってくれた。
しばらくすると、みんな好き好きに食べたり飲んだりして、楽しそうにしていた。
「お前幸せもんだな」
そう言ってきたのはタツヤだった。
「…そう見える?」
「見えるも何も、もう前と全然雰囲気違うぞ?柔らかくなった」
自分じゃわからなかった。
「それって、前まではキツかったってこと?」
「まあ、どちらかというと?でもキツいというよりは、少なからず近寄り難さはあったと思うよ?壁があったっていうか」
そうなんだ。全然気が付かなかった。
「それに長谷川さん」
「ん?」
「彩葉のために、サプライズしたいから協力してって、何ヶ月も前から俺に相談してきたんだぜ?」
…私の知らないところで、こんなことが進められてただなんて…
「大事にされてんだな」
「…うん」
「ははっ。すっかり“女の子”だな」
「もうっ。からかわないでよっ」
タツヤとそんな話をしていると、りっちゃんが来た。
「どう?楽しんでる?」
「うん。すごく楽しい。ありがとね」
「…すごく綺麗だよ」
真面目な顔をしてそんなことを言われ、私は顔が熱くなるのを感じた。
「ちょっともう…やめてよ…」
「ははっ。かわいっ。彩葉すぐに耳が赤くなる」
もう…
恥ずかしい…
そう思っていると、ヤマダさんがこちらに近づいてきて、りっちゃんの肩に腕を回すと、ユイナちゃんの方へ向かって行った。その間、りっちゃんは「放せ」、「やめろ」などと言っていて、普段見られないりっちゃんの姿を見れて微笑ましかった。
次に私のところに来たのはサキだった。
「こんのぉっ。幸せ者めっ」
サキは左の肘を私の脇腹目掛けてウリウリとしてきた。
「りっちゃんさぁ、結構前からこの計画立ててたんだよ?」
タツヤもさっき、そう言っていた。
「そうみたいだね」
「ある日突然、彩葉にサプライズしたいからタツヤの連絡先教えてって連絡がきたんだから」
「へー…でもなんでタツヤ?」
「タツヤはまだ地元にいるじゃん?だから地元の友達を集めやすいって思ったんじゃない?それに男同士だとやっぱ、相談しやすいんじゃないかな?」
なるほど。それもそうかもしれない。
「でもサキも色々協力してくれたんでしょ?」
「そこはまぁ、私は彩葉をよく知る女の代表としてねえ?」
サキは誇らしげにしていた。
しばらくサキと話していると、自然と地元の友達が集まってきて、気がつけばみんなで話ていた。
そんな私の姿を、少し遠くからりっちゃんが見つめていた。
隣にいるヤマダさんと話しながら…。
帰る頃には、私は酔っていた。
ふわふわとしていた。
家に着くと、すぐりっちゃんに抱きついた。
「飲み過ぎちゃった?」
りっちゃんの声が耳に届く。
「ふふっ」
「酔っちゃったね」
「ははっ」
「明日はゆっくり寝なね」
「りっちゃんもー?」
「俺は仕事」
「やだっ。りっちゃんもっ」
「んーもう…可愛いこと言わないで」
「りっちゃんも……」
「うん。わかったから」
「りっちゃんも?」
「…うん…」
私はこのあと、りっちゃんのことをベッドに押し倒した。
次の日…
目を覚ますとりっちゃんの姿はなかった。
時間を確認すると午後10時…
完全に寝坊だ。
スマホを確認するとりっちゃんからメッセージがきていた。
『今日は俺がご飯作るからゆっくりしててね』
……。
なんで……この人はこんなにも優しいのだろう。
『寝坊してごめん。夕飯はちゃんと用意する』
『いーの。彩葉はゆっくりしてて』
『大丈夫だから』
『わかった。無理だけはしないでね』
……好き……
こんなの好きになっちゃうでしょ。
私はいつも通り家事をした。
それからにゃんずたちと遊び、ソファに座る。
昨日のことを思い出しながら、昨日撮った写真を眺める。
……私、幸せそう……
いや…
違う……
私たちは幸せなんだ……
私は今日もりっちゃんの帰りを待つ。
りっちゃんからの“帰るよ”メッセージを待つ。
もうそろそろかな……?
そう思ってるとスマホが震えた。
『帰るよ』
私はそんなりっちゃんからのメッセージを見て、夕飯の準備を進める。
ふとスマホを手に取り、りっちゃんの位置情報を確認する。
きっと今は電車に乗っているんだう。そんな感じのスピードで、りっちゃんの場所を示すドットは動いていた。
しばらくすると、りっちゃんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりっ」
私は昨日の余韻がまだ残っていた。
昨日の…幸せの余韻……
だからりっちゃんが家に入って来るなり、すぐに抱きついた。
「おっ、まだ甘えん坊の彩葉か」
「だめ?」
「だめじゃないよ。いいよ」
りっちゃんはそう言うと、優しく私を包み込んだ。
きっと……
私とりっちゃんの位置を示すドットは、今ひとつに重なっているだろう。
私たちは……
世界で1番、お互いを愛し合っている。
そして──
世界で1番、お互いを欺き合っている。




