第70話 生ハムとキュウリとピーマンと玉ねぎのレモン醤油マリネと、豚玉ニラモヤシ
俺は冒険者ギルドを出ると、先に職人ギルドに向かった。商標登録の完了報告を受ける為だ。最初にネジ山付きのクギとプラスドライバーの登録を行った際は、俺自身の職人ギルドへの登録がまだだったので、職人ギルドに直接向かう必要があったが、登録証があれば商人ギルドに申請時に、同時に商人ギルドが登録申請の手配をしてくれる。
商人ギルドよりも時間がかかるので、そのまま放置してしまっていたのだ。まあ、売るだけなら商人ギルドで事足りるからな。
だが勝手に俺の商品を職人ギルドに申請する人間がいた場合、今後売る時に俺が利用料を支払うことになってしまう。俺は登録が終わった分の許可証を受け取った。
ネジ山付きのクギと、プラスドライバー以外は、まだ登録申請中のままだったが、申請さえしておけば、勝手に登録申請されることはないので、許可を受けるのはいつでも構わない。許可がないと売れないわけでもないからな。あくまでも、他人の褌で相撲を取る人間に対策をしているというだけだ。
そしてそのまま、盾の製作状況を確認すべく、ヴァッシュさんの工房へと向かった。
中に入ると受付でいつもの若い職人が対応してくれ、今日は親方ですか、ミスティさんですか、と聞かれて、ヴァッシュさんをお願いしますと言った。若い職人が引っ込んで、代わりにヴァッシュさんが出て来た。
「おお、来たな。盾か?出来とるぞ。」
とヴァッシュさんが嬉しそうに言った。
「よく分かりましたね?」
まだ何も伝えてないんだがな。
「そうそう新しいモンを作って欲しいなんてこともないだろうからな。
時間がかかってすまんかった。」
「いえ、大きなものですし、そこまで急いでもいなかったので。」
手を上げて小さく手を振り、否定と遠慮のジェスチャーをする俺に、
「なんじゃ、そんなにクエストを受けとらんのか?普段から防具を付けてないところを見ると、盾が防具の代わりなんじゃろう?」
とヴァッシュさんが不思議そうに言った。
確かに冒険者を本業にしている人たちは、日頃から何かしらの防具を身に着けているものだからな。普段着のままで行動している俺を見て、冒険者ギルドの受付嬢が心配したのも無理はないのだ。裸装備で挑むのが好きなゲーマーでもない限り、ここでの防具なしは本当の死に直結するわけだからな。
「冒険者は本業というわけではないので、たまに食べたい魔物がいる時に、狩りに行く程度ですね。だからいずれ必要になるだろうということで、お金に余裕があったので作った感じです。」
「だがAランクともなると、そうもいかんじゃろう?お主はなにかあったら冒険者ギルドに呼び出される立場なんじゃからな。」
「そうですね、俺もその可能性を踏まえて作成を依頼したんですが。
まあただ、今のところは、あの盾が必要なほどのクエストに呼び出されたことはないですね。この先は分かりませんが。」
冒険者ギルドに一度呼び出されたが、現地調査のみでそのまま逃げてきたしな。
「なあに、ジョージならすぐにSランクまで上がるわい。オリハルコン銃を使いこなし、この盾まで手に入れたんじゃからな。
それに今まで製作状況を尋ねもしなかったのに、急にこいつを取りに来たってことは、こいつが必要なくらいの魔物に挑むってこったろう?」
さすが冒険者に長年武器装備を作って来たベテランの職人さんだ、察しが良いな。
「はい、Aランクのイエティの変種が出たらしく……。Sランクかも知れないので、まずは調査に行くことになりました。
一応、調査とはいえ、何があるか分からないので、盾が出来ていたら、持っていこうと思いまして。」
「──イエティ?雪山の魔物じゃろう?
この時期に活動してるなんてのは、聞いたことがないんじゃが……。」
ヴァッシュさんが首をかしげる。
「パーティクル公爵領に、万年雪が一部降っている山があるそうで、そこに住んでいると言われました。変種が原種を襲っているらしく、様子がおかしいと。」
「魔物が魔物を襲ってるじゃと!?
そいつは確かにおかしいわい……。
まるで子どもの頃に、ワシの親父から聞いた、瘴気が蔓延した時かのようじゃ。」
ヴァッシュさんが首をかしげる。
「それは、以前この国に、勇者様と聖女様が現れた頃のことですか?」
「ああ、瘴気に取り憑かれると、魔物は凶暴化し、普通の動物まで、放っておくと魔物になっちまう。人間もおかしくなるらしくてのう。そして仲間を襲い出すんじゃ。
瘴気に取り憑かれた生き物は、みな一律に黒い靄がかかったような姿をしていたそうじゃ。そして本来よりも強くなる。」
前回の勇者様と聖女様が現れた時は、コボルトたちがそうなって、聖女様に瘴気を払ってもらったんだっけか。
「もしも万が一同じ状況になっているんだとしたら、ことはお前さん一人の手には、負えんかもしれんぞ。」
ヴァッシュさんが心配そうにそう言った。
「そうですね、もしも瘴気が原因であれば、聖女様の降臨を待つしかないのかも知れません。今回は様子見で、倒せるなら倒して欲しいとの依頼なので、無理はせず、瘴気が原因であると報告して、帰るだけにしますので、心配しないで下さい。」
「そうか……。ならいいんじゃが。」
盾の代金の精算をお願いすると、ヴァッシュさんが若い職人を呼びに一度裏に引っ込んで、再び若い職人が受付に立った。
そしてそろばんになにかついたような計算機を取り出すと、パチパチと計算を始め、内金を引いた盾の残金を、中白金貨1枚と、小白金貨7枚です、と告げる。
家庭用自動食器乾燥機能付き洗浄機の開発代金を内金から引いて貰ったとはいえ、既に内金として中白金貨を10枚も支払っているのにこの金額だ。
……さすがオリハルコンの使用量が、オリハルコン銃とは比べ物にならないだけのことはある。素材だけでも相当するのだろう。
まあ、魔法耐性も付与して貰ったし、普通の盾にはない、ライフルを入れられる覗き穴と、盾をそのまま立てて使うことの出来る、裾足なんてのも付けてもらったし、特注料金なんだろうな。
こんなの注文するのは、俺ぐらいだろうから、既製品の型は使えないだろうしなあ。
トレント討伐とルピラス商会で稼いでおいて良かった。普通のクエストだけじゃ、絶対に今年中に手に入らなかったぞ……。
それどころか、盾の購入代金に所持金全部を持っていかれて、コボルトの店を開くためのお金がなくなってしまうところだ。
「そういやお前さん、あれからオリハルコン弾をまったく買いに来んが、あまりクエストを受けてないとは言っても、そろそろ必要なんじゃないのか?」
ああ、一度作って貰ってからは、毎回能力で出しちまってたからなあ。
工房に立ち寄る事があっても、弾を買うという発想がなかったのだ。
ヴァッシュさんは俺が弾を自作できることも、日頃は弾を再利用していることも知っているが、普通素材となるオリハルコンを手に入れるのは難しいし、オリハルコン加工用の魔道具を購入してないからな。
あんまり買わないのもおかしく思われるよな、今回は買って帰ろう。
「ああ、そうですね、オリハルコン弾を2ケースお願い出来ますか?」
「そう言うと思って作っておいた。ほれ、盾を買って貰ったことだし、金はいい。」
そう言って、ヴァッシュさんはオリハルコン弾を8ケース分渡してくれた。
「──こんなにたくさん?」
「火、水、風、雷、土、聖、闇属性をそれぞれ付与した弾だ。それとコイツは、防御力低下の特殊弾じゃ。
前回は火属性のみ買って行ったが、変種のSランクともなると、属性不明なことが大半じゃからな。万が一戦うとしたら、全属性が必要になるじゃろ。」
確かに何の情報もないSランクの魔物ともなると、最悪逃げられないよな……。
俺は武器以外は普通の人間だから、武器の火力以上に魔物が強かった場合、逃げる手段がなくなってしまう。
動物だって俺より力も強ければ足も早い。魔物はそれ以上なのだから。
「強化魔法を使う奴が相手なら、防御力低下の無属性魔法が使えんと、攻撃が通らん可能性もあるわい。
Sランクは魔法を使う魔物も多いからな、持っておいて損はないじゃろ。」
「ありがとうございます。
大切に使います。」
「もったいぶらずにどんどん使え。
金をケチることは、命をケチることだと思うんじゃ。それが生き残るコツとも言える。
ギリギリまで回復薬を飲まずに、死んじまう若い冒険者は、毎年あとをたたんのだ。
備えは多ければ多いほどいいからな。」
「肝に銘じます。」
確かにゲームをしていた時は、それでよく死んだな、ということを思い出し、俺は苦笑しながら、オリハルコンの盾とオリハルコン弾をマジックバッグにしまい、ヴァッシュさんの工房をあとにした。
今日はさすがに色々回りすぎて疲れたし、山に向かう馬車も微妙な時間だ。急に向かって宿が取れなくても困るしな。
明るいうちに下山することを考えると、朝から山に登りたいから、早い時間に向かって宿を取って、次の日の朝から山に登るのがいいだろう。
最悪山で泊まりになった場合、パーティクル公爵家の別荘に泊めてくれるかも知れないが、管理人が近付けないんじゃ、中に誰もいなかった場合、ドアの鍵を開けてくれる人がいない可能性があるからな。
キャンプ道具を出すことは出来るが、慣れない雪山で泊まるのは出来るだけさけたい。
俺は家に向かう馬車に乗った。
家に入ってすぐ、カイアをマジックバッグから出してやる。
「ずっと入れててごめんな、ようやく家に帰ってきたからのんびりしよう。」
カイアはあたりを見回して、ここが家だ分かると、まっすぐ窓際の植木鉢に向かった。
そこによじ登って根っこを土に入れる。
一日一回はそれをしているんだが、ご飯だけじゃ栄養が不足しているのだろうか。
それとも、トイレの代わりなのかな?
カイアは人間のトイレを使わないが、俺たちと同じものを食べる。それがどこに行っているのかが、いつも気になってたんだよな。
かといって、土の中に排泄物があるのかというとそういうわけでもない。
まあ、植物は消化管がないから、そこを通らないってだけで、食虫植物みたいな、硬いものを食べる植物は、消化しきれなかったものを捨てるって行為はするんだよな。排泄物とは違うけど。
いつかカイアが話せるようになったら聞いてみたいなと思った。
しかし朝食べたきりだから腹が減ったな。
外で食べようかとも思ったが、カイアにもご飯を食べさせないといけないし、カイアだけ食べさせるときっと気にするだろうなと思って、帰ってから一緒に食べようと思って我慢していたのだ。
と言っても、カイアからしたら、公爵家の馬車の中でマジックバッグに入れられてからの時間がとぎれているからな。
向こうでタコ焼きを食べていたし、そこからまだ数時間しか経っていない筈だ。
そこまでがっつりお腹が空いているかと言われれば微妙なところかも知れないが。
マジックバッグに入れるたびに、カイアとの時間がずれてしまう。いつか魔物じゃないと分かってもらって、堂々と一緒に歩ける日が来るといいなあ。
少し時間のかかるものを作ろうかな?それなら作っている間に、カイアもお腹が空いてくるかも知れないな。
植木鉢から出て来たカイアの足から泥を拭ってやる。積み木で遊びたがったので、ご飯が出来るまでな、と言った。
コボルトのところで積み木で遊んでからというもの、カイアはすっかり積み木がお気に入りだ。朝も俺より早く起きて、一人で静かに積み木をやっている。
タコ焼きだけじゃ栄養が偏っちまうしな、野菜多目にするか。
俺は生ハムと、豚バラ肉と、モヤシと、ニラと、キュウリと、玉ねぎと、ピーマンと、卵を出し、レモン汁と、醤油と、蜂蜜と、砂糖と、ごま油と、塩と、黒胡椒と、普通のコショウと、オイスターソースと、ポン酢と、鶏ガラスープの元と、にんにくチューブと、片栗粉と、キッチンペーパータオルを準備した。
玉ねぎ2個を繊維に沿って薄くスライスしたら、たっぷりの水につけて20〜30分おいておき、水気を切ってキッチンペーパータオルで軽く水気を吸い取る。こうすることで辛味がおさえられる。水気を切らないと味がぼやけるので、必ず行う。
ボウルに食べやすい大きさに切った生ハム20枚と、水を切った玉ねぎ2個と、細切りにしたキュウリ2本と、同じく細切りにしたピーマン2個を入れ、醤油とレモン汁を大さじ1、蜂蜜と砂糖を小さじ2ずつ、ごま油を小さじ2、黒胡椒を適宜加えてざっくり混ぜ合わせ、最後に、にんにくチューブをほんの少し入れて混ぜたら、生ハムとキュウリとピーマンと玉ねぎのレモン醤油マリネの出来上がりだ。
全部砂糖でもいいのだが、蜂蜜があったほうがまろやかになる。かといって全部蜂蜜だと蜂蜜の味が際立ってしまう。
レモン汁は今回汁単体を使ったが、レモンを皮ごと絞ると、レモンピールと呼ばれるレモンの皮の独特の苦味が加わり、ほんのり大人の味になる。
お好みで醤油やレモン汁の量を小さじ1くらい足してもいい。大根を加えても美味い。生ハムが大体何にでも合うから、冷蔵庫のあまり野菜の使い道を考えた時に、割といろんな野菜が使えて便利なんだよな。
汁が出るから弁当には向かないが、作り置きしてツマミにしたりもしている。
ニラを豚バラ肉と同じくらいの、食べやすい幅に切り、お湯を沸騰させてニラを1束分とモヤシ1袋分を入れ、5秒茹でたらザルにあけて水気を切り、キッチンペーパータオルで水分をおさえる。モヤシは豚バラ肉と同じグラム数を用意する。
フライパンにごま油を熱して、解いた卵を強火で半熟程度に加熱して一度取り出す。
再度ごま油をひいて熱したフライパンに、豚バラ肉を入れて、普通のコショウと塩少々で味付けし、中火で炒める。
豚肉に火が通ったら、強火にしてニラとモヤシを加えてサッと炒めたら、オイスターソース大さじ1、ポン酢と鶏ガラスープの元とにんにくチューブを小さじ1、砂糖を小さじ2、片栗粉を小さじ1/2を混ぜ合わせておいたものを加えて手早く炒める。
最後に卵を戻して軽く混ぜ合わせ、器に盛り付けて、お好みで黒胡椒をふったら、豚玉ニラモヤシの炒めものの完成だ。
先に茹でることでシャキシャキになる。
時間がない時だったり、面倒であれば、一緒に炒めてもすぐに火が通るので問題ない。
ニラは長いほうが見た目がきれいだが、噛み切りづらいので一口サイズにしている。
味噌汁は大根とワカメと油揚げだ。その間に炊いておいた米が炊きあがる音がする。
「よし、カイア、ご飯にしよう。」
と声をかけたのだが、カイアはまだお腹が空いていないのか、積み木に夢中だった。
「どーれ、どっちから片付けようか?」
俺はカイアのそばにしゃがみ込み、カイアがそれぞれの枝の手に持っている積み木を見ながら言った。
カイアは積み木を両方見比べて、左の枝の手に持っていた積み木から、ちゃんとおもちゃ箱にしまった。
「よし、お父さんも手伝おうな。」
一緒に積み木をおもちゃ箱に片付ける。
片付けを終えてテーブルに座り、一緒にいただきますをする。
明日の雪山にはカイアも連れて行こう。魔物が出ないところにも雪はある筈だから、一緒に雪遊びがしたいな、と思った。




