第68話 アサリの水煮缶の豆乳クラムチャウダーとスープスパ
「ジョージさん、わたくし、ジョージさんにお願いがあるのです。」
「はい、なんでしょうか?」
「わたくし、なにか1つでよいので、料理を教えていただきたいのです。
イヴリンの体の為になるような、イヴリンの喜ぶ料理を、わたくしも彼女に作ってやりたいのです。」
真剣そのもののサニーさん。
「奥様のことが大好きなんですね。」
「は、……はい。
わたくし、イヴリンに一目惚れでした。
懇願して、懇願して、ようやく彼女に結婚して貰ったのです。
イヴリンに愛想をつかされないよう、彼女を愛していることを、生涯言葉だけでなく、行動でも伝えていきたいのです。」
「──自分の為に変わろうとしてくれている男性を、好ましく思わない女性は、この世に存在しないと思いますよ。
すぐには女性の望むよい夫にはなれないかも知れませんが、サニーさんにそのお気持ちがあるのであれば、きっといつかなんでも出来るようになると思います。」
俺は思わず微笑んだ。
「そうですね……。妊婦さんに、というだけでなく、女性にとって、というか、年齢を重ねた人にとっても、体にいい料理をお教えしましょうか。
この先の2人が、ずっとそれを楽しめるような、そんな料理です。」
「──そんな料理があるのですね!ぜひ!ぜひともお教えいただきたいです!」
「じゃあ、今から練習して、明日の朝食に出して、イヴリンさんをびっくりさせましょうか。」
「はい、ぜひ!──おっと。」
「だいじょうぶですか?
酔っちゃいましたか?」
よろけたサニーさんを支える。
「いえ、そんなに酒には強くありませんが、だいじょうぶです。」
「では、材料をお伝えしますので、書きとめてくださいね。」
俺は玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、ブロッコリー、パセリ、しめじ、ベーコン、アサリの水煮缶、無調整豆乳、バター、塩、コショウ、固形コンソメスープの素、小麦粉を出した。
みじん切りした玉ねぎを、焦がさないように弱火でじっくりバターで炒め、透き通ってきたら、小麦粉を大さじ3杯、ダマにならないように、1杯ずつに分けて絡めながら入れて更に炒める。
「一度に入れないように、気をつけて下さいね、すぐダマになってしまうので。」
赤ちゃんの爪の先くらい小さく切ったじゃがいもと人参、小房に分けたブロッコリー、大人の小指の爪の幅くらいに切ったベーコン、しめじを加え、アサリの水煮缶を汁と中身に分け、汁だけを加えて、水を500ミリリットルたして、固形コンソメスープの素を入れ、火が通るまで煮てやる。
煮えたらアサリの水煮缶の中身と、豆乳250ミリリットルを加えて、塩コショウで味を整え、ひと煮立ちさせ、最後に刻んだパセリを散らしたら、アサリの水煮缶と豆乳のクラムチャウダーの出来上がりだ。
たくさん量を作れば、パスタを加えてスープスパにしても楽しめる。
俺はじゃがいもと小麦粉からとろみを出す為に、4人前あたり、玉ねぎ1個、人参半分に対し、じゃがいもを4つ使う。じゃがいもを切ったあとは水にさらさないのがコツだ。
ベーコンは50〜70グラム。塩気がベーコンによって違うので、それに合わせて塩の量は変えて欲しい。
アサリの水煮缶は汁まで入れて100〜150グラム使う。俺は大体面倒なので、1缶をそのまま使って終わりだ。
牛乳でもいいが、我が家は豆乳が好きなので、豆乳を使うことが多い。味がきつくならないのと、栄養たっぷりなのにローカロリーで、年配者の胃にも優しい。
入れる野菜は何だっていい。アスパラガスを入れても彩りが綺麗でいいと思う。
パセリは別になくてもいいが、我が家は母がパセリ好きという変わった食の嗜好を持っている為、よくパセリが出る。
じゃがいもを1個にして片栗粉でとろみをつけてもいいが、俺はこちらの方が好きだ。
アサリは必ず水煮缶を使う。なぜか鉄分の含有量が水煮缶のアサリのほうが圧倒的に多いのだ。しかもビタミンB12も含まれている。使わない手はない。食べ物で取るのが難しいのに、お年寄りや妊婦はもちろん、特に女性に必要な栄養成分だからな、鉄分は。
含有量が多いに越したことはない。普通に売っているアサリを使うと、砂をはかせるのが面倒だからというのもちろんある。
調整豆乳は砂糖が入っているので、必ず無調整豆乳を使う必要がある。
カロリーが気になる人は、バターでなくオリーブオイルで炒めてもいい。コクはそんなに変わらない。
「強火で煮込むと豆乳が分離しますから、煮込むだけの簡単料理ではありますが、弱火から中火くらいの火加減で、目を離さずに火加減を維持して下さいね。」
「簡単そうでいて奥が深いのですね……。
わかりました。」
メモを取りながら、サニーさんがコクコクとうなずいた。
まあ、豆乳をあらかじめ乳化させておくっていう手もあるけどな。火加減の調節が出来ない時以外は、面倒だからやらないが。
ボウルにサラダ油を入れて、そこに豆乳を少しずつ加えて泡立て器で混ぜると、豆乳が乳化するのだ。そこに少しずつ豆乳を加えて混ぜる、という作業を繰り返すと、全部が乳化するから、これをあらかじめやっておくと火加減は気にしなくてもいいのである。
「うん、いい感じですね。
味見してみますか?」
「は、はいぜひ。」
俺は小さな器にクラムチャウダーを入れ、サニーさんに手渡した。
「冷めにくいので気をつけて下さいね。」
じゃがいもが多いと、とろみが熱を維持して、しばらく熱いままなんだよな。
サニーさんはかなり長いこと、フウフウと息を吹きかけてから、スプーンですくってクラムチャウダーを口にしたが、それでもまだ熱かったようだ。目を白黒させる。水分を多目にしてるから、もったりしたクラムチャウダーよりは、冷めやすい筈なんだが。
「美味しい……!とても美味しいです。」
「それは良かったです。」
「毎日でもイヴリンに作ってやりたいのですが、これらの食材はどうすれば手に入りますでしょうか?」
「何と何が売ってないですか?」
サニーさんは、アサリの水煮缶、無調整豆乳、コショウ、固形コンソメスープの素を指さした。コショウ、ないのか。
「まあ、毎日は飽きてしまうと思いますのであれですが、時々作って差し上げるとよろしいと思いますよ。
アサリの水煮缶と固形コンソメスープの素とコショウは、ある程度の数を置いていきます。無調整豆乳も常温である程度の日持ちはしますが……。そんなにたくさんお渡ししてもと思うので、こちらも商人ギルドに登録しておいて、買えるようにしておきますね。
少しだけ置いて行きます。」
「他も、買えるようにしておいていただければ、それでよろしいですよ?
そんなにたくさん、いただいてしまうわけには……。」
「流通させられるようになるまでには時間がかかりますし、その間に何度かイヴリンさんに振る舞って差し上げたいんですよね?」
「はい、もちろんです。」
「なら、練習もかねて、たくさん作って下さい、その為に置いてきます。
ぜひ、奥様を喜ばせてあげて下さい。」
「はい、頑張りたいと思います。
ありがとうございます!」
続けてパスタを茹でて、スープスパを作った。塩で下味をしっかりつけて茹でたパスタに、クラムチャウダーをかけるだけなので非常に簡単お手軽料理である。
これも味見なので少しだけだ。夕飯は既に食べたし、酒のつまみも食べたしな。
「美味しいです……!
これはなんという料理なのでしょうか?
麺料理は食べますが、このようなものははじめてです。」
「スープスパと言うんですよ。クラムチャウダーをかけるだけなので簡単です。」
「朝ごはんはこれにしましょう!
きっとイヴリンも喜んでくれるに違いありません!」
「いいと思いますよ。クラムチャウダーは作り置きしたものを明日温めて、パスタをその場で茹でたものを加えてあげたら、イヴリンさんも驚くと思います。」
「反応が楽しみで、わたくし今夜は寝られないかも知れません!」
「寝て下さい。」
目を輝かせているさまは、やはり彼の実年齢が子どもなのだと思わせる。俺は思わず微笑ましくなって笑った。
サニーさんは夫婦の寝室に行き、俺は2階の隣の客室を借りて、その日は休んだ。
朝、ドンガラガッシャーン!グワングワングワングワン……という音に目を覚ますと、下に降りたらキッチンでサニーさんが寸胴鍋を落っことしていた。
こっそり料理して驚かせようとして、鍋を取り落として失敗してしまったらしい。小さい子のいたずらみたいだな。中身が入っていなくて幸いだったが。
「……イヴリンは、今の音で起きてしまったでしょうか……。」
心配そうなサニーさん。
俺は階段の上で、俺の様子を心配そうに覗き込んでいたイヴリンさんに、振り返ってシーッと唇に指を当てて黙っていて貰うと、
「起きてきてはいないようですね、急いで準備をしましょう。俺も手伝います。」
と言った。
イヴリンさんは顎に拳をあててクスクスと声を出さずに笑うと、そーっと部屋にまた引き上げて行ってくれた。
クラムチャウダーを温め直しながら、パスタを茹でる。パスタをザルに上げて、パスタ同士がひっつかないように、軽くバターを絡めておいた。サニーさんがイヴリンさんを呼びに、2階の部屋に上がって行った。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
俺とイヴリンさんは、改めて朝の挨拶をした。イヴリンさんは俺を見てクスリと微笑んだ。俺も微笑んだ。共犯者気分だ。
サニーさんの様子がいつもと違うことに、イヴリンさんも気が付いたようだ。
「イヴリン、今朝はわたくしが料理をしたのです。気に入って貰えれば、これから毎日でも作ります。美味しいと思って貰えるとよいのですが……。」
サニーさんはソワソワと手を動かしながら、イヴリンさんに椅子をすすめた。
イヴリンさんは目を丸くしながら、
「サニーが料理を作ってくれたの?
私の為に?」
とサニーさんを見上げて言った。
サニーさんは慣れない手付きでお皿にクラムチャウダーを盛り付けし、パセリを散らした。散らし方が下手で、見た目はちょっと汚いが、愛情はタップリと入っている。
「ど、どうぞ、召し上がれ。」
俺と自分の前にも皿を置いたが、サニーさんは皿に手を付けずに、じっとイヴリンさんの反応を見守っている。
「……!美味しい!凄く美味しいわ!」
サニーさんがほっとした表情を見せた。
「これは麺を加えて食べても、とても美味しいものなのです。入れてみましょうか?」
「食べたいわ!」
サニーさんは、嬉しそうなイヴリンさんからお皿を受け取ると、茹でておいたパスタを加えて、上から追加でクラムチャウダーをかけ、再びイヴリンさんの目の前に置いた。
ツルツルとパスタを吸い込みながら、満面の笑みのイヴリンさん。それを嬉しそうに見つめているサニーさん。
「美味しい……、とても美味しいわ。
こんな料理は、はじめて……。」
「これはスープ自体にとても栄養がある料理なのです。女性やお年寄りに、特に必要な栄養が詰まっているそうです。」
サニーさんが昨日俺から聞いた受け売りをイヴリンさんに話す。
「わたくしは、これをずっとあなたと食べていきたい。これからも、あなたの喜ぶことをしていきたい。
何をすればよいのか分からないので、今まで自分から動けずにいましたが、これからはもっと自分でも考えます。だから……。」
「──はい。これからも、ずっと一緒にいてくださいね、サニー。」
幸せそうな表情で、イヴリンさんがサニーさんを見つめる。
サニーさんは本当に嬉しそうだった。
俺もサニーさんもクラムチャウダーのスープスパをたいらげ、俺は2人に見送られながら、サニーさんの家をあとにした。
その足で、貴族街の商人ギルドへと向かった。サニーさんが欲しいといった品物を登録する為だ。朝早いからか、まだ人の姿はまばらだった。
「すみません、商品の登録をお願いしたいのですが、複数は可能でしょうか?」
俺が登録証を出しながらそう言うと、
「ああ……。ジョージ・エイトさんですね。
特別枠で対応するように言いつかっております。少々お待ち下さい。」
と言ってくれた。
「特別枠なんですね、俺。」
受付嬢の言葉に素直に驚く。
「商人ギルドに登録された商品は、売れると商人ギルドにも一定の手数料が入ることになっているんです。
ジョージさんの商品は、必ず飛ぶように売れますから、商人ギルドとしても、特別対応せざるを得ないわけです。」
「なるほど。」
「商品はなんでしょうか?」
「ええと……。
今回はすべて食べ物ですね。」
「これが……、食べ物ですか?」
アサリの水煮缶を見た受付嬢が、いぶかしげに首をかしげる。
「これは保存食になります。こうして蓋を開けると、中から食材が出てきます。」
俺はプルトップを引っ張って見せる。その仕組に受付嬢が目を丸くする。
まあ、缶詰を知らないんじゃ、そうもなるよな。
「すみません、ちょっと上席を呼んでまいります。」
そう言って一度奥に引っ込むと、年配の女性を連れて戻って来た。
「すみません、先程のをもう一度やっていただくことは出来ますか?」
「一度開けてしまうと戻せませんので、別のものを出しますね。」
再びアサリの水煮缶を出して、同じように蓋をあけてみせる。上席の年配の女性も目を丸くした。
「それで……、これが食べられるのですか?
一度火を通しているように見受けられますが……。このまま食べるものですか?」
「はい、そうですね。加工済み食品になります。そのまま召し上がってみて下さい。
素材なので、味はついておりませんが。」
「保存食はこの場では食べませんので、あとで確認班に確認させます。同じものをいくつか出していただけますでしょうか?」
「分かりました。」
「保存食とのことですが、どのくらい持つのでしょう?乾燥もしていませんし……。」
「そうですね、こちらだと2年……。」
「──2年!?
それは、検証を2年後に行うことになりますが!?」
あ、そうなっちゃうのか、困ったな。
「じゃあ1ヶ月ということで……。」
まあ、サニーさんにはある程度の数を渡してあるからな。それでいいだろう。
「かしこまりました。では1ヶ月後に検証をしてみてからの許可となります。」
「はい。あとはこちらが無調整豆乳です。
これは飲み物です。
大豆をすりつぶして煮込んで絞ったものになります。こちらも常温で一ヶ月です。」
「では双方、1ヶ月後に検証させていただきますね。」
「はい、ただし開封前の保存期間ですので、開封後はすぐに消費していただくことを必須として下さい。
あと、無調整豆乳は、常温保存可能とは言っても、陽のあたる場所には置けません。」
「かしこまりました。」
「あとは、コショウと、固形コンソメスープの素になります。」
「「コショウですって!?」」
「なにか……?」
「な、中身を食べて、確認してみてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
受付嬢が俺が渡したコショウを手のひらに出し、少し舐め、驚いた表情を浮かべる。
続いて上席の年配の女性も舐め、驚いた表情を浮かべたあと、
「コショウです……。
間違いありません……。」
「ええ、そうね……。
ジョージさんはこれを、ひょっとして大量にお持ちなのですか?」
「はい。必要であれば、いくらでもご用意可能ですが。」
というか、コショウはコショウなんだな。マヨネーズはピピルなのに。
「これは……、とても私たちの手には負えませんので、所長を呼んでまいります。」
そう言って、今度は年配の女性が、また奥に引っ込んでしまった。
 




