第170話 温泉と王族たちとの夕食会
「異性のいる風呂に入る時は、水着着用でお願いします。そうお伝えして、娘さんの分もお渡ししましたよね?なぜ水着を着ていらっしゃらないのでしょうか……。」
俺はサミュエルさんに尋ねた。
「ああ、そのことですか。確かに事前にお伺いいたしましたが……。
ですがうちの娘はまだ2歳ですし、そこまで気にされなくともよろしいのでは?」
困ったようにサミュエルさんが言う。
「──駄目ですね。もちろんここにいる男性がそうだとは申しません。ですが子どもに興味のある男性というのは一定数存在します。
そういう相手に娘さんの裸を見られてもよいのですか?俺はそうは思いません。
相手に裸を見せてもいいと、本人自身が判断することが出来、そう思える年齢になるまで、家族以外の異性に肌を見せるべきではないと思っています。特に女の子は。」
「それは……。正直特に考えたことがなかったですね……。こんな幼い子どもに興味のある男性だなんて……。」
サミュエルさんは考え込むように言った。
「また男性ばかりとも限らないのですよ。女性が加害者になる場合もあります。少なくとも本人が判断出来る年齢までは、親が守ってあげるべきだと俺は思いますね。」
「女性が?そんなこともあるのですか?」
「被害例としてはたくさん報告を受けています。こちらの国ではまだ浸透していないかと思いますが、俺の地元では性加害の被害者とよんでいます。親が子どもを守る大切さは、ご理解いただけましたでしょうか?」
「ええ。……正直、子どもがそういう、性加害、ですか?そういったことの被害に合うですとか、考えたことはありませんでした。」
「これからは考えて下さい。お嬢さんに水着を着せてきていただけますか?」
「わかりました。着替えさせてきます。」
「お願いします。」
「リディア、おいで、水着を着ようか。」
サミュエルさんが手を伸ばすと、リディアちゃんは手を伸ばして、よちよちとサミュエルさんとともにお風呂場を出て行った。
俺はホッとため息をついた。
「待たせてごめんな、みんな。体は冷えていないか?お風呂に入ろうか。」
「ピョルッピョルッ!」
「ピューイ。」
「アシ……アッタカイ……ダイジョブ……。」
湯船に足をつけていたので、体はある程度温まっていたようだ。これならすぐに湯船につかってもだいじょうぶだな。
「ああ……。気持ちいいな……。」
「ピョルッ!」
「ピューイ……。」
「オフロ……スキ……。キモチイイ……。」
みんなで手足を伸ばせる大きなお風呂はいいな。ゆっくりとお湯につかっていると、エドモンドさんがお風呂場に入ってきた。
「ああ、ジョージさん。こちらに入ってらしたんですね。どうですか?湯加減は。」
「とても気持ちがいいですよ。手足が伸ばせるところもとても素晴らしいですね。」
「そうですか、早く入りたいですね。」
エドモンドさんが嬉しそうにそう言った。
体を洗うのに蛇口を使おうとしないので、
「蛇口は使われないのですか?」
と尋ねた。
「これは従業員用では?」
エドモンドさんもどうやら貴族らしいからな。自分で使ったことがないのかな。
「俺の地元ではお客さんが使ったり、自宅にある人は自宅で使ったりもしますね。」
「平民はそういう感じなんですね。」
「そうですね。ずっとお湯が出てきますから桶ですくって流すより便利ですよ。」
「なるほど、使ってみます。」
そう言って体を洗い始める。
「あ、確かに洗いやすいですね。特に頭が楽に感じます。ずっと流していられるので。」
「でしょう?泡を流すのは意外と大変ですからね。これからは自分で洗うなら、こちらのほうがいいと思いますよ。まあ平民の家といっても裕福な商人などになるでしょうが。」
「ふむ、自宅の風呂も検討したいですね。俺は貴族といっても家を継げない3男坊なもので、いずれ平民になる予定なのです。裕福な商人の家にしかないもの、ですか?なら、やらないわけにはいきませんね。」
そう言ってニヤリとする。
国内で圧倒的1位と言われる、ルピラス商会の副長だものな。平民としてはトップ層でお金を持っている人だろう。貴族として跡目を継げなくとも、エドモンドさんは立派に暮らしていかれる人だ。
「だから、ミスティさんともお付き合いが可能なのですね。貴族は貴族同士以外の婚姻が難しいと、どなたかから聞いたことがあります。ミスティさんが貴族でない限りはお付き合いは難しいだろうなと思っていましたが。」
「ああ、ああ見えて彼女も、子爵家の令嬢なのですよ。まあ、持参金を持たせられるほど裕福ではないようで、それで今まで結婚していなかったようです。貴族の婚姻の際は、娘の親が持参金を持たせる決まりですから。自分でそれを稼ごうとしていたらしいですね。
うちは放蕩息子の3男坊が誰と結婚しようが気にしませんが、貴族の結婚は国王の許可が必要になります。彼女が貴族で本当に良かったですよ。許可取りが楽ですから。」
「そうだったのですね、それは知りませんでした。まったくそういう話はしないので。」
「らしいですね、何も聞かれなかったと聞いていますよ。ジョージさんが彼女に興味がなくて、本当に良かったです。ジョージさんがライバルだったら不安で仕方がなかった。」
そう言ってエドモンドさんが笑う。
「……俺が思うに、最初からミスティさんは、エドモンドさんにしか興味がなかったようにお見受けしましたが……。ミスティさんとはそれなりにお仕事をご一緒させていただきましたが、俺について質問されたことなんて、一度もありませんでしたよ。多分俺のことがタイプじゃないんだと思います。その点エドモンドさんについては、最初から質問を受けましたからね。エドモンドさんもミスティさんが理想のタイプだとおっしゃっていましたし、本当にお似合いの2人だと思います。」
俺は湯船に入ってきたエドモンドさんに素直にそう言った。エドモンドさんは隣で嬉しそうに照れ笑いをしていた。人の幸せそうな笑顔っていうのはいいもんだな。
それにしても、エドモンドさんにもついに恋人かあ……。俺の周囲の人たちが、どんどん結婚したり恋人を作ったりしている気がするんだが。幸せそうな姿を見ていると、俺ももう少し積極的になるべきか考えるな。
今の生活が楽し過ぎて、あんまり恋人や伴侶が必要とか、考えないんだよなあ。
子育てと家のことや趣味をしている時が、正直楽し過ぎるんだ……。忙しくてそれどころじゃないというのもあるが。これじゃ前世と同じだな。前世でもあまり焦って恋人を作ろうだとか、積極的に結婚相手を探したりはしなかった。今世ではもう少し、考えてみてもいいかも知れないな。子どもたちと気が合う人が見つかるというのが大前提だが……。
それにしても、まさかミスティさんが貴族だったとはな。結構普通に働いている貴族も多いってことか。それをエドモンドさんに尋ねると、跡取りじゃない場合や、実家があまり裕福でない場合など、平民同様に仕事をすることが多いのだそうだ。上位貴族の家で働く従者なんかは、下位貴族の子息子女が多いのだとか。上位貴族の家で働くのは、王宮で仕事に就くのについで、下位貴族にとっても割と出世頭の仕事になるらしい。なるほど。
商人になるには伝手が必要になるので、エドモンドさんのように商人になる貴族は少ないのだとか。通常は上位貴族の家での仕事や王宮勤めを目指すものらしい。エドモンドさんは商人に興味があったことと、自ら商才があると自負していた為、商人の道を選んだとのことだった。実際国1番の商会の副長にまで上り詰めているわけだしな。商才があるのは間違いないだろうな。
ミスティさんは道具職人のスキルがあったことと、本人もその仕事に興味を持っていたことから、魔道具工房で働くことにしたのだとか。確かに彼女の作るものは凄いからな。
何しろ開発能力がとても高い。平民だったとしても関係なく、その世界でトップになれる人材と言えるな。その仕事に元々興味のあるスキルをもらえるとは限らないが、ミスティさんの場合はそうだったということか。
そう考えると、才能のあるもの同士、かつ平民同様に働いている貴族同士ということになる。かなり似た者同士でお似合いのカップルだと言えるだろう。これは結婚まですぐにいくかも知れないな。なにせ男性のエドモンドさんのほうがかなり夢中なようだしな。
男性が結婚に積極的なカップルというのは成婚に結びつきやすいんだ。男は自分が手に入れたいと思った女性じゃないと、大切にしない傾向にある。だから男性のほうが夢中というのは、とてもいいことなんだ。
俺とエドモンドさんはゆったりと湯船に浸かりながら、エドモンドさんとミスティさんとの馴れ初め話を聞いていた。エドモンドさんはあれからかなり積極的にミスティさんにアピールをしたようだ。さすが仕事の出来る男は恋愛でも素早いな。それに加えてもともと互いに好意を持っていた2人のことだ。話が弾むのも早かったんだろうな。羨ましい。
のぼせる前に風呂から出ることにする。夕飯は地のものが出るらしく、とても楽しみだった。子どもたちの体を先に拭いてやり、部屋に戻って服を着替える。貴族との夕食は本来正装が必要とのことだが、いつもは気楽に普段着で食事をさせてもらっていた。だが特に今回は王族が一緒なのだ。さすがにそういうわけにもいかないらしい。子どもたちにも服は着せられないまでも、蝶ネクタイだけはつけさせてやる。アレシスは女の子なので、可愛らしいリボンとネックレスをつけた。
「似合うぞアレシス。とてもかわいい。」
「ピョルッ!ピョルッ!」
「ピューイ!」
「アリ……ガト……。」
アレシスはとても嬉しそうにニコニコしていた。やっぱり女の子はアクセサリーが大好きだよなあ。かといって保育所にそんなにあれこれつけていくわけにもいかないし、つけてお出かけ出来る場面がないんだよな。今回ここに連れてこられたことで、アレシスを着飾ってやれるいい機会が出来たな。
「カイアもアエラキも、とっても似合っているぞ。今日は王族の皆さんとの食事会だからな。いつもと違って、少し大人しくしていなくちゃいけないんだが、みんな出来るな?」
「ピョルッ!」
「デキ……ル……。」
「ピューイ!ピューイ!」
「よしよし、じゃあ、そろそろ行こうか。」
従者の人がちょうど迎えにやって来た。子どもたちと連れ立って、宴会場へと向かう。
宴会場には既に大勢人が集まっていた。王族よりも先に席についてはいけないルールだと教わったからな。こうして先に集まっていてくれたのだろう。もちろん後から来るケースもあるとは思うが。最後にサニーさんご夫妻とニュートンジョン侯爵夫人が姿を現すと、王族たちが一斉に席につき、それを見たみんなも席に案内されて座りだす。
王族たちに最も近い席に、聖女さまである円璃花が座るのはまあ当然として、俺と子どもたちの席までもが近いのはなぜなのか。
王妹のセレスさまや、主催のパーティクル公爵の席よりも近いのだ。聖女さまの聖獣の位置を当てることの出来た、精霊である子どもたちがいるから、国賓扱いだとか……?あり得ない話でもないと思ったが、正直理由を尋ねるのが恐ろしかったので黙っておく。
「本日はランチェスター公と、ノインセシア王国の王太后であるメイベルさまにもお越しいただき、大変光栄に思っております。お2方から一言ずつ頂戴できればと思います。」
パーティクル公爵がそう声をかける。
「うん、ま、気楽にいこうや。」
とランチェスター公が微笑んだ。
「今日は親戚と親しい方々の小規模な集まりと聞いております。ぜひ気楽になさっていただけると嬉しいですわ。」
と、メイベルさまもおっしゃった。
「それでは、我々の親交が深まることを願って、乾杯!」
パーティクル公爵の掛け声で、みなが手にしたグラスを掲げた。子どもたちも真似して小さなグラスを掲げているのが愛らしい。
パーティーを兼ねた軽い夕食会が始まり、次々に料理が運ばれてくる。
「本日は星祭りの日なのですよ。ですので名物料理を作らせました。エディブルマッシュを使った料理です。お楽しみ下さい。」
とパーティクル公爵が言う。エディブルマッシュって、あの、食べると火魔法が撃てて体が無敵状態になる、世界一有名な配管工さんが食べるキノコと効果の似たキノコだろ?
そんな物を食べてだいじょうぶなのかな。
テーブルの上に、キラキラと輝く星型のキノコ料理が現れる。見た目は確かに美しい。
みんな特に気にした様子もなく、美味しそうに舌鼓をうっているので、俺も意を決してエディブルマッシュの料理を食べた。
<エディブルマッシュとミノタウロス肉の白ワインのクリーム煮>
エディブルマッシュがミノタウロス肉の味わいを深める一品。エディブルマッシュのコリコリとした食感が楽しく美味しい。
<エディブルマッシュ>
ポルチーニ茸に似たキノコ。ナッツや肉のような濃厚な香りと旨味、クリーミーな味わいが特徴。火を通すとコリコリとした食感になる。乾燥すると醤油のような香ばしい香りがする。リゾットやパスタ、肉料理に少量加えるだけでも全体の味わいを格上げする。
俺の食材とレシピを知るスキルが久しぶりに発動する。なるほど?世界3大キノコに似た味なのか。普通なら刻んで使いそうなものだが、星型が珍しいから、そのままメインとして使って、肉は添えものみたいにしてあるんだな。肉をメインにしても良さそうだが、確かにこのほうが見た目がきれいだよな。
とろりと濃厚なクリームと絡んだエディブルマッシュのコリコリとした食感が楽しい。
ミノタウロス肉も以前食べたものより確かに美味しいと感じた。うん、俺、この料理かなり好きかも知れないな。子どもたちもお星さまの見た目に目をキラキラさせていた。
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