第16話 サラマンダーのスープ、ケルピーの雑炊、ケルピーの馬刺しと刺し身、ワイバーンの唐揚げ、サラマンダーの旨辛炒め
対決の日が決まったよ、と、ラグナス村長から話があったのは、既にその日を翌日に控えた夕方近くだった。
──急すぎないか?
こちらに準備をさせない為の向こうの作戦だろうか。
夕方近くに、明日料理勝負だと言われて、いい食材を準備するなんて、現代でも普通に難しいからな。
普通は朝早くから市場に向かわないと、いい食材は手に入らない。
だが、俺は既に食材を準備してアイテムバッグに入れてある。別にいつだろうと問題はなかった。
だが問題はその勝敗の決定方法だった。
対戦相手のロンメルさんが勤めている宮廷から、貴族が3人もやってくると言うのだ。
ロンメルさんに手心を加えるかも知れないし、何よりいいものを普段から食べている筈だ。ロンメルさんは宮廷料理人だから、彼らの好む料理の傾向だって分かるだろう。……これは俺に不利すぎないか?
ラグナス村長も申し訳なさそうな表情をしていたが、宮廷料理人に勝てるというのなら、日頃その料理を食べ慣れている人間を満足させられなければお話にならないと言われて、納得せざるをえなかったらしい。
……まあ、お互いの村から審査員を出すよりも、よそから連れて来た方が公平な審査になるのは確かだが、よりによって宮廷勤めの貴族とは……。
大分上の序列の人間が来るのは間違いない。
俺はまだこの世界で貴族に出会ったことがないが、恐らく元の世界でいうなら、取り引き先の重役が来るようなものだ。
そこで高級料亭や高級ホテルのシェフと、俺の料理を比べられるに近い。
元の世界でなら、誰も俺にそんなことをやらせようとは思わないだろう。それくらいあり得ないし対決になんて恐らくならない。
だが既に決まってしまったことなのでやるしかないのだが、大衆食堂の料理人ですらない俺が、なんでこんなことに……。
当日はあちらが指定した場所に向かうことになった。とあるレストランを借りて、そこの厨房で料理することになったのだが、絶対庶民が来るような店ではない。
ラグナス村長以下、俺たちはその店の内装の豪華さに圧倒されていた。
既に対戦相手もあちらの村の人たちも店にやって来ていた。
ラグナス村長の村は若者が少ない。出稼ぎに行っているらしく、まあ田舎だしそんなものだろうと思っていたのだが、あちらは若いお嬢さんも、子連れの主婦も結構いた。
その女性陣が、何だか俺のことをジロジロと見てくる。なんだろうな、人に見られるのが好きではない俺は、ちょっと嫌な気持ちになっていた。
「今日はよろしく、ロンメルだ。」
ロンメルさんが右手を差出し、俺たちは握手をかわした。
「宮廷料理人に選抜されたと伺っています。今日は胸を借りるつもりで頑張らせていただきます。
あなたの料理、とても楽しみにしています。」
俺が素直にそう言うと、ロンメルさんは少しだけびっくりした表情を浮かべた。
だがすぐに、
「こちらこそ、珍しい料理ばかり作られると伺っています。
あなたの料理、とても楽しみです。」
と笑顔を浮かべた。ロンメルさんは爽やかな好青年だった。
審査員の貴族は男性が2名に女性が1名。その女性が、やはり俺を見てくる。……顔は洗って来たんだがな。
この世界の人間に転生しているから、珍しい見た目な訳でもない筈なんだが。
「調理時間は1時間。
素材や調理道具は各自自由です。
私たちを楽しませてくれた方を勝ちとします。いいですね?」
中央の女性が審査員長らしかった。
俺たちは早速厨房に入って料理に取り掛かる。1時間となるとすべてを同時にこなさなくてはならないし、普通に火を使っていてはスープを取るにも時間がかかる。電気がないから作れるものにも限りがある。
俺はまずサラマンダーを解体することにした。喉を切って腹に沿って切り開き、内臓を取り除いたら、熱湯をかけながらぬめりをとり、冷水でさらにぬめりや汚れを落としていく。
熱湯で一気に茹でてこそいでやってもいいが、スープを取るつもりなのでこのやり方だ。
手足は切り落として、骨ごとぶつ切りにして、まずは鍋で煮てスープを取る。オオサンショウウオは、すっぽんのような肌と白身魚のような身、特にアンコウに似た尻尾の部分が美味く、中国では高級食材だ。
半分に切ったにんにく、包丁の背で叩いて潰して千切りにしたしょうが、斜め切りの長ネギ、四つ切りのしいたけ、輪切りのオクラ、輪切りの鷹の爪を、高温の油で一気に1度熱を通したら、1度取り出し、再度鍋に戻して、生姜とにんにくを炒め、鷹の爪を加えて炒めたら、しいたけを加えて炒める。
ぶつ切りにしたサラマンダーの身と、スープを少し加えて炒め煮にしてやり、最後に長ネギを加えてざっと火を通して、サラマンダーの旨辛炒めの完成だ。
残ったスープは溶き卵を加えて塩コショウで味付けして、そのまま飲むスープにする。
ロンメルさんの様子を伺うと、ロンメルさんが使い終わった調理器具を、大きな箱の中に入れ、取手を上げた瞬間、調理器具が洗われた状態で出てきた。
まさかそれは……。
「食器洗浄機ですか?」
「はい、そうですよ。
初めてご覧になりますか?」
食器洗浄機!!
俺は機械は出せるし電気配線も行えるが、食器洗浄機に使う大量の水を一度に流すことが出来ない。だから諦めていたのだが。
「水はどうしているのですか?」
「これは勢いよく温水の出る魔道具なんですよ。ここに魔石がはまっています。
これが中にお湯を噴出してるんです。」
「排水はどのように?」
「ここから外に流しています。
樽に貯めて専門業者が定期的に回収に来てるのだと思いますよ。
うちもそうですし。」
なるほど……。コイツを手に入れれば、我が家にも食器洗浄機がやってくるわけだ。
「──おや?」
「どうしました?」
「どうやら魔石の力が切れたようですね。
残念ですが、新しいのを購入するまで使えなくなってしまいました。」
「……?
魔石を入れ替えればよいのでは?」
「魔道具は、魔石を入れる部分を始めとして、釘で打ち付けられているか、接着されていますから、外すとなると解体するしかないんですよ。」
なんと。
「古いものを下取りに出して、代わりに新しいものを手に入れる感じですね。
まあ、下取りの差額を払うだけで、大した金額でもないですから、新しいのが来るまで少し不便という程度ですね。」
「ネジを使わないんですか?」
蓋にして外せばよいだけの話ではないか。
「ネジ……?
なんですか?それは。」
ロンメルさんは初めて聞いた、という風に首を傾げた。
「釘の頭に凹みがあって、それを回すと外せるものです。留め外しが出来ますから、ネジを使えば、何も解体しなくとも……。」
「そんなようなものは、聞いたことがないですね。」
なんと。この世界にはネジがないのか。
魔道具なんてものがあるのに、便利なようで不便な世界だな。
まあ、誰かが発明しなきゃ、存在しないわけだが、ちょっと釘の頭に切り込みを入れる程度のことを、考える人間が今までいなかったのか。
これは購入するより、ネジを使った食器洗浄機を、工房で新しく作って貰った方がいいな。いちいち電池が切れるたびに新しいものを買うようなものだ。
電池を交換出来る蓋を作って貰おう。
俺はそう考えながら料理の続きを始めた。
ワイバーン肉は以前作った、時短の味付けで漬け込んだものを、唐揚げにしてゆく。
ケルピーは馬刺しと刺し身にした。
馬刺しはにんにくと生姜をつけて。魚の部分はフグのような味だったので、小ねぎと紅葉おろしを巻いてポン酢で食べて貰う。
ケルピーの魚の部分の骨に近い部分の身は雑炊にして溶き卵を加えた。
1時間ともなると作れるのはこんな程度だ。完全に食材の力に頼ったが、生で食材を食べる習慣がないというこの世界の人たちに、受け入れられるかが勝負の鍵だ。
審査員の前に料理が並ぶ。まずはロンメルさんの、マンドラゴラの炒めものと、ミノタウロスの柔らかステーキ、クラーケンの親子和えだ。かなりの高級食材らしく、審査員がおお、と唸る。
特にマンドラゴラが珍しいらしく、審査員のうち男性2人は初めて食べるらしい。
審査員と一緒に俺もご相伴に預からせて貰う。ワクワクしながら食べると、一見太い切り干し大根にしか見えないマンドラゴラからしみ出す旨味に驚く。
まるでタンを噛みちぎっているかのような歯ごたえ、なのに味付けをすべて吸い込んだ吸収力、ほんのりとした酸味と甘味に、少し強い塩気がたまらなくて酒が飲みたくなってくる。
これが植物の魔物だって?とんでもないな!
あっという間にマンドラゴラを食べてしまい、ミノタウロスに取り掛かると、唇で切れる程に柔らかい。これを短時間で仕上げたのか。圧力鍋のようなものがあったとしても、この柔らかさは普通の鍋で4日は煮ないと出せない。カレーに入れたら美味いだろうな。
クラーケンの親子あえは、クラーケンの卵と肉を湯引きして、火を通し過ぎずに食感を活かしたことで、卵はポリポリ、肉はプリプリと、違った食感が楽しめる。クラーケンはイカのような味だが、船で捌いたイカ刺しのような、柔らかすぎない、ちゃんと歯ごたえのあるところが最高だった。
続いて俺の番になり、サラマンダーのスープ、ケルピーの雑炊、ケルピーの馬刺しと刺し身、ワイバーンの唐揚げ、サラマンダーの旨辛炒めの順で出した。単に味の濃さの順だが、喜んで食べていた審査員の手が、馬刺しと刺し身で止まった。
やはり生は抵抗があるのだろうか……?
だが、ロンメルさんが美味そうに食べているのを見て、恐る恐る口に運んだ途端、審査員の目が丸くなり、バクバクと一気に食べだし、俺はほっと胸を撫で下ろした。
審査員が1度控室に戻ると、ロンメルさんが俺に小声で話しかけてきた。
「料理はどちらで学ばれたのですか?」
「両親が主ですが……、あとは前の職場の人たちや、行きつけの店だったり、色々ですね。」
それを聞いたロンメルさんが驚く。
「料理人でもない人たちが、あれだけのレシピを考えられたのですか?」
俺の世界ではよく食べられているものばかりで、特に珍しくもない。そうですね、と頷くと、あなたの故郷の方たちは、皆さんとても料理がお好きなのですね、と微笑んだ。
そうして審査を待っている間に、俺とロンメルさんは互いのレシピを教え合い、すっかり仲良くなった。
審査員が戻って来てテーブルに付き直すと、俺とロンメルさんは背筋を伸ばして審査結果が告げられるのを待った。
「今回の勝者は……、ジョージ・エイトさんとします。」
ラグナス村長たちが、さすがジョージだ!と、わっと小躍りする。
それを驚愕の眼差しで見ている隣村のスパイク村長。
「──決め手はケルピーの刺し身という料理でした。
肉や魚を生で食べる美味しさという、新しい発見をジョージは我々にもたらしてくれました。ぜひジョージも宮廷料理人に迎えたいと我々は考えています。」
「いや……、俺は趣味で料理をしているだけなので、仕事でやるつもりはありません。
せっかくですが、お断りさせてください。」
俺がそういうと、審査員たちは酷くガッカリした顔をした。
「あなたはどこかに店を持っていないのですか?」
「ええ、たまにおすそ分けする程度で、自分が食べる分を作るだけです。」
それを言うとますますガッカリした顔をする。
「ジョージ、君の家に、今度遊びに行ってもいいかい?
ぜひ、またお互いのレシピを交換しよう。」
ロンメルさんが笑顔でそう提案してくる。俺はもちろんだと答えた。俺たちは勝ち負けなど気にせず、とても和やかなムードだった。
だが穏やかでないのは隣村のスパイク村長だ。
「分かっているだろうな?スパイク。
わざわざ王宮勤めの方々を審査員に招いて負けたんだ。
ちゃんと謝罪してもらおうか。
それと、向こう1年間の収穫半分だ。
お前が提案したんだからな?
きっちり守って貰おうか。」
そう言うラグナス村長に、青ざめた表情になるスパイク村長。
「……本当に申し訳なかった。
このとおりだ。
だが、収穫は勘弁して欲しい。
村が死んでしまう。」
スパイク村長は泣きそうになっていたが、ラグナス村長は駄目だ、と突っぱねる。
まあ、こちらが負けたら奪う気でいたのだから、当然といえば当然だが。
「許してやって下さいラグナス村長。
そのかわり、2度と村に絡んで来ない約束をさせるということでどうですか。」
俺の提案にも、ラグナス村長はまだ渋っていた。恨みが相当根深いんだろうな。
「……認めていただけないのであれば、俺が食材をスパイク村長の村に届けますよ?
俺に負けたせいで隣村の人たちが死んだ、なんて、寝覚めが悪すぎますからね。」
「ま……、まさか、ジョージ、スパイクの村に料理を?」
「……まあ、それもあるかも知れませんが。」
スパイク村長の村人たちが、互いに顔を見合わせながら、むしろその方がいいんじゃ?とざわつき出す。
「だ、駄目だ!
……分かった。
ゆるそう。
だが、2度と我々の村に関わらないで欲しい。子どもの頃から本当にうっとうしかったんだ。お前の顔なんて、2度と見たくないよ。」
ラグナス村長は腕組みしながらため息をついた。
「分かった……。
ありがとう、すまない。」
スパイク村長はついに泣き出してしまった。
「あなたはとても若いのに、こんなにハンサムで、料理の腕も凄くて、おまけに人間が出来ているのですね。
本当に感心するわ。」
審査員長の女性が微笑みながら俺にそう言った。
「──ハンサム?誰がだ?」
俺が首をかしげると、呆れたようにロンメルさんが、
「ジョージ、お前だよ。」
と言った。
「ちょっと、誰か鏡を貸してくれないか?」
俺は自分の顔を見てみたくなった。
「……まさか、自分の顔を見たことがないのか?」
その場にいた全員が驚愕の表情で俺を見てくる。
俺の家には確かに鏡がなかった。
この体は女性ホルモンが多いのか、ヒゲが伸びてこないので、見る必要がなかったのだ。
以前の体の時も、ヒゲを剃るときくらいしか鏡なんて見なかったし、俺は自分の顔をマジマジ確認する習慣がない。
シャツの襟首と袖口が汚れてなくて、ヒゲがそってあれば、そんなに鏡を見る中年男性は存在しないと思うんだがな。
……なんだこの顔は。
俺は鏡を貸して貰うと、女性陣がジロジロ見てきた理由を、ようやく理解したのだった。




