第17話 夏バテ対策肉味噌パワー素麺
結論から言うと、俺が新しく与えられた体は、酷く美しい青年だった。
神様はこの体を与える予定だった人物に何をさせるつもりだったのだろう。
こんなの目立ってしょうがないだろ。
娘くらいの年齢の女性を交際相手候補として見ることの出来ない俺にとっては、彼女たちと同年代の若いハンサムの体など、面倒以外の何者でもない。言い寄って来られても困るのだ。
スパイク村長の村の女性たちが、俺に話しかけたそうにソワソワしていたが、俺はそそくさとティファさんのところに逃げた。
「すみません、ちょっと面倒なことになりそうなので、しばらく一緒にいていただけないでしょうか?」
同年代の若い女性と一緒にいれば、勝手にパートナーだと勘違いしてくれるだろうと思ったのだ。
「はい。別に構いませんよ?」
ティファさんは笑顔でそう言ってくれた。
ティファさんを恨みがましそうに、スパイク村長の村の女性たちが見ていたが、今後関わる予定もないのだし、ここさえ切り抜けられれば問題はない。ティファさんが危害を加えられるようなこともないだろう。
俺は恋愛沙汰に巻き込まれることが非常に苦手だ。それなりに清潔さを意識したり、体を鍛えていたこともあってか、実年齢より若く見えたらしく、前世でもたまに言い寄ってくる女性はいた。
だが、俺自身がそういうことを求めていない。職場のランチ弁当交換会でも、若い女性と一緒にいたら、互いにそんなつもりはないのに、勝手に周囲に勘違いされてうっとうしかったので、仲間を増やしたくらいだ。
俺をそういうことに、特に職場では巻き込まないで欲しいのである。
みんながみんな、そういうことばかり考えているわけではないのだ。
俺は色より食の人間なのだから。
帰り道、俺は早速ヴァッシュさんの工房に立ち寄った。魔石の取り外しが可能な食器洗浄機を作って貰う為だ。
「おお、ジョージ、よく来たな。」
ヴァッシュさんは笑顔で俺を迎えてくれた。
「食器洗浄機を改良したいのですが、こちらの工房で作ることは可能ですか?」
「ワシは作っとらんが、あっちで若い奴らが作っているから、作ること自体は可能だが、どんなものを作りたいんだ?」
「魔石を取り外して入れ替え可能にしたいのです。
魔石のはまっている部分は完全に接着されていると伺いましたが、何か意味があってのことなのですか?」
「魔力を放出している魔石は、魔力が魔道具の中にだけ行き渡るようにしないと、力を失うのが早いからな。
それで魔力が外に逃げないように、接着したり、溶接したりするんだ。」
「なるほど、意味があってやってることなんですね。
魔石を取り外して入れ替える時に、蓋が外せるタイプだとまずいですか?
例えば、隙間から魔力が逃げるだとか。」
「接地面に隙間が出来ないようにすればそこまで問題はないが、蓋が簡単にあく仕組みだと、魔力が逃げやすくなって、早く切れてしまうぞ。」
取り外しが簡単過ぎると駄目というわけか。
「では、釘の代わりにこれを使うのはどうでしょうか?
ネジといいます。
頭の部分をしめてやることで、隙間から漏れることは少なくなると思いますし、蓋の取り外しが簡単になります。」
俺が見せたネジを手に取ったヴァッシュさんは、
「これはどうやって使うんだ?」
と聞いた。
俺はアイテムバッグから電池式の目覚まし時計とプラスドライバーを出した。
「こんな風に使います。
この頭の部分を回してやると──このように外れます。反対に回すとしまります。」
「ふむ、かなり隙間なく、本体同士がくっつくんだな。」
「ネジの幅に合わせて、本体側にこうして穴をあけておくことで、本体が割れるのを防ぎます。
ここが、エネルギーを入れる部分なのですが、このように蓋になっています。
ここをネジ式に変えて、魔石を代わりにはめ込めるようにしたいのです。」
俺は目覚まし時計の電池を入れる蓋をあけて、電池を取り出して見せる。
ヴァッシュさんは蓋の中の構造と、電池を珍しそうに手にとって見ていたが、
「これなら簡単に作れそうだな。
魔石の交換も簡単になる。ジョージ、これは凄いぞ。」
ヴァッシュさんは感心したように俺にそう言った。
「このネジというやつを、うちの工房で使わせて貰えないか?これは産業革命だよジョージ。」
「別に構いませんよ?
たくさんありますのでどうぞ。」
俺はネジをビニール袋ごとヴァッシュさんに渡そうとした。だが、ヴァッシュさんは袋を受け取ろうとはせずに首を横に振った。
「──ジョージ、それは駄目だ。
まずは商人ギルドと職人ギルドでネジの商標登録をしよう。
このままでは他の人間の、もしくはうちの工房だけの儲けになっちまうからな。」
別に俺は構わんのだが、ことが商標登録となると、ヴァッシュさんの工房も、俺も登録しなかったりしたら、誰かに勝手に登録されて、好きに使えなくなる可能性があるわけだ。それはさすがにまずいな。
「分かりました。
やり方を教えていただけますか?」
「まだ受付をしている時間だ。
案内してやるからギルドに行こう。
食器洗浄機の改良はそれからだ。」
俺はヴァッシュさんに連れられて、職人ギルドと職人ギルド双方で、ネジ山付きのクギ(ワッシャーヘッドタッピンネジ)とプラスドライバーの特許申請と商標登録を行った。
「食器洗浄機の改良が終わったら、それも後で現物を持って登録に来よう。」
なるほど、そちらも新製品ということになるから、その必要があるわけか。
「ちょっと飯に付き合ってくれんか。」
帰り道、そう言うヴァッシュさんに付き合って、工房に向かう途中の大衆食堂に入った。
「あら、おじいちゃん、毎日飽きないわね。
そんなにここのご飯が好きなの?」
ふくよかで朗らかな笑顔の女性店員が出迎えてくれる。
「肉体労働者にはとくにたまらんわい。」
ヴァッシュさんがそう答える。
席に案内されて店員が注文を聞いて去って行ったあと、
「あれはうちの孫娘でな。
いき遅れで困っとるよ。」
と笑いながら言った。そうはいいつつも、孫娘が嫁にいかないことを喜んでるようにも見える。
年の頃は30歳前後だろうか?
道を行き交う子連れの女性がまだ10代の見た目が多いこの世界では、かなり遅い方なのだろう。
「はい、どうぞ、おまちどお。」
目の前に見慣れない食材の炒めものとパンと水が置かれる。
既にロンメルさんとの料理対決で少し腹が膨れていたものの、いい匂いに誘われて腹が減ってきた俺は、ガツガツとそれを食った。
〈ヌルーソ炒め〉
キャプソンとママガッソを塩コショウとニュニュファイで味付けしたもの。ヌルーソ地方の郷土料理。
〈キャプソン〉
キプリーが育つ過程で掘り起こした若木。
生育過程は筍に似ているがれっきとした山菜。育つと樹木のように大きく太くなる。
〈ママガッソ〉
ママラを発酵させた保存食品。ママラはヌルーソの湖でのみとれる淡水魚。
〈ニュニュファイ〉
ヌルーソ地方独自の魚醤。
つまりは魚と山菜の炒めものか。独自の魚醤や発酵食品を使った炒めものという点に興味が惹かれた。食べてみると、とくにママガッソがうまい!これはハイボールが進みそうな味だな。帰りに買っていきたいが、どこで買えるのだろうか。
「すみません、このママガッソって、どこかで買えますかね……?」
俺はヴァッシュさんに訪ねてみた。
「各家庭で作っとるもんだから、売っとるのは見たことがないな。なんだ、気に入ったのか?」
「そうなんですか……。残念です。
はい、酒に合う味だなと思って、買っていきたいと思ったのですが。」
「なんだ、ジョージはいけるクチか。
今度良かったら飲みに行こう。」
「はい、ぜひ。」
「おーい、ナナリー。」
ヴァッシュさんが手を上げてお孫さんを呼んだ。
「なあに?おじいちゃん。」
ナナリーさんがカウンターの奥からやって来る。
「ジョージがお前の作っとるママガッソを気に入ったらしい。
少し分けてやってもらえんか。」
「そうなの?ちょっと待っててね。」
そう言って再びカウンターの奥へと消えていく。
「──はい、どうぞ。」
中に油紙を敷いた、木の皮を編んだ弁当箱のようなものに、ママガッソを入れて俺に手渡してくれた。
「ここの料理はあなたが作ってるんですか?」
俺は弁当箱を受け取りながらナナリーさんに尋ねる。
「はい、だいたいは。
気に入っていただけて良かったです。
またいらして下さいね。」
ナナリーさんはニッコリと笑った。
いい腕だなあ。それに朗らかで感じがいい。いい店を紹介してもらったと、俺は嬉しくなった。
定食屋は中年以上の味方だ。普段食べる家庭料理をだしてくれる、くつろげる店というのは少ない。
ヴァッシュさんが毎日来ているというのもうなずける味と雰囲気だった。
「俺も少し料理をするんです。
今度良かったら、ママガッソのお礼に食べていただけませんか?」
俺はそんな風に聞いてみた。
「そうなんですか?
ええ、ぜひ。」
ナナリーさんがそう言って笑う。
味の好みが似ているから、きっと気に入ってくれるだろう。俺はそう言いながら、既にナナリーさんに、何を作ろうかなと思案しだしていた。
料理を作ってくれた人の為に作る料理は楽しい。少なくとも、料理対決なんかよりもずっと。
商標登録には日数がかかる為、食器洗浄機作成は後日ということになった。
俺はヴァッシュさんと別れ、その足で更に冒険者ギルドへと向かった。食材に使った魔物討伐依頼を受け、数を減らしつつ金を稼ぐ為だ。
サラマンダーとケルピーは近いところに生息しているが、ワイバーンは離れた場所に出没するらしい。サラマンダーとケルピーの単独討伐を同時に受注する。Bランクでは、実力的に可能と判断されている俺だけの特例らしい。
さすがに暗くなるので、討伐は明日改めて行くことにして、今日は譲って貰ったママガッソで飲むことにした。
今日は疲れたし、夕飯は軽く済ますか。
俺は素麺、豚ひき肉、長ネギ、水煮筍、キュウリ、生姜、梅干し、鰹節、小ネギを出し、醤油、酒、みりん、味噌、サラダ油を用意した。
長ネギと同量の水煮筍をみじん切りにし、フライパンで豚ひき肉100グラムをサラダ油で炒めたら、豚ひき肉が白っぽくなる前に、長ネギと水煮筍を加えて炒め、そこに酒、みりん、味噌を各大さじ1、醤油を小さじ1加えてざっくりと全体に熱が加わる程度に炒める。
その間に横で鍋に火を沸かして、キュウリを1本の半分程度千切りにしておく。
素麺を袋の表示時間茹でて手早く水で冷やしてやる。鍋の半分までお湯を入れると吹きこぼれることはない。
吹きこぼれそうになってもさし水を入れたり、茹でた素麺を氷水につけるのはNGだ。コシがなくなる。
茹でた素麺にキュウリと炒めた肉味噌を重ねるように乗せる。
生姜を一欠片をすりおろし、梅干し1個を細かく切って、小ネギ1本を細かく輪切りにする。お椀にそれを入れたら、上に鰹節をひとつまみかけて、醤油を少々入れてお湯を注いだら、夏バテ対策肉味噌パワー素麺のつけ汁の完成だ。
俺は素麺単体なら1度に250グラム食べてしまうが、今日はママガッソもあることだし、150グラムにしておいた。
パワー素麺をモリモリと頬張る。
素麺はうまいけど栄養バランスが悪いから、たまにはこうして手を加えて食べないとなあ。
素麺を食い切ったら、ウイスキーと炭酸と氷を出してハイボールを作った。ウイスキーと氷を入れたグラスのふちから、そっと静かに炭酸を注いでやると、シュワシュワを泡の弾ける気持ちのいい音がする。
ママガッソを口に運ぶと、ハイボールをグビッとあおる。
発酵食品はそもそも酒に合うものが多いが、これはビールでも日本酒でもなくハイボールだなと思ったが正解だったな。
俺はクリームチーズの味噌漬けも、ビールよりハイボール派なのだが、ママガッソがハイボールに実によく合う。
今度作り方を聞いて家で再現してみたいな。クリームチーズの味噌漬けも作っておくか。
俺は色々あった今日一日の心地よい疲れを、酒と共に喉の奥に流し込んだ。




