第159話 食材使いまわし5日目の夜ごはん。バンバンジーと、人参と、レンコンと、ゴボウと、大根と、こんにゃくの煮物、キャベツと玉ねぎの味噌汁。
カリーナさんはニヤリと笑うと、
「ならあんたがあたしのところに戻ってくればいいじゃないの。コーリーとも一緒に暮らせるし、なにも問題はないでしょう?
あんたはずっと出稼ぎで家にいないし、1人きりで子どもを育ててると、イライラするのよ。今の仕事なら、ずっと家にいられるんでしょう?それならあたしもコーリーにイラつかずに、子育てが出来るもの。」
「カリーナ……!それが目的だな!?
僕が前より稼いでると知って、コーリーを盾にするつもりなんだろう!」
「わかっているなら、さっさと戻って来なさいよ。今のあんたに、コーリーの養育権を主張することは出来ないんだから。あたしが返せと言えば、それまでだわ。
ここは一軒家が安く借りられるんでしょ?
あたしも一緒にじゅうぶん暮らせるじゃないの。また親子3人暮らしましょう?」
「お前はどこまで僕らを振り回せば気がすむむんだ……!お前に怯えるコーリーと、一緒に暮らさせるわけにいくもんか!
僕はお前に絶対コーリーを渡さない!」
穏やかなニールさんが本気で怒っている。
「……ああもう、本当にむかつくわね。
コーリー、コーリー、コーリー。
あんたはいつだってそう。
あたしはどうでもいいの?
可哀想だと思わないの?前の旦那に暴力を振るわれてたのは私も同じじゃない!」
「……最初は可哀想だと思ったさ。
だから僕が守りたいと思った。だけどお前はだんだんと、前の旦那と同じことをコーリーにするようになったじゃないか。
お前は1人でも逃げられるし、生きてもいかれる。コーリーは俺たちが守ってやらなきゃ生きられないんだぞ!?」
「あたしのことも助けてよ!守ってよ!
あたしだって可哀想なの!辛いのよ!」
カリーナさんは髪をかきむしる。
「甘ったれるな!お前は大人だ!!
子どもを守るべき母親なんだ!」
「なりたくてなったんじゃないわよ、母親なんて!子どもなんて欲しくなかった!
あんな子、産まなきゃよかった!」
──パアン……!と乾いた音が響く。ニールさんがカリーナさんを引っぱたいたのだ。
カリーナさんは一瞬呆然としたあと、ふるふると体を震わせた。
「あんたも一緒。
前の旦那と一緒。
あたしの父親と一緒。
あんただけは違うと思ったのに。
あたしを守ってくれると思ったのに。
許せない。許さない。
絶対許さない……!」
カリーナさんの首の後ろから、ドロっと黒い染みのようなものが広がってゆく。
──瘴気だ!!
「ニールさん、離れて下さい!!」
俺は聖水を取り出すと、カリーナさんの首にぶちまけて、塗り込むようにさする。
消えろ!消えろ!剥がれ落ちろ!
カリーナさんが苦しんで、悲鳴をあげてのたうち回る。取れない!?1本じゃ無理なのか!!相当根深いところから出てきているかのように、次々に瘴気がしみ出てくる。
「ジョージさん、それは!?」
「聖水です!カリーナさんは瘴気にとらわれているんだ。正常でないのもこの為です!
このまま瘴気にとらわれたら、もとの状態に戻れない可能性があります!」
「カリーナ、君がおかしくなったのは、瘴気のせいだったのか!?
瘴気が消えれば戻るんですか!?」
「本来の性格でないのなら、おそらくは。
ニールさん、カリーナさんの体をおさえていて下さい!……暴れられて、聖水を、うまく塗り込められません!」
「わかりました!カリーナ、頼む、戻ってくれ、正気に戻るんだ!!」
ニールさんがカリーナさんをおさえようとするが、瘴気とらわれた人間の力というものはこうも強いものなのか、細身とはいえ背の高いニールさんの拘束を、無理やりほどこうとして、ニールさんもうまくカリーナさんをおさえこめずにいた。
俺はなんとか隙をついて、2本目の聖水をカリーナさんの首筋に塗り込みながら、離れろ!離れろ!と念じた。
「あああああっ!!」
絶叫とともに、カリーナさんの首から瘴気が離れて、空へと浮かび上がって霧散した。
グラッと倒れたカリーナさんの体を、ニールさんが抱きかかえる。
一瞬気絶したかのように目を閉じていたカリーナさんが、ハッと目を覚ました。
「あたし……?」
「気が付いた?カリーナ。」
「なんでこんなところで倒れてるの?」
カリーナさんは不思議そうに起き上がる。
「ニール?なんであんたがここに?」
さっきまでの記憶がないのか。根深く瘴気が染み込んでいたから、とらわれていた間は瘴気に動かされていたんだろうか。
「君は瘴気にとらわれていたんだよ。
そこにいるジョージさんが、聖水を使って救ってくれたんだ。」
「瘴気に……?よくわからないけど、助けてくれてありがとうございます。」
まさに憑き物が取れた様子のカリーナさんは、ぼんやりとしたまま俺にお礼を言った。
「君な何も覚えていないのかい?」
ニールさんがカリーナさんに尋ねる。
「覚えてる?何を?……なんであたしはここにいるんだろう……。ううん、覚えてるわ、そうよあたしは、あの子を、酷くぶった。
あの子をあたしと同じ目に……。
なんでぶったんだろう、あんなに泣いてたのに。あたしと同じように泣いてたのに。」
カリーナさんは、恐ろしいものを思い出したかのように震えながらつぶやく。
「凄くイライラして、あんたが帰って来ないのが怖くて、不安で。あの親の家には帰れない、行くとこがない、お金がない、なのにあの子が泣くから、イライラして……!」
カリーナさんは頭を両手で抱きかかえるようにおさえて、瘴気にとらわれていた間の記憶を取り戻しつつあるみたいだった。
「あたしは母親になるべきじゃなかった。
なのになってしまった。あたしと同じ子どもを作ってしまうだけなのに……!」
カリーナさんは、自分自身も虐待を受けていて、傷付いて、心が病んで、そこから抜け出せないまま大人になってしまった人なんだな。本人にもその自覚はあるようだ。そこを瘴気につけこまれてしまったんだな。
「ニール、あたし、あの子に謝りたい……。
もう……、遅いと思うけど。」
「受け入れるかどうかは、あの子次第だ。
あの子はまだ、若い女性に怯えるんだ。」
「そう……。そうよね……。」
「……。コーリーを連れて来るよ。ジョージさん、彼女をお願いできますか?」
「わかりました。」
ニールさんはそう言って、コーリー君を抱きかかえて戻って来た。
「おかあ……さん?」
「コーリー……!」
近寄ろうとしたカリーナさんに、コーリー君がビクッとして、ニールさんの服にギュッと捕まって顔をそむけた。
「……。ごめんね、コーリー。
たくさんぶって。悪いお母さんだったわ。
お父さんと、仲良くね。」
「おかあさん?」
泣いているカリーナさんを、不思議そうに見つめているコーリー君。
「さよなら、コーリー。
ニール、この子をよろしくね。」
「ああ。君も元気で。」
「……コーリー。伝わらないかも知れないけど、これだけは覚えていてね。
あたしはちゃんと、あんたのこと、愛していたのよ。あんたはちゃんと、親に愛されてた子どもなんだってこと、大人になったら、いつか思い出してね。」
カリーナさんは無理に笑顔になった。
「……じゃ。」
コーリー君に背を向けるカリーナさん。
「おかあさん、──またきてね?」
カリーナさんは声を殺して号泣した。
「ニール……。前言撤回するわ。いつかまた、……会いに来てもいいかしら?」
背中を向けたまま尋ねるカリーナさん。
「ああ。この子が望むなら。いつでも。」
「それまでに私、もっと大人になっておくから。この子に胸を張って母親だと言えるように、この子が胸を張って母親だと言えるように、なってみせるから……!!」
ニールさんは、去って行くカリーナさんの後ろ姿を、コーリー君と共に、見えなくなるまで見送った。そして俺にお辞儀をして、2人の住む家へと帰って行った。
俺も早く子どもたちに会いたくなった。
保育所にお迎えに行くと、カイアとアレシスが俺に気が付いて駆け寄ってくる。アエラキはいつものように、声をかけられてからお友だちにバイバイして飛んで来た。
俺は思わず子どもたちを抱きしめた。
3人は不思議そうに俺を見上げていた。
俺は子どもたちと家に戻ると、さっそく夕飯の支度を開始した。鶏むね肉、キュウリ、トマト、大根、人参、ゴボウ、レンコン、長ネギ、こんにゃく、生姜、白すりゴマ、料理酒、味噌、みりん、醤油、砂糖、お酢、サラダ油、胡麻油、顆粒だしの素を出した。
材料は4人分と考えて欲しい。
鶏むね肉200グラムは中央の厚みのある部分に切り込みを入れ、鶏むね肉に火が通りやすいように、観音開きにして厚さを均等にする。
鍋にお湯を沸かして、料理酒大さじ2、縦に半分に切り適当な長さに切った長ネギ、繊維にそって切った生姜ひと欠片を加える。
生姜は皮が薄いから、皮を剥くっていうより、凸凹したところを削ったり泥を取る感じなんだよな。気になるなら別にむいたらいいし。切る時だけは繊維に水平に切ったほうが切りやすいが、すりおろす時は繊維の向きはきにしなくていい。別に変わらないからな。
ちなみにクッキングシート(アルミホイルでもいいが力が強いと破けた時に面倒臭い)をおろし金に被せてすりおろすと、おろし金に繊維が絡まなくて洗い物が楽になるし、そのまま絞れて便利でいい。
再び沸騰させたら鶏むね肉を入れて、すぐに火を止めて蓋をし、そのまま30分おいて余熱で中まで火を通し、茹であがったら水気を取り少し冷ます。その後鶏むね肉を繊維にそって細くさいていく。
ボウルに、白すりゴマ大さじ2(練りゴマでもいいが他に使わないので)、長ネギのみじん切り少々、味噌大さじ2(ヨーグルト大さじ1でもいい)、みりん大さじ1(ヨーグルトを使う場合は入れない)、醤油と砂糖大さじ1/2、お酢と胡麻油小さじ1、生姜のすりおろしひと欠片を混ぜ合わせる。
タレを作ったら、お皿に千切りにしたキュウリ2本、鶏むね肉、色合いでお好みでトマトの順番で乗せてタレをかけたらバンバンジーの完成だ。大人はラー油があってもいい。
子どもが苦手そうなら、生姜と長ネギは刻んで後乗せでもいいな。
大根1/2本、人参1本、レンコン100グラムは皮をむいて、ゴボウ1/2本は皮をこそいで、それぞれ乱切りにし、ゴボウは水にさらしてからザルに上げておく。
こんにゃく1枚はひと口大に、手でちぎって下ゆでしておく。
鍋にサラダ油大さじ2を熱し、野菜とこんにゃくを炒めて全体に油が回ったら、水と顆粒だしの素を加え、そのまま10分間煮る。
醤油、みりんをそれぞれ大さじ2加え、落とし蓋をして、更に弱火で15分間煮る。
野菜が煮えたらいったん火を止め、落とし蓋を取ってそのまま冷まし、砂糖大さじ1/2を加えて弱火にかけ、落とし蓋をして5分間煮る。火を止めて落とし蓋を外してまた冷ます。浸透圧で味を染み込ませる為だな。
ひと晩置くなら何度も煮なくてもいい。
今度は強火にかけて、余分な水分をとばしながら煮詰めていく。水分がなくなってきたら、仕上げに香りつけの醤油を少々を加えて火を止め、器に盛り付けたら、人参とレンコンとゴボウと大根とこんにゃくの煮物の出来上がりだ。味が薄いと感じる人は、2度目に煮る時に醤油を大さじ1入れてもいい。
使いまわし食材5日目の夜ご飯は、バンバンジーと、人参と、レンコンと、ゴボウと、大根と、こんにゃくの煮物、キャベツと玉ねぎの味噌汁、常備菜だ。
俺はあんまり胡麻だれが好きじゃないからそんなに使わないんだが、アエラキが好きなんだよなあ、胡麻だれが。
案の定アエラキは真っ先にバンバンジーを食べている。ご飯用のオカズに、味の濃い煮物を作っておいて良かった。ご飯を食べずにバンバンジーだけ先に食べちまうからな。
「アレシス、どうしたんだ?それ。」
折り紙で作られたようなリボンを、アレシスはテーブルの脇に置いていた。この世界紙がお高いので、当然俺からの供出品である。
嬉しそうにニコニコしているアレシス。今朝会った女の子にでも作って貰ったのかな?
「どれ、お風呂に入るまでの間、つけてやろう。寝る前は外すんだぞ。そのまま寝たらクシャクシャになっちまうからな。」
ご飯を食べ終わったあとで、ヘアピンを折り紙のリボンに挟んで、アレシスの頭の毛にとめてやる。うまいことついたな。
「俺の部屋の向かいの部屋に、大きな鏡があるから、見てみるといい。とっても似合っているぞ、アレシス。」
「ピューイ!」
「ピョルルッ!」
2人もそうだと言うように声を揃える。
鏡のある部屋に行って、全身鏡にリボンを付けた自分の姿を映してみるアレシス。
角度を変えたりポーズを付けたりして、とっても嬉しそうにリボンを確認していた。
アレシスは女の子だしなあ。今度かわいいアクセサリーでも見繕ってやるか。
うちに女の子がいるんだなあ、ということを改めて感じる。アクセサリーを入れる可愛らしい小箱を出してやると、アレシスは寝る前にそこにしまっては、嬉しそうにリボンを眺めるようになったのだった。
 




