第153話 食材使いまわし2日目の夜ごはん。鶏ササミとキュウリの3種の春巻き、ポテトサラダ、しめじとエノキの味噌汁
「ここですぜ。」
冒険者ギルドの討伐依頼を受けたあとで、ヤンガスさんが案内してくれた場所は、林の中にある開けた土地で、確かに工房を作るのに適していた。日当たりもよいし、人里からも離れている。俺の条件に合致する。
「……いました、ショウジョウです。」
ヤンガスさんが指差す先には、真っ赤で巨大な毛むくじゃらの猿の魔物の群れがいた。
その後ろにぽっかりとあいた洞窟のようなものがあるから、そこが巣になっているのだろうが、ご飯は群れ全体で外で食べる主義だそうで、洞窟の入口の前に群れのすべてが集まって、食事をとっているようだった。
一見和やかな光景にも見えるが、奴らは肉食かつ生で食べる為、目の前で獲物を引きちぎって分け合っているという、ちょっとしたグロシーンだ。
ヤンガスさんは、ちょっと、ウッとなって吐きそうになっている。1番栄養のある臓物は、やっぱりボスから食べるんだな。
別にそれは肉食動物であれば、いたって普通の食事風景の1つであるのだが、問題は奴らが人間の顔をしている、巨大な猿の魔物だという点だろう。遠目に見れば毛むくじゃらの人間たちが、動物や魔物を引きちぎって、内蔵をくらっているかのように見えるのだ。
結構なホラーで異質な光景に感じる。
漢字で書くのなら恐らく猩猩だろう。日本でも知られている、中国発祥の魔物だ。その毛皮は血を吸ってより赤く染まると言われている、人の顔をしたオラウータンみたいな存在だ。日本では福の神としてまつる地域も存在する。人間の言葉を話すとも言われているが、この世界のショウジョウは、肉食かつ人間の肉も食べるという危険な魔物だ。
もちろん人の言葉は話さない。
群れをなして行動をする為、本来であれば複数のパーティー、または大人数のパーティーで倒すものらしい。このあたりの人たちが襲われたことから、討伐依頼が出ていた。
「本当に俺たちだけでやるんですかい?」
ヤンガスさんはブルブルと震えながら俺を見てくる。ショウジョウはBランクの魔物、かつ群れをなしている。Cランクのヤンガスさんなら、Aランクの俺がいるとはいえ、本来なら2人きりで来るような依頼じゃない。
「下がっていらしてだいじょうぶですよ。」
「ジョージさん?」
俺は一歩前に出ると、作っておいた魔法陣の描かれた紙を取り出した。群れは1つところに集まってくつろいでいる。まだこちらにも気が付いてはいない。今がチャンスだ。
「フォスクルヴィ!!」
俺は魔法陣から光の檻を放った。
「ギャギャッ!?」
「ギャッギャッ!!」
光の檻はなんなくショウジョウの群れを中におさめた。突如として現れた光の檻に、ショウジョウたちは抜け出そうともがくが、これは中から破ることは難しい。
Bランクのショウジョウごときではまず無理だろう。こいつを超える魔法を使えるか、物理攻撃力が必要なシロモノなのだ。
だが俺は違和感に気が付いた。
「ボスがいない……?」
さっきまで群れの中心でくつろいでいた、最も大きなボスの姿がなかった。ボスだけはAランク。かつ、火魔法で攻撃してくる厄介な敵だ。加えて物理攻撃力も高いのだ。
俺たちは急いであたりを見回した。
「ジョージさん!!」
ヤンガスさんの叫び声が響くと同時に、木の上からボスが飛び降りて来た!!
銃で狙うのが最も難しいとされるのが、上から下に降りてくる標的だ。弾丸はそもそも距離があると、次第に下に落ちる性質を持っているから、それを計算して撃たなくてはならないものだ。だから特にライフルほど、基本は安定した姿勢で狙いを定めて撃たなくてはならない。──だが。
「ギャッ!!」
俺も山で急に襲って来た動物に対応することには慣れている。この場合は、怯ませることさえ出来ればいい。相手は巨大だ。どこだって狙える。落ち着いてショウジョウの体に銃口を向けると、直ぐ様1発目を放った。
そいつが俺を掴もうと伸ばしたショウジョウの右腕に当たり、ショウジョウは驚いて、左手で右腕を押さえながら飛び退いた。
光の檻にとらわれた群れの仲間たちをかばうように、右腕を押さえながらその前に立ちはだかって俺を見据えるショウジョウのボスの後ろに、そっと隠れるように、だが隠れきらないショウジョウたちが集まっていた。
お前は仲間に慕われているんだな。だがすまない。お前たちはたくさん人間を食った。
そんな奴らを同じ人間として、放っておくことは出来ないんだ。
ショウジョウのボスは、くるりと角度を変えると、くみしやすしと見て、斧を握って震えているヤンガスさんを狙った。
「うわああぁああぁ!?」
「ギャアッ!?」
だがヤンガスさんを左腕で殴ろうとした瞬間、俺が渡しておいた身守りの護符が発動する。ジャスミンさんたちに渡した物と同じ物を、事前に渡して発動させて置いたのだ。
護符の防御魔法陣に弾かれたショウジョウのボスは、バシーン!と地面に叩きつけられる。そこを狙って更に1発撃ち込んだ。
頭は外したが肩に当たって、ショウジョウのボスが転げ回る。さすがのAランクだ、この程度じゃ簡単には死なないか。
「こっちだ、ボス。」
俺はオリハルコン銃の銃口をショウジョウのボスに向けてそう言った。
「ガアッ!!!!!」
ショウジョウのボスが火魔法で攻撃して来た。銃は火気に弱い。当たれば暴発しかねない。だが俺はオリハルコンの盾を直ぐさま、マジックバッグから取り出して防いだ。
オリハルコンの盾の穴から銃口を出し、狙いを定めた。
「ヤンガスさん!!」
「シュッランバノー!!」
ヤンガスさんに渡しておいた、捕縛の魔法陣をヤンガスさんがショウジョウのボスに向けて呪文を唱えた。捕縛の光がショウジョウのボスをとらえる。力任せに引きちぎろうとしているが、そんなことでは外れない。
「──終わりだ、ボス。」
オリハルコンの盾からのぞかせた、俺のオリハルコン銃の銃口が火を吹いた。
ショウジョウのボスは頭を貫通され、その場にドサリ……と倒れた。ボスを失ったあとの群れを始末するのは楽だった。赤ん坊のような小さな子どもも、たくさんいたのは正直やり辛かったが、危険な魔物を残すわけにもいかない。光の檻の外から1体ずつ仕留め、すべてが死んだあとで、光の檻をといて、その亡き骸をマジックバッグにおさめた。
「……本当にすべて1人で倒しちまうとは。
凄いですね、ジョージさん。」
「1人じゃないですよ。
俺は狙い撃ちが出来ないと、結構困りますので。助かりました、ヤンガスさん。」
「そ、そう言っていただけると……。
へへ。」
ヤンガスさんが照れたように頭をかく。
ヤンガスさんに討伐報告に行って貰うことにして、マジックバッグをたくす。普段使いのものじゃなく、新たにショウジョウを入れる為に出したものだ。ヤンガスさんに討伐報告をして貰っている間に、ここに工房や従業員の社宅を建てちまおうという算段だ。
その為にこの地域の測量スキル持ちを予め呼んでおいた。予定通りに倒せて良かった。
どうやらちょうど到着したようだ。
役場の馬車を自ら操る測量担当の男性がやって来る。ショウジョウが怖いのか、かなり離れたところに馬車をとめたので、俺がそこまで駆け寄って行った。
「こんなところまでありがとうございます。
ショウジョウは既に倒していますので、ご安心ください。」
そう言ったのだが、疑わしげな目線をこちらに向けると、こわごわといった様子で、ショウジョウの住処だったところへと近付いて行く。まあ無理もないか。Aランクだしな。
「これは……、いったい……!?」
測量担当の役場の職員さんが、現場を見て驚愕している。それはそうだ。さっきまではショウジョウの群れの住処だった場所に、突然たくさんの建物が建っているのだから。
「ね?いないでしょう?」
「そ、そうです、ね……?」
「測量をお願いします。」
「あ、は、はい。」
測量のスキル持ちの職員さんは、そう言って測量を始めた。これで登記して貰えれば、晴れてこの土地は俺のものである。
事業を始めるにあたり、最も削れない、かつ高いのが、家賃と人件費だ。経費の大半がこれをしめると言っても過言じゃない。
食べ物屋なんて材料の原価は高くても3割り程度におさめないとお話にならない。
他がとにかく高過ぎるからだ。
その家賃がかからなくなるのだから、タダで手に入る土地なら手に入れない手はない。
今日はショウジョウ退治と、このあたりで雇う新しい従業員の面接を行なった。
このあたりは王都からかなり離れていて、かつ主要都市とはいえ、少し町から離れると本当に寂れた土地柄だからか、かなりの数の応募があった。1日では終わらずに、明日も面接の予定だ。クリーニング工房の拠点も作ったし、社宅に入りたいという人も多かったので、かなりの面積を必要とした。
ヤンガスさんの冒険者ギルドへの報告が終わり、戻って来たヤンガスさんと別れて、工房の俺の部屋に移動の為の魔法陣をしく為、戻ろうとした時だった。
「──その汚らしい毛をなんとかしたら、遊んであげるわよ。」
「出来たらだけどね!キャハハハ!」
そう言って、意地悪く笑いながら去って行く小さな女の子のたち。
俺は女の子たちが走って来たほうを振り返って、ちょっとギョッとした。
とても可愛らしい顔立ちなのに、全身の毛が、ところどころハゲたような毛むくじゃらの体。まるでショウジョウの毛がハゲたような姿の女の子のが、ポツンとそこに立っていた。その子は俺と目が合うと、ニコーッと可愛らしい笑顔を浮かべてくれたので、俺も思わずニコッとする。そうか、さすがに毛皮だよな。質の悪い毛皮を服にしているんだろう。ハゲているから夏でも着られるんだな。
その子は木の陰に姿を隠して、ちょっと恥ずかしそうに顔を出したり、引っ込めたりしていた。その姿がとっても愛らしい。かくれんぼかい?とニコニコしながらたずねると、またニコーッとしてくれる。ふふふ。
なんども隠れては顔を出す女の子と、しばらくそうやって遊んだ。
「もうすぐ暗くなるよ。親御さんが心配しないうちに、おうちに帰るんだよ。」
俺はその子に手を振って別れた。
俺が立ち去っても、その子はしばらく俺の方を見ていた。工房に入って窓から見下ろすと、その場に立ちつくして、しばらく俺が入って行った入口の方を見ていた。なぜか後ろ髪が引かれたが、うちの子たちも待っていることだし、早く帰って迎えに行って、夕飯を作らないとと、窓から離れて帰宅した。
俺は次の日そのことを悔やむことになる。
あの子がとってもお友だちを欲しがって、誰かと遊んで欲しかったことに。幼くて素直過ぎるあの子が、寂しくてたまらなかったのだということに、気が付けなかったことに。
そしてあの子が、あんな大事件を引き起こす前に、止めれたかも知れなかったことに。
転送魔法陣で1度自宅に戻り、保育所にカイアとアエラキを迎えに行って、さっそく夕食作りを開始する。休みの日に2人をあの子に合わせてみようかな、きっと仲良くなれる筈だ、と、俺はのんきに考えながら料理をしていた。カイアとアエラキもお手伝いをしてくれるので、楽しくご飯を作る。
2人ともジャガイモのマッシュ作業が気に入って、半分遊びのような感じだな。これはポテトサラダにする予定だ。
ポテトサラダは何度も作っているので、子どもたちも手慣れたものだ。包丁こそ俺が使うが、混ぜたり味付けなんかは、もうすっかり任せていると言ってもいい。
俺は俺で、キュウリ、鶏のササミ300グラム、スライスチーズ、春巻の皮、生春巻きの皮、白いり胡麻、料理酒、塩、味噌、片栗粉、蜂蜜、マヨネーズ、スイートチリソース、キッチンペーパータオルを準備した。
鶏のササミ300グラムを、包丁で筋を取ったら、100グラム分は細長くそぎ切りにし、料理酒大さじ2分の1、塩少々を振りかけて、しばらく置いてから片栗粉をまぶす。
残りの200グラムは、100グラム分だけに料理酒大さじ1を回しかけ、700ワットの電子レンジで2分半加熱し、粗熱が取れたら手で割いておく。更に残った100グラムは、塩をひとつまみ入れた鍋で湯がき、冷ましたら手で細かく割いて取っておく。
キュウリ2本は斜めに細く切った後で、2分の1本分だけ塩少々で塩揉みをして、10分ほど放置したら、キッチンペーパータオルで水気を絞ってやる。キュウリの残りの半分を、湯がいて割いておいた鶏のササミ100グラムと、マヨネーズであえたものを作っておく。生春巻きの皮も、両面を手がつけられる温度のお湯に浸して戻しておく。別にこれは水でも構わない。これは後で使うからな。
その間に味噌大さじ1、蜂蜜小さじ2、お好みで白いり胡麻をすったものを大さじ1をよく混ぜ合わせてタレを作っておく。
春巻の皮3枚を三角形になるよう半分に切ったら、春巻きの皮に片栗粉をまぶしておいた鶏のササミ、塩揉みして水切りしておいたキュウリ2分の1本を乗せて、蜂蜜味噌ダレをスプーンの背で塗って、クルクルと包んでやったら、巻きおわりに水溶き片栗粉をつけて、キッチリととめてやる。
このままの状態で冷凍保存すれば、そのまま揚げ焼きが可能な作り置きにもなる。
ちなみに冷凍した場合は160度でゆっくりと6分、冷凍せずに揚げる場合は170度で5分程度、半分浸るくらいの油で揚げ焼きする。しっかり確実に火が通る時間なので、予熱であまり火を通せない冬場でなければ、もう少し短くてもいい。
キツネ色になり過ぎるようであれば様子を見て火を弱めて欲しい。揚げたらすぐに立てかけておくと、しっかりと油が切れてベタつかなくなる。半分に切って盛り付けたら、鶏のササミとキュウリの揚げ春巻きの完成だ。
今のうちに火の通りやすい、しめじとエノキの味噌汁を作っておき、直前で味噌を解けばいいだけにしておく。
続いてお湯に浸して戻しておいた生春巻きの皮の半分から下の位置に、◇の向きでスライスチーズを乗せ、鶏のササミとキュウリをマヨネーズであえたものを横向きに更に乗せたら、崩れないように下から巻いてやる。
スライスチーズだけで崩れないなら、生春巻きの皮、別にいらないんだけどな。
柔らかいから具が多いと崩れやすいんだ。
半分に切って盛り付けたら、鶏のササミとキュウリのチーズ生春巻きの完成だ。
今度はお湯で戻しておいた生春巻きの皮の上に、料理酒をかけて電子レンジで加熱して割いておいた鶏のササミと、残りのキュウリを乗せ、ひと巻きしたら、左右を内側に折り込み、緩くならないように更にきつく巻いていく。ひと口サイズに切って器に盛りつけたら、スイートチリソースを添えて、鶏のササミとキュウリのアジアン生春巻きの完成だ。
お好みでパクチーやレタス、人参なんかを加えても美味しいな。今回は材料を使いまわした上で、味付けを変える為に、あえて同じ材料にしたが。ポテトサラダ、しめじとエノキの味噌汁を添えて、使い回し2日目の夜ご飯は、鶏ササミとキュウリの3種の春巻き、ポテトサラダ、しめじとエノキの味噌汁だ。
みんなで一緒に作った夜ご飯を楽しく食べる。スイートチリソースは辛くないから、結構子どもでも食べられるんだよな。まあ、子どもにもよるかも知れないが。特にスライスチーズを入れた生春巻きは子どもたちに人気だ。大人はこれに大葉なんかを加えてもうまいと思う。俺は特に大葉が好きだからよく入れるんだが、苦手な子どもも多いからな。子どもたちと食べる時には入れないんだ。
明日も面接だ。早めに寝て頑張ろう。
更新だいぶあきまして申し訳ありません。
 




