第147話 コボルトのアンテナショップ・プレオープン
みんなでワイワイとご飯と食べたら、ついに子どもたちの、祈りのダンスの時間だ。
子どもたちの健全な成長と、豊かな実りを願う儀式でありお祭りで、8歳以下の子どもたちが踊りを踊り、最後はドライアド様を囲んで、ドライアド様にも踊っていただくのだとアシュリーさんが言っていた。新しく家を建てたり、店を始める時にするものらしい。
これにカイアとアエラキも出るのだ。
音楽とかはないので、太鼓の音とリズムに合わせてオシリを振って回転するという、誰にでも出来る簡単な踊りで、大樹が揺れるさまを表現しているのだそうだ。
子どもたちは簡単な衣装があるみたいで、お着替えをする為にお母さんたちに連れられて行った。カイアとアエラキもお着替えを手伝って貰うことになった。
とは言っても、普段服を着ていないから、今回だけ衣装を身に着けるというだけだ。
親御さんたちが作った即席の舞台は、足元に花や植木が並べられて、まるでさながら保育園のお遊戯会のようだった。だが一応、並べられている花や木にも、そして並べ方にも意味があるものらしい。魔法陣でも描くかのように、決まった配置に並べられている。神聖な踊りを踊っている子どもたちを、悪しきものから守る意味合いがあるのだそうだ。
1番最初はオムツ組みさんたちの踊りだ。
可愛らしい木の妖精さんみたいだな。
1歳と2歳の子どもたちと、アエラキが一緒に踊る。まだハイハイしている子たちは、見た目が犬なだけあって、完全にオムツを履いた子犬だな。とっても愛らしい。
オムツを履いた子犬と、オムツを履いたウサギのダンスだ。可愛くないわけがない。
ただ、アエラキ以外はまだ上手にダンスかかま踊れないみたいだ。まともに踊ってると分かるのがアエラキくらいだな。
ハイハイしている組みさんたちは、好き勝手にハイハイしまくったり、少しだけ立っちしたり歩ける子たちも、掴まらないと上手に歩けなかったり、歩けてもコロンと尻もちをついたり転んでしまって、泣き出す子たちもいて、お母さんが抱っこしてやっている。
親戚の人たちはそれを目を細めて笑いながら見つめている。そんな中で1人アエラキだけが、ドヤ顔でオシリをフリフリしていた。
赤ちゃん組のダンスが終わり、アエラキが戻って来る。抱き上げてやり上手だったぞ、と言うと、嬉しそうにピューイ!と鳴いた。
続いて5歳までの子たちのダンスだ。さすがにお兄ちゃんお姉ちゃんだから、ちゃんとダンスになっている。一斉にオシリをこちらに突き出して、フリッ。反対側に突き出してフリフリッ。それのまあ可愛らしいこと。
大樹を模したお手製の衣装にそれぞれ身を包み、楽しげに踊る子どもたち。
俺は子どものしなやかな体の動きと、動物の、特に犬のオシリが大好きなんだが。なんて言ったらいいのかな。皆さんレモン少年というのを知っているだろうか?レモンが目に入ったようなポーズを取る、可愛らしい男の子の動画なんだが、子どもの愛らしい仕草が詰まったような動きをしてるんだ。
それと、鏡に映る自分のオシリが気になって、何度もオシリを突き出しては確認している、柴犬の子犬の動画があるんだが。それを足して乗算したみたいって言うのかな。
何ていうか、あまりにも可愛すぎて、一周回って、──無になった。子どもたちの成長に涙を流すコボルトの親戚たちに囲まれて、1人真顔でそれを見つめる俺がいた。
そしてついに8歳までの子どもたちと、カイアが踊る番になった。仲良しのナティス君とヨシュア君に手を取られ、カイアは月桂樹の王冠のような、花と葉がたくさんついた冠に、それの長いやつのようなタスキを、肩から交差するようにかけている。体が木の幹だから、引っ掛けるところがなくて、頭の枝にかけた細い糸から吊るしているみたいだ。
腰のところには長い葉が腰ミノのようについていて、他の子どもたちも同じ姿だ。
ナティス君とヨシュア君は、他の子たちと同じ衣装に、花のない月桂樹の王冠のような冠をつけて、カイアとちょっぴりお揃いにして貰っていた。最初は普通に全部の根っこで歩いていたが、ダンスが始まると、ビシッと根っこを伸ばして立ち上がる。それをナティス君とヨシュア君が枝の手を持って支えてくれている。パチパチパチパチと拍手の音がして、ドライアド様のダンスが始まった。
トントコトントコトン、フリフリッ!
トントコトントコトン、フリフリッ!
大きな子どもたちのダンスは、今までのものよりも随分動きが早かった。2回オシリをフリフリすると、半回転して後ろを向いてまたフリフリする。リズムに乗って、確かにこれは、しっかりと振り付けになっているな。
さすがしなやかなバネのある体をした、コボルトの子どもたちだ。
ナティス君とヨシュア君が一度前を向いてフリフリし、後ろを向いてフリフリしたら、また前を向いてフリフリするタイミングで、カイアも一緒にフリフリをする。ナティス君とヨシュア君が再び前向きと後ろ向きでオシリをフリフリすると、カイアの枝の手を持って、ゆーっくりと回転し、後ろを向いたカイアと共にオシリをフリフリする。大きな拍手が湧いて、俺も力いっぱい拍手をした。
……アエラキ。真似してパチパチしてくれているのは嬉しいし可愛らしいんだが、お前さんの手だと音は出てないぞ。
まあ、気持ちは伝わっているだろう。
コボルトは収納出来る爪こそ犬のそれをしているが、人間ぽい手をしていて肉球がないから、ちゃんと拍手をするとパチパチ音がするんだが、アエラキのお手ては、まんまウサギのそれだからなあ。
支えて貰っているとはいえ、他の子どもたちよりも、当然カイアがオシリを振れる速度は遅いんだが、ちゃんとみんなとお揃いのダンスになっている。たくさん練習したものなあ。ちゃんと成果が出ていて、最初の頃よりもかなりしっかりとオシリフリフリダンスが踊れるようになっている。──俺は泣いていた。周りの親戚の人たちも泣いていた。
アエラキが不思議そうにそれを見ている。
子どもたちのダンスが終わり、みんなで手を繋いで頭を下げる。パチパチパチパチと拍手が湧いて、みんな、即席の舞台からバラけると、どうだった!?と親御さんたちのところに駆け寄って、感想を求めていた。
とっても上手に出来ていたぞ!とお父さんに褒められて嬉しそうな子、お母さんに抱きしめて貰っている子など、様々だ。
「……おばあちゃん、どうして泣いてるの?
どっか痛いの?」
ダンスが終わって戻って来た男の子が、泣いてる自分の祖母を見上げて、不思議そうに心配そうに声をかけている。……少年よ、大人になるとな、子どもの成長を目の当たりにしただけで、泣けちまうことがあるんだ。
俺も戻って来たカイアを抱き上げてやり、とっても上手に出来ていたぞ、と言った。
足元だとカイアのダンスが見え辛いだろうと、抱き上げたままだったアエラキも、ピューイ!とカイアを褒めている。カイアは嬉しそうに、ピョルルッ!と両方の枝の手を、バンザイみたいに上げて喜んでいた。
みんなでお祭りのお片付けをして、俺が出したベッドマットを敷き、その上に布団を並べたら、みんなでお泊り大会だ。
なんせこの店の敷地面積はかなり広いからな。なんならこっちの世界にもテントはあるから、簡易のテントを家族単位で出そうかと聞いたら、むしろ大勢で1箇所に泊まることはなかなかないらしく、やりたいという声が返ってきたので、全員で雑魚寝ということになったんだ。なんなら寝る前にみんなで枕投げでもしましょうか?と聞くと、なにそれ、楽しそうね!というアシュリーさんの声を皮切りに、枕投げ大会をすることになった。
ルールは簡単。
子どもは大人の後ろに隠れてもよい。
子どもの顔には当てない。
小さ過ぎる子は希望者のみ。
これだけだ。
参加したい負けん気の強い子は、いつの時代もいるからな。そういう子をのけものにするのはよくない。疎外感を強くしちまう。
それと魔法は子どものみ使用可能にした。
ただし危険と感じた時の防御魔法と、枕にかけるのであれば可、直接攻撃は不可だ。
そうしないと、アエラキが参加出来ないからな。コボルトは精霊魔法を使うが、精霊魔法を使える人がそもそも少ないから、アエラキの為の変則ルールみたいなもんだな。
自分も枕投げに参加出来ると分かって、アエラキは俄然張り切っていた。
「いくわよー!」
「まずオンスリーさんを狙えー!」
「勇者さまの仲間だったんだ!
1人でも強いから、みんなで倒すぞ!」
「お、おい、お前たち待ってくれ……。」
慌てるオンスリーさんの声もなんのその。
大人も子どもも一斉に、オンスリーさんめがけて枕を投げ出す。
「おいおい、アシュリー、お前もか!」
「おじいちゃんには負けないわよ!」
アシュリーさんも嬉しそうにオンスリーさんを狙っている。カイアは怖がって俺の後ろにいたが、信仰対象であるドライアド様に枕を投げる人はさすがにいなかった。
だが俺に向かってくる枕を怖がって泣いてしまう。それを見たナティス君とヨシュア君が、カイアと安全地帯に移動してくれた。
「ピューイ!!」
風魔法で浮かび上がり、たくさんの枕を操り投げるアエラキ。アエラキの投げた枕に埋め尽くされて、オンスリーさんがついに参ったをした。やったー!と盛り上がる、アシュリーさんと子どもたち。柔らかい枕だから、別に大して痛くはないから、みんなの為に鬼役をしてくれたようなもんだな。
そんなアシュリーさんと子どもたちの、次の狙いはなんと俺だった。
「おじいちゃんの次に強いのはジョージよ!
みんな!ジョージを狙って!テーッ!」
アシュリーさんの合図で、一斉に子どもたちの枕が俺のところに飛んでくる。
さすがにこれはかわしきれないぞ。
しばらく抵抗したが、きりがないので、まいった、と大の字に寝転んだ。
やったー!と、子どもたちとアシュリーさんが、飛び上がって手をパチンと打ち合っている。楽しそうで何よりだ。遊んだことで疲れたのか、子どもたちはそれからぐっすりと寝てくれた。子どもって電池が切れるまで遊ぶし、電池が切れると、変な態勢のまま寝るよなあ。よそのうちの子どもたち同士で集まって寝ているのをそのままにして、みんなでお休みなさいをしたのだった。
今日はコボルトのアンテナショップのプレオープンデーだ。先代勇者であるランチェスター公と、娘さんのメイベル王太后がいらして下さることになっているので、コボルトの集落のみんなでお出迎えをすることになっているのだ。集落の全員じゃないのは、一応ゴーレムが出て来る魔宝石で、盗人を迎え撃つようにしてはいるものの、特に1番お高いオンバ茶を盗まれたら困るから、万が一を考えて、戦える組が残ってくれているからだ。
今はもう、王族という後ろ盾があるから、盗人と戦って撃退しても、役人は人間の味方はしない。だから安心して迎え撃てるってもんだ。祈りのダンスを踊る子どもたちの親戚は、さすがにいて貰った。アシュリーさんとララさんも、ララさんの弟のマークス君が、カイアと一緒に踊る担当だったので、当然やって来ていた。アシュリーさんはララさんとマークス君の従姉妹だからな。
ベッドマットと布団と枕を俺のマジックバッグにしまい、朝食を食べると、店の飾り付けだ。あちこちにローザンの花が飾られている。コボルトの集落のドライアドの周囲にだけ咲くその花は、コボルトを象徴していると言われており、コボルトが新しい人を歓迎をする時に渡されるものだ。俺も以前パーティクル公爵と集落に行ったときに渡された。
これもコボルト独特の文化というか、お祭りみたいなもんだな。
コボルトのアンテナショップの前に、王族の馬車がついたのを、木のブラインドを開けて覗き見る。普段の営業中は開けるつもりでいるが、今日は開けない予定だ。王族がいるところを、外から覗かれたら困るからな。
くつろげなくなっちまうことだろう。
「──さあ皆さん、ローザンの花は持ちましたか?王族の皆さまを迎え入れますよ?」
俺の言葉に、みんなコックリとうなずく。
俺がコボルトのアンテナショップのドアを開けると、横付けされた馬車から降り立ったランチェスター公とメイベル王太后が、笑顔で店の中に入ってくる。その様子を、警備の近衛兵と護衛兵士たちにおさえられながら、周辺の店のお客や店員までもが覗き込んでいた。貴族らしき人たちも大勢いる。
王室御用達の看板をかかげ、今まさに王族が来ているこの店に、手出しをしようというのはよほどの好き者か、王家と対立している勢力だろうな。わざわざこうして来てくれたのは、ランチェスター公がオンスリーさんに会いたかったということと、王室御用達の看板に偽りがないことのアピールの為だ。
勇者に同行し、人間を救ってくれた一族に関わらず、元魔物のイメージがいつまでも消えずに、迫害されている実情に、胸を痛めていたからに他ならない。
ここからようやくスタートだ。コボルトのイメージ改善計画のな。
「オンスリー……!久しいのう……!」
「勇者さま……!お懐かしゅうございます。
お元気そうで……!」
ランチェスター公とオンスリーさんは、固く握手を交わして涙ぐんでいた。王族は公務でもなければ、滅多に平民の町には行かれない。ましてやコボルトの集落に行くような公務も作れない。だから2人が再会したのは、瘴気を消す旅の道中以来だと言う。
瘴気に囚われて弱っていた集落のみんなとドライアドの子株は、聖女様に救われたといってもまだ弱っていたらしい。
それが気になっていたオンスリーさんは、王城での祝賀会には参加せず、すぐに集落へと戻ったのだそうだ。旅を終えて城に戻ったメンバーの中にオンスリーさんがいなかったことで、勇者一行にコボルトがいたことを知るものは少なかった。集落の復興を最優先したことで、勇者凱旋の国内行脚にも、オンスリーさんは同行しなかったから、他国の王族と一部の貴族しかそのことを知らないんだ。
「店長になったんだってのう。
せっかく王城と近いところに店を構えたんじゃし、これからはちょくちょく遊びにこさせて貰おうかの。別に構わんじゃろ?」
「もちろんですとも……!」
オンスリーさんも嬉しそうだ。そんな父親の姿を、後ろからたおやかに微笑みながら、メイベル王太后が見つめている。
「オンスリーさん。父を無事に返してくださってありがとうございます。あなたがいらしたから、わたくしは生まれてくることが出来たのですわ。勇者一行に加わって下さった方に、今までなんの恩恵も与えられなかったことを、王家の一員として恥じております。
これからは全力で、皆さまのお力になれるよう、尽くしてまいりますわね。」
と言った。
「もったいない……お言葉です……。」
オンスリーさんは涙ぐんでお礼を言った。
そこへ、
「あの……、本当に入ってもよろしいのでしょうか?その……。」
「──ああ、どうぞどうぞ。
よく来てくれましたね。皆さん中へ。」
恐る恐るといった感じでやって来たのは、ラグナス村長の村人たちと、ハンバーグ工房の新しい従業員たちだ。
ここで働くコボルトたちは、同じ敷地に住むことになっているから、先に親睦を深めて貰おうと思って招待したのだ。
面接の時に話してはあったが、先代勇者一行に参加していて、先代王と親しいと言葉では聞かされていても、実際目の当たりにしないと実感がわかないだろうと思ったんだ。
自分の知り合いに、コボルトに何かをされた人がいるわけでもないのに、勝手にいつまでも魔物のように感じていたわけだしな。
事実、ランチェスター公と親しげなオンスリーさんの姿に、一瞬恐れをなした様子だったみんなも、本当みたいだぞ?と言う表情を浮かべだしている。目論見は大成功だな。
「皆さまを歓迎し、我らの新たな友人として迎え入れられることを祝して。
──友人たちに、ドライアド様の祝福がありますよう!」
コボルト達が手に手に花を持って掲げる。
「さあ皆さま、これをどうぞ。」
「どうぞー。」
「ローザンのお花だよ!」
「ピョルルッ!」
「ピューイ!」
可愛らしいコボルトの子どもたちや、カイアとアエラキも、一緒になってみんなにローザンの花を配っている。
みんな戸惑いながらも花を受け取って、髪に花をさして貰った女の人たちや、子どもたちもとても嬉しそうにしていた。
ハンバーグ工房の従業員の子どもたちは、さっそくコボルトたちの子どもたちと遊びたそうにして、既に一緒に店の奥に走り出している子たちもいる。メイベル王太后も、アエラキに髪に花をさして貰った、父親のランチェスター公の姿を見て微笑んでいる。
そんなメイベル王太后の髪にも、いくつものローザンの花が付けられていた。




