第146話 コボルトのアンテナショップ・前夜祭
「どうでしょうか?」
「……どうでしょうって……。
どうもこうも、売れるさ!売れるに決まっているだろう!こんなの!」
ルピラス商会副長、エドモンドさんは、俺が渡したウィッグを手にして、ひっくり返したりして、しばらくいじっていたが、俺が声をかけると大きな声を出した。
「それなら良かったです。明日は先代勇者であるランチェスター公と、娘さんのメイベル王太后が、コボルトの店の開店祝いにいらして下さるとのことで、お礼に贈り物にしようかと思っているんですよね。」
「いいと思うぞ。王族が率先して使ってくれたら、なおのこと売りやすくなる。」
エドモンドさんがうなずきながら言う。
「そういうつもりでお渡しするわけではないのですが、もしもこれで、たくさんウィッグを作る業者さんが増えて、病気でお困りの方に広まるといいなと思ってはいます。」
「技術を安く提供しようっていうのか?
やめておいたほうがいいぞ?
ハンバーグは日常に根付かせたいというから、そのほうがいいと思ったが、使う人間が限られる商品にはむかない。」
「そうですか?」
「ああ。安かろう、悪かろう、の工房が増えるだけだ。目新しいからきっと大勢の工房が飛びついてくる。それよりは、うちかジョージのところで、新しく工房を作るか、既にあるところと提携したほうがいいだろうな。」
確かに、現代でもハゲに悩む人につけこんだ商売は多いからな。
質の良い普段使いのものは、メンテナンスも必要な上、そもそもかなり高いとも聞く。
俺も一度、男性用カツラと薄毛治療で昔から有名な大手の薄毛治療に行ったところ、当時はお試しすらなくて、40万もするコースをいきなり組ませようとしてきたからな。
なんとかお願いして、1回お試しさせて貰ったが、当時悩んでいた大量のフケすら取れないシャンプーとヘッドマッサージ。それで1回2万近いって言うんだからな。
母に行ったのがバレて、母の友人の旦那さんが、その会社に何百万もカツラで巻き上げられて、離婚になったのだと罵られた。
別に二度と使うつもりはなかったが、悩んでいる人間に一方的に、ギャアギャア言うのは腹が立つだけなのでやめて欲しい。
夫婦なら共有財産問題があるが、俺は独身なんだからな。余計なお世話というものだ。
「でしたら、医療用のウィッグを用意して、病気の診断書を持っている方については、お安く提供するというのはどうでしょうか?」
「いいんじゃないか?医師か薬師なら、病気が原因か、単なる加齢なのか判断出来るし、それこそ女性は髪がなくては、普段の生活もままならんだろうからな。」
とエドモンドさんが言った。
「聖魔法使いには分からないですか?」
俺はアントンさんの顔を思い浮かべながら尋ねた。
「聖魔法使いが分かるのは、状態異常だけだからな。ハゲの原因を特定は出来ないし、治療も出来ないさ。」
だからカイアの聖魔法で、ジュリアさんの免疫異常は治らなかったのかな。
それともレベルが足らないとかなのかな。
免疫異常は状態異常にはならないのかな。
本来異物に免疫細胞が反応し、攻撃して身体を守る筈のものが、なぜか自分の毛に反応してる状態なわけだが、俺からすると、それも状態異常であると感じるんだが。
まあ、状態異常がどんな状態なのかが、俺にはまだよく分からないが。
現代でも免疫異常は、明確な原因と治療方法が確立されていない分野でもある。
「なるほど……。」
ここはハンバーグ工房の面会室の中だ。
今日はハンバーグ工房の視察を兼ねて、ウィッグ販売の相談をする為に、エドモンドさんに来て貰ったのだ。基本俺はここにいないので、俺の為の執務室というのがない。ここは面接やお客さんを迎える為の部屋なのだ。
工房長の部屋は作ったんだけどな。
「ジョージ、そろそろ時間じゃないか?」
「あ、そういえばそうですね。じゃあ、子どもたちのお迎えに行ってきますので。」
「分かった。
俺は入口で馬車をつけて待ってるよ。」
「すみません、助かります。」
俺はエドモンドさんとハンバーグ工房の入口で別れ、その足で保育所へと向かった。
「こんにちは。お迎えに来ました。」
「ああ、ジョージさん。
──カイアちゃん!アエラキちゃん!
お父さんが迎えに来たわよ!」
保育士さんがカイアとアエラキを呼ぶ。
円璃花がいなくなったことで、昼間見ていてくれる大人がいないので、日帰り出来る用事の時は、こうして2人を保育所に預けることにしたんだ。お友だちも出来るしな。
カイアは俺にすぐさま駆け寄ってくる。アエラキはアーリーちゃんとのお砂場遊びにまだ夢中だった。最初は子どもたちも2人の見た目にびっくりしたようだったが、精霊だと分かって、すぐに打ち解けてくれたようだ。
保育士さんがアエラキに、お父さんのところに行きましょうと声をかけて、アエラキはようやくアーリーちゃんとバイバイしてこちらにやって来た。子どもたちはオムツをはいたウサギの見た目のアエラキに触りたそうだったが、保育士さんたちに止められていた。
「はい、じゃあ、確かに。」
カイアとアエラキをそのまま引き渡そうとする保育士さんを制止する。
「駄目ですよ、俺と分かっていても、一応確認して下さい。他人になりすます魔法やスキルなんてものもあるそうですからね。」
「そうでしたね、すみません。」
俺が差し出したハンバーグ工房の従業員証明書兼入館証──入房証かな?──を、魔道具に反応させて、俺だと確認する。
そこでようやく子どもたちの引き渡し、という仕組みにしたのだ。
従業員の子どもたちしかいないから、入館証をそのまま使うことが出来るし、この世界の証明書は、冒険者認定書しかり、銀行の口座番号証明証しかり、本人認証が魔法で組み込まれているのが便利なところだよな。
魔法版生体認証システムとでも言うか。
一応ハンバーグ工房の敷地内にあるから、途中に警備兵もいるし、その先の認証は突破出来ない仕組みではあるけどな。
大切なお子さんたちをお預かりしているわけだから、念には念を入れた感じだ。
「あの……、それで、アエラキちゃんのオムツがはずれなかったのですが、その……。」
保育士さんが申し訳なさそうに言う。
「ああ。だいじょうぶです。あれはオムツに見えて、ただの毛なので。」
そうなんだよな。稚魚がお腹に栄養をくっつけて生まれてくるみたいに、カーバンクルはオムツをくっつけて生まれてくるのだ。
大きくなったら自然に取れるらしい。お父さんとお母さんにはついてないしな。アエラキの親御さんに事前に聞いてなかったら、俺もオムツがはずれなくて焦るところだ。
ちなみに保育所には、ミスティさんの開発してくれた、自動熱石押し機能付き洗浄機、つまりアイロン機能付き洗濯乾燥機の小型のやつを備えている。オムツを洗濯して返すためだ。全自動だから、上に置いてボタンを押すだけで、保育士さんたちの手間も少ない。
普通ならお持ち帰りいただくところだが、排泄物のついたオムツをカバンに入れて買い物しなくて済むなら、そのほうが助かるだろうと思ったのだ。一応別料金で、一回につき銅貨3枚、つまり300円を徴収するが、仕事を始めて生活に余裕が出来たこともあり、ほとんどの親御さんが利用している。
ちなみに住居エリアにはコインランドリーとして、大きなものを備え付けてある。アイロンをせずにキレイにするだけなら、銅貨3枚で大人の服が10枚洗える。オムツはアイロンがかかってる方が付けやすいらしい。
利用に際しては、食堂の決済と同じ仕組みを利用した。自動で利用が記録されて、動き出す仕組みを取り付けて貰ったが、チャージは食堂での手作業だから、やっておかないと休みの日に出来なくなるのが不便なとこか。
1つのものに2種類の魔法を組み込むのは大変らしく、現代の電子マネーのように、入館証と現金チャージを、1つにすることはかなわなかった。だから別々に持ってもらってる感じだな。まあ、そのほうが入館証をなくさなくてすむから結果としては良かったが。
洗濯が楽になったと、特に片親の従業員に好評だ。ワンオペ育児は大変だものな……。貯金がしたいらしく、ランディさんリンディさん兄妹は自分たちで洗濯しているそうだ。
売店も新しくオープンしたので、仕事帰りに買い物が出来る。敷地全体に防御魔法陣を展開しているので、夜でも安全に買い物が出来るからな。とはいえ、コンビニみたくに24時間とかは無理だから、11時から19時までだ。工房が8時から16時までなので、お昼休憩が11時からになる。昼休みに買い物に来る人たちもいるし、それ以外の時間は移動販売担当の冒険者たちが買い物に来る。
元々着替える時間の問題もあるが、ラグナス村長の村人たちも、買い物をして帰ることがあるから、帰りの馬車は余裕を持って16時30分に出ることにしている。昼休みに店を覗いて、取り置きして貰っておいて、帰りに買って帰るという人もいるみたいだな。
住み込み組は店が混むからと、ラグナス村長の村人たちが帰ってから、のんびり買い物に来ているみたいだ。
すぐに買い物が出来るようにと、小金貨3枚分だけ、前借りで給与からチャージ出来るようにしたのが良かったみたいだ。
さすが自給自足が主な生活手段の世界なだけあって、みんな思ったよりも現金を持ってなかったからな。平民はそんなものらしい。
ラグナス村長の村人たちも、前借りでチャージした分から食堂の定食を食べたり、買い物を楽しんでくれている。
前借りといっても俺の店で使うわけだし、給与から天引きなので問題はない。
それよりもそれを希望する人の多さに、ルピラス商会に紹介して貰った人だけでは、経理部門の人手が足らず、ニールさんに見習いで入って貰うことになった。もともと前職では商店で働いていたから、多少の読み書き計算がいける人だったからな。専門知識のいる仕事なので、当然工房よりも給与は高い。
希望よりも良い仕事につけて、ニールさんは張り切っていた。家族の為に歯を食いしばって戦う人間は簡単にはやめない。いい人に入って貰って良かったと思っている。
もちろんこちらとしても、それに甘んじるつもりはないけどな。家族持ちが簡単にはやめず、上司の言うことを聞くように見えるのは、生活手段の為にそれを我慢をしてるってだけで、会社が理不尽を強いることに、ストレスがたまらないわけじゃないからな。そういう人ほど無理をして、心が壊れてしまうというのも、またよくあることだ。不満を声に出してくる従業員は一見面倒に思うが、仕事に必要な部分であれば耳を貸す必要がある。
サイレントクレーマーがごとく、何も言わない従業員も、同じ不満を抱え、何も言わずに仕事に来なくなるか、心を病んでしまうことが往々にしてあるからだ。簡単にやめる人が多いというなら、それは従業員でなく、会社側に問題のあることだと思っている。居心地が良ければ、長く勤めたいものだからな。
大人数いる状態で聞けば、聞いて意見が出てくることもあるが、何かあった時に、こちらから聞かずとも言って貰えるような関係性を、いかに従業員と築けるか、だ。
「さあ、2人とも。マジックバッグの中に入ってくれ。練習の成果を披露する日だぞ。」
「ピョ、ピョル……。」
「ピューイ!」
まだ不安げなカイアと、元気いっぱいのアエラキが対照的だな。今日は、明日のランチェスター公と、娘さんのメイベル王太后を招いたプレオープンの前夜祭として、ついにカイアがコボルトの子どもたちと、オシリフリフリダンスを披露する日なのだ。
アエラキも、小さい子たちとダンスを披露することになっている。俺はひと足お先にコボルトの店に移動する為に、カイアとアエラキに保育所を早退させたのだった。
2人にマジックバッグの中に入って貰い、警備兵の詰所の外で、御者席に座って待ってくれていたエドモンドさんと合流する。
「すみません、お待たせしました。
助かります。」
コボルトのアンテナショップは王都の王城近くで、エドモンドさんが副長をしているルピラス商会は王都のはずれにある。
だから帰るついでに、馬車で送ってくれることになったのだ。
「なに、大したことじゃないさ。」
ハイ・ヨー!と言ってエドモンドさんが馬に軽くムチをふるい、馬車はガタゴトと動き出した。移動販売の馬車に慣れちゃうと、だいぶオシリが痛く感じるな。そのうち馬車をプレゼントしようかな。世話になってるし。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰るよ、こいつは見本に借りていく。もし注文が来たら、その分は改めて使いをやって引き取りに来るから。工房はこちらでもあたっておく。髪の毛が売れるとなれば、助かる人間も大勢いるだろうからな。それに工房を作ることで、働き口が増えるのはいいことだ。また何かメシの種が出来たら、ぜひ声をかけてくれよな。」
コボルトのアンテナショップ前までつけてくれると、そう言ってエドモンドさんは笑顔で馬車を走らせて帰って行った。
コボルトの店の鍵をあけて、鍵をしめ、明かりをつけると、白い木で出来た窓のブラインドを閉じた。そしてマジックバッグの中から、みんなに出て来て貰う。なにせカイアとアエラキだけじゃなく、コボルトの集落の大半が来ているからな、出すだけでも結構な時間がかかるんだ。先に出た人たちから、ワイワイと店の中を見回している。アシュリーさんとララさん以外は初めてだしな。
俺は昨日のうちに、コボルトの集落に向かって、ダンスを披露する子どもたちと、その親戚たちに、マジックバッグに入って貰って連れてきてたんだ。階段状破風のレンガ造り4階建てで、1階がコボルトのアンテナショップ、2階と3階がレストランで、1番上の階がVIP席と言う名の貸し切り用席兼、従業員休憩室と倉庫になっている。
魔法式のエレベーター、魔道昇降機というのがあるというので、それも取り付けたから階段もあるが基本はエレベーターを使う。
今日はテーブルと椅子を倉庫に片付けて、4階を使って祈りのダンスを捧げ、その後みんなで店にお泊り予定となっている。
冒険者向けの宿にはコボルトも泊まれるんだが、さすがにこの人数をまとめて泊められる宿がないからな。他のお客さんもいるし、全員分の宿が確保出来ないことが分かったので、ここにマットを置いた上で、布団を敷くことにしたのだ。さすがにレンガの床に布団直置きは冷たいし硬いからな。
別に個別にベッドでもいいんだが、それだと下の階も片付けないといけないし、大勢で雑魚寝の方が楽しいかと思ったんだ。滅多にそんな機会もないだろうからな。
「ここが皆さんの店ですよ。まずは見学してみますか?自由に見てまわって下さい。」
そう言うと、みんなめいめいに店を見学してまわりだした。ふと気が付くと、コボルトのアンテナショップ店長である、オンスリーさんが涙ぐんだ顔で俺の前に立っていた。
「アシュリーから聞いていたが、本当にクリスの名をつけてくれたんだな。
……ありがとう。必ずコボルトは人間に害のない存在だということを、みんなに知らしめてみせると約束するよ。」
「はい。明日は先代勇者さまである、ランチェスター公もいらして下さいます。
きっとだいじょうぶです。」
俺とオンスリーさんが握手を交わすところを、アシュリーさんが見つめていた。




