第141話 おうちで簡単本格肉まん
「病気、ですか……。エリクサーも持っていますから、よろしければ……。」
そう言って能力でエリクサーを出して手渡そうとすると、ジュリアさんは、とんでもない!と、両手のひらをこちらに向けて、ブンブンと横に振って断ってきた。
「ひとつ中白金貨1枚もする代物を、いただくなんてこと、とてもできませんわ!
なぜそんなものをお持ちなのですか?」
中白金貨1枚……、1億か。
俺は能力で簡単に出せるが、そんな高いものを気軽に受け取るのは確かに無理だよな。
驚いているジュリアさんに、ジョージさんはAランク冒険者なんだよ、と説明をするエリックさん。確かBランク以上の魔物からもまれに手に入ると聞いたことがあるよ、と。
そうなのか。まったく知らなかった。
だがお高いだけあって、ドロップ率は低いんだろうな。よほど効果のあるものらしい。
「絵が売れたらいずれエリクサーを買うつもりなのです。エリクサーはあまり市場に出回ることがないと聞きますので、もしも購入出来るお金が出来ても見つけられなかった場合は、ぜひ譲っていだけませんでしょうか?」
「もちろんです。」
と俺は笑顔で答えた。
それにしてもなんの病気なんだろうな?
治療が間に合えばいいんだが……。
というか、聖女の力で治せないのかな?
聖女は瘴気を払う力を持つ人のことらしいが、俺の中のイメージだと、病や怪我を治せる人って感じなんだが。
でも聖女様でも無理なのかも知れないな。先代の聖女様が作った、魔法が使えない人にも魔法を使えるようにする為の、魔法陣を描いた本の中には、ひと通り目を通したが、病気を治すものは存在しなかった。
そうすると、エリクサーは俺の想像よりも凄いもの、ということなのかも知れない。
……待てよ。
以前王宮で、円璃花が俺の出したケーキを食べ過ぎて腹痛をおこした時は、カイアが円璃花の腹痛を治してやっていたよな。
ひょっとしたら、カイアだったら治せるということはないだろうか?
今度試してみてもいいかも知れないな。
「でも、王宮での表彰式には、とても間に合いそうにないわね。この姿で人前には立てないもの。あなたの勇姿をこの目で見届けたかったから、とても残念だけれど……。」
ジュリアさんはそう言って、寂しそうに微笑んだ。エリックさんも、なんと答えてよいものか、思案したような表情を浮かべる。
「体がお辛いのですか?」
俺は心配してそうたずねた。旦那さんの晴れの舞台を見られないのは残念だよな。
「いえ。体はそうでもないんです。常に少しだるいくらいのもので。ただ……。髪の毛がほとんど失われてしまって。」
思わず包帯に手をやるジュリアさん。
髪の毛が?この世界に抗がん剤治療なんてないだろうから、ガンではないよな。
──自己免疫疾患だろうか?
自己免疫疾患とは、外部からの侵入物を攻撃することで体を守ってくれている免疫系機能に異常が生じ、自分の体の一部分を異物とみなして攻撃してしまう病気のことをさす。
最近では、円形脱毛症は、髪の毛の毛根組織に対して免疫機能の異常が発生する、自己免疫疾患を原因とする説が有力だ。Tリンパ球が毛根を異物と間違えて、攻撃してしまうために発症すると考えられており、その激しい攻撃により毛根が傷んで、元気な髪の毛でさえ突然抜け落ちてしまうらしい。
原因は特定されておらず、その為解決方法が存在しない病気だ。もちろん、ストレスやアトピー、遺伝の場合もあるし、ホルモンバランスが乱れて、女性ホルモンが減った場合にも、円形脱毛症はおこりうるんだが。
ストレスなだけなら、ストレス原因がなくなれば解決するんだけどな。
うちの親父も一度なって、500円玉くらいのハゲが出来たけど治ったし。
「気になるのは、髪の毛だけですか?」
「え?」
「髪の毛があれば、外出したいですか?」
「え、ええ、もちろんです……。」
「それでしたら、こんなものはどうでしょうか?お好きなものをつけてみて下さい。」
「こ、これは……?初めて見るものです。」
俺がテーブルの上にズラッと並べた物をみて、エリックさんがギョッとしている。
これがないのか、この世界には。見慣れていなければ、まあ、そうなるよな。俺も小さい頃は、ちょっと怖かったしな。
「これはウィッグというものです。俺の地元では、女性だけでなく、男性もオシャレの為に身につけたりするものですよ。
気軽に髪の色や髪型を変えられるので、普段短い髪の方でも、気分でロングヘアーを楽しむことが可能ですね。」
「男性も、ですか。」
エリックさんは、テーブルの上に並べられたウィッグを、こわごわと眺めながらそう言って、なかなか手に取ろうとはしなかった。
まあ、頭から取れた髪の毛が並んでるように見えるよな。初めて見ると。
「ぜひ鏡の前でお試し下さい。」
俺はジュリアさんにそう言った。
「……私、試してみたいわ。」
ジュリアさんはウィッグをひとつ手に取ると、全身を映せる大きさの鏡の前に立った。
「かぶればいいのかしら?」
ジュリアさんが俺を振り返る。
「はい。お手伝いしますね。」
ロングヘアーは正直、パッと見、前か後ろか分からないからな。俺はジュリアさんにウィッグをかぶせてやって、髪の毛を整えた。
「これは……!」
鏡の中には、頬を染めた金髪のロングヘアーの美しい女性が立っていた。
「とても……とてもきれいだよ、ジュリア。凄く似合ってる。素敵だ。」
エリックさんは、そう、つぶやくように、愛する妻の姿に見とれながら言った。
「エリック!あなたもつけてみて!」
「ええ?私もかい?」
嬉しそうに振り返ったジュリアさんに声をかけられて、エリックさんは戸惑いながらも嬉しそうに、テーブルの上の茶髪のロングヘアーのウィッグを手に取って立ち上がると、同じようにウィッグを身に付けて、鏡の前のジュリアさんの隣に立った。
「──似合っているかい?」
「ええ、もちろんよ。あなたも、とてもよく似合っているわ。まるで元からその髪色で髪型だったかのようよ?エリック。」
「まいったな……。」
困ったような表情で、それでいてジュリアさんが笑顔なことに、嬉しそうに微笑むエリックさん。お似合いのご夫婦だな。
「よろしければ、試供品として差し上げますので、そちらをお使い下さい。」
「いや、しかし、そんなわけには……。」
「オシャレ用と先ほどお伝えしましたよね?
ぜひこのウィッグを、この国に広めたいと思っているのです。若く美しい方が率先して使って下されば、それは宣伝になります。」
別にそんな商売をするつもりはもともとなかったんだが、ジュリアさんと同じように、困っている人もいるかも知れないからな。
ウィッグがあれば外出出来るのであれば、ウィッグを広めていきたいと思う。それにこの世界にウィッグがないのであれば、ルピラス商会のエドモンドさんに言えば、それはもうノリノリで売り出してくれることだろう。
「そういうことでしたら、ありがたくいただきます。ありがとうございます。」
「こちらはすべてお渡ししますので、気分でつけかえてみて下さい。きっと外出が楽しくなりますよ。俺も美術大賞の表彰式と同日の勲章授与式に出るので、当日またお会い出来るのを楽しみにしていますよ。」
「ありがとうございます。
私も楽しみにしていますね。」
ジュリアさんは、最初に会った時が嘘のように、明るく微笑んでくれたのだった。
「──そう、そんなことがあったの。」
家に戻ってご飯を食べながら、円璃花に今日あった出来事を話していた。
勲章授与式の終わりに、貴族たちに聖女として円璃花を紹介されたら、円璃花はそのまま王宮暮らしをすることになるそうだ。だからこれまで警備をしてくれていた兵士の人たちとも、お別れのパーティーをしたかったのだが、なにせ24時間の3交代制度、ご飯休憩も交代で取るとなると、いつものように差し入れを渡すくらいしか出来なかった。
それでも会える人には1人1人声をかけて挨拶をした。俺たちが寝ている時間の人たちも、交代の関係で朝には会えるが、差し入れのことを考えると、今のうちに作れるところまでを作っておく必要がある。
さすがに急過ぎて、あまり凝ったものは作れかった。昼間でかけていたしな。
そこで何を作ったかと言うと、肉まんである。実は家で簡単に作れるんだよな。俺は豚挽き肉、玉ねぎ、生姜、干し椎茸、茹でタケノコ、強力粉、薄力粉、インスタントドライイースト、ベーキングパウダー、パン粉、片栗粉、グラニュー糖、砂糖、醤油、塩、コショウ、サラダ油、ごま油、料理酒、ウエイパー、オイスターソース、牛乳を出した。
この材料は16個計算で考えて欲しい。ボウルを秤に乗せて、強力粉100グラムと、薄力粉300グラムと、ベーキングパウダー大さじ1を、ふるいにかけながらボウルに入れてやる。インスタントドライイースト大さじ1、グラニュー糖30グラム(砂糖でもいい)、塩を少々加える。
インスタントドライイーストは、乾燥した顆粒状のものだから、プロの料理研究家の人も、使用時に水に溶かすのをすすめているくらいなんだが、パン屋さんいわく、かえってダマになることが多いので、小麦粉に直接混ぜ合わせて使ったほうがいいというので、うちではそちらを採用している。
インスタントドライイーストは、他のものを計測した後の入れ物を使わず、絶対に単独で計測するのがコツだそうだ。生地が硬かったら、水を加えてのばす前に、まずインスタントドライイーストの入れ忘れを疑うべし。
万が一入れ忘れても、油を加えた後でも、ゆーっくり混ぜればリカバリー可能だ。
生地にサラダ油を大さじ1(ごま油でもいい)と、30℃くらいのぬるま湯を100ミリリットルを、少しずつ加えてこねてゆく。
ボウルの中でそのままでもいいが、ラップを敷いたまな板の上で、指じゃなく手首のあたりで、ぐっとこねてやるのがいい。この時には打ち粉はしない。くっつくけどな。
インスタントドライイーストの塊がなくなったらひとまとめにし、乾かないようにラップをかけて室温で、夏場なら約20分、冬場なら40分おいておく。
水が冷たいとインスタントドライイーストが死ぬので、ぬるま湯であることが鉄則だ。
生地を発酵させている間に肉あんを作る。
干し椎茸6枚は洗って少なめの水で戻し、水気を軽く絞って石づきを取ったら、玉ねぎ1/2個のみじん切りと、茹でタケノコ100グラムのみじん切りと同じくらいの大きさのサイコロ状にする。生姜も少しだけみじん切りにしておく。
ボウルにこねる直前まで冷蔵庫で冷やしておいた豚挽き肉400グラムを入れ、塩少々を入れて、ボウルの下に氷水などをあてて冷やしながら、しっかりと手早くこねる。手の熱でせっかくの肉の脂が溶けてしまうため、低温を保ちつつ手早くこねることが大切だ。
まあハンバーグ作りじゃないから、面倒ならそのままやってもいいけどな。肉をこねたら醤油大さじ2、料理酒大さじ2、ウエイパー大さじ1、オイスターソース小さじ1、砂糖大さじ1を入れて混ぜたら、そこに干し椎茸、玉ねぎ、茹でタケノコ、生姜のみじん切り大さじ1程度を加えてさらによく混ぜる。
さらに片栗粉大さじ1、牛乳大さじ2に浸しておいたパン粉大さじ3、ごま油大さじ1を加え、塩、コショウ少々で味を調える。牛乳でなく水でもいいが、パン粉を予め水分にひたしておかないと、肉汁よりも先に油を吸ってしまうからだ。パン粉を使わない場合は、よく粘り気が出るまで混ぜればよい。
ちなみに、ハンバーグにパン粉を使うのは、日本独自のやり方なんだそうだ。片栗粉を使う場合もあるが、これもあくまでもつなぎの為だから、粘り気が出るまでこねれば、別にいらないものなんだそうな。
俺は好きだけどな、パン粉も片栗粉も水分を吸って閉じ込めてくれるから。
肉だねが出来たら、休ませておいた皮を綿棒でのばして16等分したら、丸くまるめてバットに並べて、かたく絞ったぬれ布巾を上に被せて、20分ほどベンチタイムを取ってやる。生地が乾燥しなければ、上にかぶせるのは厚手のビニールでもいい。やらなくても作れるが、やったほうがふっくらする。
まな板の上に打ち粉をして、さらに綿棒で円盤形に平たくのばしていく。逆に思うかも知れないが、麺棒を外側から内側に向かって転がすときに力を入れ、外側に戻すときは力を抜いて素早くのばす。中心には具をのせるので、ちょっと厚めに残しておくと、破れにくくなって作りやすくなるからな。
均等にわけた肉だねを皮の中心に乗せて包み、最後に上の方をちょっとつまんでひねって閉じてやる。餃子といい、俺はここでヒダヒダを作るのが、ちょっと苦手なんだ。肉だねがはみ出さえしなければ、形がキレイじゃなくても、あんまり気にしなくて構わない。
どうせ蒸したら更に膨らむものだしな。
蒸し器に並べる時に間をあける必要があるから、量に応じて蒸し回数は分けて欲しい。
人に渡す時に、底がくっついて見た目が汚くなるのが気にならなければ1枚のクッキングシート、気になるなら8等分したクッキングシートの上に包んだ肉まんを置いて、強火で蒸気の上がった蒸し器で20分蒸したら、ちょっと本格的なお家肉まんの完成だ。




