第138話 鶏もも肉と、にんじんと、長ネギと、ほうれん草と、タケノコの水煮と、卵と、絹ごし豆腐と、ブナシメジと、刻み海苔のワカメスープ雑炊
「あの時……って、ひょっとして、エレインが迷子になったのを探すクエストの時か?
俺たちがまだ駆け出しの頃の……。」
「ああ。寒さに震えるエレインに、寄り添って守ってくれていたアウドムラがいたよな。
そいつがベーだ。エレインが名付けた。」
インダーさんにアスターさんが答える。
「義理の母親が、父が狩りに出ている時に、ナイショで私を冬の森に捨てて……。そのまま凍え死ぬかと思ったわ。まだ小さかった私に、べーがずっとついていてくれたから、私は凍死しないで済んだのよ。──それをアスターたちが見つけてくれたのよね。それからずっと、べーは私の大切な友だちなの。」
幼い子どもにそんなことをする親がいるのか?エレインさんはとても良い子だから、新しい母親が、父親を独占しようとでもしたのだろうか。べーがいてくれなきゃ、小さなエレインさんは死んでいたかも知れない。とっても心優しい魔物なんだな、アウドムラは。
「でしたら、ベーは今日もエレインさんを守っていた、ということですか?」
「ええ。べーがお乳をくれたから、私は栄養不足で倒れずに済んだのよ。でも、足をくじいてすぐには動けなかったから、べーが心配してずっとついていてくれたの。ごめんなさいね、べー。あなたも自分の子どもを探しに行きたかったでしょうに……。」
エレインさんがべーの首を抱くと、べーがブメエェエエエ、優しくと鳴いた。
「子持ちのアウドムラのメスが、こんなに懐くだなんて、俺は見たことがないぞ。」
おじいちゃんコロポックルがそう言った。子どもに触らせるくらいだ、よほどエレインさんを信頼しているんだろうな。
猫や犬だって、飼い主にも自分の子どもを触らせないのが基本だけれど、飼い主をとても信頼していると、産まれたばかりの子どもを触らせてくれることもあるのだ。エレインさんは、よほどこのアウドムラのメスと、信頼関係を築いてきたんだろう。それこそ、エレインさんが子どもの頃からずうっと。
エレインさんのお腹が鳴る。
「……そういえば、ずっとお乳しか飲んでいないから、お腹がすいたわ。」
「では、村に戻ったら俺が何か作りましょうか。水分しか取られていなかったので、あまりしっかりした固形物でないほうがいいですね、胃がびっくりしてしまいますから。」
「え?あ、はい。アスター、こちらは?」
エレインさんは見知らぬ俺には困惑した様子で、アスターさんにたずねた。
「俺たちの新しい仕事の雇い主だ。
ジョージの料理は美味いんだぜ?」
「そうでしたか、アスターがお世話になってます。私のことも探していただいてありがとうございました。」
「いえいえ。早く村に戻って、村人のみなさんたちも安心させてあげましょう。みんな探すのを手伝ってくれていますので。」
「あ、はい。」
「その前に、エレインとアウドムラの子どもの怪我を治そう。」
アスターさんがマジックバッグからポーションを取り出してエレインさんに差し出す。
「ポーションを持って来ているんだ。エレイン、アウドムラの子どもに、こいつをかけてやってくれないか?俺たちじゃ近付けそうもないからな。あの子を治してやってくれ。」
「わかったわ。」
エレインさんがポーションをかけると、アウドムラの子どもはスッと立ち上がった。
「もうだいじょうぶね!」
「エレインもだ。足を出してくれ。」
アスターさんがエレインさんの足にポーションをかける。エレインさんも1人で立ち上がれるようになったみたいだ。
「ポッチュ、エレインを上まで運べるか?
さっきアウドムラにやったみたいに。
そこから先は俺たちが運ぶからさ。」
「できるよ!」
「できる!」
「運ぶぞー!」
「そーれ!そーれ!」
「キャッ!?」
言うなり、コロポックルたちの魔法で、エレインさんの体がふわり、と浮かんだ。
「ベー、エレインを守ってくれてありがとうな。エレインは連れて帰るよ。元気でな。」
アスターさんがそう言うと、ベーが、ブメエェエエエ、とアスターさんを見て鳴いた。
コロポックルたちが魔法でエレインさんを上に運ぶ横で、俺たちはなんとかロープを使って上に上がった。
アウドムラみたく、木を登って上がれたらいいんだけどな。木と地面がちょっと離れているから、俺たちにそこを飛び移って上に上がるのは無理な距離だった。
村に戻ると、インダーさんが信号弾を打ち上げる。エレインさんが見つかったと、遠くに探しに行っていた人たちにも伝える為だ。
続々と村人や冒険者たちが戻って来て、エレインさんの無事を喜んでくれた。エレインさんを陥れたあの男の姿は木の下に見えなかったのだが、既に役人に引き渡されたとザキさんたちが教えてくれた。エレインさんと顔を合わせなくてすんで良かったなと思った。
「じゃあ、すみませんが、台所をお借りしてもよろしいでしょうか?エレインさんはベッドで休んでいて下さい。」
「あ、はい……。」
「──俺も少し手伝ってもいいか?」
アスターさんが俺の顔を覗き込んでくる。
「お前が料理だって!?散々嫌がって、お茶の材料作りですら人任せなお前が!?」
インダーさんが驚いている。
「そりゃ……、俺だって、病人に出せる料理くらいは、覚えたほうがいいと思ってよ。」
「いいですね、ぜひ手伝って下さい。」
俺は笑いながら答えた。
「なら、エレインは俺が見ておくよ。」
「お願いします。」
「頼んだぜ、インダー。」
「オイラたちも行くよ!」
インダーさんが、コロポックルたちとともに、エレインさんを部屋におくって行った後で、どういう心境の変化ですか?と聞いた。
「自分が病気の時に、家族が頼れなかったら不安だろ?だから、その……。なんだ。俺はジョージみたく、なんでも出来るわけじゃあねえし、料理だってわからねえけどよ。」
と、アスターさんはモゴモゴと歯切れが悪かった。それで?何をすればいいんだ?と、誤魔化すように聞いてくる。
俺はクスリと笑うと、
「なんでも出来る、自分を愛していない人より、自分の為に変わろうとしてくれる相手のほうが、誰だって好ましいと思いますよ。」
と言った。
お、おう、そうだな?と、分かっているのかいないのか、不思議な返事を返されたが。
俺は鶏もも肉50グラム、にんじん、長ネギ、ほうれん草、タケノコの水煮、卵、絹ごし豆腐、ブナシメジ、刻み海苔、生姜チューブ、炊いたご飯100グラム、ワカメスープの素、ごま油を出した。ご飯は病人向けに少なめなので、普通に200グラムでもいい。
ご飯は一食で食べられる量にして欲しい。
スープを透明にしたければ、ご飯をザルで水洗いしてもいいが、栄養が流れていってしまうので俺はやらない。ほうれん草は塩をひとつまみ入れた鍋を沸騰させ、根っこから鍋に入れたら、1分間下茹でをしておき、根っこを切って一口大に切る。油で炒めたほうが栄養が流れないし、正直栄養の吸収もいいんだが、胃が弱っている時に油はちょっとな。
1人前の計算で、にんじんを4分の1本、皮を剥いて短冊切りにし、ブナシメジ半パックは石づきを取って小房に分ける。ぶっちゃけキノコはなんだっていい。生姜はすりおろしたほうがいいが、面倒なので生姜チューブを使うことが多い。鶏もも肉と絹ごし豆腐半丁は一口大に、長ネギ半本とタケノコの水煮30グラムは、適当な大きさに切っておく。
沸騰した鍋に鶏もも肉を入れて、色が変わるまで煮たら、ワカメスープの素を加えて、にんじん、ブナシメジ、生姜チューブを小さじ1、長ネギ、タケノコの水煮、絹ごし豆腐を加えて中火で煮る。ご飯を柔らかくしたい場合はここでご飯を投入。それなりに歯ごたえが欲しい場合は、野菜が煮えたら加える。
ほうれん草はにんじんが煮えたら加える。
味が薄いと感じた場合、塩などの他の調味料を加えず、ワカメスープの素をたすことで調節してやる。入れる野菜の種類と量で、必要なワカメスープの素の量が変わるから、いくつ、というのはないのだ。それに塩だと特に、かなり塩気が強く感じられるんだよな。
ちなみに鶏もも肉と長ネギだけなら、2人前でワカメスープの素を4個使っているが、他のものを入れると途端に必要量が増える。
強いてワカメスープの素以外で調味料を足すなら、鶏ガラスープの素と醤油少々かな。
肉は豚肉でもいいし、入れる野菜もなんだっていい。俺はこの組み合わせが好きなだけで、冷蔵庫の野菜を食べきりたい時に重宝している。ワカメスープは可能性が無限だ。
ネギは小ネギでもいいし、その場合は最後に振りかけて見た目をキレイにしてやる。大量にスープを作っておいて、温めたご飯を加えて混ぜるだけ、なんて食べ方もよくする。
ご飯はスープを吸ってすぐにふやけてしまうから、ご飯は食べ切れる量入れるのが大事だ。温め直す時にスープが足りなくなる。
我が家では、ふりかけやら麻婆春雨のCM曲で有名な会社の、業務用ワカメスープの素が小分けで売っているのを、いつもまとめ買いして使っている。100個入りだがかなり安いので、送料無料になるまで大量にな。かなり使い勝手がよくて便利だ。アエラキに最初に出してやった餅入りスープもこれだ。
だからか、アエラキはかなりこのレシピが気に入っていて、たまにねだってくることがあるんだよな。ご飯の代わりにうどんでもいいし、本当になんにでも合う味付けだ。
どちらかというと、体調の悪くない時に食べていることのほうが多いかも知れないな。
火を止めて溶き卵をぐるりとかけながら加えて混ぜ、最後にごま油を数滴入れ、少し蒸らしたら、どんぶりに盛り付けて、お好みで刻み海苔をかけたら、鶏もも肉と、にんじんと、長ネギと、ほうれん草と、タケノコの水煮と、卵と、絹ごし豆腐と、ブナシメジと、刻み海苔のワカメスープ雑炊の完成だ。
鷹の爪を入れて、ちょっぴりピリ辛にするのも美味いし、たまにさっきのレシピにとろけるチーズを入れることある。カレー粉をほんの少し入れてやるのもいい。柚子胡椒なんかも合うぞ。トマトを入れても美味いしな。あ、お腹を下している時に食べるのなら、卵はしっかり火を通す為に煮たほうがいいぞ。
アスターさんは、かなりおっかなびっくり野菜を切っていたが、ようやく完成した際には、味見をしてびっくりしていた。
「こ、これを俺が……?」
「料理は慣れですから、繰り返し作っていれば、素人でもそれなりものが出来るようになりますよ。自分が食べたいものから始めればいいんです。それこそ、肉を焼いて塩をかけるだけでも、料理は料理ですからね。」
「なるほどな……。きっかけさえ掴めば、簡単な部分は凄く簡単なんだな……。」
とうなずきながら言った。野菜の形がいびつでも、煮たり炒めれば大した問題じゃないし、腹に入れば同じことだからな。
「さあ、持って行ってあげましょう。」
「そうだな!お腹を空かせていたからな!」
ワカメスープの雑炊を、アスターさんが、俺も結構手伝ったんだ、と言ってエレインさんに差し出すと、エレインさんもインダーさんも目を丸くして雑炊を見ていた。
「これをアスターが……?」
「初めて料理したんだが、ジョージがいたから、味はちゃんと美味いんだぜ?」
アスターさんが照れくさそうに言う。
「……!美味しい!とても美味しいわ。
凄く優しい味ね……。」
レンゲで雑炊を食べながら、エレインさんは嬉しそうに微笑んだ。
「そうだわ、私からもお礼があるの。」
「お礼?」
「いつも買いに来てくれるパンだけどね。
アスター、うちのパン好きでしょう?」
「ああ、それを買いにも来たんだった。」
「お礼に、タダであげるわ。」
「持ってくるー!」
「くるー!」
子どものコロポックルたちが、そう言ってパン屋の店の奥に飛んで行った。
「お2人も、良かったらどうぞ。お礼に差し上げますので、ぜひ食べてみて下さい。
あ、アスターのはこっちよ。」
エレインさんはそう言って、コロポックルの子どもたちが持って来たパンをくれた。
「ありがとうございます。いただきます。」
「美味いんだよなあ!エレインのパン!」
いただいたパンをさっそく食べてみる。
「これは……、アンパンですね!」
モッチモチのパンに、甘過ぎない粒あんがタップリと詰まっている。実に好みのパンだった。粒あんもさることながら、パンがまあ美味いなあ!ずっとモッチモチ噛んでいなくなる食感だった。
「とあるお店で食べた、クリームサンドがとても美味しかったので、自分でも作ってみたくて、仕入先を教えていただいたんです。」
「アンコを使ったクリームサンド?ひょっとしたら、ナナリーさんのお店ですか?」
「はい、ナナリーさんをご存知ですか?」
「ええ。あの店とても美味しいですよね、俺も町に行くたびに食べに行っています。」
ナナリーさんは、先代の勇者が伝えた食べ物だけど、こっちの国では甘くした豆を食べる人があまりいないんです、出せば食べるんですけどね、と言っていたっけな。他にも美味しいと思う人がいて嬉しい限りだ。
「うんうん、エレインのアンバターパンは本当に美味いよな!俺も大好きだ。」
「「──アンバターパン?」」
アスターさんの言葉に、俺とインダーさんが顔を見合わせた後で、自分たちの食べていたパンの食いさしをじっと見つめ、アスターさんのパンの歯型の部分とを見比べた。
アスターさんの食べているパンにだけ、確かに中にバターらしき白いものが見える。
「……インダーさん、パンの中にバターなんて、入っていましたか?」
「……いや、入ってない……。」
コソコソと小声で、インダーさんと俺は、お互いのアンパンの中に、バターなど入っていないことを確認した。
アンバターパンをモリモリ頬張るアスターさんを、嬉しそうに見つめるエレインさん。
「こりゃあ……。」
「ですね……。」
「──ん?」
生暖かい笑顔で俺たちに微笑まれたアスターさんが、不思議そうにこちらを見てくる。
エレインさんが雑炊を食べ終わり、洗い物をしておくぜ、と言ったアスターさんと、インダーさんと共に、パン屋の厨房に行き、使った鍋や食器の他にも、エレインさんがいなかった間にたまっていた汚れものを片付けていく。パンが傷んでいないのが不思議だったのだが、僕らが祝福してるからだよー、とコロポックルたちが教えてくれた。
エレインさんもコロポックルの祝福を受けていたんだな。それがパン作りに活かされているのか。なにか一緒に出来たらいいな。
洗い物をしながら、アスターさんがソッポを向きつつ、あの、その、奴がまた来るかも知れないし、エレインが心配だから、俺がこのルートの専属ってことでもいいか?と聞いてきた。俺とインダーさんは苦笑しながら、いいんじゃないですか?と言ったのだった。




