第137話 コロポックルの祝福
「……あそこだよ。あの木の上さ。
ハーピィの巣があるのは。」
アスターさんの肩の上に乗ったポッチュが少し離れた木の上を指さした。
「見た感じ、いませんね?」
「そうだな。餌を探しに行ってるのかな?」
「ちょっと登ってみるぜ。」
アスターさんがそう言って、ポッチュを俺に預けて木の上に登ると、すぐに木から降りてきて、俺たちのところに戻って来た。
「駄目だな、いない。いくつか巣があったんだが、卵がなかったから、守ってる奴もいないんだろう。餌を探してるのかも知れん。」
と首を振った。
「探してみましょうか。隠れる場所も多いですし、そのぶん小動物もいるようです。
割りと近くにいるかも知れません。」
そう言って俺たちが近くを探していた時だった。向こうからコロポックルの女性がこちらに向かって慌てて飛んでくるではないか。
ちなみに飛ぶと言っても羽はない。空中に浮かんで入るのだ。あれ、どうやって飛んでいるのかな。アエラキみたく風魔法かな?
「大変よ!アウドムラの子どもが見つかったんだけど、ハーピィに取り囲まれてるわ!」
「なんだって!?」
アスターさんが大きな声をあげる。
「急ごう!」
「案内して下さい。」
俺たちはコロポックルの女性の案内で、アウドムラの子どもがいるという場所へと向かった。そこはすり鉢状にくぼんだところで、その1番下に、アウドムラの子どもが地面にしゃがみこんで、怯えた声で鳴いていた。
「隠れていたところを見つかって、追いかけられて逃げてそのまま、あの窪みに落っこちちゃったのよ。登れないみたいだわ。」
「どんどん集まってくるよ……。」
コロポックルの女性とポッチュが、離れたところから、木々の間から覗き込むようにして、女性がその時の様子を説明してくれる。
「雛は既に卵からかえっていたんだな。小さなハーピィがたくさんいる。成体が12体だから、幼体はその3倍以上いると見ていいだろう。ちょいと厄介だな……。」
「すぐに討伐したほうがいいな。冒険者ギルドに報告して、他の冒険者を待っている暇はないぞ。村人たちもこのままじゃ危険だ。」
インダーさんとアスターさんがそう話す。
ハーピィたちは、すり鉢状の穴の底の様子を伺うように、木の枝の上にとまって見下ろしたり、空中を旋回したりしていた。
ハーピィは鳥の姿で、顔だけが人間のそれになっていて、黒目の前後が四白眼と呼ばれる、上下ともに三白眼の人のような顔で、瞬きをしないのがだいぶ気味が悪い見た目だ。
「俺が魔法で攻撃するには、周囲の木々が邪魔過ぎるな……。森が火事になっちまう。」
「俺とジョージでいこう。ジョージは支援をしてくれ。インダーはジョージを護衛だ。」
「わかりました。」
「了解だ。」
俺はマジックバッグからオリハルコン製の盾と、オリハルコン銃を取り出した。ヴァッシュさんに作って貰った特注品で、盾が自立出来るようになっており、穴から銃を出して狙えるのだが、後ろから来られるとまずい。
守って貰えるのはありがたいな。
「行くぞ!うおおおおおお!!!!!」
アスターさんが、ハーピィたちを自分に引き付けるように大きな声を出しながら、武器を抜いてすり鉢状の穴めがけて突進して行った。アスターさんめがけて飛んでくるハーピィたちを、俺が次々と撃ち落としていく。
アスターさんに一斉にハーピィたちが襲いかかり、アスターさんがそれを大剣で蹴散らして行く。穴にたどり着くのを優先して、ハーピィが一撃で死ななくても、深追いはせずに走り抜けてゆく。
「──おっと。ファイヤーボール!!」
「ピギィッ!!」
「すみません。──いけました。」
「なんの。」
俺を狙って飛んできたハーピィを、インダーさんがファイヤーボールで燃やす。森の木々に配慮して火力をおさえているから、怯ませるくらいしか出来ないが、怯んだところを俺がオリハルコン銃で撃ち落とした。
「助けに来たぞ!」
アスターさんはそう叫ぶと、すり鉢状の穴へと飛び込んで、地面にドシンと着地をし、ハーピィたちへ向けて大剣を構えた。
「さあ、どっからでもかかってきやがれ!」
アスターさんがハーピィを睨んだ。
アスターさんの後ろで、急に飛び込んで来たアスターさんにも怯えたアウドムラの子どもが、立ち上がって逃げようとしたが、どうやら足を怪我していたらしく、そのまま、また地面へと、座るようにへたりこんでしまった。登れないのは怪我もあったんだな。
俺やインダーさんからは、すり鉢状の穴の底は半分くらいしか見えない。つまりアウドムラの子どもの前に立つアスターさんの姿がよく見えない。穴の入口にいるハーピィを撃ち落としていたが、ハーピィたちは俺たちよりも、アスターさんとアウドムラの子どものほうが与し易いと思ったのか、「ピギィイイイ!!」と鳴いて一斉に穴に襲いかかった。
それは本当に一瞬のことだった。瞬間初速の速度だけなら、ワイバーンよりも早いかも知れない。穴の入口が、一瞬ハーピィに覆われて見えなくなるくらい、大小たくさんのハーピィたちが、アスターさんとアウドムラの子どもめがけて穴の底に飛び込んでゆく。
「くそっ!これじゃ狙えません!」
「アスター!!」
「くっ!この野郎……!」
アスターさんに叩き切られたハーピィの、ピギィッ!!という鳴き声と、怖がるアウドムラの子どもの、ブメエェエエエ!という野太い鳴き声が、穴から何度も聞こえてくる。
「ぐあっ!?やりやがったな!」
「アスター!?」
「アスターさん!──行きましょう!」
俺とインダーさんが立ち上がり、穴に向かおうとした時だった。何かがキラキラと、すり鉢状の穴の底めがけて降り注いでゆく。
「みんな!アスターに祝福を!」
「アスター!頑張って!」
「俺たちがついているぞ!」
「負けるなアスター!」
「頑張れアスター!」
「エレインを必ず助けて!」
低い木の間に隠れていた、ポッチュを含むコロポックルたちが、穴の底のアスターさんに、たくさんの祝福を降り注いでいた。
どこから集まって来たのか、すり鉢状の穴の周囲を取り囲むように、たくさんのコロポックルたちが立っていた。さっき別れたおじいちゃんコロポックルの姿も見える。
そういえば、さっきまで俺たちの近くにいた筈のポッチュと、コロポックルの女性の姿が、気が付けばなかった。
「こんなにたくさんの妖精の祝福を、1度に見たのは初めてだ……。」
インダーさんも驚いている。
「おおおおおおおおおお!!」
アスターさんの叫ぶ声がする。
「かかってこいハーピィども!今なら!一晩中だって!戦える気がするぜ!」
アスターさんが、次々にハーピィを切り捨てると、なんと深い穴の底から、ジャンプ一発で、飛び上がって出て来た。
横一線!!アスターさんの大剣で、1度に何体ものハーピィが切り捨てられた。
「す、凄いな……。」
「あれが祝福の力なんですか?加護と何が違うんでしょう?俺は加護は貰っていますが、祝福を受けたことがなくて……。」
俺はインダーさんにたずねた。
「ん〜……。そうだなあ。祝福は割りと貰っている場所や人が多いんだ。その場所や人間にとっていいことがおこる、みたいな……。
スキルなんかも祝福って言われてるな。
ただし、神の、だけどな。妖精の祝福でスキルを与えられることはないんだ。」
「そうなんですか?」
「妖精の祝福は、その人の持っている能力を向上させたり出来るのさ。木が与えられれば立派に丈夫に生長するし、木工加工職人が貰えば、人より優れた加工が出来るようになるとか、そういう感じだな。つまり妖精の祝福は、元々ない能力は伸ばせないんだ。」
「なるほど……。」
だからアスターさんの戦う力が伸びたってことなのか。こうしている間にも、余裕そうに笑いながら、ハーピィを切り捨てている。
「そもそも、普通の妖精にはそこまでの力がないからな。だが割りと気軽に祝福してくれたりもする存在だ。それでも、普通は1人の人間に妖精1体が普通なんだが……。」
かなり気に入られたってことなのかな?
「妖精王や妖精女王ともなれば、祝福も加護も与えられるが、滅多なことじゃあ人間には授けないと言われているよ。妖精、精霊、神獣、神の順番で力が強いんだ。そして妖精、精霊、神獣それぞれに王が存在するのさ。」
カイアは植物の中の精霊王だから、下から2番目に力が強いということか。
聖女である円璃花が手に入れる予定の神獣と、精霊王とだったら、どちらが強いのだろうな?加護を与えて貰えるんだとして。精霊でも王なら、それなりに強い気もするが。
「加護はもっと強いというか、滅多に貰えるもんじゃないし、精霊以上じゃないと与えて貰えないとされているな。対象に守りを加えるものだから、当然祝福よりも強くなる。」
ああ。祝福は幸魂、加護は大御守とか護加みたいな違いか。神道でいうと。
俺たちが、アスターさんが余裕そうだと見て、インダーさんから説明を受けていると、
「おーい!ぜんぶやっつけたぞ!アウドムラの子どもを、穴の上に引き上げるのを手伝ってくれ!俺がロープをかけるから!」
と、アスターさんがこちらに手を振った。
「ああ!待っていてくれ!」
インダーさんが、マジックバッグからロープを取り出しながら、すり鉢状の穴に近付くと、アスターさんにロープの端を手渡した。
アスターさんが、ロープの端を持って、再びすり鉢状の穴の底へと飛び込んだが、いざロープをかけようとすると、アウドムラの子どもが嫌がって逃げてしまい、ロープをかけることが出来なかった。
「おい、何してんだ、こっちに来いよ。母ちゃんのところに帰れるんだぜ?」
「……ひょっとしたら、人間の匂いが嫌なのかも知れませんね。子どもでこうなら、下手に触って人間の匂いがついたら、もしかして母親が育児放棄するかも知れません。」
野生動物はそういうことも多いからな。
「ああ……確かにそういうことはあるな。」
「んなこと言われたってどうしたら……。」
インダーさんが俺の言葉にうなずき、アスターさんが困り果てて頭をかいた。
「まかせて!オイラたちが運ぶよ!
みんな!そーれ!!」
コロポックルたちが、わーっと楽しげに、すり鉢状の穴の底へと、またキラキラしたものを降らせてゆく。すると、ふわり、とアウドムラの子どもが浮き上がった。足が地面につかないことに怯えて、ブメエェエエエ!と鳴きながら、ジタバタと足を動かしたアウドムラの子どもが、穴の外へと姿を現した。
「ここまま運ぼう!」
「運ぼう!」
「わっせ、わっせ!」
「ちょっと待ってくれ!討伐証明を手に入れないと!……ってその暇はなさそうだな。」
「ですね。」
コロポックルたちは、楽しそうにアウドムラの子どもを運んでいく。俺とアスターさんたちは、剥ぎ取りもままならないうちに、倒したハーピィをマジックバッグに入れて、慌ててコロポックルたちを追いかけつつ、アウドムラのすみかの洞穴へと向かった。
「──ほら、母ちゃんだぞ。」
コロポックルたちと共に、アウドムラのすみかの洞穴へと入ると、母親が、ブメエェエエエ!と鳴きながら立ち上がった。その体に背中を預けていたエレインさんが、ずるっとずり落ちて、その動きに目を覚ました。
「良かった!」
「お母さんと一緒!」
「もう離れちゃ駄目だぞ!」
コロポックルたちが口々に、アウドムラの親子を取り囲んで声をかける。アウドムラの親子は、互いに頭を首に擦り寄せて、再会を喜んでいるようだった。
「ブメエェエエエ!」
アウドムラの子どもが目を覚ましたエレインさんに気が付くと、──なぜかエレインさんに近付き、その頭をエレインさんに擦り寄せた。そして、アウドムラの母親までもが。
「え?ど、どういうことだ?」
エレインさんも嬉しそうに、アウドムラの親子を撫でてやっているではないか。
「人間の匂いが苦手だから、俺から逃げたんだろう?なんでエレインは平気なんだ?」
「エレインさんを兄弟と思ってる……とか?そんなわけは……。」
アスターさんもインダーさんも不思議がっていた。寝起きでボウッとしていたエレインさんは、ふとこちらを向いて目を丸くした。
「アスター!?」
そして慌てて、髪を手ぐしで整えたり、汚れた顔を拭ったりしながら、最後は真っ赤になって両手で顔を隠してしまった。──ん?
「ど、どうしてあなたがここにいるの?」
「どうしてって……、お前が帰って来ないつってコロポックルたちが言うから、村人総出で探してたんだぞ?心配したよ……。」
「アウドムラの母親に、子どもと間違われて離して貰えないみたいだったから、子どもを探して連れて来たんだが……。」
「そうだったのね。ごめんなさい……。上から滑り落ちてしまって、登れなくて……。」
エレインさんは怯えたように言った。
「ああ。そのことならだいじょうぶだ。」
「──だいじょうぶ?」
「お前がここに落っこちるきっかけになった奴は、冒険者たちと捕まえたからな。」
「そうだったの……。」
エレインさんはホッとため息をついた。
「でも、どうしてこの子は戻って来なかったのかしら。アウドムラは木を登れるのよ?」
こんな向かいに深い川しかないところに、どうして巣を作っているのかと思ったが、洞穴の周りに立っている木を登り降りして、移動が出来るからなのか。川が目の前なら、泳げない外敵がこちらに来辛い上に、水飲み場が近くて便利だものな。
「ハーピィの群れが近くに住み着いていまして。それから逃げていたようです。
ハーピィを退治して、アウドムラの子どもを連れ帰って来たと言うわけです。」
「そうだったの……。何もなくて良かったわね。べーも子どもが無事で良かったわね。」
「──べー!?」
突然アスターさんが大声を出した。
「えっ、それって、あの時のやつか?」
「そうよ。私があなたと初めて会った時に、私を守ってくれていた、ベーよ。」
ブメエェエエエ!とベーが鳴いた。
 




