第136話 エレインさんが斜面から落ちた原因
「エレインが見つかったよ!」
エレインさんのパン屋に戻ると、ポッチュはコロポックルたちに詳細を説明した。
「だから、それでうまくいくかは分からないけど、アウドムラの子どもを探して、親のところへ連れて行きたいんだ。
みんな!オイラたちに協力してくれよ!」
「アウドムラの子どもを探すのは構わんが、大人たちだけで行こう。あの森には魔物がいる。……わしらじゃそいつに勝てん。」
おじいちゃんコロポックルがそう言った。
「森にいる魔物とは、アウドムラのことではないんですか?」
てっきりそうだと思ったんだが。
「あれは本来おとなしい魔物だ。
わしらもよく乳を分けて貰ったものだ。
わしらが恐れておるのはハーピィだよ。最近あの森にやって来て、巣を作っちまったのさ。ハーピィは雑食でなんでも食べる。それこそ、わしらみたいな妖精ですらもな。」
妖精は神に属する聖なる存在だろう?精霊の眷属の筈だ。随分と罰当たりな魔物だな。
「ハーピィだって?討伐依頼は出ていないのかな。今後やってくるDランク以下の冒険者2人じゃ、倒せる相手じゃないぞ。もしもそいつらがこの地域の担当になったら……。」
インダーさんが心配そうに言う。
「ハーピィはランクいくつなんですか?」
「群れの数にもよるが基本はCランクだ。
Dランク以下が2人じゃ厳しい相手さ。
なんせ素早くて強いからな。それが四方八方から襲ってきやがるのさ。攻撃を防いでくれる前衛がいないと、特に魔法使いや弓使いなんかの遠距離職だけだと厳しい相手だ。」
とアスターさんが言う。
「討伐依頼がなければ、冒険者ギルドに報告して倒してしまおう。狩りの最中に遭遇したなら緊急性があるから不問だが、一度こうして戻ってきているからな。まだ冒険者であるアスターやジョージが攻撃すると、邪魔をしたことになって問題になるからな。」
とインダーさんが腕組みしながら言う。
クエスト受注済みの魔物を他の冒険者が討伐してしまった場合、緊急事態以外は、横取りとしてペナルティが発生してしまうのだ。
以前そうしたトラブルが頻発した為、冒険者が魔物を狩る場合のルールが明確に決められているのだと、冒険者ギルドで説明を受けた。それほど横取りが多かったらしい。
「俺がミーティアで連絡しますよ。」
「いいのか?別にリーティアでもすぐに返事は来るぞ?俺も持っているし。」
「エレインさんは衰弱している可能性があります。急いだほうがよいかと。」
「そうか……。何も口にできていないだろうからな。そうして貰えるか?」
「わかりました。」
エレインさんの体調を心配した言葉を言うと、俺以上に心配そうな顔をしたアスターさんがそう言った。俺が速達郵便の代わりの魔法の手紙、ミーティアを飛ばすと、程なくして別のミーティアが鳥の姿で飛んで来た。
「……冒険者ギルドからです。クエストは出ていないので問題はないとのことです。」
手紙を読んでみんなに伝える。
「ここいらじゃ、討伐依頼なんて村じゃ出せないからな。……だが、役場が偵察クエストを冒険者ギルドに頼んで、そこから討伐依頼を出すんじゃとても間に合わん。」
「冒険者ギルドもそう考えているようです。
役場にはあとで報告をしておくので、我々で偵察及び、村人に危険が及ぶのであれば討伐を、とのことでした。」
「よし、なら、まずはアウドムラの子どもをコロポックルたちに探して貰って、俺たちはハーピィの巣に向かおう。」
「村人たちにも探して貰ったほうがいいんじゃないか?コロポックルたちが、ハーピィの巣の場所が分かっているなら、それ以外の場所を探すぶんには安全だろう?」
インダーさんにアスターさんが言った。
「……そうだな。よし、声をかけるか。」
俺たちはエレインさんのパン屋を出た。
パン屋のそばの大きな木の下で、マジオさんとザキさんが、移動販売の店を始めていたので、興味を持った村人たちが、ちょうど馬車の近くに集まってきていた。
どうやらだいぶ盛況のようだ。
「ああ、ごめんな、他の場所にも回るから、そいつはここのぶんは売り切れなんだ。」
「次はいつ来るの?」
「週に1度来る予定だから、その時はまた頼むよ。はいよ!銀貨1枚だ!」
マジオさんとザキさんが俺たちに気が付くと、エレインさんが見つかったかたずねた。
エレインさんの名前が出たことで、何人かの村人が俺たちを振り返る。振り返らないのは防具をまとった冒険者らしい人たちだ。
みんな昼間働きに出ているから、村の近くにいる人間は、冒険者のほうが多いんだな。
もう少し村人たちに、移動販売が定期的に来ることを伝えたかったんだが。
「──すみません!!村の皆さんにお話があるのですが、ちょっと聞いていただけないでしょうか。エレインさんが大変なんです。」
「エレインが?」
「そういえば、パン屋に寄ったら、店をあけたままどこかに行っていたみたいね。」
「そういやここんとこ見ないな。」
村人たちがザワザワとしだす。
「パンに必要な材料を取りに森に入って、斜面を滑り落ちたようなんですが、そこでアウドムラのメスに、子どもと間違えられて捕まってしまったようなのです。アウドムラの子どもを親に返したいのですが、探すのを手伝っていただけないでしょうか?」
「まあ……。なんてことかしら。」
「子持ちのアウドムラのメスは危険だ。
子どもを探すのはいいが、どうやって親にかえすつもりなんだ?」
「それは我々でなんとかします。我々はAランクとBランクの冒険者ですので。」
俺がそう言うと、1人の冒険者が、へっ、と口をひん曲げながら俺を見て笑った。
「AランクだかBランクだか知らねえが、探すのはこっちだろう?今この森にはハーピィの群れが住み着いているんだぜ。そんなところに村人を送り込もうってのか?探している最中にハーピィに遭遇したらどうする。
あんたらと別々にアウドムラの子どもを探す村人を、どうやって守るつもりなんだ。」
ハーピィだって!?とザワザワしだす。
「それは、このコロポックルたちが居場所を知っていますので、その場所から離れたところを探していただければ……。」
「ハーピィは移動速度が早いんだ。それに雑食で人間でも妖精でも食べちまう。餌を取りに巣から離れてたらどうするつもりだよ。」
「それは……。」
確かにそういうことはあるかも知れない。
「──おい。」
アスターさんが冒険者の男を睨んだ。
「どうしてお前はそれを知ってる?」
「え?」
冒険者の男がギョッとした顔をする。
「ハーピィの群れの巣のことを、どうしてお前が知ってるんだと聞いているんだ。」
どうしたんだ?アスターさん。顔が怖い。
「そ、そりゃあ……、俺が冒険者ギルドで討伐依頼を受けてきたからで……。」
「そりゃおかしいな。俺たちはさっきコロポックルたちから聞いて冒険者ギルドに確認したら、ハーピィの討伐依頼は出ていないと返事があったばかりなんだが?」
「べ……別の討伐依頼で来てて、たまたま見つけたんだよ!だからまだ俺もこれから報告しようとしてたってだけで……。」
「──おかしいですね?」
今度は俺が、顎に軽く握った拳の親指と人差し指で顎をつまみながら言うと、
「な、な、な、なにがおかしいんだよ!?」
「ハーピィどころか、このランダ村には、今なんの討伐依頼も出ていないという回答でしたよ。それに、討伐依頼を受けたと言うのなら、あなたのパーティーメンバーはどなたですか?見たところ、お一人のようですが。」
俺にそう言われて周囲を慌てて見回すと、他の冒険者たちはパーティーでかたまって立っていて、男性から離れるように見ていた。
「こんな人里近い場所で討伐依頼を受ける冒険者なんてな下位ランクばかりだ。採取ならいざ知らず、単独で討伐依頼を受ける奴なんざいねえ。……お前、なんか隠してるな?
森に入られると都合の悪い何かを。」
「い、言い間違えたんだ!
討伐じゃなくて、採取で来たんだ俺は!」
「あーっ!!!」
その時、俺の肩の上によじ登ったポッチュが、男を指差して大きな声をあげた!
「こいつ、エレインを困らせてた奴だ!
みんな!覚えてるだろ!?」
その言葉に冒険者の男がギョッとする。
俺たちの後ろに隠れていたコロポックルたちも、わらわらと俺の肩や頭に登った。
「俺はお前を知ってるぞ。エレインに、毎日俺の為にパンを作らないと、結婚してやらないぞ?とか言っていたのを俺も見た。」
おじいちゃんコロポックルが言う。
「断っても断っても、パン屋なんて放っておいて、2人で遊びに行こうと言ってたわ。」
「エレイン困ってたよ。」
他のコロポックルたちも口々に言う。
「……エレインから聞いたことがあるわ。しつこいお客がいて困っているんです、と。」
村人の女性がそう呟いた。
「そ、それはエレインが照れているだけだ!
俺たちは付き合っているんだからな!」
「──は?」
アスターさんが眉間にシワを寄せて睨む。
「何度も断られているんですよね?
エレインさんにお付き合いを申し込んだことはありますか?──それを了承して貰ったことは?そもそも結婚についても、エレインさんは了承されているんでしょうか。」
俺は嫌な予感がしながらそうたずねた。
「しているさ!あいつが俺に惚れているから仕方なく結婚してやるんだからな!まあ、パン屋の女なんて、いずれ有名な冒険者になる俺には釣り合わないが。あんなに惚れられちまったら、仕方がないからな。」
冒険者の男がニヤニヤとそう言った。
「私たち誰も、エレインから、そんな大切な人が出来たなんて聞いたことがないわ。
どうして惚れられているとわかるのよ?」
村人の女性が冒険者の男に問いかける。
「初めて会った時に笑顔で俺に挨拶をしたんだ。それに、いつもパン屋に行くと、俺の欲しいパンを取って渡してくれるのさ。
それも俺の目を見ながらだ。」
「エレインは私たちにもそうしてくれるわ。
欲しいパンが分からなければ、説明しながら取ってくれる。別にあなただけのことじゃないし、お客様が来たら笑顔で応対するなんて当たり前じゃないの。あんた私の店にも来たけど、私も笑顔だったでしょう?」
村人の女性は呆れたように言った。
「俺のプレゼントだって受け取ったぞ!」
「なんですか、それは。」
「店で使う消耗品や、店に飾る花さ!
指輪も贈ったんだが遠慮したんだ。
まあ控えめな女だからな。贅沢を好まないというところも気に入っているんだが。」
と冒険者の男はニヤニヤする。
「花くらい、わしらもよくあげとるぞ。
店の中に飾られてる花は、客からの贈り物のことも多いんだ。店で使えそうなものがあれば、常連ほど差し入れとるしな。」
と、村人の老人が言う。
俺もだ、俺も、私もよ、と、他の冒険者や村人たちが口々にそう言った。
「そんな筈はない!言うことをきかないのならプレゼントを返せと言ったら嫌がったんだぞ!俺を好きだからだろう!?」
「返したくない、ではなく、返せるものがないから、ではなく、ですか?花とか消耗品なんですよね?贈られたのは。なら、返したくても返せませんよね。ないんだから。」
職場や知り合いの周りにもいたなあ、こういう男性。勝手に、いらないと言ってもプレゼントを無理やり押し付けて、恋人がいると分かったら、それを返せと言ってみたり。
店で使う箱ティッシュとかを差し入れて、振られたら金を払えと言ってみたり。ケチなのと、断っても照れてるだけって言い張るのが共通してるのは、何故なんだろうな。
「……ようするに、エレインさんが魅力的だったから、他の人からもあなたは同じ対応をされているのに、違うと感じただけのことですよね?それにエレインさんは他の人にも同じことをしているのに、自分にだけだと思い込んだ。贈り物も、他の人たちからも貰っているもの以外は断っている。2人ででかけたことすらないんですよね。それでどうして、あなたのことが好きだと思うんですか。」
その場にいる全員の視線が、一斉に冒険者の男性に集中する。
「う、うるさい!うるさい!
俺が勘違いをしたというのなら、勘違いさせたあいつが悪いんだろうが!」
最後は人のせいにするところも共通してるんだよなあ。そして最後まで謝らない。変にナルシストな人間は面倒くさいな。
「エレインずっと断ってた〜!」
「こいつエレインの話聞かないやつー!」
コロポックルたちが口々に言う。
「ずいぶんと自分の都合のいい耳してんだなお前は。それで?エレインを探されると困る理由について、まだ教えて貰っていなかったな。お前、……エレインになにをした。」
「店の中だと、他のお客様がいるのでって言うから、わざわざ森について行って、2人きりで話してやろうと思ったんだ!そしたらあいつがいきなり逃げ出して、斜面が崩れて、そのまま下に滑り落ちたんだ!」
「──放っておいたのか!?そのまま!
あそこは自力で上がれないんだぞ!!?」
アスターさんが冒険者の男の胸ぐらを掴んで、顔の間近まで引っ張り上げた。ザキさんとマジオさんが、アスターさんを男から引き剥がそうとして、止めきれずに振り回されている。他の冒険者たちも加わって、ようやくアスターさんを男から引き剥がした。さすがBランク近接職冒険者、凄い力だな。
「俺に恥をかかせるからだ!俺に惚れてるくせに、素直にならないにも程がある!
少し1人で反省すればいいんだ!」
「誰もてめえなんか好きじゃねえよ!
エレインに限らず、世界中の女が、てめええに言い寄られたら逃げ出すんだよ!」
それは言い過ぎだとも思ったが、いさめるのも空気がおかしくなるのでやめておいた。
「おい、こいつを役人に突き出すぞ。斜面から落ちた人間をわざと2日も放置したんだ。
こいつは人殺しだ。ハーピィがいることも知ってた癖しやがって。エレインが生きてたのはな!ただの偶然だよ!クソ野郎!!」
アスターさんが押さえつけられながら叫んだ。他の冒険者たちが男を取り押さえ、男を木に縄で縛り付けてミーティアを飛ばした。
「暗くなる前に、急いでアウドムラの子どもを探しましょう。他の村人たちにも声をかけてくるわ。あなたたちは先に森へ急いで。」
「お願いします。」
村人の女性は、村の畑へと走って行った。
ザキさんとマジオさんが、男の見張り兼、移動販売の馬車の為に残ることになった。
他の冒険者たちも手伝ってくれるらしい。
「ポッチュ、ハーピィの巣へ案内してくれねえか?アウドムラの子どもが見つかっても、エレインが、それにみんなが、安全に村に戻れねえかも知れないからな。」
「わかったよ!行こう!アスター!
エレインを助けて!」
それを見たおじいちゃんコロポックルが、ほう、ポッチュがエレイン以外の人間の名前を呼んだか……、と呟いたのだった。




