第132話 移動販売用馬車の引き取り
カイアが巣箱で寝ているキラプシアの無防備なオシリに向けて、そーっと枝の手を伸ばしている。巣箱に上半身を突っ込んで、小っちゃなあんよをプラーンと垂らしているキラプシアは、当然それに気が付いていない。
カイアの枝の手がキラプシアのオシリをつつこうかという寸前。
直前でグッとこらえたように枝の手を引っ込めるカイア。でもまたそーっと枝の手をのばしては、再び引っ込めるのを繰り返していた。……キラプシアの可愛らしい無防備なオシリをつつきたいんだな。まあ、気持ちは分かる。かわいいよな、ハムケツって。というか、動物のオシリって全般可愛らしいよな。
俺は動物のオシリが大好きだ。特に犬のオシリが大好きで、休日は散歩させて貰っている犬のオシリをひたすらおいかけるだけの動画を見たり、実際ついつい散歩している犬のオシリに夢中になって、しばらく後ろを歩いてしまったこともある。とにかく癒やされるし触りたくてたまらなくなる。それが俺にとっての犬や動物のオシリなのだ。
犬はよそのうちの子でも触らせてくれることが多いから、触らせてくれと声をかけて撫でさせて貰うが、ハムスターはびっくりしちゃうからな。触りたいけど、遠慮しちゃうよな。まあ、キラプシアは妖精さんで、実際ハムスターではないんだが、パッと見はイチゴのヘタを頭にくっつけたハムスターだ。
カイアは今度は無防備にプラーンと垂れ下がっている小っちゃなあんよのほうが気になったらしく、つまみたそうに枝の手を伸ばしては、引っ込めるのを繰り返していた。
──うんうん、それも分かるぞ。
可愛らしいよな、小さなあんよは。
キラプシアはハムスターに見えても、実際はそうじゃないから、別に夜行性じゃあないんだが、たまにこうして昼間に寝ていることがある。普段は俺たちと一緒にご飯を食べるんだが、食べずに寝ていたり、キラプシアの為に出した木の上で休んでいることもある。
体調が悪いのかと思って、最初の頃は心配になって、キラプシアの元のすみかの近くに住む、木工加工職人のアンデオールさんに、ミーティアを使って相談をしたのだが、元からそうした性質らしく、特に問題ないとのことだった。むしろ樹木の妖精が樹木からエネルギーを貰うことのほうが普通で、食べ物を食べることのほうが少ないらしい。
キラプシアにとって、食事はオヤツのようなものだそうだ。というか、本来精霊も大気からエネルギーを集めるので、食事をしないものだそうだ。ましてや人間と同じものを食べる、カイアとアエラキが珍しいらしい。
試しにコボルトのアシュリーさんにもミーティアを送って聞いてみたところ、やはり同じ答えが返ってきた。
コボルトのすみかには、カイアの兄弟株にあたるドライアドがいるのだが、日頃から基本何も食べないそうだ。だがコボルトが差し出した供物は食べられるのだとのこと。
アシュリーさんいわく、俺の作るものが2人にとってエネルギーになるから、他のものからもエネルギーを得られるようになったってことじゃない?とのことだった。
俺を守護しているからっていうのもあるのか。まあ、アエラキの兄弟は、普通に俺の出したお餅を食べていたし、元からまったく食べられないってわけじゃあないんだろうが。
けど、一緒にご飯を食べられたほうが、俺としてはいいからな。ちゃんと2人の栄養になっているのが分かってよかった。
カイアが何度も枝の手を出したり引っ込めたりしているのに、キラプシアが気が付いたようだ。ふと目を覚まして巣箱から出てくると、不思議そうにヒゲを動かしながら、カイアの手の匂いをかいでいる。カイアはちょっぴり残念そうな、ホッとしたような表情を浮かべていた。
「ああ、そうだ、2人とも、ご飯だぞ。」
俺はキラプシアのオシリの愛らしさと、その誘惑にあらがっているカイアの可愛らしさに気を取られて、そのことを伝えに来たのをすっかり忘れていたのを思い出した。
ご飯と聞いて、キラプシアがカイアの体にピョンと飛び乗った。
カイアとキラプシアと一緒にゆっくりと階段を降りる。ダイニングには、お腹をすかせた円璃花とアエラキが、既にテーブルの上に料理を並べて待ってくれていた。
「さ、いただきますしよう。」
「いただきます。」
「ピョルル!」
「ピューイ!」
「チチィ!」
みんなで朝ごはんを食べる。今日のメニューは菜の花のお浸し、卵焼き、里芋とこんにゃくとエリンギと豚肉の煮物、キュウリの漬物、ワカメと大根と油揚げのお味噌汁だ。
やっぱり小鉢がたくさん並べられる余裕のある生活はいいな。色々出したくても、仕事しながらだと時間がないからな。
「今日はちょっと1日出かけることになると思う。移動販売の馬車が一部完成したって連絡があったんでな。働いてくれる人たちの様子を見に行って、お試しで近隣に販売を開始する予定なんだ。俺も一緒に近隣の村にあいさつ回りをする予定だから……。」
「この子たちを見ていればいいのよね?
だいじょうぶよ、いつもみたく、一緒に遊んでいるから。」
「すまないな、こんなに同時に色々始める予定じゃなかったんだが、つい、な……。」
「どうせ困っているのを見て、ほっとけなかったんでしょ。貴方らしいわ。」
円璃花がそう言って笑う。
「うん、まあ……。」
「それより、もうすぐよね!温泉旅行!」
「楽しそうだな。」
「そりゃあそうよ。外出が許されない身分ですもの。出かけられるとなればね。」
円璃花はとても嬉しそうだった。
「──まだ会議してるのか。」
「そうみたい。」
聖女様である円璃花の所属をどの国にするのかという問題は、なかなか決着がつかないようだった。本来なら、あらわれた国の所属になるのが通例だったんだからな、例外がなかったとなると、対応にも苦慮するだろう。
「はやく決まらないと、お前も息がつまるよな。外出禁止ってのはな……。」
「ほんと、それよ。別に外出出来るなら、もうどこだっていいわ。正直。
まあ、あの国以外で、だけど。」
嫌がる円璃花に虫料理を提供し続けた、ノインセシア王国は、聖女様を保護する権利を既に失っているから、当然そこ以外で、ということになる。
「私としては、この国のほうが有り難いけどね。知らない土地に今更行くのもね。」
「ただまあ、前回がこの国だったことを考えると、ここ以外になるんじゃないか?」
前回の勇者であるランチェスター公は、この国のお姫様と結婚して先代王になった。
「……そうよねえ。あーあ、せっかく譲次とも再会出来たっていうのにね。」
「使命を果たしたら、また戻ってくればいいじゃないか。」
「その時は、たぶんよその国の王子様と、結婚でもさせられて、余計に戻って来れなくなるわよ。先代もそうだったって言うし。」
「そうなのか?」
「そうよ。この世界の王族は、代々勇者か聖女のいずれかの血を引いているんですって。
だから私もそうなると説明されたわ。」
「お城住まい、憧れてたんだろ、なら、渡りに船じゃないか。」
「王子様がいい人ならね……。
でも、たぶん、かなり若い子でしょ?
それがちょっとね……。」
「まあ、それはな……。」
中の人が中年の俺たちとしては、若い子にあまり興味が持てない。正直性的な目で見るのがかなり難しいのだ。
「まあ、なるようになるさ。
その時また考えたらいい。嫌がるのに無理やり結婚させたりはしないだろうさ。」
「そうね、そうする。」
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。」
階段に隠れた円璃花が、カイアたちと手を振ってくれる。手を振りかえしてドアを閉めた。たぶんこれから洗い物を一緒にやってから、みんなで遊ぶんだろうな。たまに円璃花たちだけにしか分からない思い出を作っていることに寂しくなる。……早く帰ろう。
「よう、ジョージ。」
「お待たせしました。」
「いや、大して待ってないさ。」
「嘘をつけ、最新の馬車と聞いて楽しみにしていただろ。昨日眠れなかったろ。」
「それはお前だろ、ザキ。」
アスターさん、インダーさん、ザキさん、マジオさんが、アスターさんの家の前で立って待っていてくれ、笑顔で手を振ってくれている。今日は移動販売に使う馬車が一部完成したので引き取りに行く日なのだ。
俺は馬車を操縦出来ないので、あくまで納品確認の為だけの同行だ。
「よし、さっそく行こうぜ。」
アスターさんが張り切って言う。行きは乗り合い馬車、帰りは注文した馬車に乗る予定だ。俺たちは乗り合い馬車に乗り込んだ。
「……最初の納品が20台だったよな。」
「ジョージ、ほんとに馬車を運ぶのに俺たちだけでだいじょうぶなのか?往復するだけでも結構かかるぞ?」
インダーさんが心配そうに聞いてくる。
「マジックバッグがありますし。同行していただくのは検品の為ですから。俺は乗れないので、良し悪しが分かりませんし。」
「馬車に乗って運びながら、実際に問題がないかを確認するってことだな。」
マジオさんが言う。
「はい、そのほうが一石二鳥ですし。一部を確認出来ればじゅうぶんなので。」
ワイワイ話ながら馬車に揺られていると、あっという間にアンデオールさんの住む、ガスパー村へと到着した。村の入口でアンデオールさんが待っていてくれた。アンデオールさんは木工加工職人で、馬車の車輪作りを担当しているこのあたりで有名な職人さんだ。
「おう、久し振りだな。息災そうだ。」
アンデオールさんがニッカと笑う。
「お久しぶりです、アンデオールさんも、お元気そうで。」
「馬車はひとつの工房に集めとるよ。
さっそく行こうか。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
アンデオールさんについて、俺たちはゾロゾロと徒歩で移動した。到着した工房はミオールさんのものだそうだ。中に入り切らないのか、工房の外でも馬車をせわしなく組み立てている工員たちの姿が見える。みんな真剣でこちらにはちらりとも目もくれない。すごいな、専門家集団という感じがする。
工房の外には、ゼファーさん、スーレイさん、ヤーナさん、ミオールさん、トックさんの、すべての馬車工房長全員が、ミオールさんの工房に集まってくれていた。
「馬車は少し離れたところに集めてあるので移動しましょう。こちらです。」
そう、うながされて、また更に歩いた。
歩きながら、なぜミオールさんの工房に馬車を集めることになったのかを説明してくれる。なんてもゼファーさんとスーレイさんの2人が、自分のところを代表にしろとまた揉めたらしい。結局間を取って、2人以外の工房に馬車をとりまとめることになったのだそうだ。やっぱり職人はやかましいな、とアスターさんがボソリと言ってくる。
本当ならスーレイさんの馬車工房が、1番アンデオールさんの村に近いんだけどな、とヤーナさんが教えてくれた。
俺はなんとも言えず、苦笑するしかなかった。近いからとスーレイさんの馬車工房に馬車を集めようとしたのを、ゼファーさんが納得しなかったのだろう。
「──さあ、とくと見てくれ、こいつはどうだい!?長時間の移動にも快適な仕様、そして荷台は、日頃は荷物を載せる用、人を運べるように切り替えも可能、だったな。
ご注文の通りになってる筈だぜ!」
「おい、俺の言葉を取るな!」
「まあまあ。」
ゼファーさんがドヤ顔で説明するのを、スーレイさんが難色を示し、トックさんが2人を引き離そうと間に割って入った。
「御者席も荷台も、座席の部分はうちの技術を採用してるんだ、自慢くらいしたっていいだろう?うちの馬車はなんたって快適だからな!それはお前も分かっていることだ。」
「座席の収納部分はうちの技術だろうが!
お前んとこだけの手柄みたく言うな!
うちの技術がなけりゃ、ジョージさんの依頼した通りの物が作れねえって、泣きついてきたのは、どこのどいつだ!」
「ぐっ……、まあ、それはそうだが。」
なるほど、技術を持ち寄ってくれたのか。
「見せていただいても?」
「ああ、もちろんだ。」
「乗ってみましょうか。」
「よしきた!楽しみだったんだ!」
「俺、いっちばーん!」
「おい、静かにしろよ!よそさまのところだぞ!子どもじゃないんだからな!」
楽しそうだな。まあ、仕事が楽しみなのはいいことだと思った。
アスターさん、ザキさん、マジオさん、インダーさんが、順番に馬車の御者席や荷台に乗り込み、使い勝手や座り心地を確認している。俺も荷台に乗ってみた。中は真新しい木のいい匂いがした。荷台の座席は通勤ラッシュ時の電車の座席よろしく、日頃は折りたたんで壁に収納出来る仕様になっていた。これなら荷物を運ぶのにも邪魔にならない。それが御者席の後ろと両側面の壁についている。




