第128話 初恋の想い出と2人だけのディナー1
「それでね?あなたをお呼び立てしたわけなのです。あなたにしかお願い出来ないことだと思うのですがいかがでしょうか?」
「はあ。」
俺は目の前でたおやかに微笑むメイベル王太后に、思わずそう言葉を返した。
ことのくだりはこうだ。
隣国ノインセシア王国の現国王の母君であるメイベル王太后は、この国──バスロワ王国──の現国王の祖父であり、元先代勇者のランチェスター公の娘さん、かつ先代国王の妹君だ。
隣国の元国王に懇願されて嫁いたものの、瘴気をはらう為にこの地に降臨された聖女様に対する、ノインセシア王国の酷い扱い──つまりは現国王である息子のやり方──に反発し、抗議の意思を示す為に、現在実家に里帰りしている状態である。
そんな彼女と彼女の兄上である前国王は、この国の侍従長であるジョスランさんとは乳兄弟なのだと言う。ジョスラン侍従長の母親が前国王の乳母であり、ジョスラン侍従長はその息子さんとして、幼い頃より遊び相手になっていた。
当然妹であるメイベル王太后も、小さい頃一緒に遊んで貰ったり、嫁にいくまで色々と世話になっていたのだと言う。
そんなジョスラン侍従長がもうすぐ60歳の誕生日を迎える。その日に向けて王族たちは、様々なお祝いを考えているのだそうな。
「恥ずかしながら、アーサーや、セレスや、サミュエルが、楽しそうにジョスランのお祝いについて話しているのを聞いて、そういえば……と思い出しましたの。
おそらく諸国漫遊中のお兄様も、旅先からなにがしかを送ってくる筈ですわ。」
王族に謁見の際、前国王を見かけないと思っていたが、息子にあとを引き継いで、旅行を満喫しているのか。羨ましい限りだな。
ちなみにアーサー様は国王、現公爵夫人であるセレス元王女は女官の管理と王宮に新たに仕入れる品を選別する責任者、王弟サミュエル様は宰相の立場についている。
「わたくしは長らくこの国を離れておりましたでしょう?
おまけに急いで戻ってきてしまったものだから、何も持たずに来てしまったのです。
だからジョスランに何を贈ったものかと考えていたのですけれど、パトリシアに聞いたあなたの話で思いつきましたの。」
ちなみにパトリシア様は現国王の娘であるお転婆王女様だ。下に2人の弟君がいる。
以前王女様の命令で、友人であり宮廷料理人のロンメルに、無理やり王宮に連れてこられ、パトリシア王女に料理を振る舞ったことがあるのだ。だが俺はそもそも料理人ではないし、趣味で料理するに過ぎない。
「ですが……。この世界の珍しい食材を使った料理となりますと……。
俺の作れるものは、俺の国の普通の家庭で食べられているものばかりです。
そういう変わった食材を使ったことがないもので、どうにも……。」
俺が逡巡していると、
「──では、こういうのはどうかしら?
エイト卿はこれから、お父様の友人であるコボルトの為の店を作り、魔物扱いされているコボルトの扱いを、国民たちに変えさせようとしているとうかがいました。」
「はい、パトリシア王女の協力を得て、王宮近くのよい場所に、土地と建物を手に入れたばかりです。」
「──その店から、むこう30年間、ノインセシア王国からの一定以上の仕入れを約束しましょう。契約書を作って差し上げるわ。店の売上が安定するのではないかしら?」
むこう30年間だって!?
「……よろしいのですか?彼らがどのような商品を扱っているのかはご存知で……。」
「ええ。いただいた食材も、食器も、若返りのお茶も、どれも素晴らしいものばかりでした。今回のことがなくてもお願いしたいとは思っておりましたのよ?」
「気に入っていただけたのであれば幸いですが、30年ともなるとさすがに驚いております……。メイベル王太后はノインセシア王国で物凄い権限をお持ちなのですね。」
「夫はわたくしのお願いごとなら、なんでも聞いてくれますのよ。」
メイベル王太后はそう言って微笑んだ。
だがこの機会は逃すわけにはいくまい。
コボルトたちは元魔物の現獣人だ。だがいまだに魔物として迫害する人間たちに、集落に忍び込んだ盗賊たちを捕まえて役人に引き渡しても、なんの罰も与えられずに釈放されるという扱いを受けている。
そのイメージを払拭し、なおかつコボルトたちに新たな収入源をと、俺の出資で王宮近くの、貴族がたくさん集まる街で、コボルトの店を始めることにしたのだ。
先代勇者であるランチェスター公と行動をともにした、元拳闘士のオンスリーさんも店に立ってくれることになっている。
コボルトの店を始めるにあたり、最終的にコボルトたちに店を譲渡するつもりでいる俺は、譲渡時にかかる税金対策の為、俺から借金をする形で、あらかじめコボルトたちが店の権利を持つ状態で、店を始めてもらうつもりでいた。
俺は完済するまでのんびり待つつもりではいるが、借りる側からすれば莫大な借金は不安でしかないだろう。
そこにきて、隣国からのむこう30年間の仕入れ保証。しかも契約書つき。コボルトたちも安心してくれるに違いない。
「……やらせていただきます!」
こうして俺は、ジョスラン侍従長の還暦祝いの為の料理を作ることになったのだった。
しかし引き受けたものの、この世界の珍しい食材なんて、……おそらくだが、魔物を使った料理だよな?
俺からするとすべての魔物が珍しい食材なんだが、オーク肉なんかは普段から食べられているというし、なんだったら珍しいんだろうな?
俺は王宮から帰る足で、冒険者ギルドに立ち寄ってみることにした。
いつもの受付嬢が朗らかに俺を出迎えてくれる。
「あの……すみません、少々お伺いしたいのですが。」
「はい、なんでしょうか?」
「王族の方でも珍しいと感じる食材になるような魔物とは、どんなものがいますでしょうか?」
「王族の方でも……ですか?」
「はい。」
「そうですね……、おそらくは大抵のものは召し上がられていると思いますので、代表的なもので言うのなら、まずはアビスドラゴンでしょうか。」
「アビスドラゴン?」
「深淵を覗くものと言われるドラゴンです。火山の火口に暮らしていて、普段は出てこないので害はないのですが、繁殖時期にのみ山を降りて、動物や他の魔物、はては人間までも襲うと言われています。」
……つまりは人を食べるということか。人を食べた魔物を食材にはしたくないなあ、さすがに。なんとなく気持ちが悪い。
だが、その繁殖した子どもならどうだろうか?まだ人を襲っていない筈だから、それなら別に気持ち悪くないな。
「それとカセウェアリーですね。」
どこかで聞いたような単語だな。
「それはどのような?」
「同じく火山の近くか、地底火山の近くに暮らすと言われる魔物です。火を食べて生きると言われる鳥の姿をしていますが、詳しい生態は分かりません。」
ああ、カセウェアリーって、ヒクイドリってことか。元の世界でも、世界一危険な鳥だったよな。以前討伐したダイアウルフといい、元の世界に存在していた動物が、魔物になっているケースのひとつなんだろう。
しかし火山か……。オリハルコン銃を武器にする俺とは相性が悪い地形だな。
「めしあがられたことがあるかは分かりませんが、シーサーペントも珍しい食材ですよ。めったに手に入らないですが、手に入らないという程のものではないですね。」
確かに、ロンメルが以前料理に使っていたな。あれも美味しかったな。
王宮勤めだから珍しい食材も食べてきているだろうが、ジョスラン侍従長自身は王族ではないし、そこまで色々食べてきてはいないかも知れない。
あとはこちらの料理法で振る舞ってみることにしようか。
俺はまずは食材を手に入れることにした。
お祝いの料理、かつ王宮で振る舞うともなると、コース料理であることは必須のように思う。
前菜、スープ、魚、メイン、デザート。最低限これくらいは欲しい。
それと、ジョスラン侍従長はおそらく無類の酒好きだからな。料理に合う酒を準備したい。きっと喜んでくれる筈だ。
俺は、食材を手に入れるのに、協力出来ることはしてくれるという、メイベル王太后の約束を取り付けていた。
そこでシーサーペントとマンドラゴラを手に入れて貰うことにした。俺が単独で狩るのは難しいし、手に入るのであればそれに越したことはない。
それと一角兎とケルピーを狩ってマジックバッグに入れ、以前一角兎の肉を格段に柔らかくする方法を発見した、宮廷料理人であるロンメルを尋ねた。
ロンメルはまだ勤務中だったが、メイベル王太后の取り計らいで、一時仕事を抜けてきて貰うことが出来た。
「──どうしたんだ?お前が仕事中に呼び出すなんて、珍しいな?」
不思議そうにしながらも、ロンメルが爽やかに微笑みかけてくれる。
「……じつはな……。メイベル王太后の密令で、ジョスラン侍従長にお祝いの料理を振る舞うことになったんだ。」
「へえ!そいつは凄いな!
それで、それと俺にどんな関係が?」
「以前お前がパーティクル公爵家で作った、一角兎を柔らかくする方法を教えて欲しいんだが。」
「ああ、そういうことか!一角兎は味はいいんだが肉がちょっと硬いからな。
構わんよ、他ならぬジョージの頼みだからな。それにメイベル王太后の希望とあっちゃ断れんさ。」
「すまんな、仕事中なのに。」
「いや、問題ない。」
ロンメルは俺に、エディスの実を使って肉を柔らかくする方法を教えてくれた。
ロンメルに礼を言って王宮をあとにし、さて、問題は残りの食材をどうしようと思いながら歩いていた。
手に入れたいと思っているのは、今回教えて貰ったアビスドラゴン、カセウェアリーだが、火山に向かわないといないという。
だが俺が狩りに使うのはオリハルコン銃だ。火薬は熱に弱い。地底火山なんて場所に行ったら、暴発しないとも限らないのだ。
やはりここは、ワイバーンやオークをしとめた時のように、檻の中に出現させてそこをしとめるしかないと思うが、敵は伝説の魔物だ。ワイバーンの時のように、檻を壊して逃げられないとも限らない。Aランクのワイバーンですら檻を壊したんだからな。人気のない山に登ろう。
俺はとあるものをマジックバッグに入れ、山を登った。
「よし、ここでいいか。」
以前ワイバーンを出して倒した場所と同じ開けた場所までくると、俺はマジックバッグにしまってあった鉄の檻を出して地面に置き、少し離れたところからオリハルコン銃を構えた。
俺は前世でも狩りをする人間だったので、オリハルコン銃はライフル仕様だ。武器防具職人であるヴァッシュ・バーグさんという人の特注品である。
銃を使って狩りをする冒険者がおらず、作ったものの倉庫に眠っていたのを俺が譲り受けたものだ。
まずはなんでも出せる能力を使って、カセウェアリーを鉄の檻の中に出現させる。
世界一凶暴な鳥と同じ名を持つ魔物だけあって、まあ気性が荒かった。
いきなり鉄の檻に体当りして壊そうとし、地面に固定されていない檻がひっくり返った。
カセウェアリーを出現させた時点で、冷静にオリハルコン銃で狙いを定めていた俺は、激しく動くせいで狙いがブレるカセウェアリーに、オリハルコン銃を作ったヴァッシュさんに貰った水属性弾を放った。
1発、2発、3発。カセウェアリーはピクピクと動いていたが静かになった。
火に強いというから単純に水属性弾にしてみたが、どうやら有効だったようだ。
だが問題はアビスドラゴンだった。
カセウェアリーを鉄の檻から取り出してマジックバッグに入れ、鉄の檻を再びまっすぐ立て直す。
そしてアビスドラゴンの子どもを鉄の檻の中に出現させたのだが、子どもとは言え、さすがは珍しいドラゴンだった。
大人のワイバーンよりは小さいが、かなり大きい。それが一瞬で鉄の檻を破壊して、檻の外に飛び出してしまったのだ。
俺はマジックバッグの中から、事前に準備していた魔法陣が描かれた紙を取り出した。
コンテスト応募用に書いた番外編を、予告通り合体させました。コンテスト応募用はレシピを書かないようにという内容でしたので省きましたが、今回はレシピも加えています。
加えた結果長いので4つに分けました。
料理をイメージしながらお読みいただければ幸いです。
 




