第124話 生活魔法が無駄魔法と呼ばれなくなる日
「木工加工職人はな、木の声を聞くのが仕事なんだ。師匠の受け売りだけどな。木がこうして欲しい、っていう声に従うと、割れずに美しく加工が出来るのさ。長年やってると、何となくそいつがわかるようになるんだ。
──あんたは木に好かれてる。」
とレーベンさんは嬉しそうに言った。
もしもそうなのだとしたら、植物の中の精霊王である、カイアの影響だろうな。
植物の中の精霊王であるカイアを愛して、愛されている俺のことを、他の植物たちが好んだとしても不思議ではない。植物に感情があればだが。でも、植物も通信はしてるんだよなあ。木は体から発する気体を使って、周辺の木々に危険を知らせたりする。野菜だって、音楽をかけると育ちがよくなり、美味しくなるという研究結果もある。
魔法のある世界だから、ひょっとしたら現代よりも、植物に意志があるのかも知れないな。だとしたら、木を切り倒したり、野菜を収穫する時に、痛くないのか、ちょっと考えてちまうよなあ。まあ、美味しくいただくからな、とか、ちょっと貰うぞ、とか、声をかけたりはしているが。特に意味があるわけではないが、なんとなくそうしている。
そういうのも、影響を与えていたりするのかな?まあ、嫌われているよりは、好かれていたほうがいいが。俺の1番大好きな野菜は見た目も含めて実は白菜なんだが、その白菜に実は、あんたのことが嫌いだから、食べられたくないんだ、なんて、悲鳴をあげられてたりなんかしたら、そしてそれを知っちまったら、食べ辛くて仕方がない。
まあ、それでも食べるが。うまいから。
「さあ、見てくれ!俺の渾身の作を!!」
レーベンさんはそう言うと、工房の奥に俺たちを案内してくれた。壁際のスペースに、紫の巨大な分厚い布がかけられている何かが所狭しと並べられていて、下に置かれたものの形にこんもりとしていた。
「どうだ!これが俺の力作だ!!」
レーベンさんは紫の布をバッとめくって、その下にあるものを見せてきた。
「こいつは……、素晴らしいな……!」
エドモンドさんが感嘆の声をあげる。
1つの木から削り出したと思われる、継ぎ目のない優美な曲線を描いた美しい椅子と、シンプルながら上品なテーブルが現れた。
王宮で食事に招待された部屋に置かれていたものと、同じ作者のものだとわかる。
あれはレーベンさんの作品だったのか!
王宮におさめられるのも納得の品だ。
王宮用とは違い、飾り彫りの意匠は王室の紋章ではないが、植物と犬の姿をあしらった美しいデザインが彫り込まれている。
ひと目でコボルトの店の為のものだとわかる。植物とコボルトたちが互いを慈しみ、守り合っているかのような、物語性を感じさせるようなデザインだ。店に鍵をかけたくらいじゃ盗まれそうだな。防御魔法陣を店にも貼り付けておかないといけないかも知れない。
「とても……素晴らしいと思います。
本当にありがとうございます!」
俺がそう言うと、レーベンさんは嬉しそうに鼻の下を人差し指でこすった。
エドモンドさんは商人としてたまらないのか、椅子とテーブルを撫でさすり、これを出来る職人を増やして、他の国に売れるようになれれば……!と呟いていた。
「あんた、コボルトの伝統の店をやるんだってな。彼らは俺たち木工加工職人と同じく、ドライアドを信仰する種族さ。木工加工職人ならみんな知ってる。コボルトが勇者一行の一員だったってことも、ドライアドを信仰してる奴らが、魔物なわけないってこともな。
早くそのことが国民すべてに伝わるといいな。微力ながら応援してるぜ。」
レーベンさんは笑顔でそう言ってくれた。
そんな風に思ってくれている人間が、王宮関係者以外にもいたとは。コボルトを魔物だとする人間が大多数の中で、声を大にして言えないというだけで、本当はもっとたくさんいるのかも知れないな。俺はコボルトの店の成功を、具体的にイメージ出来る気がした。
「まったく問題ありません。
このままで納品お願いします。」
「おーよ。」
俺はレーベンさんにお礼を言って、あとはサニーさんに任せて、工房をあとにした。
「さて、そろそろ戻らないとな。みんな集まっている頃だろう。」
エドモンドさんが馬車の馬に鞭をふるう。
「そうですね。今日が初日ですから、ぜひとも見ていただきたいですし。どんな反応をされるか、とても楽しみです。」
今日はメッペンさんだけでなく、各地のクリーニング工房長候補として、メッペンさんが採用した他の生活魔法使いの人たちにも、サプライズで集まって貰っているのだ。
俺たちがルピラス商会の前につくと、既にメッペンさんを始めとする、生活魔法使いの人たちが大勢集まっている。みんなこれからやがては各地のクリーニング工房の工房長になる、ベテランの生活魔法使いばかりだ。
だがその表情は暗い。メッペンさんのように排水回収業者をしていた人も中にはいるそうだが、生活魔法使いの生活は厳しい。
生活魔法を使って稼ぐ仕事がないから、大抵は他の仕事についているのだという。この世界は学校がなく、お店など、固定の仕事につける人は、親から世襲することが多い。
大抵は日雇いで色んな仕事につくのだという。ルピラス商会が絡んでいるとはいえ、本当に生活魔法で食べていかれるのかが、みんな半信半疑といったところなのだろう。
「みなさん、本日はお集まりいただきましてありがとうございます。ルピラス商会副長のエドモンド・ルーファスと申します。こちらは協力者のジョージ・エイトさんです。」
エドモンドさんの紹介をうけて、生活魔法使いの方々にお辞儀をする。みんなバラバラにお辞儀を返してくれる。
みんなエドモンドさんが来たことで、少し表情が明るくなったようだ。
俺とエドモンドさんは、メッペンさんと義弟のエムスラントさん以外とは、今日が初対面なのだ。メッペンさんに雇われはしたものの、本当にルピラス商会がこの仕事に協力してくれるのかが、不安だったんだろうな。
「皆さん、生活魔法が本当に必要とされるのか、人々に受け入れられるのかが、かなりご不安かと思います。今回、ジョージがクリーニング店の仕事を、わかりやすく記録用魔道具でまとめてくれたものを、店頭で投影機に映し、それをご覧になっているお客さまの反応を見ていただこうかと思っています。
どれだけ素晴らしく、生活魔法使いは夢のある仕事であるのかが、伝わる仕上がりになっていると自負しております。」
「あのう……。」
生活魔法使いの1人が手を上げる。
「本当に、洗濯なんてものを、1枚いくらでお金を払って、人に頼むような人たちが、たくさんいるんでしょうか……?自分でやればタダですし、洗濯女に頼むほうがずっと安いです。確かに他の誰に頼むよりも、きれいにする自信はありますが……。」
エドモンドさんがニッコリと微笑む。
「ですので、実際のところを見ていただきたいのです。皆さんの不安も払拭されることでしょう。そして、生活魔法使いの技術がいかに素晴らしいものであるのかを、皆さん自身に実感していただきたいのです。
その為にお呼びしました。」
そう言われて、みんな自信なさげにお互いの顔を見合わせてている。
「……だいじょうぶだ。店の状態は部下から報告を受けている。朝よりも落ち着いてはいるが、きっと安心して納得してくれるさ。」
エドモンドさんが小声で俺にだけ言った。
「さあ、行きましょうか。」
エドモンドさんの声掛けで、みんなでゾロゾロと、クリーニング店の受付を設置した、ルピラス商会の店舗まで移動する。
店舗の一部を専用の受付スペースにした狭い店。それがクリーニング店の受付だった。
本来の店舗の看板を邪魔しない程度の、メッペンクリーニング、と書かれた、小さな看板を取り付けてある。メッペンさんの名前にしましょうと言ったのは俺のアイデアだ。
ルピラス商会の店ではなく、生活魔法使いのメッペンさんの店だからだ。
ここを生活魔法使いの可能性をアピールする場所にする為に、メッペンさんに広告塔になっても貰ったんだからな。
パッと見、わびしくなりそうなその受付の前には、俺のアイデアで開店祝と書かれた木札のついた花が目を引いている。
そして、クリーニング店の受付に設置された、記録用魔道具の音声と映像が、投影機によって流されていた。
空中に映像が浮かび上がる仕様なのが、異世界って感じだよなあ。もちろん今の現代の技術なら出来るんだろうけど、メチャクチャお金がかかる筈だ。けど、これは精霊魔法の込められた魔法石で簡単に行えるのだ。
これはアシュリーさんや、他の精霊魔法使いのコボルトたちに作って貰って仕入れた。
投影機から繰り返し、メッペンさんがエドモンドさんのお祖母様の鞄をキレイにしていく過程や、それを受け取って、涙を流して喜ぶエドモンドさんのお祖母様の姿が流れている。クリーニング店の受付の前のお客さまたちは、それを食い入るように眺めていた。
──他の生活魔法使いの人たちも。
出勤前の時間じゃないので、お客さまの数こそ少ないが、それを見て受付で値段表を見せて貰ったり、見積もりになると説明を受けるお客さまたちが次々と現れる。
「大切に使っていたんだな。それがとてもよく分かる。すぐにシミ抜きしようとしたあとがある。だが繊維の奥深くに入り込んじまったんだな。すぐに元通りにしてやるから。」
メッペンさんが映像の中で、とても嬉しそうに笑いながら、鞄をキレイにしていく。
「よし、完成だ!
ここまでキレイにするのは、こいつを作った鞄屋にだって出来やしない。
これが生活魔法の力なのさ!」
メッペンさんが満面の笑みで、鞄を差し出してくる映像が、手を伸ばして鞄を受け取るエドモンドさんのお祖母様の姿につながる。
まるで目の前で渡しているかのような演出にしたのだ。涙を流しながら鞄を受け取り、
「まるで主人にいただいた時のままだわ。
大切にしていたのに、汚してしまったの。
まるで、思い出ごと、あの人が帰って来てくれたみたい。本当にありがとう。本当にありがとうね。頼んで良かったわ。」
と言うエドモンドさんのお祖母様。
そしてまた画面が切り替わり、
「すべての大切にされている鞄や衣服は、俺たちが全部引き受けるぜ!絶対どこにも負けないくらいにキレイにしてやるよ!
一生可愛がって貰えるようにな!」
と胸を叩いて笑うメッペンさんの映像に切り替わった。メッペンさんはそれを見て、少し恥ずかしそうに顔を赤くしている。
一応文字テロップも入っているが、文字を読める人が少ないので、これはシャツなんかを出してくる、勤め人の人たちへのアピールだ。フルテロップなことで、ちょっとお金をかけた豪華な映像に見えるのだ。
「生活魔法って、実は凄いんだな。」
「ああ、排水を処理したり、風呂に入らなくて済むってだけなのかと思ってたぜ。」
映像を見た人々が口々にそう言っていて、集まった生活魔法使いの面々は、ちょっと面映ゆそうに、映像を見たり、お客さまを見たり、お互いの顔を見合わせたりしていた。
「あの……、私の鞄も、あんな風にキレイにしていただきたいの。お願い出来るかしら?
お値段は……。」
上品な御婦人が鞄を持ってクリーニング店の受付スタッフと話している。
「はい!おまかせ下さい!鞄などの場合は、汚れの程度によって、お見積りを出させていただきます。まずは1度お預かりいたしますので、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いするわ。」
「お名前をお伺い出来ますか?」
「エリー・パーマーと申します。
ロラン商会、商会長の妻です。」
「いつもお世話になっております。」
受付スタッフが、サラサラとお客さまの名前と、預かったもの、日付、店舗名を2つの木札に記入し、片方を店の控えを保存する箱にしまい、片方をお客さまに手渡した。
「こちら預かり証の木札になります。こちらでもお名前の管理はしておりますが、お探しに時間がかかりますのと、お渡しするのに身分証明書をお持ちいただく場合もありますので、なくさないようご注意下さい。」
「ありがとう、とても楽しみにしているわ。
私の宝物なのよ。」
エリーさんと名乗ったお客さまは、とても嬉しそうに言って木札を受け取った。
「──いかがですか?お客さまの反応を見てみて。これがあなた方の仕事です。」
俺は生活魔法使いの全員に声をかけた。
「……生活魔法使いは誇りある仕事が出来るってとこを、見せてやるよ。」
「ああ!汚れを落とすことなら、誰にも負けない!これは世間から必要とされる、大切な仕事なんだ!俺たちは、すべての生活魔法使いの夢と目標になるんだ!!」
「生活魔法は無駄魔法じゃない!!」
「生活魔法が世界を変えるんだ!!」
「「「「「「「「おおー!」」」」」」」」
メッペンさんを始めとする、生活魔法使い全員が拳を突き上げる。クリーニング業は素晴らしい仕事なのだと、伝える目的はかなったが、ここは町中で繁華街で店のまん前だ。
町中で騒ぐ彼らを、なんだなんだと通りゆく人々が眺めている。映像に映るメッペンさんに気が付く人たちもチラホラいるようだ。
「みなさん、もう少しお静かに……。」
ああ、すまんすまん、と、興奮し過ぎたことを謝るメッペンさんだった。
 




