第120話 待っていた手紙の返事
「それにしても、ジョージさんはどうして聖水なんて持っていたんですか?」
冒険者ギルド職員さんが俺に聞いてくる。
「実は……、こんなものを手に入れまして。
前回の聖女さまが書いた、魔法の属性スキルがない人間でも、魔法が使えるようになるという本だそうです。それのここに……。」
清められた紙が必要であると書かれた項目のページを、冒険者ギルドの職員さんに開いて見せる。清められた紙、つまり聖水で清める必要があるのだから、聖水を手に入れたのだ、と説明をした。まあ、実際には既に清められ済みの紙を能力で出したんだがな。
「……噂には聞いていましたが、かなり昔に絶版になって、手に入らないものだと聞きましたが、よく見つかりましたね!?」
「はい。とても幸運でした。」
「僕も欲しかったんですが、本自体がとても効果で貴重ですからね……。なかなか数を作れるものではないので、買う人があまりなくて、初版以降作られなかったと聞きます。
属性魔法スキルがなくても、それ以外の職業スキルで強くなった頃には、わざわざ魔法スキルを求める戦い方をしませんからね。」
「そういうものですか。」
「はい、僕も剣士ですから、魔法剣士になれたらなあ、と思ったことはあります。ですが魔法陣を使うのに片手が塞がれるとなると、両手で剣を持つのに邪魔になりますからね。
戦闘中にとっさに取り出せるかと言われると、ちょっと現実的じゃないですね。
なんのスキルもなくて魔法スキルが手に入るのなら、今も欲しいと思いますけど。」
なるほどな。職業適性の問題があるのか。
俺もオリハルコン銃をかまえながら魔法陣を取り出せるかと言われたら、ちょっと無理だと思う。魔法陣は魔法陣として、オリハルコン銃とは別々に使うことになる。
というかそうしている。
属性付与弾があるから、別に魔法がなくても属性攻撃は出来るしな。
「えっ……、うわっ!?な、なんだ!?」
冒険者ギルドの職員さんと話していると、俺のまわりにたくさんの、薄く光る蝶々が飛び回り始める。ちょっと幻想的な光景だ。
「これは……、すべてリーティア……!?
こんなにたくさん、一度に1人の人に集まるのを、初めて見ましたよ。」
職人ギルドの職員さんが驚いて言う。
リーティアはお急ぎ便の魔手鳥であるミーティアの蝶々版。つまり通常便の手紙だ。
貴族や商人は、普通の手紙を使うこともあるが平民は使わない。紙が魔法の手紙よりも高いということもあるが、何より、平民は文字が書けないし読めないからだ。
だが魔法の手紙というだけあって、ミーティアとリーティアは、字が読めない、書けない人であっても使うことが出来る。
もちろんそのまま文字を読むことも出来るのだが、文字に触れると、頭の中に音声で内容が浮かぶのだ。書いた人の声でな。
ボイスメッセージのようなものだな。
そして一見紙に見えるが紙ではない。読むと跡形も無く消えてしまうので、保管しておきたければやはり手紙にするしかない。
証拠が残らないことから、昔は諜報活動にも使われていたとかいないとか。
だからジョスラン侍従長からの直接の連絡は、毎回ミーティアで届くのだ。
家族や恋人と離れて暮らす人たちは、こいつを頻繁に使用している。通信用の魔道具なんていうお高い物は買えないから、これで家族や恋人を身近に感じるというわけだ。
だから国の決まりでリーティアはお安く設定されている。大切な連絡手段だからな。銅貨一枚でリーティアが2枚買える。
ちなみにミーティアは銀貨1枚。だからよほどのことがないと平民は使わない。俺は能力で出せることもあって、頻繁に使用しちまってるけどな。大商会であるルピラス商会のエドモンドさんも、必要なことに金に糸目をつけないから、頻繁に使用してくる。俺はミーティアで、とある人たちに連絡を取っていたのだ。これは彼らからの返事なのである。
俺が両手のひらを上に向けると、そこに手紙に変化したリーティアが、ポトポトと落ちてくる。俺はそれを1つずつ読んでいく。
内容は簡素で簡潔なもの。そして、すべて同じ内容のものだった。俺はそれを見て、計画がうまくいったことを知り、笑っていた。
「どうやら今すぐ帰らなくてはならなくなったようです。ランディさん、リンディさん、ワッツさん、エイダさん、後日改めてご連絡致しますので、よろしくお願いいたします。
俺はこれで失礼しますね。」
「は、はい。」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそだぜ!」
「楽しみにしているよ。」
4人と別れて、俺はハンバーグ工房を建てる予定の場所に、ハンバーグ工房、馬車の馬用の馬房、馬車を整備する場所、倉庫、従業員の休憩所兼食事処、従業員の住居、警備員の詰め所などを次々と出した。
その足でヴァッシュさんの工房へ行き、ミートミンサーという、肉をミンチにする機械を自動にする魔道具の製作をお願いした。
別に手動でもいいんだが、大量に作ることを考えると、それだけで疲れちまうしな。
ミスティさんは、肉をミンチにする料理道具なのだというと、珍しげにミートミンサーをいじくり回していた。この世界にハンバーグがないってことは、ミートミンサーもないってことだもんな。
「こちらを自動にするだけであれば、鋳型を作って同じものを作り、魔石で自動で回転させる仕組みを組み込めばよいだけですね。
料理に使うのであれば、ばらして洗いやすくしたほうがよいですか?」
「そうしていただけると助かります。」
「このくらいでしたら……、今回は新人にまかせてみてもよいでしょうか?最近色々お願いされているので、ちょっと手が……。」
「はい、問題ないですよ。特に指名でなくてはいけないわけではないので……。」
「……。そうはっきり言われると、正直ちょっぴり寂しいですね。ジョージさんは毎回、私か工房長を指名してくれる、お得意さまだと思っていましたので……。」
ミスティさんが少し拗ねたように言う。
今の表情、エドモンドさんが見たら、ノックアウトだろうなあ。ちょっと可愛らしい。
「もちろん、お願い出来るのであれば、ミスティさんにお願いしたいですよ。ミスティさんの腕は信用していますからね。
ですが、今も色々とお願いをしていますので、ミスティさんが無理なさるくらいであれば、他の方に任せられることは、任せて下さっても問題ありません。
ミスティさんは開発に夢中になると、すぐ徹夜なさることは存じてますからね。」
俺がそう言って笑うと、ミスティさんも恥ずかしそうに後頭部に手をやって笑った。
「では、こちらは見本にお預かりしますね。
おそらくは、2〜3日もあれば出来るかと思います。そのくらいにお越しください。」
「分かりました。」
俺はヴァッシュさんの工房をあとにすると、その足で役場へと対う。
ハンバーグ工房とその周辺の土地を、登録したいのだと告げると、カウンターの奥で暇そうにボーッと天井を眺めながら頬杖をついていた若い男性が、受付の人に声をかけられて、椅子から飛び上がるように立ち上がり、そのままこちらに笑顔で駆け寄って来た。
「土地の登録をご希望ですか!?」
「は、はい……。」
えらく食い気味な彼の勢いに押されて、タジタジになりながらもそう答える。
「それではさっそく向かいましょう!!
馬車の必要な場所ですか?」
「そうですね。乗り合い馬車の通り道ではないので……。今後御者を雇うつもりではいますが、今は歩いて行く必要があります。」
「分かりました。それでは役場の馬車をご用意しますので、少しお待ち下さい。」
そう言うと、エイデンさんと名乗った男性は、役場の奥の扉から馬車を取りに行き、役場の前に馬車を用意しましたと言って、外の入口から戻って来た。
自分でやるんだな、馬車の準備。
俺はエイデンさんとともに、ハンバーグ工房予定地へと馬車で向かった。新たな産業をおこす人は少ないらしく、土地登記担当は年中暇なのだそうだ。どうりでつまらなさそうにボーッとしていたわけだ。
「──ふおおぉおお……。」
エイデンさんはハンバーグ工房予定地に降り立つなり、小さな子どものように目をキラキラさせて、両手の拳を握りしめて胸の高さに持ち上げ、妙な声を発した。
「こんなに広い土地を測量するのは初めてのことです!初めて本格的に僕のスキルが役に立つ日がやってきました!!」
と感動しきりだった。スキルで測るのか。メジャーとか使わないんだな。さすが異世界というところか。
「ここは何になさるおつもりですか?」
「ハンバーグ工房にする予定です。それと移動販売の馬車を置く場所と倉庫、従業員の住居や、警備員の詰め所なども建てました。
あとは通勤の為の馬車を整備する場所と、馬を休める為の馬房ですね。」
「ハンバーグ工房?」
聞き慣れない言葉に、エイデンさんは首をかしげて俺を見上げる。
「俺の地元の郷土料理みたいなものですね。
クズ肉や安い部位の肉を美味しく食べる為の調理法で、庶民の味方の肉料理ですよ。ルピラス商会にも大量におろす予定です。」
「それは楽しみですね!」
「ミノタウロスとオークの肉を使う予定なんですよ。合い挽き肉をこねて焼きます。」
「ミノタウロスですって!?」
エイデンさんは目を白黒させている。
「そ、そんな高級な肉を使って、平民におろしていたら、元が取れませんよ?」
「ミノタウロスの肉で高いのは、ステーキに使う部位だけです。そこはステーキ肉として売りさばくか、貴族向けの高級路線のハンバーグの肉として使います。他の捨てられている部位も、平民は食べるじゃないですか。」
「た、確かに……。」
「ひき肉にする部位はどこでもいいんです。
だから普段は捨てられている部位を、美味しくいただく方法を提供しようというわけですね。料理方法も公開するつもりですよ。
従業員用の食堂でも料理人を雇って、お昼ごはんに食べられるようにする予定です。」
「それで儲かるんですか?権利は独り占めされておいたほうが……。」
「俺としては、たまにしか食べられないものじゃなく、地域に根付いて欲しいと思っています。実際色んな肉を使ったハンバーグもありますから、色々独自に開発する人が現れたらいいなとも思いますし、日常的にもっとたくさんの人たちがハンバーグを食べられるようにしたいんですよね。」
「はあ……。壮大ですね。」
「そうですね。」
呆然としているエイデンさんに微笑んだ。
「では、測量を開始させていただきます。」
エイデンさんがハンバーグ工房とその周辺へ向けて、両手のひらを広げてかざした。
エイデンさんの手から出た光が、建物が設置された地面に末広がりに広がってゆく。
黄緑色の光が、建物の周辺の敷地すべてを覆ったかと思うと、それが上に伸びてゆき、黄緑色の光が全体を包み込んだ。
「随分敷地よりも広く測量するんですね?」
俺が建てた建物から、かなりはみ出した格好で測量されるのを不思議に思う。
「隣接する建物がない場合は、このほうがいずれ隣接地域に新しく建物を建てる人が出た場合に、もめなくて済みますので。」
なるほどな。日照権やら土地を仕切る為の壁を建てたりだとか、現在でも狭い土地に建物を建てる際のトラブルは多い。
うちの実家も壁を塗り替える際に、隣家の空中にまで、はみ出さないと足場が組めないと分かった時に、隣家に拒絶されて結局塗り替えを断念したことがあったしな。隣とのスペースは、広ければ広いほどお互いにストレスがなくていい。日本ももっと広く土地を取れればいいんだけどな。
人が通れないくらいの隙間分しか隣とあいてない場所に建ててるビルなんて、どうやって壁にのびてる雨樋だの、雨で剥がれた壁をを修理するんだろうかと思ってしまう。
これだけ建物から、はみ出た土地が広ければ、修理することがあっても、隣接地域に反対されて断念することはないだろう。
「ありがとうございます。助かります。」
「とんでもない。僕が唯一役に立てるスキルがこれだけなので、仕事をする機会を与えて下さって、こちらこそ感謝ですよ。」
エイデンさんは嬉しそうに笑った。
「土地を登記する人はそんなに少ないんですか?こんなに土地が余っているのに……。」
「人を雇えるほどの仕事を新しく始められる方が少ないですからね。貧富の差は激しいです。僕もたまたまこのスキルのおかげで役場に就職出来ましたけど、もっとたくさんの人が貰えるスキルだったら、食いっぱぐれてたと思います。下手に魔法スキルだったりしたら、冒険者しかあてがなかったですし。」
「そんなに少ないんですか?」
結構レアなスキルだよな、それって。
 




