第117話 解体職人と肉加工職人の選定
次の日、俺は朝からルピラス商会副長のエドモンドさんと、ハンバーグ工房を設置するための場所の下見に来ていた。
別に出来合いのハンバーグを俺の能力で出してもいいんだが、平民は勤め先が少ない、出来るだけ雇用を増やしたい、と言うエドモンドさんの言葉に、俺も感化されたのだ。
ハンバーグならこちらの世界でもいくらでも再現出来るからな。庶民に浸透させたい。
なんせ豚肉みたいなオークや、牛肉みたいなミノタウロスがいるからな。材料には困らない。別に牛や豚を出してもいいんだが、筋肉が多くて身がしまってるせいか、魔物肉のほうが正直美味かったしな……。
それにこちらの世界で牛肉といえば、ミノタウロスのステーキで、ステーキに出来ない部位や、ステーキの形に整えた後の端切れみたいな部分は、捨てるか犬の餌だと言う。
だったらそれらを引き取らせて貰って、足りない部分は能力で肉を出せばいい。
オークやミノタウロスの肉で作ったハンバーグは、きっと人気が出ることと思う。
肉は自分で狩るか、買うか、何かと交換で手に入れるもので、買うとなると、基本的に決まった部位と形のものしか売っていない。
平民はあますところなく肉を食べるが、貴族は牛肉と言えばそれしか知らず、破棄する部位を食べるのは下品な行為とされているのだそうな。もったいないな全部美味いのに。
ロンメルとの料理対決や、パトリシア王女に出した料理や、パーティクル公爵家で、俺が作った料理に、ステーキ肉がなかったのは偶然だったが、出していたら食べても貰えなかったかも知れないな。ケルピーは馬刺しだし、ワイバーンは鶏肉みたいなものだし、だから問題なかったんだと思う。
ロンメルも2回目の料理対決で、ステーキ以外の肉料理を出していたが、一角ウサギやコカトリスは、ウサギ肉と鳥肉だから関係がないんだろう。ミノタウロスはしっかりステーキだったしな。そのうちハンバーグ以外の肉料理も提供出来たらいいんだが。
「──ここなんてどうだ?
土が硬くて家が建てにくい、農地にもし辛い、民家から遠い、広くて広大。ジョージの希望にピッタリな場所を探させたんだが。
だが、他は工房を建てる都合上分かるが、家が建てにくい場所で本当にいいのか?」
エドモンドさんが案内してくれた土地はまさに俺の希望にピッタリの場所だった。
砂利が散らばり雑草が生い茂った硬い土。どこまでも広くてなにもない場所。近くに民家もなく馬車も通っていない。暮らすには不便極まりない。普通なら線を引いて簡易の駐車場としてしか使われなさそうな土地だ。
「はい、完璧です……!!
朝から工房を稼働させますので、どうしても民家からは離したくて……。通勤の際にかかる移動は、馬車を用意すればいいですし。
いずれは他の土地にもハンバーグ工房を建てるつもりです。出来ればクリーニング工房と並べて建てられたら理想ですね。」
「まあ、なくはないよ。この国は土地だけは余っているからな。この場所は誰の土地というわけでもないが、利用登録だけはしておいたほうがいい。商売が軌道に乗ってから、誰かに権利を主張されて、場所を移す羽目にでもなったら、目も当てられないからな。」
「そうしておきます。」
土地の利用申請は、役場に行うものだという。役場の人間が現地に見に来て測量し、利用登録をしてくれるのだ。メッペンさんのクリーニング工房の為に出したトレーラーハウスの置かれた場所も、メッペンさんが後日利用登録申請を提出し、正式にメッペンさんの土地となっている。
戦後のドサクサみたいだよな。焼け野原になった東京や千葉あたりは、ここは俺の土地だった、と線を引いて主張すれば自分のものに出来たらしく、それで現在土地成金になっている地主も多い。兵士として徴兵された人たちの年金の書類なんかも、読み取れない文字や、生年月日がかけているような書類が普通にあって、今のようにきちんと書類が管理されていなかったのが現状だ。
その土地に価値があるとされているのは、貴族が住んでいる場所や、王城の近くだけ。
家や工房を建てられる程の金を、個人で稼げる平民は少ないから、みんな代々先祖が立建てた同じ家に住んでいる。平民は新しく家を建てるお金がないのだ。
冒険者で稼いだことで、親と暮らすとうるさいからと、村の中に別の家をわざわざ建てて、一人暮らしをしているザキさんが、そもそも珍しいんだよな。それが出来る人たちが住み着いてくれたり、工房を作って新たな雇用や産業を生み出してくれるのであれば、税収の元が生まれるから、タダの土地の権利なんて、国からしたらどうだっていいのだ。
クリーニング工房とハンバーグ工房を作ったら、そこに人が集まることで、新しい村や町が生まれる可能性もあるよな。人のいるところ商売ありだ。犯罪者も集まってくる可能性があるから、護衛の詰め所と家も建てて、きっちり守って貰うつもりだ。我が家に設置している魔法陣も置くつもりではいるが、火でもつけられたらかなわんしな。
……放火といえば、ウッド男爵はもう諦めたんだろうか。最近は見回りがいることもあって、放火の報告は聞かないが、俺を恨みに思っているようだったから、あのまま諦めるとは、ちょっと思いにくいんだよな。
店が始まってからも、しばらく警戒する必要があるかも知れない。
「ハンバーグ工房だけでなく、従業員の休憩スペースと、昼食が取れるレストランを作りたいんですよね。移動販売の分は朝に仕込みますが、ルピラス商会におさめる分もありますし。こちらでも職人ギルドに募集は出しますが、いい料理人がいたら、紹介していただけると有り難いです。」
「ふむ、声はかけてみるよ。」
とエドモンドさんが言ってくれた。
職人ギルドは、職人たちの技術によって開発された商品や、その図面や材料配分、作り方なんかを登録出来たり、職人そのものが登録している場所だ。登録職人の斡旋もしてくれる、職人専門の人材紹介場および、特許登録申請管理をする場所だな。
馬車に使うスプリングや、ゴムタイヤ、自動食器乾燥機能付き洗浄機そのものや、それに使うネジなんかを登録している。
自動食器乾燥機能付き洗浄機は、販売の権利者としては俺だが、開発者はヴァッシュさんの工房なので、職人ギルドにはヴァッシュ工房が登録し、販売の為に商人ギルドに俺が登録している、といえば分かりやすいかな?
つまりたとえ俺であっても、ヴァッシュさんの工房以外に自動食器乾燥機能付き洗浄機の作成を依頼したとすると、その工房はヴァッシュさんの工房にお金を払うことになる。
同様に、たとえヴァッシュさんの工房といえども、作った自動食器乾燥機能付き洗浄機を販売するには、俺に金を払うことになる。
それを売っているルピラス商会が、俺とヴァッシュさんの工房に支払っているわけだ。
ただしネジだけは俺が開発者として、職人ギルドに登録しているので、ヴァッシュ工房が自動食器乾燥機能付き洗浄機にネジを使う為には、俺に利用料金を払うことになる。
もちろん商人ギルドにも登録しているからそこから仕入れることも出来るが、もともと鉱物を加工する工房だから、作る権利と作り方を金で買ったほうが安い、ということだ。
ハンバーグも同様に、職人ギルドと商人ギルドに登録する予定でいる。これは勝手に他の人に登録されてしまった場合、俺が自由に作ったり出来なくなってしまうのを防ぐ為であって、商用利用でなければ無料、商用目的であっても安く設定するつもりでいる。他の人も作ってくれたほうが、肉の消費がはね上がるだろうし、浸透も早いだろうからな。
「それよりも、うちに出してる募集の板を見て、既にハンバーグ工房への応募がかなり殺到してるぞ。面接はどうするんだ?ここまで来させるのは大変だろうから、面接だけ他の場所にするなら、場所を用意するか?」
「本当ですか?先に解体職人と肉加工職人を雇えてから、と思ってたんですが……。」
肉を加工出来るようにするには、解体と肉を加工出来る人が必要不可欠だからな。クズ肉を肉屋や冒険者ギルドから集めるにも限界がある。まるごと一体の魔物を出しても、牛や豚を出すにしても、肉の状態に加工出来る職人が必要だ。こっちの世界でパック肉を大量に出すわけにもいかないしな……。
ハンバーグを作るだけなら、どんな人でもいいから、料理人に限定せずに募集をかけたのだ。この世界では職人以外の人材募集が少ないことと、役場が日本のように機能していないことから、ハローワークみたいなところもなければ、求人情報誌みたいなものも存在しない。当然インターネットもない。
だから求人情報は店や工房の前に板が貼られているのを見ることになる。紙じゃないのは高いからだ。もしくは入りたい工房に直接弟子入りを志願する。王宮はお触れが出るか貴族の子息子女宛に直接お声がかかる。まあ紹介制度だな。貴族間は交流が盛んだから、どの家にどんな子がいるのか分かるとの事。
だからエドモンドさんに頼んで、ルピラス商会の事務所や店頭に募集の貼り板を掲示して貰ったんだが、さすがこの世界は仕事がないだけあって応募の数が凄まじいらしい。
「とりあえず、職人ギルドに行って、解体職人と肉加工職人を雇おうと思います。工房の場所はこちらで確定でよいので。」
「とりあえず全員にリーティアを渡しておいたから、連絡すれば都合がよければ面接に来るだろうさ。移動販売開始前にうちにおろして貰うことになるから、そっちも早い方がいいだろう。その前に一度試食だけはさせてくれ。味を知らないと売り込めないからな。」
「わかりました。」
リーティアは鳥になって飛ぶ魔法の手紙、ミーティアの蝶々版だ。ミーティアが一瞬で届くのに対して、ゆっくりと飛ぶが、近所の人たちばかりだから、そこまで急がなくてもそんなにタイムラグがないからな。
国の端から端まで、早くて1日、どんなに遅くとも2日で届く。近所なら30分もかからないから、それでじゅうぶんなのだ。
即レスの有り難みになれてしまった現代人としては、ミーティアばっかり使ってしまっているけどな。値段が大きく違うから、本来ならリーティアを使うものなのだ。普通郵便に速達の値段が加わるようなものだな。
通信用の魔道具もあるが、効果範囲が決まっていることと、相手も通信用の魔道具を持っている必要があるから、知らない人にはミーティアかリーティアで連絡を取るのだ。
俺はエドモンドさんにお礼を言って、職人ギルドに向かうことにした。土地の登録申請はまた今度だ。建物を建ててからじゃないと申請が出来ない。エドモンドさんのいる前で建物をいきなり出すわけにもいかないしな。
職人ギルドには既に事前に解体職人と肉加工職人を雇いたいと頼んであったので、職人ギルドからの打診に返事をくれた人たちを、この場に呼び出してくれることとなった。
呼び出しに使うリーティアは職人ギルド負担だが、ミーティアを使いたい場合は、依頼主が追加料金を支払う。俺は追加料金を支払って、ミーティアを飛ばして貰った。
ここに来るだけでもそれなりに時間がかかるだろうし、出来るだけ早く運用を始めたいからな。時は金なり、だ。
程なくして、4人の職人が職人ギルドにやって来た。解体職人と肉加工職人が、それぞれ2人ずつだ。解体職人のワッツさんはベテランそうな雰囲気の強面の黒髪の男性で、もう1人の解体職人のランディさんは、まだ高校生か大学生くらいの見た目の若者だ。
少し明るい茶色の癖毛で、白い肌にソバカスが印象的だ。よく見ると可愛らしい青い目をしている。元冒険者で解体のスキルがあることから、冒険者ギルドの解体作業場への就職を希望していたそう。小柄でほっそりしているのに、人は見た目じゃわからんなあ。
肉加工職人の1人目は金髪の癖毛のエイダさんで、ワッツさんとは同じ現場で仕事をしていたことがあるらしく、よう、久しぶりだな、なんて和やかに会話をしている。エイダさんはたくましく太い腕が印象的で、どんな肉もどんどんさばいていけそうな、いかにも職人、といった雰囲気の男性だった。
だがもう1人の肉加工職人は女の子で、ランディさんの妹さんとのことだった。ソバカスが印象的なクリクリとした目の、少しこじんまりとした鼻をした可愛らしい女の子だ。
薄い金髪を1つの三つ編みにしている。
白色人種の子どものソバカスって可愛らしいよなあ。青春の象徴という気がする。
名前はリンディさんというそうだ。
「お嬢ちゃん、そんな細腕でほんとに肉がさばけるのかい!?俺っちの腕を見てみなよ。
肉をさばくには、こんぐらい筋肉がなきゃ駄目なもんなんだぜ?」
「そっちのあんちゃんもだ。細っけえなあ。
ちゃんと肉食ってんのか?解体は体力仕事だぜ?元冒険者っつったか?解体屋の連中もみんなゴツいだろう?お前に出来んのか?」
どう考えても無理だな。違いねえ。ガハハワハハ、と、ワッツさんとエイダさんは楽しそうにランディさんとリンディさんをからかっていた。2人ともおとなしいのか、困ったような表情を浮かべて黙って立っていた。
採用するのはそれぞれどちらか1人だ。
さて。どっちにしようかな。
 




