第116話 ジャガイモのグラタンと、クルミと干しぶどうのキャロットラペ
「どうしたんだ?何があった?」
カイアが話せないことは分かっていたが、俺はカイアに理由を言うようにたずねた。
カイアが話せない、というよりも、話すことは出来るが、俺たちがカイアが何を言っているのか分からないというだけだ。
それでも声を出してくれさえすれば、悲しいのか寂しいのか、甘えているのかお腹がすいているのか、くらいは分かるのだ。赤ちゃんの泣き声を聞き分けるようなものだな。
「ピョルッ……、ピョッ、ピョッ……。」
カイアはヒックヒックしながらも、一生懸命話そうとしてくれた。
「うん、うん。そうか。
カイアは悲しくて悔しかったんだな?」
俺はカイアを抱き上げたまま、カイアの背中をポンポンと優しく叩いた。
「ピョル……。」
カイアが俺の腕の中で、コックリと体ごと──首がないから──うなずく。
「よく分かるわねえ……。」
円璃花が階段を上がってきて、感心したように俺を見てつぶやく。
「ああ、すまないな、さっきは話の途中で。
なにがあったんだ?」
俺は円璃花を振り返ってたずねた。
「ああ、うん。別にだいじょうぶ……。
譲次が帰って来るまでの間、アエラキちゃんと一緒にオシリフリフリダンスの練習をしてたのよ。だけどアエラキちゃんはうまく出来るようになったんだけど、カイアちゃんは上手に出来なくて……。泣いちゃったの。」
ああ、そういうことか。アシュリーさんたちも円璃花の後ろから心配そうに見ている。
「カイア、別に無理に頑張らなくてもいいんだぞ?アシュリーさんたちは、出来たらでいいと言ってくれてるからな。
カイアはどうしたい?頑張りたいか?」
カイアはコックリとうなずく。
カイアは本当に頑張り屋さんだな。頑張ってるのに出来なくて、悔しかったんだろう。
「そうか。なら出来るかぎり頑張ろうな。
アエラキはお父さんもお母さんも2足歩行をするからな。カイアはたくさんの根っこで歩くだろう?カイアとはもともとの身体構造が違うんだ。同じように出来なくても当たり前なんだ。でもカイアがやりたいなら、お父さんは応援するから、一緒に頑張ろうな。」
カイアはコクコクとうなずいた。
「よしよし、今日はカイアの好きなものを作ろうな。美味しいものをたくさん食べて元気をだそう。カイアはなにが食べたい?お父さんに教えてくれ。なんでも作るぞ?」
「ピョル……。」
カイアは俺を見て、何事かじっと考えているようだった。すぐには思いつかないかな?
「ピョルル!!」
カイアは、ハッ!という感じに、普段三角形が上を向いてあいているかのような、可愛らしいお口を、四角の形にして開けると、階段の下に行きたがった。
カイアを連れて階段を降りると、カイアがおろして欲しがったのでおろしてやる。
カイアは食材置き場をゴソゴソしだした。
どうやら何かを探しているみたいだ。言葉では自分の言いたいことが伝わらないので、それを他の方法で教えてくれるらしい。
「──ピョルッ!!」
カイアが嬉しそうに見つけたものを、枝のお手々で高々と差し上げる。後ろからついてきた円璃花たちも不思議そうにそれを見た。
「ジャガイモか。──ひょっとしてカイアはジャガイモのグラタンが食べたいのか?」
ジャガイモのグラタンは、俺も子どもたちも大好きな料理だ。実家でもたまに日曜日になると出て来た、ジャガイモを大量消費出来る、簡単だが少し時間のかかる料理だ。
「ピョルルッ!!」
意図が通じて嬉しそうにするカイア。
カイアは一時期ホワイトソース作りのお手伝いにハマっていたことがある。俺がシングルマザーと同棲していた時の4歳の子どももそうだったな。子どもからするとかき混ぜるのが楽しいのかも知れないな。
「カイアはホワイトソース作りもしたいんだな。よし、今日の夕ご飯はジャガイモのグラタンを作ろうか。カイアもホワイトソース作りを一緒に手伝ってくれな。」
「ピョルルッ!」
嬉しそうに両枝を上げる。ホワイトソース作りとジャガイモのグラタンが楽しみで、カイアはすっかり元気になったようだった。
俺は中サイズのジャガイモ、にんじん、ベーコン、玉ねぎ、クルミ、干しぶどう(レーズン)、牛乳、小麦粉、バター、顆粒コンソメ、塩、コショウ、マスタード、ハチミツ、白ワインビネガー、オリーブオイル、ピザ用チーズ、強力粉を出した。
ジャガイモ8つ(ひとつ大体200グラムくらい)は皮をむいて5ミリくらいの厚さに輪切りにし、下味の為に塩を入れた熱湯で茹でて、ザルにあけて水切りをしておく。
竹串がスッと通る程度で、柔らかくし過ぎないほうが、崩れにくいし、歯で噛める感触が気持ちいいし、食べごたえがあっていい。
別に電子レンジで加熱しても、フライパンで炒めてもいいが、俺は下味をつける為にいつも茹でる。火が通りにくいから必ず事前に加熱はしておいたほうがいい。
電子レンジでも炒める場合でも一度先に水にさらしたほうがいい。炒めるなら3ミリくらいの厚さのほうがいい。うちは食べごたえ重視で厚めだから、火が通りにくいからな。
ちなみにジャガイモのグラタンの材料は普通の人なら10人前くらいだと思うので、量はお好みで調節して欲しい。うちはデカ皿でまとめて作るからな。
薄く串切りにした玉ねぎ1個と、細切りにしたベーコン200gを、バターでしんなりするまで塩コショウで炒めたら、一度フライパンから取り出してさましておく。
うちはジャガイモメインだから、これしか使わないが、玉ねぎやベーコンはお好みでもっと多くてもいい。まあ好き好きだな。
鍋に牛乳を1リットル、強力粉をふるいにかけながら大さじ8、バターを12グラム、顆粒コンソメを大さじ1と2分の1(コンソメキューブなら3個を砕いて入れる)を加えて、一度泡だて器でかき混ぜるのがコツだ。
ダマになりにくく、粉っぽさが残りにくいからな。強力粉を使う理由もそれだ。別に薄力粉でもいいんだが、素人でも失敗しにくくなるから強力粉にしている。ホワイトソースは水っぽくすればソースに、もったりさせればコロッケにも入れられて非常に便利だ。
クリームコロッケうまいよな。
と思っていたら、円璃花がホワイトソースの鍋を覗き込みながら、今度クリームコロッケが食べたいかも……、と言い出した。
あんまり得意じゃないんだがな。
まあ、了解した。と答えておいた。
別にジャガイモと玉ねぎとベーコンを入れたフライパンで、そのまま作ってもいいんだが、このほうが作りやすいからそうしてる。
ほんとはもっと大量にバターを入れるものなんだが、カロリーの爆弾過ぎるので減らして作っている。別になくても作れるしな。
ここからがカイアの出番だ。弱火でじっくりとトロミがつくまで、ゴムベラでかき混ぜてやる。別に何を使ってもいいんだが、うちではこれだ。量が少なければフォークだっていい。ちゃんとトロミがつく。ようはじっくりじっくり、しっかり加熱してやればいいだけだからな。これに時間がかかるんだ。
簡単だけど目が離せなくて手間のかかる料理。それがグラタンだ。俺に手を添えてもらって、ぐーるぐーると鍋をかき混ぜるカイアはとても楽しそうだった。
なんのふしなのか分からないのだが、
「ピョールル〜、ピョッピョル〜。」
と歌いながらかき混ぜている。
美味しくなーれ、ってことだろうか?
ドライアドに伝わる歌なのかな?それとも何かの呪文だろうか?イマイチわからんが。
アエラキもぐるぐるやりたいのかじっとこちらを見上げていたが、今日はカイアを優先しようと思っているのか、鳴いてアピールしたりはしなかった。優しいな。アエラキも。
俺の後ろのテーブルで円璃花が皮をむいた人参2本を千切りにしたものを、塩で揉み込んで10分放置したものを水切りしている。
俺の隣のコンロではララさんが、砕いたクルミ40グラムを、フライパンで油を入れずにから炒りしたものを、冷まして包丁であらく刻んでいた。これで4人〜5人前の量だ。
別に炒めなくてもいいが香ばしくなる。
テーブルを挟んで円璃花の向かいに座っているアシュリーさんが、ボウルの中でマスタードを小さじ2、はちみつを小さじ4、塩コショウを少々、白ワインビネガーを大さじ3加えてかき混ぜたものに、オリーブオイルを大さじ2を少しずつ加えている。
ワインビネガーとは、ぶどう果汁から作られる果実酢のことで、もともとは古くなって酸味が増したワインを、調味料として使ったことが始まりとされているもので、ワインとは異なる存在だ。ワインのように赤白が存在する。滅多に使わないが、あると重宝する。
ワインと名こそついているものの、製造過程において発酵させているため、アルコール分は残っておらず、子どもでも安心して食べられる。──コボルトでもな。
別に米酢でもいいが、ワインビネガーのほうが女性が喜ぶんだ。クルミと干しぶどうのおかげで見た目もキレイだしな。
ボウルの中に入れた水気を絞った人参に、アシュリーさんが混ぜたものと、ララさんがから炒りしたクルミ、干しぶどうを混ぜてよくあえたら、クルミと干しぶどうのキャロットラペの出来上がりだ。
ほんとは漬け置きして翌日食べるほうがうまい。作り置きにむいた副菜だな。
別に人参だけでも作れるんだが、このほうが子どもが好んで食べるからだ。人参は子どもに食べさせるのに苦労するよなあ……。
これでも食べない子は食べないしな。
野菜好きの子どもだったから、俺は親にその辺の苦労はさせていないが、俺が食べさせる側の時は苦労したもんだ。
トロミがついたホワイトソースを、塩コショウで味を整えたら、ジャガイモ、玉ねぎ、ベーコンを混ぜ合わせて、耐熱皿へうつし、ピザ用チーズをタップリとかけたら、220度のオーブンレンジで15分焼いたら、ジャガイモのグラタンの出来上がりだ。
塩コショウは待ち構えていたキラプシアがドヤ顔で振ってくれた。
クルトンを加えた市販のコンソメスープをそえて、今日のご飯はジャガイモのグラタンと、クルミと干しぶどうのキャロットラペ、それとカイアの大好きなイチゴだ。
うちは主食がこれの時は、ご飯もパンも出さない。ジャガイモのグラタンだけで腹いっぱいにしたいからな。それくらい好きだ。
「「「「いただきます。」」」」
「ピョルル!」
「ピューイ!」
「チチィ!」
普段食べる前の祈りの言葉がないというアシュリーさんもララさんも、すっかりいただきますに慣れたみたいだ。
ジャガイモのグラタンを、サラダサーバーを使って、大皿から直接各自の取皿に取り分ける。あっふ!あっふ!ウマ!!
「ホワイトソース上手に出来たわね、カイアちゃん。とっても美味しいわ。」
円璃花にニッコリ微笑まれて、カイアも嬉しにニコニコしている。
アエラキには熱すぎる為、少し冷めるのを待っている。熱を閉じ込める料理だからな。俺も慌てると口の中を火傷する。カイアも別に熱いのが得意というわけじゃあないが、アエラキはカイアよりは熱いのが苦手だ。スープが飲めるくらいだから、ほんの少し猫舌の人間程度の熱さならいけるみたいだが。
一見犬の姿のコボルトである、アシュリーさんとララさんは、むしろ俺たち人間よりも熱いのが平気みたいで、フーフーすることもなくバクバクと食べている。先祖が魔物だからかな、そういう耐性が普通の生き物よりもあるのかも知れないな。
「んん〜!!美味しい!!
芋がこんなに美味しいだなんて!
いくらでも入っちゃうわ!」
そう言いながら、既に2人前くらいを平らげているアシュリーさん。多めに作って正解だったな……。むしろ足りないかも知れん。
「簡単ですし、コボルトの集落でも真似出来そうですね。とても美味しいので、料理の決まりのない日に作ってみたいですね。」
ララさんも感激している。
コボルトは天候やら何やらで、作る料理が決まっているというからな。それ以外の日にしか作れないんだろう。後でレシピを書いた紙を渡しますね、と言っておいた。
アエラキはキャロットラペがいたくお気に入りで──やっぱり見た目がオムツウサギだからだろうか──いつもモリモリと食べる。
だからどちらかと言うと、この味付けはカイアの為だ。カイアは素材そのままの人参の味がちょっぴり苦手だ。カレーに入っていれば食べられるので、まったく駄目というほどじゃあないが。サラダに生の人参を刻んで入れたものはあまり食べない。だからうちではそういう風には人参は出さない。
そのうち人参も作ろうかな。市販の人参は確かに俺からしても、あまりそのままを美味しいとは思わないが、本当に素材のままで美味い人参は確かに存在するからな。
うん、そうしよう。人参作りはそんなに難しくないしな。人参掘りも楽しそうだ。
楽しくご飯を食べ終えて、みんながおしゃべりしながら洗い物や後片付けを手伝ってくれる中、俺はカイアのオシリフリフリダンスの練習に付き合うことにした。
枝のお手々を持って上げれば、なんとか立ち上がってオシリをフリフリ出来るようになってきた。だが、一人で立つのはやはり難しそうな気がする。ましてや踊るなんてのは。
「本番でも誰かが支えてくれないと、ちょっとこれ以上は厳しいかも知れないですね。」
俺の言葉にカイアがしょんぼりした。
「あら、じゃあ、そうする?」
アシュリーさんがあっけなく言う。
「え?いいんですか?」
「本番だとね、カイアちゃんの両サイドに、1番大きな年頃の子どもたちが並んで踊ることになっているのよ。ドライアド様を称える踊りをね。だからその子たちに、両サイドから手を持って、支えて貰って踊るのはどうかしら。それなら出来るんじゃない?」
「やってみるか?カイア。」
俺の言葉にカイアがコックリとうなずく。
「じゃあ、やってみましょうか。」
踊りを把握しているララさんも手伝ってくれることになり、カイアの両サイドでしゃがんだアシュリーさんとララさんに、広げた両の枝の手を持って貰って、カイアがぐっと根っこを伸ばして2本の根っこで立ち上がり、オシリをフリフリして見せる。
「いいわ!とっても上手だわ!そのまま、ゆーっくりと回転して、今度は後ろを向いて、そのままオシリをフリフリするのよ!」
アシュリーさんとララさんが、膝立ちのまま移動して、カイアの両の枝の手を持って、ゆっくりとカイアを回転させる。後ろを向いたカイアがオシリをフリフリして見せた。
パチパチパチパチ!!
円璃花が笑顔で拍手をしてくれる。
「とっても上手よ!カイアちゃん!」
「ああ、そうだな。ちゃんと出来たじゃないか、うまいぞ!カイア!」
最後にもう一回転して前を向くと、膝立ちしたままのアシュリーさんとララさんも、カイアと一緒になってオシリをフリフリした。
「これで一連の流れは終わりよ。当日は身長の近い子たちがやってくれるから、もっとうまくいくと思うわ。コボルトは小さくてもそれなりに力があるから、カイアちゃんを支えるくらいは、子どもたちでも余裕だしね。」
「そうですか。それなら安心です。良かったなカイア。これで本番もバッチリだぞ。」
カイアはアシュリーさんとララさんが手を離した途端、ダーッと俺の方に駆けてきて、俺の足に抱きついて顔を隠した。
上手に出来たのが嬉しかったのと、みんなに褒められ過ぎて恥ずかしくなっちまったらしい。カイアは照れ屋さんだからな。
俺はそっとカイアを抱き上げて、胸で顔を隠してやりながら、背中を撫でたのだった。




