第114話 馬車工房長たちとの話し合い
俺は馬車に乗ってガスパー村へと向かっていた。木工加工職人のアンデオールさんと、息子である樹脂加工職人のリーフレットさんに会う為だ。馬車を降りてしばらく歩くと、既に危険がなくなった為か、入口のバリケードが外されて、見張りの兵士たちも立っていなかった。封鎖は完全にとかれたようだ。
事前に手紙で連絡してあったので、玄関でドアをノックすると、すぐに声がして、息子さんのリーフレットさんが笑顔で出迎えてくれ、家の中に迎え入れてくれた。
一度は魔物の脅威に怯えて村を捨てたと、アンデオールさんを怒らせて、家から追い出されたみたいだが、無事にまた同居出来るよになったみたいだな。良かった良かった。
「お久しぶりです。
今日はありがとうございます。」
ソファーをすすめられ、お辞儀をしてソファーに腰掛ける。
「おうおう、息災そうでなによりだ。
あの子は元気かね?」
あの子とは、この森から連れ帰った妖精さんの、キラプシアのことだ。
この森を襲った瘴気に取りつかれて暴走してしまい、仲間を傷付けてしまったことで恐れられ、群れに戻れなくなってしまったキラプシアを、俺が引き取ることになったのだ。
「はい、毎日モリモリご飯を食べて、カイアたちと楽しそうに遊んでいますよ。
家の近くに好きな木もありますし。」
「そうか、それは良かったよ。」
アンデオールさんは嬉しそうに微笑んだ。
キラプシアとわかれる最後まで、ずっと心配してくれていたものな。連れてくれば良かったかな。次は一緒に連れて来るか。
「それで、今日は、移動販売の為の、長時間移動を可能にする車輪の開発だったか。
うちの息子の力も借りたいとのことだったが……。何か役に立つのかね?」
リーフレットさんが全員にお茶を出して、父親の横に腰掛ける。
「はい、リーフレットさんは樹脂加工職人をされているとのことで、今、樹脂を使ってゴムのタイヤを開発中だと先日伺いました。」
「ゴム?タイヤ?」
「樹脂を加工して、強度と弾力性をもたせ、保護をしたりそのものを使用したりするものですね。俺の国ではよく使われています。」
ゴムとタイヤの名称は俺が教えた。リーフレットさんは異国で名前のあるものだと知って、ゴムの未来を確信に変えたのだ。
「ふむ……。樹脂にそんな力が……。」
アンデオールさんは顎に手を当てて、何事かを考えるように下を向いてうなった。
「この国の馬車の車輪は、アンデオールさんが大半を作られていると伺いました。ゴムを車輪にまとわせて、タイヤというものを作っていただきたいのです。」
「車輪にゴムをまとわせるだって!?」
アンデオールさんは目を丸くしている。リーフレットさんには、先日お会いした時にも少し話してあったので、特に動揺しているような様子はない。
そもそもリーフレットさんが、ゴムタイヤの研究開発をしていると知ったことから、生まれたアイデアだからな。
「親父、俺はずっと1人で研究してたんだ。だけどどうしても車輪にうまくゴムをまとわせることが出来ない。……親父の力がいるんだ。ゴムをまとわせることが出来る車輪を、俺と一緒に開発してくれないか?
俺からもお願いだ。」
リーフレットさんは父親のほうに向き直って懇願した。
「……木工加工を継がなくて、それは申し訳ないと思ってるよ。親父の技術は後世まで残すべき、素晴らしい技術だ。体のこともあるし、跡継ぎをと思っているのも知ってる。
だけど、俺は樹脂加工に魅せられちまったんだ。どうしても、こいつを世界中の人が使えるようにしたいんだ。ゴムタイヤが開発されれば、安全で快適な移動が可能になる。
俺はこれを人生の仕事にしたいんだ。」
アンデオールさんは、瞬きもせずにじっとリーフレットさんの目を見つめていた。
「生意気を言うようになったか……。
人生の仕事なんて簡単に言うがな。
自分でゼロから何かを始めるってなあ、お前が思っているほど楽じゃねえ。
教えてくれる人間のいる仕事のありがたみを、お前はわかっちゃいねえんだ。」
アンデオールさんは腕組みをしながらリーフレットさんを見据えた。
「確かに。師匠がいるわけじゃない。
樹脂加工職人の中でも、ゴムタイヤを作ろうとしているのなんて俺くらいだ。
だけど、だからこそやり甲斐があるってもんさ。ゴムタイヤの馬車は、この世界のあり方を変えるだろう。俺は歴史に名を刻める職人になるつもりだ。」
リーフレットさんもひるまずアンデオールさんを見据えかえす。
2人はしばらく見つめ合っていた。
「……わかったよ。お前がそこまで言うのなら協力しよう。職人としても父親としても、息子が歴史に名を残そうってのを、嬉しく思わないわけがない。俺の持てる力のすべてをもって、お前に協力してやるさ。」
「──親父……!!」
リーフレットさんは涙ぐんでいた。
頑固そうなアンデオールさんにも、リーフレットさんの真剣な様子が伝わったんだろうな。息子の意思を認めたあとのアンデオールさんは、ちょっぴり照れくさそうだった。
「それで、どこまですすんでるんだ?」
アンデオールさんがリーフレットさんにたずねた。
「ジョージさんにアイデアを貰って、タイヤに空気を入れる魔道具を開発して貰って、それで弾力性と衝撃吸収性は高められることが分かったんだけど、車輪とうまく噛み合わせることが出来ないでいるんだ。」
「どれ、見せてみろ。」
アンデオールさんの言葉に、リーフレットさんがゴムタイヤを持ってくる。
「これなんだけど……。」
アンデオールさんはゴムタイヤを一瞥すると、手に持っていじくり回し出した。
「なんだ、これなら車輪に溝を掘ってやりゃあいい。ちょっと待ってな。」
そう言うと、工房のほうに行ってなにやらしばらくやってから戻ってきた。
戻って来たアンデオールさんの手には、車輪に段差のついた溝が掘られた物がぶら下げられていた。
「これでどうだ。はめてみろ。」
リーフレットさんは、アンデオールさんから渡された車輪の溝にはまるように、ゴムタイヤをグイグイと押し込んだ。
「……!!これだ!これだよ、親父!!
さすが親父だ!!」
「なあに、こんなこと造作もねえさ。」
リーフレットさんに褒められて、アンデオールさんが嬉しそうに照れくさそうに、鼻の下を人差し指でこすって笑った。
「これを、最初に80個、最終的に400個作っていただきたいです。」
「ずいぶんとたくさん馬車を作るんだな?」
「はい、移動販売を始めるつもりでして。」
「移動販売?」
「この村のように、近くに店のない場所は、買い物難民がたくさんいると思います。
そういう方たちに向けての商売ですね。」
「なるほど、確かにそいつは助かるな。この村は年寄りが多い。基本自給自足だが、たまに買い出しに行くとなると、村人全員の分をまとめて買いに行くことが殆どだからな。」
「馬車はあるけど、基本馬は農作業に使ってるしね。確かに来てくれたらありがたい。」
馬を農作業に使うってことは、畑を耕したりするのに使ってるのかな。
1番立派な家に1頭だけいたから、村人が交代で借りているのかも知れないな。
「あとはゴムタイヤだけじゃ衝撃吸収が弱いので、馬車作成工房で、別の工程をお願いしようと思っているのですが、アンデオールが車輪を納品されている工房にお願いしたく思ってまして。どちらかご紹介いただけないでしょうか?」
「馬車も改造するのか?」
「はい、スプリングをつけて貰うつもりでいるんです。かなり衝撃吸収してくれます。」
「──スプリング?」
「こういうものですね。」
俺はスプリングの部品を出して見せた。
馬車の時代から使われていて、現代の車にも使われている衝撃吸収のバネのことだ。
「……かなりかたいな。」
アンデオールさんとリーフレットさんは、スプリングを手に取ってバネの部分を押してみたりしている。
「このかたさで重さを受け止めて、バネの部分が衝撃吸収をする仕組みです。」
「こいつが実現したら凄いぞ。
ジョージさん、あんた何者なんだ?」
アンデオールさんは驚いて俺を見てくる。
「まあ、ただの商売人ですよ。俺はスプリングを商標登録しますので、アンデオールさんとリーフレットさんは、共同でゴムタイヤを商標登録してください。」
「いいのか?
あんたのアイデアも入ってるんだろう?」
リーフレットさんは首をかしげた。
「はい。俺は商売がうまくいけばよいので。
どのくらいで出来ますか?」
「俺のほうは車輪の予備はいくらでもあるからな。80個なら溝を掘るだけだし大したことはないが……。お前はどうなんだ?」
と、アンデオールさんがリーフレットさんにたずねた。
「ゴムタイヤは1つを作るのに、樹液を乾かすだけでも7日かかるんだ。80個は既に加工済みのがあるからゴムタイヤにするだけならすぐに出来るけど、残りはかなり時間がかかると思うよ。」
「分かりました。
残りは半月後でいかがでしょうか?」
「半月後に残り半分、更に半月後に残り半分なら問題ない。」
「俺もそうですね。」
「分かりました。では半分を半月後に納品でお願いします。」
「待て待て、ひと月後に馬車を100台作るとなると、ひとつの工房じゃ無理だろう。」
アンデオールさんが手を上げて俺を制し、リーフレットさんもそれにうなずいた。
「ああ、そうか。そっちの問題もありましたね……。複数の工房に同時に依頼をしても、問題ありませんでしょうか?」
「デザインを統一したいのであれば、工房長を集めて打ち合わせがいるだろうな。
なあに、気難しい奴らだが、俺の車輪でも儲けてるんだ、言うことを聞かせるさ。」
アンデオールさんが胸を叩いて、そう請け負ってくれたので、俺たちは馬車工房の工房長に会うことにした。
このあたりは木工加工業がさかんで、アンデオールさんの車輪を使った馬車を作っている工房が特に多いらしい。その中でも、腕が立つという工房を5つ、アンデオールさんが紹介してくれた。リーフレットさんが工房を訪ねて、直接アンデオールさんの家に来るよう打診してくれ、しばらくして5人の男性がアンデオールさんの家にやって来た。
「おうおう、久し振りだな。」
アンデオールさんが笑顔で男性たちを出迎える。ソファーの数が足らないので、アンデオールさんと俺と、代表で2人の馬車工房長がソファーに腰掛け、リーフレットさんとあとの3人は後ろに立っていた。
「今日お前さんたちを呼び出したのは他でもねえ。かなりデカい仕事だ。」
馬車工房長たちは顔を見合わせる。
「……デカい仕事はいいんだが、なんでコイツまで呼んだんだ?」
「それはこっちのセリフだ。」
ソファーに腰掛けている男性──俺から向かって左がゼファーさん、右がスーレイさんだ──たちが不機嫌そうに言う。
「お前さんたちがお互いをライバル視してんのは知ってるよ。だが、俺はこのデカい仕事をお前らにまず回したかったんだ。
まずはコイツを見てくれ。」
アンデオールさんは俺から預かったスプリングを、ゼファーさんに差し出した。順番に手に取ってスプリングをいじくり回してる。
「こいつはスプリングという新たな技術だ。
それと、リーフレット、お前のゴムタイヤを見せてやれ。」
「はい。これです。」
今度はリーフレットさんがゴムタイヤをスーレイさんに手渡す。別々の人に手渡したのは、ゼファーさんとスーレイさんの仲の悪さに気を使ってのことだろうな。どっちを優遇してるわけじゃないと思わせる為に。
馬車工房長たちはゴムタイヤをいじくり回すと目を丸くした。
「これは……!!衝撃吸収出来る車輪か!」
「樹脂を加工して新たな車輪を開発しているとは聞いていたが、ついに完成したんだな!
こいつは本当に素晴らしいぞ!!」
「やったな!リーフレット君!!」
後ろに立ってる男性陣──ヤーナさん、ミオールさん、トックさん──が口々にゴムタイヤの出来を褒めはやした。
リーフレットさんは嬉しそうに頭をかいて照れくさそうに笑った。こういう表情はアンデオールさんにソックリだな。
「──このゴムタイヤと、スプリングを使った革新的な馬車を、100台作りてえって依頼が、このジョージさんからきてるんだ。
スプリングはジョージさんが開発したもんで、馬車の衝撃吸収をする部品さ。」
そう言われて、改めて馬車工房長たちはスプリングを押したりしてみている。
……いや、俺は開発はしてないぞ。
だが今はそういうことにしておいたほうがいいんだろうな。
「なんと丈夫な……。これを座席の下にかまそうというんだな?確かに、これとゴムタイヤの衝撃吸収が加われば、長時間の移動が快適な馬車が作れるぞ!!」
「ゼファーとスーレイの気持ちは分かる。
長年ライバルだった相手と手を組むなんてのは、下を納得させるのが難しいだろう。
だがこのデカい仕事を、工房長として断りたくはないだろう?
それにこのゴムタイヤとスプリングを使った、革新的な馬車を最初に作った工房として名が残せるんだぜ?職人の血が騒がねえか?
見たいだろう?この先お前たちの作る馬車が、──この国の主流になる姿を。」
馬車工房長たちは、一斉にゴクリとつばを飲み込んだ。
「それは……、この国すべての馬車工房の、いや、……世界のすべての職人の夢だ。」
「ああ……。」
ゼファーさんとスーレイさんがうなる。
「デザインと図面はすべて同じにする必要があるから、お前さんたちにゃあ協力して貰わにゃならん。これに参加したくない奴は手を上げろ。他の馬車工房を探さにゃならん。」
──誰も手を上げなかった。アンデオールさんは腕組みしながらニヤリと笑うと、
「さっそく始めようじゃねえか。
6日後までに最初に各工房4台、12日後に更に8台、残り12日後に更に8台だ。
うちもそれに合わせてゴムタイヤを作って納品する予定だ。」
アンデオールさんの言葉に全員がうなずいた。馬車工房長さんたちは、帰ろうと立ち上がりながら、早速打ち合わせを開始した。
「図面は俺のところに集まるのでいいか?」
「ああ、悔しいがあんたのところにはサンズがいるからな、サンズに中心になって貰うのがいいだろう。」
ゼファーさんの言葉にトックさんがそう言い、みんなが同調する。
「いい機会だ、通常依頼の馬車は、新人たちを中心に回してみるか。あいつらも腕を上げてきたことだしな。」
スーレイさんがそう言った。
「ミルファーはうちに来る予定だったのに、横取りしやがってまったく!」
「ミルファーが俺の腕に惚れ込んじまったんだから、しょうがねえだろう。」
ゼファーさんの言葉に、スーレイさんがニヤリとしながら笑う。
「うちのレニーだってなかなかのもんだぜ?
今回の仕事に加えてやるつもりだ。」
「ああ、聞いてるよ、跡継ぎとして考えてるんだってな。いい子が入ったもんだ。それに比べてうちのガリアーノときたら……。」
「覚えは悪いが真面目なんだろう?酔うとすぐに息子自慢を始めるくせによく言うぜ。」
「うるせえ。」
ヤーナさん、ミオールさん、トックさんたちが、ワイワイと楽しそうに帰って行く。
「職人なんてなあ、気難しい奴らばっかりだが、本当に仕事が好きな奴らばっかりさ。
仕事に真剣だからこそ、反発もするし喧嘩もするってもんだ。そうだろう?」
アンデオールさんがリーフレットさんを見て、ニヤリと笑ったのだった。




