第111話 クリーニング店の杞憂
俺は記録用魔道具を編集しながら、ルピラス商会に向かう馬車に揺られていた。
早くメッペンさんたちに仕事を始めさせてあげたかったのだ。かなり財政が苦しくて、ルピラス商会に乗り込んで来たわけだしな。
あとは契約書だけの問題だし、俺の契約書も作成をお願いする傍ら、ルピラス商会側の契約書が出来ているかを確認する為だ。
けど、やっぱりいいなあ、トレーラーハウス。いつか住みたいと思ってたんだ。自由にどこにでも設置できると誤解されがちだが、実際は運搬や設置場所にかなり制限があるから、どこでも置けるわけじゃないけどな。
設置場所に運搬可能かどうか確認が必要だし、通常、市街化調整区域や農地は、一般的な住宅の建設は許可されていない。
トレーラーハウスは、車両扱いなのでこのような区域にも本来なら設置可能なんだが、自治体によっては規制されている場合もあるから、事前に設置したい場所の自治体に必ず確認が必要だ。さらにトレーラーハウスは一応車両扱いなので、大きさに制限があり、なんと車検取得も必要になる。
制限の大きさを超える場合は、特殊車両通行許可を取得してから運搬することになるという、設置するまでが面倒なシロモノだ。
ちなみに置き方次第では、建築物に該当してしまう場合もある。その場合は固定資産税がかかるようにもなってくる。
移動させるときに支障のある階段や、ベランダが付属している。
給排水や電化製品などの設備の配線や配管などを、容易に取り外すことができない。
タイヤが取り外されており走行できない。
などなど。
つまり設置場所から公道までの道路が確保できない車両扱いにするためには、常に移動できる状態でなければならないのだ。
それらをクリアすれば、お安く平屋に住めるというわけだ。2階建てにするならコンテナハウスがオススメかな。
最近は建築基準法を満たして普通に家として住めるようにもなったし、耐震性や断熱性だけでなく、遮音性や耐火性も高く、移動や増減築まで可能!
間取りの自由度も高くて、保険にも入れるし住宅ローンも組めるからな。
移動販売の事務所も、トレーラーハウスかコンテナハウスにしようかな?
俺の家にするわけにはいかないし、アスターさんたちの家にするわけにもなあ……。
でもやっぱり目立ってよくないかなあ。俺は、などと思いながら馬車に揺られていた。
「──よし、出来た。」
記録用魔道具の編集を終えて、確かな手応えを感じて思わず声に出す。
馬車に揺られているのは俺ひとりなので、誰に聞かれるということもない。これでエドモンドさんにすぐに動画を見せられるな。
俺は記録用魔道具をマジックバッグにしまうと、近付いてきた城下町を、馬車の上からのんびりと眺めていた。
城下町に到着し、馬車を降りてルピラス商会に向かうと、エドモンドさんがタイミングよく、中で書類仕事をしていた。
「おお、ジョージ、ちょうど良かった。
クリーニング店のことで報告があってな、手紙を書こうかと思っていたところだよ。」
エドモンドさんが机の上に向けていた視線を上げ、笑顔でこちらを見て来た。
「いい報告だ。」
「いい報告ですか?」
「ああ。受付にうちの従業員から、読み書き計算の出来る人員を立たせる代わりに、減った人手を募集したんだが、なにせなんのスキルもいらない仕事だからな、一瞬で集まったよ。受付のほうは誰でもいいというわけにはいかないからな、平民は算術を教わらないから、うちで鍛えた人間を使うしかない。」
「ああ、そうですよね。」
基本ワンオペだもんな、クリーニング店の店員さんて。外食チェーンほど引っ切り無しにお客様が来るわけじゃあないけど、預かった品の管理、お釣りの計算、預り証に字を書ける人で、なおかつ1人となると、基礎が身に付いてる人じゃないと厳しいのか。
ルピラス商会が人手と店舗の一部を貸し出すと言ってくれて、一気に事業拡大が現実味をおびたってことだよな。
いくらキレイにする能力があったって、店舗を任せられる人を探してくるのは大変なのか、この世界だと。それを考えると、取り分が4割でも安いのかも知れないな。
平民の為の学校がないというのは、パーティクル公爵家で食事をした際に教えて貰っていたし、仕事について初めて、必要であれば読み書き計算を教わるものだと聞いてはいたが、どうしても義務教育を受けて育った身としては、現代じゃパートやアルバイトが回してるクリーニング店の受付の仕事に、人を集めるのが大変だって発想に至れなかった。
ルピラス商会が名乗りをあげてくれなかったら、店舗が1つだったとしても、受付をやれる人を探すのは無理だったかも知れないなあ。メッペンさんたちは当然出来るだろうけど、社長自ら店舗に立つ小さな店から細細始めることになっただろう。
それがいきなりこんな大手商会と組んで大規模に始められるのだから、メッペンさんたちが驚くのも、よく考えたら無理ないか。
俺も個人商店をイメージしていたから、集客の為の店を俺が用意しようと思っていたんだが、ルピラス商会が乗っかってくれたおかげで、ライバル店の心配が一気に減った。
商人には基本商人の子しかなれない、職人はスキルがないと雇われない、貴族につかえられるのは一部の人、だっけか。
仕事の募集がそもそも少ない中で、ルピラス商会という、国1番の商会による募集だものな、大手商社に入れるようなものか。
「それじゃ、地域雇用にかなり貢献したってことなんですね。」
「まあ、各店舗それぞれ1人ないし2人ではあるがな。それでも約600店舗に千人単位の新規雇用だ。貢献はしてるな。」
「そんなに店があるんですか?」
店舗数が600だなんて、本当に大手なんだな、ルピラス商会。
「この国すべてを網羅しているからな。
なんだジョージ、俺たちの商売が、この近辺だけだと思ってたのか?」
「てっきりこの近くの倉庫から、すべてを全国的に配送しているのだとばかり……。」
ジャスミンさんの住んでいる町に、支店があるのはこの間聞いて知っていたが。
「平民街とはいえ、王宮に近い倉庫には、貴重な商品だけを置いてるんだ。安全性が高いし、そもそも治安がいいからな。
だからジョージの商品は、いつもこの近くの倉庫にばかり入れて貰っているのさ。珍しい商品ばかりだからな。」
なるほど。
「倉庫だけでも100箇所以上あるし、それぞれの倉庫で交代で常時200人程度の作業員と、警備兵が働いているよ。うち全体でだいたい3万人くらいいるかな。
平民がつとめられる仕事は少ない。もっと色んな仕事が増やせればいいんだが。」
「俺の移動販売も全国規模を考えているんですが、商品の仕入れはルピラス商会を通じてと考えているんです。その場合、仕入れ量に応じて、もっと人が雇えたりしますか?」
「考えられることではあるが……、ジョージは値段設定をどう考えているんだ?」
「馬車が直接来てくれることを考えると、人件費の問題がありますから、定価販売になると思います。値引きは難しいですね。
冷蔵庫付き冷蔵庫の存在があっても、殆どの食材が日持ちしないものばかりです。廃棄の可能性を考えると……。」
「1つの馬車で1箇所の村だけというわけにはいかないだろうな。数を積むことを考えると、そうなるだろうな。」
「はい。」
「残った食材があったら、うちの直営の食堂で7がけで引き取るというのはどうだ?
そんなに種類は仕入れないだろう?」
「よろしいんですか?」
7がけとは、つまり3割引きのことだ。夕方のスーパーで3割引きや、夜に半額になるようなものだ。
「ジョージにはかなり世話になっているからな。独占販売のおかけでかなりうちも儲かっている。構わないさ。」
7がけなら損はないし、すべて引き受けてくれるのであれば食材のロスもない。
有り難い話だな。
「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします。俺としては、目玉商品として、焼くだけの肉料理を提供したいと思っているので、それが特に足が速いので助かります。」
目玉商品と言われて、エドモンドさんの眉毛がピクピクッと動く。
「──目玉商品?それはなんだ?」
「ハンバーグというものになります。肉をひき肉という細かい状態にして、ねって肉汁を閉じ込める為に表面をじっくりと焼いて、あとは蒸し焼きにした料理ですね。」
エドモンドさんはゴクリとツバを飲み込むと、前のめりになって目をキラキラさせる。
「なんだ、そりゃあ。聞いてるだけでうまそうだな。それに肉を細かくしてねるだって?
そんな料理は聞いたこともないぞ。」
「俺たちの国では家庭料理です。大人も子どもも大好きな、主婦の味方ですよ。」
この世界の肉は切って焼くものばかりだ。
ハンバーグは珍しいだろうな。
「皆さん自給自足で、朝から晩まで働いている方ばかりです。料理をする時間を短縮出来れば、かなり有り難いのではと。」
「それは確かにそうだな。」
「なので、その為に肉の加工工場を作って、人を雇おうと思っています。朝のうちに仕込んで、ハンバーグを積んで出発し、昼から販売開始という予定ですね。ハンバーグは焼くだけで、美味しい焼き方の説明は、木札に書かれたものを用意するつもりです。」
そう言うと、エドモンドさんの思っていたものとは違ったらしく、少し難色を示して眉間にシワを寄せる。
「出来合いじゃなくて、焼く工程はお客がするのか?途中まで他人が作ったものを使うのか。それは受け入れられるだろうか……。」
「見慣れないので最初は抵抗があるのかも知れませんが、その楽さと美味しさを知れば、必ず受け入れられると思いますよ。
なので、平民の住むところで構いませんので、どこかよい土地を紹介していただけませんでしょうか?馬車がたくさん乗り付けられる場所がいいんですが。」
「分かった、探しておこう。そのハンバーグとやらは、うちの目玉商品にもなりそうだ。
一定数量仕入れさせて欲しい。」
「分かりました。それと、俺もメッペンさんたちと契約書を結ぶことになったのですが、契約書を契約魔法で書いていただける業者さんを、紹介していただきたいのですが。」
「ああ、それならもう作ってあるぞ。
数字の部分を書き足せば出来る。」
そう言って机の上の小引き出しから、作成済みの契約書を出して見せてくる。
「本当ですか?」
「ジョージの分の金額交渉がまだだったからな。たぶんいることになるだろうと思った。
それで、何割にしたんだ?」
さすがだなあ、エドモンドさん。
「1割です。これから生活魔法使いを大量に雇うことになるでしょうし、メッペンさんたちの取り分を出来るだけ残してあげたくて。
俺の供出するものから考えても、多くて2割がいいとこだと思いますし。」
「ジョージならそう言うと思ってたよ。」
エドモンドさんはそう言うと、契約書に1と数字を書き込んだ。
「うちも利益を出す必要があるから、4割以上はまからないが、新しく雇用を創出出来る産業は応援したいと思っている。教育済みの人員を差し出すんだ、普通なら6割は取るところだが、まあ、応援価格だな。」
と言って笑った。
俺もつられて笑う。
「商品の単価を決めて貰えるか?すぐにでも始められるよう、価格表を準備したい。それと預かりの期間だな。どの程度で客に戻せるものなのかを知りたい。なにせ全国で引き受けるんだ。今の人数のままじゃ、うちの準備が出来ても、あちらさんが厳しいだろう。」
「あ、価格表は受け取って来ました。
それと、簡単なものであれば、今開発して貰っている魔道具で自動的にキレイに出来ますので、生活魔法の込められた魔石を大量に購入するだろうと思っています。
それと、こちら、お預かりしていたお祖母様の鞄です。ありがとうございました。」
俺はエドモンドさんから預かっていた、お祖母様の大切な鞄を返却した。
「……驚いたな!まるで新品じゃないか。」
「ここまでキレイにするには技術がいるそうです。様子を撮影して編集しておきましたので、これを店頭で流せたらと思っています。
ご覧いただけますか?」
「見てみよう。」
俺は馬車の上で編集しておいた、メッペンさんの作業風景を、記録用魔道具の再生ボタンを押して、エドモンドさんに見せた。
「……うん、いいな。クリーニングがどんな仕事で、技術のいる仕事なのかが伝わる。
投影機を用意させて、店頭で流させよう。
記録を貰っても?」
「はい。」
俺は記録用魔道具の中から、データが保存されている水晶を取り出して手渡した。
「記録用魔道具を持ってきてくれ。」
エドモンドさんが室内にいた部下にそう言うと、部下の人が俺のとはタイプが異なる記録用魔道具を持って戻ってきた。
「こいつに記録をうつしてくれ。」
保存データを取り出して、別の記録用魔道具にうつしている。
データを保存しているのは、中に入っている水晶の部分だ。魔法と相性がいいので、ここに映像を保存するらしい。
俺の記録用魔道具から取り出した水晶を、別の記録用魔道具の中に入れ、それを読み取って別の水晶に保存するらしい。
これをたくさん繰り返せば、別の記録用魔道具や投影機で、俺の作成した映像を、見たり流したり出来るのだそうだ。
仕組みはなんとなく聞いたが、なんだか不思議だよな。異世界のメモリーカードだと思えばいいのかな。
「それにしても、記録に文字が入っているなんて初めて見たぞ。これもジョージのアイデアなんだろう?ひどく斬新だ」
「はい、そうですね。」
「特許を申請しないのか?」
「別にこれで儲けようとは思っていないですし、真似してくれて構わないので。」
「そうか。まあ、これを売るわけじゃないなら、ジョージがいいならかまわんが。」
現代だって自分でやるものだし、業者に頼んでまでやる人は一部だからな。
「それで、預かりの期間はどのくらいだ?
1ヶ月くらいか?」
「鞄やシミが凄いものや、数がどの程度かにもよると思うのと、どのレベルの生活魔法使いが何人集まるかにもよりますので、最初はそれでもいいと思います。」
「そういえば、ハウスクリーニングもあったか。そちらは店舗でも受付可能だが、基本はうちが営業や納品のついでに打診することになるだろうな。そっちは見積もりだな。」
「そうですね。普通の服は朝出して夕方受取れるように、自動洗浄機でキレイにするつもりでいるんですが。どうでしょうか?」
「──朝出して、夕方引き取れるだと!?」
エドモンドさんが半分腰を浮かせて椅子から立ち上がる。
「はい。出勤前の時間に合わせて引き取れるようにして欲しいのですが……。従業員の方をそのように雇うことは可能でしょうか?」
「昼休憩を長く取れば可能だが、強制は出来ないからな……。そういう契約をし直さなくちゃならない。それか、早く出勤させて早く帰らせるだけなら、契約書を書き換えなくとも可能だが、それ以降の時間に立たせる代わりの従業員が必要だ。──だが、そもそもそんな短時間で返却出来るのか?」
「はい。自動洗浄機があれば可能かと。」
「まずは従業員全員に打診をして、回答を待ってから、排水回収業者たちと契約書を交わした方が良さそうだな。
人材確保の都合がある。
自動洗浄機が完成したら、まずは効果を確認させて貰えないか?」
「明日工房に見に行く予定ですが、その時に一緒にいらっしゃいますか?」
「ああ、そうさせて貰おう。もしも本当にそんなことが可能なら、一人暮らしの小金持ちがこぞって押し寄せることだろうな。
だが、洗濯女たちが、今度は押しかけてくるかも知れん。仕事がなくなったと。」
「そんな仕事があるんですね。」
「週1回回収して、洗濯して届けるだけだから、大した稼ぎにはならんがな。」
「その人たちを、ハンバーグ工房で雇いたいですね。週1回以上働きたいならですけど。
小銭稼ぎ程度のつもりなら……。」
「そんなわけないだろう。仕事がないからやってるのさ。だいたいが夫をなくした女性が自給自足のかたわらやっている。週一回、袋いっぱいの洗濯物を、取りに行って、洗って届けて、それで銀貨2枚だ。それこそ飛びつくだろうさ。むしろ感謝されるだろうな。」
週1回2千円の稼ぎってことか。以前テレビで見た、空き缶を拾って売る仕事が、確か週1回3千円の買い取りだったな……。
この世界、本当にお金を稼ぐ手段がないんだなあ……。こうやって仕事を増やせていかれればいいなと思うけど、思ったよりお客さんが少ないってことなんじゃないか?




