第107話 3種のきのこのマリネ、種もヘタも丸ごと食べられるピーマンの焼きびたし、オクラとミョウガの塩昆布和え
「──譲次!ちょっと起きて譲次!」
円璃花が嬉しそうに俺の部屋のドアを叩く声と音がする。どうしたんだ?昨日は遅くまで話し込んでいた筈だが。俺より先に起きてくるなど、円璃花にしてはかなり珍しい。
転生前の生活でも、店の開店時間が遅いのと、信用出来るスタッフに任せていたことから、円璃花の朝はいつも遅く、俺が泊まりに行った次の日は、必ず俺が家を出るまで寝てたもんだが。
ベッドから起き上がると、当然のように、カイアも、アエラキも、キラプシアも部屋にいなかった。俺が起きるよりも早く起きて遊んでいる2人は、毎朝カイアがキラプシアを巣箱から出して、下で一緒に遊んでいる。
樹木の妖精であるキラプシアも、植物の精霊王であるカイアと一緒にいたがるから、どっか目の届かない場所に行っちまうってこともないので安心だからな。
──ガチャッ。
「どうしたんだ?」
まだボサボサ頭、寝ぼけまなこのまま、ドアをあけて円璃花を見下ろす。
「カイアちゃんを見て!」
そう言って、円璃花が俺の腕を引っ張って自分の部屋へと誘導する。カイアがアシュリーさんとララさんに挟まれながら、姿見の前で自分の姿を見ていた。
「カイアがどうかしたのか?」
「ほら、カイアちゃんの頭をよく見てみて?
この枝のとこらへんよ!」
「──頭の枝?」
カイアの頭には、逆立つ髪の毛のように無数の枝がはえている。その1箇所を円璃花が指さしている。
「あれ?これって……。」
円璃花の指差す部分を見ると、確かにカイアの頭の枝のところに何かある。
「そう!コレって新芽じゃないの?」
確かに、枝のもとになる新芽に見える。
樹木の芽には、花になったのちに実になるものと、葉になったのちに枝になるものの両方があり、このうち花になるものを花芽(はなめ、またはかが)というのだが、これは枝になるほうの新芽に見えた。
アシュリーさんとララさんに、良かったですね、と言われてカイアが喜んでいる。
今までお手々の枝も、頭の枝にも、葉っぱひとつなく、枯れ木のようだったカイアの頭に、新しい芽がでるなんて。やっぱり成長しているんだなあ。カイアは両の枝の手を頭にのばして、届かないまでも新芽に触れようと手をのばし、嬉しそうに鏡を見つめている。
まるで髪飾りをつけているかのようで、とっても愛らしかった。
そのうちコボルトの集落のドライアドみたくに、体にたくさんの葉っぱがつくようになるのかな?コボルトはドライアド教だから、コボルトの集落のドライアドの子株と、兄弟であるカイアの成長も喜んでくれているんだろうな。両サイドに入り込める隙間がないからか、アエラキも空中に浮かんで、上からカイアの頭を覗き込んでいる。
それに気付いたカイアが、アエラキを見上げてニッコリと微笑んでいるのが、鏡越しに見える。しかし、今はほぼ夏だからな……。
この時期の新芽って、ドライアドにとってどうなんだろうな?もしも実がなることがあるのなら、春に生えてきた新芽は大事に残しても、夏や秋に生えてきた新芽はすぐに芽かきしてしまうことが多いんだが……。
春に生えてきた新芽を大事にする理由は簡単で、最も結実しやすいから、になる。
春に生えた新芽が伸びた枝は、夏頃に花を咲かせ、やがて秋に結実、つまり実がなる。
夏に伸びた枝は、冬から春にかけて実がなるのだが、夏や秋に伸びた枝から咲いた花ははあまり実がならないし、残っていると実付きが悪くなるので、できるだけ生えてきたら直ぐに芽かきした方がよいのだ。
もちろん秋に実をつける植物ばかりじゃないから、この限りではないが、新芽をあまり残し過ぎると、葉っぱが生い茂り過ぎて、病気やハダニの繁殖を招いてしまうことにもなるのであまり良くない。実がなる植物であれば、結実も悪くなってしまう恐れがある。
他の葉の光合成の邪魔になるので、葉っぱがたくさんあればいいということでもなく、新芽の生える角度によっては、大量に芽かきしてやったほうがいいこともあるのだ。
「アシュリーさん、ララさん、ドライアドにとって、新芽はどの程度残したほうがよいものなんですか?
それと、実はなるものなのでしょうか。」
俺はとりあえず2人に聞いてみることにした。ドライアドに少しは詳しい筈だが。
「新芽を残す?ジョージはこれを取るつもりなの?せっかく生えてきたのに。」
アシュリーさんの言葉に、カイアが少し悲しげな表情を浮かべながら俺を見上げる。
「この先たくさん生えてきたらの話です。
特に実のなる植物にとって、あまりたくさんあってもいいものではないので、実がなるのかを知りたくて。下向きだったり、変な方向に生えてきたものを芽かきして、成長によい新芽だけを残すものなんですよ。」
「へえ、そうなの。そうね……、実はつくこともあるけれど、滅多になることはないわ。
それと新芽は薬になるのよ。ドライアド様から与えて貰ったことのあるコボルトがいるわ。あと、実は能力を発現させる力を持つものなのよ。おじいちゃんがその昔、勇者様と旅をする時に、ドライアド様からいただいたの。とっても貴重だから、実がなったら奪われないようにしたほうがいいわね。」
アシュリーさんの言葉に、俺はちょっと不安になった。奪いに来ようとするやからがいるということなのか、と。
「そうなんですね……。ちなみに新芽はなんの薬になるんですか?」
「なんでも、ですね。それこそ万病の薬というか。死にかけている人を全回復させたという逸話が残っているくらいです。」
とララさんが言った。
「そんなに凄いんですか!?」
エリクサーみたいなものか?これはますますもって気を付けないといけないぞ……。
「へーえ!凄いのね!カイアちゃん!」
そう言って微笑む円璃花に、カイアが嬉しそうに照れていた。
その時、アシュリーさんのお腹が、キュルキュルキュルッと、空腹を主張してくる。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ朝ごはんを作らないとな。」
「手伝います。」
「私も手伝うわ。早く食べたいもの。」
ララさんとアシュリーさんが言う。
「なら私は今のうちに洗濯してくるわ。」
「すまん、助かる。」
円璃花がそう言ってくれたので任せることにする。元カノである円璃花の服は洗濯しなれているが、アシュリーさんとララさんのはなあ……。下着もあることだし。今日も泊まりの予定だから、着替えは持って来てくれているものの、マジックバッグを持たない2人の荷物は非常に少ない。別に着替えだけなら能力で出してもいいんだが、すぐに洗わないと汚れが取れなくなることもあるからな。
みんな既に起きているし、アシュリーさんはすっかりお腹がペコペコだ。出来るだけ手早く作れるものにしないとな。
俺は、ピーマン、オクラ、ミョウガ、まいたけ、エノキ、しいたけ、にんにく、塩昆布を出して、白いり胡麻、かつお節、料理酒、みりん、しょうゆ、顆粒だしの素、白だし、ごま油、サラダ油、お酢、塩、コショウを準備した。今日は6人分の材料だ。
まいたけ150グラムを食べやすく手で裂いて、エノキ150グラムを根元を切って、2等分してほぐしてやる。傘の部分だけのしいたけ12枚を、薄切りにしたら、ボウルに入れて、サラダ油大さじ3、お酢大さじ3、塩小さじ1と2分の1、胡椒少々を加えてさっと混ぜあわせ、耐熱容器にうつしてふんわりと軽くラップをかけて、700ワットの電子レンジで3分少々加熱する。
粗熱がとれたら冷凍庫で冷やしておく。本当は冷蔵庫で1時間程冷やすんだが、まあ時間がないからな。
これで3種のきのこのマリネの完成だ。
続いてピーマン18個に切り目を入れる。これは破裂を防ぐ為だ。フライパンにごま油を大さじ3ひいて中火で熱し、ピーマンを並べ入れて焼き色がつくまで焼いてやる。
ピーマンをヘラで潰すように抑えて、全体に焼き色がついたら、にんにくを3欠片すりおろしたものと、料理酒、みりん、しょうゆを各大さじ3、顆粒だしの素をお好みで加えてひと煮立ちさせ、フライパンに蓋をする。
弱火で5分ほど煮込んだら、粗熱を取って器に盛り、かつお節をかけたら、種もヘタも丸ごと食べられる、ピーマンの焼きびたしの完成だ。
この間に鮭を焼いて、だし巻き卵を作り、長ネギとワカメと油揚げの味噌汁を作っておく。(鮭と卵とお味噌汁のレシピはないぞ)
ミョウガを9個薄切りにし、オクラ24本は購入時のネットに入れたまま、袋の外から塩をふって揉み、板ずり(食材に塩をまぶしてまな板の上で転がすだけの作業だ)する。
オクラを水で洗い流して水気を拭き取り、ヘタの先を切り落としてガクを取り除く。ネットのままのほうがオクラのケバケバが取りやすくて時短になるが、表面が傷付きやすいのと、袋の中で転がらない部分が取り切れないので、食感と美しさにこだわるのなら、ちゃんと袋から出してやったほうがいい。
耐熱容器にオクラを並べたら、爪楊枝でオクラに穴を開けてやる。これも破裂を防ぐ為だ。ふんわりとラップをかけて、700ワットの電子レンジで50秒ほど加熱する。1分だと、ちと長い。冷水に入れて軽く冷ましたら水気を切り、ななめに2等分する。別に見た目の問題なので普通に半分にしてもいい。
ボウルにオクラとミョウガを入れたら、塩昆布を15グラム、10倍濃縮の白だしとごま油を各大さじ1、白いり胡麻を大さじ1と少々(量はお好みで)を加えたら、全体を和えて、オクラとミョウガの塩昆布和えの完成だ。昨日セットしておいた、炊きたてのご飯をそれぞれ好きな量茶碗によそって貰い、焼き鮭と、だし巻き卵と、長ネギとワカメと油揚げのお味噌汁をテーブルに並べた。
今日の朝ごはんは、焼き鮭、だし巻き卵、長ネギとワカメと油揚げのお味噌汁、3種のきのこのマリネ、種もヘタも丸ごと食べられるピーマンの焼きびたし、オクラとミョウガの塩昆布和えだ。手早く作れる割に、手をかけていると相手に思わせられる、お手軽便利な時短料理だ。電子レンジ様々だな。
アシュリーさんとララさんは、俺が電子レンジを使うのを、とっても不思議そうにしながら眺めていた。
「さ、いただきましょうか。」
「いただきます。」
「ピョルッ!」
「ピューイ!」
「チチィ!」
「んん〜、朝から贅沢ね!」
いろんなものを少しずつ食べるのが好きな円璃花は、おかずにあれこれ手を伸ばしながら嬉しそうだ。モグモグしながらアエラキの焼き鮭をほぐしてくれている。
キラプシアは例によって味付きのものは与えていないので、俺たちと一緒のテーブルにはいるが、生野菜を食べている。
焼き鮭を上手にほぐそうと頑張るカイアを手伝う俺に、
「ジョージ、さっき使ってた道具は何なの?
魔道具かしら。すぐに料理が出てきたわ!
私も欲しいんだけど。」
興味津々に電子レンジを眺めていたアシュリーさんが、目を輝かせて言ってくる。
「あれは電子レンジですね。
俺の国では魔石を使用していませんので、そちらで使うのは難しいかと……。」
「え?どうやって使ってるの?」
「ガソリンという液体燃料を使用して、電気というエネルギーを作っているんです。」
「ああ、魔石を使わない国もあるって言うわよね。ジョージのところがそうなのね。」
そうなのか。そこにはガソリンや石油があったりするのかな?
「残念だわあ……。
とっても便利そうなのに。」
「はい、確かに便利ですね。冷たいものをただ暖かくして食べるのにも使います。」
「普通に家庭にあるものなのですか?」
ララさんが聞いてくる。
「ええ、もちろん。」
「へえ……。」
ララさんも感心している。開発出来るなら売ってもいいが、電子レンジのシステムを、魔法で再現する方法が想像出来ないな。
別に発電機を出して線を引っ張ってやれば済む話だが、他人の家の電気配線工事を保証してやれるような技術が俺にないからな。
「部屋の壁にあった、涼しい風が出る道具もそうなの?」
「エアコンですか?はいそうですね。
電気エネルギーを使用しています。」
「ジョージの家は変わってるのね……。」
連日夏日と言っていいほどに暑いので、俺の部屋と円璃花の部屋にエアコンを取り付けて、常時稼働させている。キッチン・ダイニングに取り付けていないのは、他人を迎えることもあるからで、家に泊めるほどの相手には教えるが、他の人には見せない為だ。
この世界のどこにも、王宮にすらエアコンどころか扇風機すらもなかったからな。そんなものがあるのを見られたら、目立ってしょうがない。冷蔵庫と冷凍庫があるんだから、水魔法と風魔法を使って冷やす技術くらいありそうなもんだと思ってたんだがな。
ちょっと相談してみようかな?
「譲次は今日も出かけるのよね?」
と円璃花が聞いてくる。
「ああ。クリーニング店の件で、排水回収業者さんのところと、会えそうであれば、冒険者許可証を剥奪された冒険者のところにな。
明日は移動販売車の件で、タイヤを作ろうとしている加工職人さんと、車輪を作っている木工加工職人さんのところへ行こうと思っている。連日家をあけてすまないが……。」
「そう。じゃあ、アシュリーさんとララさんと自由に過ごすわね。お昼は適当に食べるけど、夜は戻ってくるの?」
「そのつもりだが、もしも戻ってくるのが遅れるようなら、準備を頼めるか?」
「分かったわ。」
「カイア、アエラキ、俺が出かけている間お姉さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ?」
「ピョルルッ!」
「ピューイ!」
2人とも元気に返事をしてくれる。キラプシアはカイアと一緒にいればだいじょうぶだしな、と思っていると、なにやらしょんぼりとした顔で俺を見ている。
「キラプシアもな。」
「チチィ!」
自分だけ声をかけられなかったことが寂しかったらしい。俺はキラプシアの頭を撫でてやった。キラプシアは嬉しそうに目を細めて撫でられるのに任せていた。
 




