第106話 裏庭のバーベキューパーティー
俺はエドモンドさんに自宅まで送って貰って、家の前でお礼を言って別れた。
既に暗くなり始めていて、家の中に入るとみんな部屋の中にはいなかった。
窓から庭を見ると、既にバーベキューの準備を始めているところのようだった。
仲良くやってるみたいだな。
俺も庭に出て、ただいまと言った。みんながおかえりなさいと言ってくれて、カイアが走って抱きついて来るのを抱き上げる。
「あら、おかえりなさい、譲次!
どうだったの?」
円璃花がバーベキューの串にさす、野菜を切る手を一瞬止めて俺を見上げる。
「とりあえず、おおむね全部うまくいきそうだ。移動販売の件も解決したよ。」
「そうなの!良かったわね。」
そう言いながら、円璃花は野菜別にザルに切った野菜を入れていく。
「あとは移動販売に使う、霜が付かない冷凍庫付き冷蔵庫の開発さえうまくいけば、商売が始められるみたいで、ほっとしたよ。」
俺もバーベキューの準備を手伝いながら言う。カイアはアエラキとキラプシアに、野菜と肉を串にさすやりかたを教えている。
初めてカイアとバーベキューをした時は、まだようやく串をひとつ作れればやっとだったのに、他の子を手伝ってあげられるようになるとは。成長しているんだなあ。
とは言っても、キラプシアには当然串に野菜や肉をさすのは無理で、アエラキもぶきっちょながら、ようやくひとつ作れた程度。
それでも3人で嬉しそうにしている。それを大人たちが微笑ましく思いながら目を細めて見ていた。……カイア、それはキラプシアを手伝っているというよりも、キラプシアごと持って串に野菜をさしてるな。まあ、キラプシアが満足そうだからいいか。以外と力持ちのキラプシアは、自分の作った串(?)を自慢げに持ち上げてみんなに見せていた。
ひとりひとりの前で見せて回るたび、凄いわ、とみんなでキラプシアを褒めてやる。
「──くだんの冒険者が自分で商会を作れないと言われた時はどうしようかと思ったが、それも俺の作った商会に所属して貰えば商売を始められるみたいで、あとは本人に打診してみて、だな。これで納得してくれたらいいんだが。気持ちは分かるが、ストライキが続いちまうと、人々が困るからなあ……。」
「自分で自分を納得させるしかないんじゃない?生活だってあるんだし。いつまでもストライキなんてやっていられないでしょう。
今後彼に指示して冒険者証明証剥奪につながった役人の問題を解決するかどうかは、あとは国の話で、冒険者ギルドにもどうしようもないんだし。同じことがおきないといいけど、冒険者自身が各自気を付けるしか、現状は出来ないでしょうね。……残念だけど。」
「そうだな……。こういうところは、現代も異世界も同じなんだな。釈然としないが。」
カイアも自分の作った串を見せて来たので頭を撫でてやる。カイアは嬉しそうにニコーッとした。せっせと次の串に取りかかり始めながらも、またキラプシアを手伝っていた。
正直、もしも彼が、もっと冒険者で活躍したかったのだとしたら、俺のしようとしていることは、まったく余計なことだろう。
あくまでも、そういう選択肢もあるのだと示すのみで、本人の選択に任せるが、もしも冒険者を続けたかった場合、逆に不快にさせてしまう可能性だってある。Bランクに上がったばかりで、夢いっぱいの時期だろうし。
いつも俺はこうだ。心配しすぎて不安になってしまう。他人のことも、自分のことも。
目線を落とした俺を応援するかのように、テーブルの上で俺を見上げたキラプシアが、作った串を応援団の旗のように振っている。
「……励ましてくれるのか?ありがとうな。優しいな、キラプシア。」
俺はキラプシアの頭をそっと撫でた。キラプシアはチチィ!と鳴いた。
「そう言えば!譲次、あなた知ってたの?アシュリーさんが、もしも私がこの国の所属に決まったら私に同行してくれるってこと!」
「ああ。手紙で聞いてたよ。まあ前回の聖女様がこの国に降臨されているからな、また今回もという可能性は低いかも知れないが、アシュリーさんはおじい様のオンスリーさんの実績があるからな。この国所属になることがあれば、可能性があるとは思っていたが。」
「それで私のことを聖女だって話したのね!
もともと私の存在を知ってるルピラス商会の……、ええと、どなただったかしら。」
「エドモンドさんか。」
「そう、エドモンドさんはともかく、アシュリーさんとララさんがいるのに話すから、ちょっと、え?って思っていたのよね。話しても良かったのかしら?って。」
「ああ、そうか。すまない。ジョスラン侍従長が俺に言ってくるくらいだから、お前はとっくに王族と面会した時に、聞かされているものだと思っていたんだ。」
「ううん。まったくの初耳よ。でもそうなったら嬉しいわ!きっとアシュリーさん人気者になれるもの!そしたらコボルトの風評被害なんて、あっという間に解決するわね!」
「だといいな。だがもしもそうならなくとも店を始めることで解決してみせるさ。」
「私も出来る限り協力するわ。と言っても、ネイルのデザインくらいしか、協力出来ることはないけどね。」
「お前のデザインがあれば百人力さ。ずっと温めてたデザインを放出してくれただろ?例のアイドルの為だけにデザインしたから、これは一生封印するって言ってたのに。」
「アシュリーさんが世間に認められる為なら惜しくないわよ。それに彼女引退しちゃったし、私もこっちに来ちゃったしね。」
円璃花がアシュリーさんに教えて、練習の為にほどこしたネイルが、今も円璃花の指につけられている。
円璃花がずっと応援していた女性アイドルと仕事をするその時の為に、その女の子の為だけにデザインしたネイルだ。
円璃花いわく、ノースキャンダル、ノーアイドル(現役時代にスキャンダルがあったらアイドルではないという感じの意味らしい)という考え方の彼女から見ても、アイドルの中のアイドル。歌唱力も表現力も抜群で、いつ何時もアイドルでいることを忘れない女の子。必要な場面に応じて対応出来、バラエティでも完璧に役割をこなす秀才肌で、どんなユニットの時でも、自分のメンバーカラーがピンクであることだけは絶対に譲らない。
時代が違えば伝説になっていたというその子は、幼稚園の先生になる為にアイドルを潔く引退してしまったのだ。その子といつか仕事をする時の為に円璃花がデザインしたネイルは、ついぞ披露されることはなかった。
バラエティセンスのあったその子は、テレビからはバラエティ担当として呼ばれることが多く、歌番組の少なかった当時、アイドルとして歌で出演することが少なかった。
その子が子どもの頃からずっと応援していた円璃花は、したたかに酔うと、もっとアイドルとして活躍出来る場をあげたかったと、たびたび寂しそうに言っていた。
その思い入れのあるデザインをあげることの意味は、俺だけが知っている。相当アシュリーさんが気に入ったんだな。
「ジョージは彼が見れなくなって、寂しくないの?バリバリ現役だったのに。」
「俺は別に推してたわけじゃないからな。推すことがあるなら、この子のグループかなって思っていた程度だ。」
「ふうん、そうなの。」
円璃花が言っているのは、とある男性アイドルグループのセンターの子だ。
某少年漫画原作の少年探偵ドラマの4代目主人公をやっていた子で、二十年後を描いた作品が映画化するなら初代がいいと思っているが、もしも引き受けてくれなければ、俺としては4代目の子がいいなと思っている。2代目はイケメン過ぎる見た目に合わせて脚本を書いたのか、背景設定がかなりおかしかったし、3代目は記憶にない。4代目が初代以外ではイメージに近い印象があるからだ。
それ以外でも、こんな子がアイドルにいるのか、と思わせる真面目で誠実な性格で、なにより危機管理能力が高い。会社にもあんな若い子でそんな子はなかなかいない。裏表がないのか歯に衣着せぬ発言はたまにあるが、それ以外ではファンも安心して推せるだろうなと思うし、円璃花の言葉で言うなら、安心して推せそうだから、もしも推すことがあるなら、この子のグループかなと思っている。
娘がこんな子を彼氏なり、夫として連れて来てくれたら、素晴らしいだろうなあ、と思っていた程度だ。娘、いないが。
カイアは単体生殖というか、子株を生み出すことの出来る親株になれるかも知れない存在だから、将来人型になれても、結婚相手を連れてくることはないんだろうなあ。寂しいような、嬉しいような。
「さて、焼いていくか!」
「待ってたわ!もう、お腹すいちゃって!」
アシュリーさんが嬉しそうに言ってきて、みんながフフフフ、と笑った。
肉の焼ける美味しそうなニオイがあたりに漂いだして、俺は酒が恋しくなった。
「前祝いに今日は飲んじまおうかな。」
俺は能力でイチローズモルトのカードシリーズを出した。
埼玉県秩父市のベンチャー企業が手掛けるウイスキーで、実は世界的な注目を集めているブランドだ。生産数が少なく希少性が高いうえに、世界的に権威のある賞を次々と受賞したことで人気に火がついたウイスキーだ。
カードシリーズ全54本がそろった出品には、最高9750万もの値がついたことでも有名で、単体でも1本100〜300万の値がつけられているプレミアムウイスキーだ。
イチローズモルトは、世界最高のウイスキーを決める品評会、ワールド・ウイスキー・アワードの、カテゴリー別日本一を4年連続受賞したという輝かしい実績を持っている。
2017年にはシングルカスク・シングルモルト・ウイスキー部門で、世界最高賞も受賞している。憧れのウイスキーではあったのだが、お高過ぎて当然手が出なかったわけだが、この世界に来てからなんでも能力で手に入れることが出来る。これだけは本当にこの世界に来て良かったなと思っている。
ああ、もちろん、カイアに出会えたのが、一番嬉しいことだけどな。
「あら譲次、飲むの?なら私にも出してくれない?」
円璃花が俺の出したイチローズモルトを見て、そう言ってくる。
「構わないぞ、何がいい?」
「うーん、そうねえ……。あ!じゃあ宮寒梅がいいわ!あと、冷やでお願い!」
「以前ビジネスクラスで飲んで気に入ったってやつか。分かった。」
俺は円璃花の為に、宮寒梅純米大吟醸を出してやり、アイスペールに氷を入れて、そこに宮寒梅の瓶を入れて冷やしてやった。
円璃花がビジネスクラスで飲んだのは吟醸らしいが、あとから取り寄せて大吟醸を飲んでさらに気に入ったらしい。
純米大吟醸を名乗るには、お米の表面を50%以上削る事が条件の一つなのだが、この酒は55%も削っているので、酒造りに使うのは米の内側からの45%だけ。そんな贅沢な作りなのにそれほど高くないことに驚く。
この酒はワインのように変化する酒で、最初はフルーツのような香りと、甘みの奥の旨味を楽しませてくれたのち、切れ味のある心地よい苦味と余韻を楽しませてくれる。
冷やすと甘みが引き締まってスッキリと飲めるうえに、開栓した次の日は驚くほど切れ味がよくなる。開栓するとどんな酒も味が落ちていくものなのだが、違った楽しみ方をさせてくれる珍しい酒だと思う。
「アシュリーさんとララさんは、お酒はどうされますか?お好みのものがあれば……。」
と尋ねたのだが、
「私たちはいいわ。お肉があれば。」
「コボルトはお酒は飲まないんです。」
と笑顔で言われた。もとが犬の魔物だからなのかな?確かに犬に酒は無理だよな。
「それじゃあ、ノンアルコールスパークリングワインなどはいかがですか?」
「ノンアルコールスパークリングワイン?」
俺はデュク・ドゥ・モンターニュの白の甘口を出した。ノンアルコールスパークリングワインの多くは、ブドウジュースに味付けをして炭酸を追加することで、一見スパークリングワイン風に仕上げたものだ。
だがこのデュク・ドゥ・モンターニュというスパークリングワインは逆で、スパークリングワインを独自の製法で、アルコール分だけ除去する、脱アルコール製法を採用することで、ノンアルコールに仕上げているのだ。
そのため味は当然スパークリングワインと同じで、違いはアルコールが入っているかどうかというだけ。
残存アルコール度が0%にもかかわらず、ちょっと酔った気にもなれる酒なのだ。
こいつも同様に冷やしてやり、ワイングラスを出して注いでやる。シュワシュワと炭酸が弾ける様を、アシュリーさんもララさんも不思議そうに眺めていた。カイアとアエラキにはジュースを出してやる。
「それじゃあ、かんぱーい!」
「乾杯!!」
俺と円璃花がグラスをかかげて、そう言ってグラスをカチン、と合わせると、
「それがジョージのところの祈りなの?」
とアシュリーさんが言った。
「祈りというか、お酒や飲み物をパーティーで飲む前の挨拶になりますね。
コボルトではなんて言うんですか?」
「その時々によって違うのよ。決まったお料理を出すのが決まりだから、特に何かを飲む時に言葉を発するというのはないの。」
そういやそうだったな。雨の日にしか食べない料理とかあるんだものな、コボルトは。
「ただ、幸せを祈る言葉はあるんですよ。
あなたも私も。みんなが幸せになりますように、って願う言葉なんです。」
とララさんが言う。
「じゃあ、今日はそれを挨拶の言葉にしましょうか!なんていう言葉なの?」
と円璃花がララさんに尋ねる。
「──ラキラキ、というんです。」
「そう、じゃあ、ラキラキ!!」
「「「ラキラキ!!」」」
全員でグラスをかかげてそう言ったあと、カチン、とグラスを合わせた。
アエラキがなんだか嬉しそうにしている。
……ああ、そうか。自分の名前を呼ばれたように感じたんだな。ラキラキとアエラキ、確かにちょっと似ている。
「なにこれ!美味しいわね!」
アシュリーさんがスパークリングワインの味に驚いている。
「私には……、ちょっと甘いかも?」
一口飲んでララさんが言う。
ララさんはお酒が飲める体質だったら、いけるクチかな?一緒に飲めるなら、もっといろんな酒を紹介したいところなんだがなあ。
「では、こちらはいかがですか?」
俺はピエール・ゼロ ブラン・ド・ブランを、既に冷やしたイメージで出した。
デュク・ドゥ・モンターニュと同様に、脱アルコール製法で作られているのだが、ブドウはシャルドネを使用し、そこにミュスカのブドウジュースを加えて辛口に仕上げているので、ブレンド感のある複雑な味わいが楽しめるのも特徴だ。
「──うん……!美味しいです!」
ララさんは嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かった。」
俺たちはおおいに飲んで食べた。キラプシアもテーブルの上で、串からはずして皿に乗せて貰った野菜を美味しそうに食べている。
カイアがアエラキの口についた汚れを拭ってやっているのを、大人たちで微笑ましく見つめた。カイアは世話好きだなあ。
俺は焼いた串を護衛の兵士の人たちにおすそ分けし、ノンアルコールスパークリングワインも差し入れした。勤務中にお酒はちょっと……、と言われたので、お酒じゃないんですよと伝えると、たいそう驚かれた。お酒が駄目だという兵士の一人が一口飲んだ途端、本当に酒じゃないんだ……!と驚いた。
顔を見合わせた兵士たちが、そのまま兵士長の顔を見ると、兵士長は、ウオッホン、と咳払いをしてから、食べてもいいだろう、と言った。みんな一斉に串とノンアルコールスパークリングワインに群がる。うまい、うまいと言って、楽しそうに食べている。お礼を言われて再びみんなのもとへと戻った。
食事が終わり、みんなで後片付けをしたあとで、円璃花とアシュリーさんとララさんは一緒にお風呂に入ることになった。
「はい、これ、着替えのネグリジェです。」
「ネグリジェ?」
俺の差し出した、3人お揃いのネグリジェを見て、アシュリーさんが首をかしげる。
「寝るとき専用の服ですね。円璃花の希望でお揃いにしてみました。」
アシュリーさんとララさんには尻尾があるからな。上下に分かれたパジャマじゃなく、ネグリジェがいいだろうと思ったのだ。
「ああ、ヤナンね。」
「ヤナンは私たちコボルトが、夜寝る時に着る服のことなんです。」
アシュリーさんの言葉を、ララさんが補足する。
「へえ!どんな服なの?」
円璃花がコボルトの伝統に興味をしめす。
「ネグリジェと少し似てますね、こんな風に裾が広がっていなくて、ストンと真っ直ぐな服になります。季節で布の厚みと材質が異なりますが、デザインは家ごとに決まりがあって、男女ともに同じ服を着るんですよ。」
とララさんが教えてくれた。
その後女3人、キャッキャッと楽しそうに風呂に入り、ネグリジェに着替えて、円璃花の部屋へと案内されると、
「わあ……!大きなベッドね!」
俺は普段使いのベッドを一度しまって、キングサイズのベッドを出してやっていた。どれだけ大きなベッドでも、2つ並べると、つなぎ目に寝る人の寝心地が悪いからな。
「譲次が用意してくれたのよ。アシュリーさんとララさんが泊まってくれるからって。」
「そうなの?ジョージ、ありがとう!」
「ありがとうございます、ジョージさん。」
「いえいえ、女同士、楽しんで下さいね。」
「──パジャマパーティーしましょ!」
円璃花がそう言って、ドアを閉めた。
それから夜遅くまで、3人の楽しげな話し声が聞こえて来たのだった。




