第102話 コボルトからのお願い
無事にオンスリーさんとララさんのご両親に泊まりの許可が取れたので、俺はアシュリーさんとララさんにマジックバッグの中に入って貰い、すぐにやって来た馬車に乗ってもと来た道を家まで戻った。割合とすぐに帰りの馬車が来たのだが、まだ薄暗いうちから馬車に乗ったのに、家についた時にはもう日が高かった。しかし連続して馬車に乗ると、さすがにお尻と腰が痛いな……。
リーフレットさんが開発中だという、ゴムタイヤの馬車が早く流通するといいんだが。
何か手伝えることがあったら開発も早く進むだろうか?タイヤの見本なら俺が出してやれるしなあ。それにお父さんのアンデオールさんは、馬車の車輪を加工してるんだから、お互いに協力すれば早く作れそうなものなんだが。こじれてるみたいだからなあ。
「──あれ?」
俺は出かける時と帰って来た時とで、家の周囲を守ってくれている兵士たちの様子が違うことに気が付いた。
「それって……。」
「あ、これですか?やっぱり気付いちゃいましたか?いいでしょう?とっても涼しいんですよ!今日から外警備担当の兵士に、1人ひとつずつ配布されることになりまして!」
兵士の皆さんが嬉しそうに見せてくれたのは、俺が昨日エドモンドさんに渡したアイスネッククーラーだった。さすが王宮。お金があるから、いいものだとみて、さっそく手配したんだな。それにしてもエドモンドさんの相変わらずの仕事の早さだ。これでまたひとつ、王室御用達の商品が増えたわけだ。魔法びんもしっかり用意されているようだった。
少し兵士の皆さんと談笑したあと、家に入りドアを閉めると、さっそくカイアが走り寄って来た。家に入る前にノックしたあと、俺であることを知らせる為に声をかけているから、ドアを閉めるまでは見えないところに隠れてくれていたのだ。カイアを抱き上げるとみんなにただいまを言った。
「それじゃあ、2人に出てきて貰うけど、本当に2本足で立つ喋る犬という感じだから。
あんまりびっくりしないでくれ。それ以外は人間とあまり変わらない感じなんだ。」
俺が円璃花にそう言うと、既に説明を受けているのでくどいと思うのだが、円璃花は素直に分かったわ、とうなずいてくれた。
マジックバッグからアシュリーさんとララさんに出てきて貰うと、2人は一瞬まぶしそうに目を細めてからゆっくりと目を開けた。
「ここが俺の家です。彼女が手紙で伝えてあった同居人のエリカ・トーマスさん。あと、新しく家族になったアエラキとキラプシアです。まだあまり物がないのですが、ゆっくりしてらして下さいね。」
円璃花がアシュリーさんとララさんに歩み寄り、笑顔でカーテシーをする。
「エリカ・トーマスです。はじめまして。」
「はじめまして。アシュリーよ。」
「ララです。よろしくおねがいします。」
アシュリーさんとララさんも笑顔でこたえてくれる。円璃花はキラキラした目で2人の姿を食い入るように眺めていた。
「あの……、質問してもいいかしら?」
「あ、はい。」
「この服の模様なのだけれど……。初めて見るわ、これはコボルトの伝統なのかしら?」
円璃花がララさんのスカートの模様を見てたずねる。確かに珍しい柄だよな、黒地に大きな花柄がとてもキレイだ。
「メキシコのサポテコ族の女性用民族衣装にも似ているわ。サポテコ族は黒のベルベットやサテン地に、絹で大きく花模様を刺繍したウィピルと裾にオラン……、幅広のレースを縫い付けた、同じ生地のウィピルと上下お揃いの刺繍のロングスカートを着るのね。でもスカートはそうだけど、上はインディアンの女性の民族衣装にも似ている感じなのね。」
ララさんの服装がかなり興味深いらしい。
「その、サポテコ族……ですか?エリカさんのお住まいの近くには、似たような服を着る一族がいらっしゃるのですか?」
「ああ、近く、というわけではないのだけれど。私民族衣装が好きで、色々と調べてて知っただけなの。サポテコ族の服も、ララさんの服に負けないくらい美しいのよ?」
円璃花の言葉にララさんがニッコリする。
「サポテコ族の女性は、スペインやアジアの服飾の影響を受けた華やかな民族衣装で知られていてね、白いレースで飾られた、ウィピール・グランデというものを頭に被るのだけど、ララさんのところも、何かこれに合わせるものがあったりするのかしら?」
「あ、はい。これはただのオシャレをする時に着るものですけど、正装する時は上下お揃いで着て、頭にもかぶりますね。」
「確かに普段使いにも華やかで素敵よね!
いいわあ、私も着てみたい。」
「今度差し上げましょうか?」
「ホント!?」
「ええ。ネイルを教えていただくお礼に。」
「やったわ!ねえ、ジョージ、お店の店員さんの制服も絶対これにすべきよ!」
「確かに。コボルトの伝統衣装だというのなら、それをいかした制服にしたいな。男性にも伝統衣装があるんですか?」
「はい、ありますよ。私たち女性のとは少し違いますけど。」
「出来れば同じデザインのものを身に着けていただきたいので、今度見せて下さい。」
「女性も普段使いにする人は少ないですし、あんまり男性は着なくなってしまいましたからね。わかりました。用意しておきますね。
縫製は全員出来るので、デザインさえ決めていただければ、準備は問題ありません。」
「ありがとうございます。よろしくおねがいします。こちらで準備しようと思っていたのですが、そういうものがあるのであれば、制服もコボルトの伝統にこだわりたいので。」
「アシュリーさんのつけていらっしゃるアクセサリーも、コボルトのものなのかしら?」
「ええ。コボルトの陶器を作る技術で作られたものよ。私たちはオシャレすると言ったらこれなの。お守りの意味もあるのよ?」
「そうなんですか?この、花の飾りを陶器を作る技術で作れるものなんですね。」
「ええ。土を花びらの形にして、土台に貼り付けるだけだから、誰でも作れて簡単なの。これは私が自分で作ったのよ?」
「土がそんなに簡単に形作れるんですか?」
「コボルトの陶器に使う土は、しなやかで加工しやすい硬さにこねることも出来るものなのよ。陶器そのものとは少し違う技術ね。」
なるほど。伝統工芸のつまみ細工の土版ということかな?体験コーナーを作ったら、子どもや女性にも人気が出るかも知れない。
「ぜひやり方をじっくり教えていただけませんか?店でも売りに出せたらと思います。
出来たら作るところから、お客さんに体験させられないかとも思っています。」
「構わないわよ。それよりジョージを待っていたらお腹がすいちゃったわ。何か先に食べない?それからにしましょう。」
「ああ、もうそんな時間か。」
確かに俺たちも朝ご飯が早かったから、お腹がすいてきちまったな。
「じゃあ、すぐに食べられるものを作りますよ。とりあえずお腹を満たしましょう。」
俺は大根おろしをそえたサバの塩焼き、だし巻き卵を手早く作り、エノキ、しめじ、シイタケ、舞茸、水菜、油揚げの味噌汁を作っている間に、常備菜の切り干し大根、牛肉のしぐれ煮、キュウリの浅漬けをテーブルに並べた。取皿を並べたり、朝炊いておいたご飯を盛り付けるのは、円璃花とカイアとアエラキが手伝ってくれた。
「いただきます。」
「美味しそう!うん!美味しい!」
アシュリーさんはさっそく次々とフォークで料理を平らげてそう言った。
「ジョージは自宅じゃ毎回、ご飯のたびに、こんなにも種類を作るの?私たちのところではいつも1種類じゃない?」
アシュリーさんが俺を見て聞いてくる。
「大人数の為の料理を、数種類を作るのは難しいので……。自宅では、メインのオカズと味噌汁と、あと何か副菜がひとつが基本ですよ。他のものは常備菜と言って、まとめて作り置きしたものを出しているだけなので、今作ったのは3つだけですね。」
「そうなのね!コボルトは色々出すことはお祝いの席くらいしかないの。メインの料理をひとつと、あと朝1日ぶん作ったスープと、朝にみんなで焼いたパンと、それだけよ。
食べる料理が天気でも決まるから、数を作ることが出来ないの。逆にね。
歓迎会では、みんなが色々と持ち寄ったでしょう?お祝いの時はあんな感じね。」
「確かに。どれも美味しかったですね。」
雨の日に食べる料理があると言っていたものな。天候や様々なことに料理を決められてしまうのなら、作り置きを出すという習慣がないのもうなずける。だっていつそれが食べられるかも分からないからな。雨の日に食べる料理が決まっているということは、晴れた日に食べられる料理は食べられない。長雨が続こうものなら腐っちまうだろうからな。
「──そうだ、アシュリーさんにお伺いしたいことがあったのですが。」
「モグモグ、ふぁに?(なに?)」
「俺は自身でも冒険者をやってはいるのですが、それで生計を立てているわけではないので、冒険者が冒険者をやれなくなった場合、普段の生活がどのようになるのかを教えて欲しいのですが。」
アシュリーさんは口の中の物をゴックンと飲み込むと、真面目な顔付きになった。
「……冒険者たちによるクエスト受注拒否の件ね。今、強制招集以外ではクエストが動いていないと聞いたわ。あれは私も気にしていたところなの。難しいところよね。私は行っても構わないんだけど、足並み揃えないと、他の冒険者たちから反発があるんだもの。」
そうなのか。じゃあ、全員が全員、ストライキに賛成してるってわけでもないのかな。
「Dランク以下の冒険者たちは、冒険者以外の仕事が選べなくてなっている人たちがとても多いわ。他に選べるのなら、別に冒険者なんてやりたくないという人たちもいるでしょうね。危険な仕事だもの。」
ふむ。確かに死と隣り合わせだからな。
「逆にCランク以上になってくると、冒険者しか出来なくて始め出した人たちも、冒険者で一攫千金を夢見るようになるわ。大きく稼げるようになるのはBランクから。引退して冒険者ギルドのギルドのギルド長という、安定した仕事につけるのもそこからよ。
くだんの冒険者はBランク。これからってところで許可証を奪われたのだから、……当然納得はいかないでしょうね。」
「──もしも冒険者よりも稼げて、安全で安定した仕事につけるのであれば、冒険者でなくなっても納得するかも知れないと?」
「その可能性はあるでしょうね。」
安全で安定した稼げる仕事か……。
「そうだわ、私もジョージに聞きたいことがあったのよ。」
「なんですか?」
「新しく家を建てたりお店を始める時には、開店前に必ずやるコボルトの儀式というか、お祭りのようなものがあるのね。それにぜひ参加して欲しいのよ、カイアちゃんに。」
「──カイアに?」
「私たちがドライアド様を崇めているのは知っているでしょう?本来ならドライアド様を囲んでやる儀式なのだけれど、ドライアド様はずっと森の奥に閉じこもってらしたから、今までそれが出来なかったの。」
「でも、先日森の奥から出てらっしゃいましたよね?お願いしてみたらよいのでは?」
「ええ。だから私たちもお願いしたのだけれど、ドライアド様いわく、そこはジョージの店なのだから、ジョージのところにいる子株と一緒にやるほうがよいであろうなとおっしゃって。確かにそれはそうねと思って。」
「ちなみにどんなものなのですか?」
「子どもたちの健全な成長と、豊かな実りを願う儀式でありお祭りだから、8歳以下の子どもたちが踊りを踊るのよ。最後はドライアド様を囲んで、ドライアド様にも踊っていただくの。だからカイアちゃんにも、その踊りを覚えて踊って欲しいのよ。小さい子が踊れる踊りだから、踊り自体はとても簡単よ。」
「カイアに踊り……ですか。──カイア、お前はどうだ?やってみたいか?」
俺はカイアにたずねたが、踊りと言われてそれがどんなものだか想像がつかないのか、カイアは不思議そうな顔をした。
「ひとつ問題があるとすれば、カイアちゃんがまだ人型にはなれないことね。
立って踊る踊りだから。他の子たちが横で支える予定だけど、カイアちゃんは2つの根っこだけで立てるものかしら?」
「やってるところは見たことがないので、やらせてみないとなんとも……。カイア、どうする?試しにやってみるか?」
カイアはそう言われて椅子から降りると、なんとか2本の根っこだけで立とうと背伸びをするも、かなり難しいようだった。
「難しいみたいですね。」
「そうねえ。支えがあったらどうかしら?」
「カイア、お父さんが手を持ってみたらどうかな?ちょっと頑張ってみるか?」
俺はカイアの枝の手を掴んで、ヒョイと持ち上げてみる。ぷるぷるしながらだが、なんとか2本の根っこで立てるようだった。
「立つのがやっとみたいなので、踊りまでは難しいかと思いますね、このぶんでは。」
「ちなみにドライアド様の踊りはこんな感じよ。ちょっとやってみるわね。」
そう言うとアシュリーさんは立ち上がり、両手を真横に水平に伸ばして腰をフリフリしたかと思うと、ゆっくりと後ろを向き、また腰をフリフリした。確かにとても簡単だ。踊りと言うほどのものじゃないな。
「小さい子から順番に踊って、最後にいちばん大きな子どもたちが、ドライアド様と一緒にこの踊りを踊るのよ。簡単でしょう?
大樹が葉を揺らす様子を表しているの。」
横にコボルトの子どもたちがついて、広げた枝を持ってくれて一緒に回ってくれたら、お尻を振るくらいはカイアにも出来るかも知れないな。お遊戯会みたいなものか。
「カイアがやりたくないなら無理しなくてもいいんだぞ?どうする?カイア。」
そう言うと、カイアは俺を見上げてじっと見つめてくると、ピョルル?と言った。
「ん?お父さんはカイアが踊るところを見てみたいと思っているけど、カイアの気持ちが最優先だからな。お前が決めなさい。」
「ピョルッ!ピョルルッ!」
「やりたいそうです。」
「そう!それは良かったわ。なら、2本の根っこで立つ練習をしておいてね。それが出来ればあとは簡単だと思うから。」
「よしカイア、ちょっと歩いてみるか?2本の根っこでも怖くなくなるようにしよう。」
俺はカイアの2本の根っこを俺の足の甲にそれぞれ乗せると、両枝を掴んで持ち上げ、
「イッチニ、イッチニ。」
カイアを足の上に乗せたまま歩き始めた。カイアが楽しそうにキャッキャッと笑う。
「なにそれ、楽しそうね!」
「俺が子どもの頃に母にやって貰った遊びです。楽しいですよ。」
「私にも出来るかしら。」
「アシュリーさんにも出来ると思いますよ。
足に乗せて一緒に歩くだけですから。」
「そう、じゃあお願い。」
「え?」
「乗せて歩いてくれるんでしょう?」
「アシュリーさんをですか?てっきりカイアを乗せて歩きたいのかと……。さすがにサイズ的に子ども相手でないと難しいですね。」
キラキラとした目で俺を見つめてくるアシュリーさんにそう言うと、とてもガッカリした顔をした。無邪気な人だなあ。
「……手を掴むのは難しいので、腰を掴んでもよろしければやってみますか?」
「やってやって!!」
カイアが空気を読んで俺の足の上からどくと、アシュリーさんが乗ってくる。
まあ、人間よりは軽いから大丈夫か。
俺はアシュリーさんの腰を持って、イッチニ、イッチニと、部屋の中を歩き回った。
「なにこれ!楽しい!楽しいわ!」
「……私もやって貰おうかしら。」
「ララさんもですか!?」
そんなわけで順番待ちをすることになったララさんの後ろに、前足をちょこんと垂らしたアエラキが並んでいるではないか。
「アエラキは小さ過ぎて、俺には逆に難しいぞ?カイアでも結構ギリギリサイズなんだ。
すまないが諦めてくれ。」
俺が申し訳なさそうに言うと、カイアがピョルルッ!とアエラキに声をかけ、アエラキの後ろ足を根っこの上に乗せて、両枝でアエラキの前足を掴んで、俺の真似っ子をして、イッチニ、イッチニ、とやりだした。
「え、円璃花!」
「はいはい。撮ればいいのね?」
アシュリーさんを足の上に乗せて歩きながらそう言うと、円璃花が2階にトントンと上がっていき、俺の部屋からデジカメを取って戻って来て、イッチニ、イッチニをしているカイアとアエラキを、写真とムービーにおさめてくれた。……ふう。危ない危ない。可愛い2人の姿を撮り逃がすところだった。
「アシュリーさん、そろそろ代わって下さいよー。私もやりたいです。」
「ええ?もう?」
そう言いながらアシュリーさんが俺の足の上から降りたので、今度はララさんを足の上に乗せて、イッチニ、イッチニと歩くことになったのだった。
テーブルの前の椅子に腰掛けながら、早くしてねー、とララさんに声をかけるアシュリーさんは、もう一度これをやって貰うつもりでいるようだった。──そんなに楽しいのか?まあ喜んでくれたなら何よりだが。
円璃花はそんな2人の様子を見て、フフと笑う。ララさんやアシュリーさんのコボルトの見た目はあまり気にならないようだった。
それならアシュリーさんは私がやりましょうか?と円璃花が言い出し、俺と円璃花がそれぞれララさんとアシュリーさんを足の上に乗せて、カイアはアエラキを乗せたまま、全員で家の中をえっちらおっちら歩き回るという、なんとも不思議な光景が出来上がった。
……別にいいんだが、何してるんだろうな俺は、とちょっと思ったのだった。
 




