13 彼の赤瞳
本日0話を追加しました。
読まなくても今後の展開に支障はありません!
タイトルも『セイレーンの心臓』から変更しましたが(仮)予定は未定です。
ベルフィーユは予想外の事態に呆然とした。
「え?誰?」
月明かりの隠れた暗い路地。
臼ぼんやりとした視界の中、いきなり黒ずくめの怪しい男に腕を掴まれわけがわからない。
ついでに、逃がすまいと掴まれた腕が地味に痛い。
今日は昼間のこともあり、腕を掴まれる日なのだろうかとどうでもいいことがぼんやりと頭に浮かんだ。
そんなことを考えてしまうぐらい状況が飲み込めない。
まずベルフィーユは食堂での仕事が終わり帰宅しようとしていた。
それから歩きながら昨年の事やオッカムの事を考えていた。
次にオッカムに会ったら色々と確認しようと気合いをいれたら、背後にいたらしい怪しい男へ奇しくも肘打ちをしてしまったらしい。
ベルフィーユから肘打ちを食らった怪しい男は大変怒っているようだ。
どれくらいかと言うと、掴まれた腕がギリギリ締め上げられるくらい怒っている。痛いから離してほしい。
私もうっかり周りを確認してなくて肘打ちしたのは悪かったけど、そんなに怒らなくてもよくない?
「ぶつかってごめん。腕痛いから離してくれない?」
そもそも真後ろに立つ方もよくないと思うんだよね。
混雑しているわけでもないし、人気のない路地で態々近くにいすぎだよね。
暗い道にひとりで歩くの怖かったのかな。
いい年した大人の男の人でもそういうのあるかもしれないけど、それなら声かけてくれればよかったのに。
ぶつかってビックリしたのかもしれないけど、そんな怒らないでよね。腕痛い。
謝ったんだから、そろそろ離して欲しい。
そう思い、ベルフィーユより頭半分高い男の顔を見上げる。
月明かりが隠れた暗闇に届く灯りは表の大通りから僅かばかり。帽子やスカーフのせいで顔立ちはわからないが、暗闇に浮かぶ白目が男の眼球の動きを教えてくれる。
その目はベルフィーユを苛立ち睨み付けながらも、どこか獲物を捕らえた満足感に似たものを感じられ不快だった。
何故、そんな目で見てくるのか。
何故、腕を痛いほど掴まれているのか。
何故、態々真後ろに立っていたのか。
疑問に思い男の発言を思い出す。
・・・あれ?
さっきこの人、不意打ちがどうの言ってなかった?
確か「ちっ、何故不意打ちがバレたんだ」と言っていた気がする。
不意打ち?バレた?とは。
「え?まさか、私をつけてたの!?」
口から漏れた呟きに、肯定するように男が鼻を鳴らした。
逃がすまいと腕を掴む手に力が増し、更にもう一本の手がのびてきた。
「大人しくついて来てもら、―――っ!?」
と、男の声が不自然に途切れた。
重い衝撃音がしたと思ったら男が横に吹っ飛び、掴まれていた腕が解放されていた。
吹っ飛んだ男は近くの家の外壁へぶつかり崩れ落ちている。
くたりとした姿は糸の切れた人形のようで、生きてるか不安に思っていたらピクピク動いたので死んではいないようだ。
またしても予測不可能な事態に何があったのかと、ぽかん間抜け面を男から自分の前にいる人物へと上げると、丁度こちらに振り向く赤い視線とぶつかった。
「やぁ。こんばんは、ベルフィーユ!」
オッカムが何事もなかったかのように素敵笑顔で手を上げて挨拶してきた。
鳶色のはずの瞳が赤々と燃えるように燻っている以外は、散歩でもしていたかのようにしれっとした姿だ。
とてもでないが、目の前に転がっている男を数秒前に蹴り飛ばした人物には見えない。
「こ、こんばんは?・・・って、何で!?」
取り敢えず挨拶を返すが意味がわからない。
「え?今は夜だからね、こんばんはだよ?」
オッカムが不思議そうに首を傾げて検討違いの返答をしてきた。
間違ってはいないが、聞きたいのはそんなことではない。
オッカムもそれがわかっていながらこの返答だろう。しらばっくれるつもりでなければ、いや、間違いなくしらばっくれれるわけがないのだから意地悪だ。
「いやいや。そう言うことではなくて、何でオッカムがここに?それに、今、」
「ん~。ベルフィーユの働く食堂でご飯食べようかと思ったんだけど、思っていたより仕事が終わらなくてね。急いで向かう途中に偶然ベルフィーユ発見したんだ。そしたら・・・」
オッカムがチラッと倒れた男を見る。
「そしたら?」
「ベルフィーユが何か絡まれてたから蹴っちゃった!」
けろっと顔でサムズアップしてきた。
「えーと、ありがとう?」
男がベルフィーユに何の用があったのかはよくわからないが、あの様子から宜しくない用だろう。
かなり問答無用で蹴り飛ばしていたが、オッカムが助けてくれた事に違いない。
お礼を言わなければと口にしたが、事態が上手く理解できていないせいで疑問系になってしまった。
オッカムは大変爽やかな笑顔で頷いている。それは、昼間の露店商人の時に怒られたのを彷彿させる笑顔だ。
「うんうん、どういたしまして。怪我はない?」
「ちょっと腕掴まれただけだから大丈夫」
「良かった。でも、ベルフィーユは警戒心が足りないなー」
「え。う、う~ん、そうかな?」
また怒られるのかと身構えてしまう。
「夜道で男に腕掴まれてるのにきょとんとしてるとか危なすぎるよ。・・・それとも知り合いだった?こんな薄暗いところで男と会う予定が?」
まだ赤いままの瞳でオッカムが詰め寄ってきた。パッと見は笑顔なのが逆に怖い。
何やら背筋が冷えてきて身震いしてしまう。
「ううん、知らない人」
「だよねー。もし知り合いや恋人だった場合、蹴ったら俺がヤバい奴になるからね!・・・じゃあ、何で不審者に腕掴まれてるのに抵抗しなかったのかな?」
さっきの男よりもよっぽど今のオッカムの方が危ない気がする。
「ち、違うよ!急に掴まれたから驚いて反応が遅れちゃって、」
「そうなの?」
「うん!」
ベルフィーユは必死にこくこくと首を縦に振る。
「ふーん。まぁ、今回はしょうがないか」
「うん、うん!次からはもっと気を付けるよ!」
ベルフィーユの返事に目を積むって大きなため息を吐いた後、再びこちらを見たオッカムの瞳は鳶色に戻っていた。
「あ。オッカムの目」
気になって呟いたベルフィーユの声が聞き取れたらしい。
オッカムが「あぁ、そっか」などと頬の傷跡をぽりぽりとかいて頷いた。
「俺の目さっきまで赤くなってた?」
「うん。昼間も赤かったから気になって・・・」
「ははっ、まぁ普通に色が変わってたら気になるよね」
聞いていいのかわからなくて、ベルフィーユは曖昧に笑いながら首を縦に振った。
心情が伝わったのか、オッカムは何でもないようにけろっとした顔で口を開く。
「ん~、別に大した事じゃないけど。俺の血筋は脳筋戦闘狂が多くてね。興奮したり血が騒ぐと火の精霊が少し力を貸してくれるらしいんだ。火の精霊にとっては楽しむ為だか煽る為だか知らないけど、その影響で赤くなるみたいだよ」
「へぇ、火の精霊が」
所謂《精霊の加護》だ。
稀に気に入った人間に力を貸す精霊がいる。
セイレーンやアハ・イシュケ等の妖精と違って精霊は思考する事や姿形作る実態がない。
その為、素質があるはずの並みの魔術師達でも姿を見ることはできない。
かなり力の強い魔術師でやっと臼ぼんやりした光が見えるくらいなのだ。
一般人など気配を感じることすらできないだろう。
オッカムのように《精霊の加護》を承けた人間も、かなりの素質がなければ気配すら感じられないから「らしい」「みたい」と間接的な言い回しなのだろう。
それにしても火の精霊の加護とは。
「・・・私と相性悪いなぁ」
ボソッと呟いた声は小さく、オッカムに聞こえなかったようだ。
「さて、ベルフィーユが心配だから家まで送ってくよ」
「え?」
「え?」
当然のように食堂への道の逆方向、つまりベルフィーユの家の方へ足を向けたオッカム。
驚いて固まったベルフィーユを振り返り、不思議そうに首を傾げている。
ここでやっとベルフィーユは、先ほどオッカムに蹴り飛ばされた男がいなくなっていることに気付いたのだ。
「あれ?・・・え、え?いないよ?」
「アイツなら随分前に逃げて行ったよ」
「いつの間に・・・」
「俺がベルフィーユが無事か確認してる間かな」
「全然気付かなかったよ」
「だからベルフィーユは警戒心が足りないんだって。まぁ、跡は追わせてるから安心して」
また、いい笑顔でサムズアップされた。
「え?」
「ほら、昼間もいたでしょ?俺の仲間!」
「い、いつの間に。私、オッカムだけじゃなくてその人にも迷惑かけちゃってるよね」
「昼間の露店商人と繋がりがあるならセイレーン誘拐事件に関係あるかもだし、別に迷惑じゃないよ。怪しい奴片っ端から調べるよりよっぽど楽だよ」
「それでも、ごめんね?ありがとう。その人にも私がお礼を言ってたって伝えておいて貰える?」
「ははっ、気にしなくていいのに。一応伝えとくよ」
「うん。ありがとう」
ベルフィーユが微笑むと、オッカムは仕切り直すように手を合わせ打った。
「じゃあ、帰ろうか」
「え。でも、オッカムは食堂にご飯食べに行かなくて良いの?私はひとりで、」
「はぁ?何言ってるの。さっき襲われたベルフィーユを安全に送り届ける方が優先に決まってるから!」
ちょっと怒り気味で片眉を上げられた。
嬉しいけど、お腹すくのではと返事をどもってしまう。
「う」
「それとも、俺に襲われるのが心配?まぁ、昨日今日の付き合いの俺がアイツらとグルじゃない保障もないしね。そうじゃなくても送り狼的な場合もあるし」
拗ねて口を尖らせるオッカムはどこか幼げで可愛かった。
「う、ううん!?・・・私、オッカムの事信じてるから!」
「・・・ほら。警戒心」
思ってもなかった考えに力一杯否定をして、かなりの勇気を持って返した想いは、あっさりと指摘で返された。
しかも、やや呆れ顔付きで。
「はわっ!?い、今のはズルくない?」
「いやいや、俺も男だからね。可愛いベルフィーユと夜道でふたりっきりだとわかんないよ?」
「え・・・」
思わぬ返しに、ベルフィーユは顔から火が噴きそうなほど赤面した。
つい、オッカムに襲われるところを想像してしまう。ちょっと襲われてみたいかもとか思ったのは内緒だ。
「あ~、駄目だ。ベルフィーユの警戒心は薄紙一枚だな」
頭を押さえるようにぐしゃぐしゃと撫でられた。
明らかに子供扱いされている気がする。
おかげで髪はボサボサ。羞恥心で乙女心はボロボロだ。
「もうっ!酷い!オッカムの意地悪!」
「酷くないから。俺に襲われないように警戒しながら帰りましょー」
そう言いつつ、然り気無くベルフィーユの手を繋いで歩き出すオッカム。
ちょっとゴツゴツした固いオッカムの手は温かくて、そっと握られた力はベルフィーユが簡単に振り切れるように優しかった。
暗い夜道でも不安なんか微塵も懐かない。
「もうっ!――――惚れないとか無理」
段々消え入った言葉尻は、温かい潮風に流れていった。