第5話
「用件は何かな?」
オスカーはすぐに答えず、腰の小銭袋に手を添えた。硬貨が一度だけ触れ合う。
「この街道から少し外れた場所に、古い聖所があります」
夢の中の宿の床に、薄い光の線が伸びた。線は奥の壁を抜け、見えない脇道の先へ続いている。
「十年ほど前、一頭の魔獣がそこを自分のものにしました。村人の夢に入り込み、食べ物を捧げれば守る、断れば災いが来ると思わせたのです」
「守ったの?」
「いいえ。村人たちを怖がらせ、捧げものを集めただけです」
オスカーの声は静かだった。
「この地方を旅していた神官と、雷の神の使いが魔獣を倒しました。それで害は止まりましたが、空になった聖所はそのまま残りました」
「それが、今になって?」
「また捧げものが置かれています」
「置いた人たちは、無事に帰っている?」
「私が街道で確かめられた範囲では。ただ、最初は果物が一つだけでした。今は、蜜や灯りに使う油まで届いています」
すでに害が出ているからではない。害が出る前に、何が起きているかを知りたいのだ。
彼は小さな帳面を開いた。紙には数字ではなく、短い願いの言葉が並んでいた。
「ここしばらく、街道を通る村人の祈りに、あの聖所の話が混じるようになりました。『今年も蜜を受け取ってください』と」
エルシアは光の線を見た。
「あなたはそこへ行けない?」
「私が見守れるのは、街道とそこを通る人々だけです。脇道の奥で、何が祈りを受け取っているのか、私には見えません」
オスカーは帳面を閉じ、また深く頭を下げた。
「祈りは、向ける相手を間違えても届きます。あの魔獣の悪意が少しでも残っていれば、集まった願いを足場に、また形を得るかもしれません。何がいるのか、人を害しているのか、確かめていただけませんか」
「何かいたら、それを倒してほしい?」
「まず、見てきてください」
オスカーはそう答えた。
エルシアはうなずいた。
「分かった。人を傷つけているかどうか、そこから確かめるよ」
オスカーが床へ手をかざすと、光の線が道筋を描いた。宿の裏手から脇道へ入り、古い道しるべを二つ過ぎて、沢を一本越える。
「この先です。どうか、見たものをそのままお聞かせください」
「うん。先に答えを決めずに見てくる」
目を開けると、宿の炉には赤い熾火が残っていた。
旅の剣士たちはまだ寝ている。一人は鞘を枕にしており、昨夜の橋の話よりも平和な顔だった。
エルシアは残ったパンを食べ、マントを羽織った。神像の前の灯りは、夜より小さくなっていた。
「行ってくるね」
今度は炎も動かなかった。
宿を出て、オスカーに教えられた脇道へ入る。手入れされた街道から十歩も進むと、雨を吸った草が靴に絡みついた。
古い道しるべを二つ過ぎ、浅い沢を越える。昼前、茂みの向こうに低い石壁が見えた。
忘れられた聖所には、半分崩れた屋根がかかり、石壁は三方だけ残っていた。人が泊まる建物ではない。小さな祈りの場所だったものが、手入れされないまま残っている。
奥の石の台には、割れた古い神像の脚だけが残っていた。その手前に、新しい像が置かれている。
白い石灰岩を丸く削った、目も口もない像だった。
像の周りには、蜜の入った小瓶、赤い果物、灯りに使う油が整然と並んでいる。古い神像の破片には苔があったが、捧げものにはまだ朝露が残っていた。
床には、小さな体を引きずったような跡があった。割れた神像のまわりを避け、蜜の瓶と石壁の隙間を何度も往復している。
エルシアは石の台へ手を近づけた。古い魔法の痕跡はある。しかし、それが十年前から残るものなのか、最近生じたものなのかを見分けられるほど、はっきりとはしていなかった。
エルシアはどれにも触れず、石壁の外側に座った。
林の中は、街道よりも音が少ない。時折、木の実が残った屋根に落ち、乾いた音を立てた。エルシアは果物の影が動くのを見ながら待った。
昼を過ぎ、果物の影が石の台の端へ移ったころ、茂みの奥で草が擦れた。
現れたのは、両腕で抱えられるほどのスライムだった。
丸みのある体は半透明で、草の緑を淡く透かしている。一度伸び、縮み、聖所の入り口で止まった。
エルシアとスライムは、しばらく動かなかった。
スライムの輪郭が少し濃くなる。スライムは、エルシアの手、革の鞄、石の台の捧げものへと順に体を向けた。
やがて、床の上を滑るように聖所へ入ってきた。石の台へは直接向かわず、大きく回り込んでエルシアの鞄の前へ来る。
「そこ、私の鞄だよ」
半透明の体が上下に揺れた。
「鞄、歩かない」
人の言葉だった。高くも低くもない、水が石の穴を通るような声だ。
「歩いたら、少し困るかな」
「それなら、見てる」
警戒しているらしい。それでも、石壁の外へ逃げるより、鞄の留め金を観察するほうを選んでいた。
「あなたが、ここに住んでいるの?」
スライムは少し平たくなった。
「先に、そっち。誰?」
「エルシア」
今度は丸く戻る。
「ルル。ここにいるのは、ルル」
「そう。じゃあルル、この場所を管理している神殿の人か、近くの村の人たちと、ここを守る約束をした?」
ルルの輪郭がゆっくりと右へ傾いた。
「守る? 石を?」
「ここへ捧げものを持ってくる人たちを」
「人、見てない。朝になると、これがある」
ルルは蜜の入った瓶の前へ移動した。
「蜜は甘い。果物は冷たい。油は飲まない」
「油はどうするの?」
「灯りの横。なくならないから、少し困る」
エルシアは小瓶の数を見た。三つある。
「捧げものを受け取る代わりに、誰かを守ると言ったことは?」
「代わり?」
ルルの中心から、丸い波紋が一つ広がった。
「約束は、言葉を交わして決めるものだよ」
「言葉なら、ルルも話す。でも、誰とも話してない」
「これが捧げものだってこと、知っていた?」
ルルの輪郭は、今度は左へ傾いた。
「捧げもの、どんな形?」
まだ害がないとは断定できない。
けれど、約束を破った相手のように扱うべきではないと、エルシアには分かった。
ルルは答えを待つように、傾いたまま揺れていた。




