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選択のバリエーション


指輪もイヤーカフも、包装を断って身に着けたまま雑貨店を出ると、外はもう暗くなっていた。

「そろそろスタジオに行くか。夕飯、食べそこなったな。差し入れがてら、どこかで何か買ってくか」


秀ちゃんと駅に向かって歩き始めると、昼間はただの街路樹だったのに、今はイルミネーションで浮かび上がっていた。

「キレイだねえ」


でも駅前は、銅像や植え込みの花がキラキラしてるけど、統一感がなくて、何となく雑然としている。これが新宿っぽいってことなのかな。


「そういえば、今日、洋服選びに付き合ってくれた愛実んは、彼氏とクリスマスイルミのはしご、するんだって」

「そんなに、アチコチでやってるのか?このピカピカ」


秀ちゃんにかかると、イルミネーションは、ただのピカピカらしい。


「東京駅の方だと、クリスマスマーケットもやってるみたい。秀ちゃんの地元でも、そういうの、あった?」

「クリスマスではないが、この時期、似たような市場は出来るよ。

いつか、紀亜にも見せられたらいいな」


それって、私を秀ちゃんの国に連れて行ってくれるってこと?単純に、観光で?それとも、他に意味があるんだろうか。

微笑みながら歩く秀ちゃんの横で私は、無意識に小指のブサ可愛猫の指輪を撫でていた。



差し入れという名の夕食を買いに入ったデパ地下では、サンドイッチかおにぎりかでまず、悩んだ。

結果、おにぎりを選択したものの、具材の種類が多すぎて、また悩んだ。

このところ、選ぶことが多いなあ。おにぎりの具なら、別の日に別の具を食べられるけど、進路はそういう訳に行かないもんなあ。






「ただいまー!っと、あれ?電気、点いてるけど‥‥‥」

スタジオ練習を終えた後、お兄ちゃんと秀ちゃんの三人一緒に帰宅した。

鍵を開けて中に入ると電気が点いていて、見慣れた冬靴が置いてある。


「おっかえりー!」

元気よく出迎えてくれたのは、両親だった。私と兄の。



「どうしたの?」

「どうしたの?じゃないべさ!

夏休みに帰ってこないから、誕生日は家で過ごすのかと思ったら、冬休みも帰らないって言い出すから、こっちから会いに来るしかないしょ」

「びっくりした?」



不満顔のお父さんと私たちを驚かせて満足顔のお母さんは、通常運転だ。


「晩ご飯食べた?お腹空いてない?何か作ろうか?」

お母さんの顔を見ると、急に空腹を実感するのってなぜだろう。スタジオでおにぎり、食べたのになあ。


何か作ると言いながら、リビングにはいい匂いが漂っていた。

「ああ。芳江ちゃんからリンゴが届いたの、そのままにしてたしょ。ちょっとボケてたから、アップルパイ、作ったよ。あんたたち、好きでしょ」


そう!アップルパイの匂いだ!

お母さんの従妹の芳江ちゃんは、札幌の果樹園に嫁いで、冬になるとリンゴを送ってくれるの。

「今年は、クマに食べられたから小さいのしか送れないんだわ」と言うけど、リンゴ1箱はなかなか食べきれない。


「そうそう、東京では『リンゴがボケる』って、言わないって知ってた?」

この前、学校で話していて誰にも通じなかったんだよ。リンゴが時間が経ってフカフカの食感になった状態を「ボケた」って我が家では言うけど、方言なのかなあ。


「どうなんだろうね。でも、シャキシャキの状態よりも、ちょっとボケた方がアップルパイのフィリングにするには、火が通りやすい気がするのよね」



「それにしても、思い切ったな。まだ、仕事納めじゃないだろ、親父たちの職場」

お兄ちゃんに言われて気付いた。そういえばそうだね。


「まあね。ただ、働き方を考えなきゃいけない立場でさ。私たちの世代は年間の年休消化率が悪いって人事に言われちゃってね。思い切ってクリスマス前に休暇を取ったってワケ」

お母さんが言うには、子どもが小さい世代の人は急な体調不良とかで休みが必要だし、もっと若い世代はオフシーズンの安い時期にまとめて休みを取って海外へ行ったりするんだって。


「それならそれで、温泉地とか海外とかに旅行に行って楽しんだって良いんじゃないの?」

「それも考えないわけじゃなかったんだけどさ、春に紀亜が家を出て、夏には理久と秀悟くんもこっちに来ちゃったしょ。理久たちが居なかったら、鉢嶺さんちの杏奈ちゃんも、奏くんも遊びに来ないしさ」

「お父さん、ちょっと寂しいのよ」

「お母さんだって同じでしょうが!

それにね、今年は紀亜が19歳の厄年だから、厄除けにシルバーのアクセサリーを銀座に買いに行こうと思っていたんだよ!

――あれ?紀亜のその小指の指輪って‥‥‥」



そういえば、お父さんとカフェ○○のマスターは同じ世代だから、19歳にシルバーアクセを彼氏か親からプレゼントされると幸せになれるというジンクスを知ってるんだね。


「今日、秀ちゃんが買ってくれた。フライング誕生日プレゼント!」

気付いてもらえたのが嬉しくて、婚約会見で芸能人が指輪をキラーンって見せるポージングをしてみた。

あれ?何だか微妙な空気はなぜ?


「娘のファーストジュエリーはパパからって思って、ボーナス取っておいたのに‥‥‥」

「何て?」

お父さんのつぶやきは、私には聞こえなかったけど近くに居たお兄ちゃんには聞こえたみたい。


「まあ、親父、あれだ。薬指じゃねえから。そして雑貨屋で買ったらしいから。

明日か明後日に行けばいいんじゃね?ちゃんとした宝飾店。銀座でも表参道でも」




お兄ちゃんの言葉に気を取り直したお父さんと、お母さんも一緒に翌日の学校終わりに銀座のジュエリーショップ巡りに行くことが、その場で決定した。



銀座にはたくさんの有名なジュエリーショップがあった。

赤い箱で有名なハイジュエリーのお店は、そもそも予約をしないとお店に入ることすらできなかった。路面店だけじゃなく、デパートの中のお店でも。

ちょうどクリスマスシーズンだから、どこもカップルでいっぱいだった。


おしゃれ番長の愛実んが、彼氏からプレゼントされた水色の箱に白いリボンのハイジュエリーのショップもあった。お父さんの予算の範囲だと言われても、値段を見ると何だか、今の私にはしっくりこなかった。


私の貨幣価値が崩壊しそうになってきた。

ショッピングって、こんなに疲れるんだっけ?と思ったところで、お母さんがネットで気になっていたというブランドが、大型商業施設に入っているというので、見に行った。



「まあ!19歳のお誕生日にお父様からのファーストジュエリーのプレゼントなんて、素敵ですね」

美人のお姉さんが、丁寧に話を聴いてくれて、お父さんたら鼻の下を伸ばしてぺらぺらと買い物事情を話している。


「確かに、シルバーには厄除けや魔よけの力を持つと信じられています。ですが、酸化しやすいのでお手入れに手間が必要だったりします。

ご予算はシルバーより上がりますが、プラチナという選択肢はいかがですか?

ファーストジュエリーならば、ダイヤなどの医師の入ったものも記念になるかと思いますが、いかがでしょうか。

形としては、リングやネックレスなど、どういったものをイメージされていますか?」


そっか。シルバーはお手入れしないと酸化して黒くなっちゃうのか。

秀ちゃんからもらったブサ可愛猫リングのお世話セット、後で検索しよっと。



指輪は秀ちゃんからもらったので別のものをという話をしていたら、お姉さんが、いくつかのネックレスを出してくれた。

その中にあった、三角形のダイヤが二つ繋がってひし形のトップがついたネックレス。ハイブランドのシルバーネックレスに比べると、お値段は少し上がるけれど存在感がとても目を引く。


お姉さんに促されて着けてみると、黒のハイネックのセーターにしっくりと馴染んで見える。


「今のままでも十分お似合いですけれど、この先、年齢を重ねていただいても、長くお使いいただけるデザインになっています」


両親は、私の反応を見て、お姉さんの言葉に後押しされて、コレ以外にないと思ったみたい。あれよあれよという間にお支払いが済んでしまった。

私は可愛いパッケージを、お姉さんに促されたお父さんから恭しく受け取った。

何だか自分が大人に認められたみたいで、ちょっと恥ずかしいような、でも、嬉しい気持ちだった。



「お母さんはなんであのブランドを勧めたの?」

帰りがけ、ふと気になって訊いてみた。


「銀座なんて、日本で一番と言えるぐらいの繁華街じゃない。

世界中のどこのブランドのものも、お金さえ出せば買うことができるわ。まあ、お店にも入れてもらえないブランドもあったけどさ。


だけど、私たちは日本人だし、お母さんもお父さんもこの国で生きていくし、愛着もあるわ。この先、あなたがどこへ行っても、何をしてても、この国を、お父さんやお母さんを、思い出してもらえたらいいなあ、ってぼんやり考えてたの。

それで、日本のブランドを探してて、あんたが好きそうだなあって思ったのよ。

でも、お父さんが張り切ってたから、まあ、困った時の保険ぐらいの気持ちで調べただけよ」


気軽に質問したけれど、思った以上にお母さんの配慮が深い。そして、ありがたい。

それにしても、この先の将来を考えなくちゃって思っているところへ、国外での生活まで考えられているなんて、選択肢が広がり過ぎでしょ。






私の誕生日当日は、今年最後の登校日だった。

午前授業で終了だったので、みんなでカフェ○○でランチを食べた。デザートにみんなからだとマスター手作りのホールケーキが出てきたときには、感動して涙がちょっと出た。ありがたい。



誕生日だからと言っても、ホワネスとしての活動は待ったなしだ。

新曲の練習からレコーディング、ライブツアーのセットリスト決めからの練習と、時間はいくらあっても足りない。

でも、帰宅するとお父さんとお母さんが居て、温かくて栄養バランスの取れたご飯が用意されていることが、こんなに贅沢なことなんだって、改めて実感した。




大みそかは我が家にハッチさんもカナちゃんも集まって、北海道の実家に居た時みたいに、みんなでジンギスカンを食べた。別のホットプレートで鮭のちゃんちゃん焼きも作った。この後、年越しそばも出て来るらしい。お腹がはじけそうだ。


年末恒例の歌番組をみんなで観ながら、「いつかはココで演奏したいね」なんて話をすると、ハッチさんの眼がキラーンってなって、「兼業バンドマンをいつまで続けるのか」という話になるので、心の中だけで思ってみた。



年が明ける、少し前。カナちゃんのスマホに電話が来た。

寒いのに、ベランダに出てしばらく通話してた。楽しそうな笑い声が聞こえてきてたけど、しばらくしてからカナちゃんがリビングに戻って来た。


「澪からだったよ。今は南米に居て、地球の裏側で年越しだってさ。次の帰国は春とか言ってたけど、どうなるかねー」

そう言って笑おうとしたカナちゃんは、ちょっと寂しそうに見えた。気のせいかもしれないけど。






「はあぁぁぁ‥‥‥。あずましいねえ」

「ぷっ。久しぶりに聞いた。『あずましい』。おばあちゃんが良く言ってた。懐かしいね」



明日は両親が北海道へ帰るというので、今日は私の大学がある地域の氏神様、聖龍神社に初詣に行った帰りに、黒湯温泉を体験してもらいたくて、亀満の銭湯に来ている。


「あずましい」は、北海道弁で居心地がいいとかその場所が快適だという意味で、年配の人が使うことが多い気がする。おばあちゃんが亡くなってから、久しぶりに聞いた言葉だ。


ずっと元気に農作業をしていたおばあちゃん。

畑で倒れてから亡くなるまではあっという間だった。私はまだ中学生になったばかりだったから、何もできなかった。

そう考えると、お父さんもお母さんも、まだまだ若いし元気だけど、いつまでも今のままじゃないんだなあ。



「お母さん」

「んー?」

「お母さんは、私が大学卒業したら、北海道に戻って欲しい?」


訊こうと思っていたわけじゃないけど、このところ、先のことを考えなくちゃといつも頭のどこかに引っかかっていた疑問が口から出てきた。


「あんたが地元に帰ってきたら、そりゃあ、楽しいと思うわね。

だけど、どこに居たって、何をしてたって、あなたも理久も私の、私たちの自慢の子ども達よ。

疲れたり、傷付いたりしたらいつでも帰っておいで」



お兄ちゃんも私も、音楽で生計を立てることの難しさは、おぼろげながらわかっている。

それでも、音楽をやめなかったし、これからも続けると思うけど――音楽を生涯の仕事にすることまでは、まだ決められない。

お父さんもお母さんも、ホワネスの活動を止めることは一度もなかった。でも、心配はしているのは分かる。


今の気持ちをどう表現したらいいか良くわからなくて、湯船を出て、顔にシャワーを当てた。泣いてなんかいないよ。目から汗も出てないよ。

ただ、この母の、この両親の子どもで良かったなあって思っただけだよ。






両親が北海道へ帰り、冬休み明けの怒涛の単位認定試験期間もあっという間に終わった。

私は何とか追試を免れた。



これで長い春休みが来る!と喜んだのも束の間だった。

1月行く、2月逃げる、3月去る、のことわざ通り、あっという間に時間が過ぎた。


3月に入って、ホワネスはライブツアーを始めた。目標は47都道府県の全制覇!まずは、関東近県からね。

今日は練習日なので、スタジオへ向かって梅川緑道を歩いていた。




「こら!海翔!待ちなさい!」

「母ちゃん、遅いよ~」

あれ?この会話、どこかで聞いたことがあるような気がする。


「どぅおっ」

デジャブかな。確かあれは去年の4月、入学式の朝だったような気がする。

でも、今回は横からの衝撃だったので、転ばなかったよ。あれから体幹も鍛えたしね。


「お、紀亜じゃん!まーた、ぼんやり歩いてるのかよ!」


私の入学式の朝に出会った、梅洲大学病院の外来師長、桑原さんと息子の海翔くん。あの時とは逆に、母子の方がスーツ姿だった。


「ごめんね、相良さん。大丈夫?でも今回は転ばなくてよかったわ。

とはいえ、海翔!ちゃんと謝りなさい!そんなんじゃ、小学校、入れてもらえないわよ!」


今日は、私が実習に行かせてもらった保育園の卒園式だそうだ。だから、スーツなんだね。



「知らないのー?小学校は義務だから、行かないといけないんだよーだ!

じゃあな!紀亜!」

「きゃあ!」

「こらっ!」


お母さんの伸ばした腕をよけて、私のスカートをめくり、走り去って行く海翔くん。

恐縮しながら追いかけていく桑原さんと、私に謝りながら妻子の姿をビデオカメラに収めている桑原パパ。

まあまあカオスな状況だわ。




こうして、私の看護学生としての最初の1年が過ぎていった。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これで、紀亜の1年次が修了となります。

次回から2年次に進級しますが、お話のストックを作るため、更新まで少しお時間をいただきます。

更新通知が届くよう、ブックマークしていただけたら嬉しいです。

また、紀亜たちの物語の続きを、楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。

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