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選択の気配


「お弁当、食べながらで良いから聞いてねー、事務連絡しちゃうから」

ホワネスの裏方、ハッチさんが書類を片手に話し始めた。ハッチさんってば、自分のお弁当、確保したかなあ。


「今、みんなが練習しているperspectiveだけど、なんと!春から放送するアニメのオープニングテーマ曲に採用されました!」


おおお!それはまた、スゴイことだ‥‥‥。

アニメでもドラマでも予算が潤沢だと物語に合わせて楽曲が作られたりするけれど、今回の作品は深夜放送枠で、あまり予算もないんだって。

低予算にちょうどいいと思われることに、モヤッとしなくもないけれど、それが今のホワネスの立ち位置なんだろうなあ。


アニメの制作側は、動画サイトで過去のホワネスの楽曲に注目してくれたみたい。最初は、再生数の多いTrainingを使いたいってオファーだったのを、新曲を売り込んでくれたんだって。

流石、ハッチさん!


「へえ、どんな話?歌詞とか物語に寄せて修正しなくていいの?」

おお、お兄ちゃんも流石だね。楽曲が聴く人にどう届くかまで考えてる。


「ネット小説が原作で、コミカライズで話題になった『ヒジリ・ミコトのタイミング』って作品なんだけど、知ってるかな。

アラサー女性が、事故で川に落ちて、海まで流されて、流れ着いたのが異世界の海中都市で、彼女に執着している恋人が追いかけてくる、っていうお話」


「ちょっと情報量が多いねえ。

桃太郎が川から海に流されて、浦島太郎に変身して竜宮城へ行く、って感じ?」


「たぶん違う。絶対違う」

カナちゃんの見解に、私たちを代表してハッチさんが答えてくれた。



「デモを聴いた制作側からは、オリオン座とさそり座を追いかけっこに見立てたperspectiveの世界観がね、このままで十分、作品のイメージに合ってるって言われてるけど」


「だとしても、物語の世界観を理解しなくちゃ駄目だろ。

ハッチ、この後、メンバー全員にその作品に関連したURL送って。

全員、明日の打ち合わせまでに一通り読んで、作品の世界観を確認すること。

それまではレコーディングはペンディングだな。楽器練習はしとけよ。」


おお。原作小説とコミカライズされたマンガの読破だけじゃなくて、作品の世界観の理解と楽器練習とな。

宿題の量と密度がえぐいわあ。やるけどね。ネット小説も異世界の物語も、楽器触るのも大好きだから、むしろご褒美かも。


お兄ちゃんのバンドマスターとしての発言の後、ハッチさんからの事務連絡は続いた。



「今年の夏フェスで、来年、全国のライブハウスを回る計画を発表しちゃたじゃない、Rickが。

当時、まだ具体的じゃなかったんだけど、あれだけの舞台で言っちゃったから何とかしなくちゃいけないと思ってたの。そしたら、言霊なのか2月から始められるわよ、ライブハウス巡り」


「やったあ!」

「えーー?!」

喜ぶ私と対照的に不満顔のカナちゃん。


「学生は2月から長い春休みに入るけどさ、教員は入試で週末も含めて時間が取れないんだよー。知ってるだろ?!」

「やっぱり?共有のスケジュール帳、見ててそんな気がしたのよね。試験日以外も、駄目?」


「試験ってさ、学生は受けるだけだけど、こっちは試験問題を作って、それを複数の教員で確認して修正するんだよ。当日も、不正がないか監督しなくちゃだし。

教科科目はマークシートでも、小論文は全部読んで、採点の視点でチェックするの。面接も役割分担あるし、合否会議まで短期間にやることてんこ盛り。

学生時代は、教員の大変さなんて全く知らなかったけど、試験は受ける方が楽なのかもって最近は思うようになったよ」


確かに、それは大変そう。試験の合否によってその学生のその先の人生が変わるって思ったら、責任もあるもんね。


「じゃあ、ライブハウス巡りは3月からだな。移動距離考えて、まずは関東近辺からか」

「それは良いんだけど、ちょっとこの後のことも相談したいのよ」



ハッチさんが語るには、北海道時代の楽曲をベストアルバムとしてインディーズで作ろうって話を進めていたら、大手のレコード会社からメジャーデビューの話が来たそうだ。

それ自体は光栄だし嬉しいんだけど、夏に身バレをしない方針を固めたから、お兄ちゃん達と相談して、断っていたらしい。北海道時代も、そういう話はあったしね。

だけど、今回は複数の有名な会社から、「正体は明かさなくていいから」という前提でのオファーが来てるんだって。


「ファンクラブサイトからの要望でも、メジャーデビューとかテレビとかへの露出の増加を求める声は、年々、増えてるのよね。

今後、KAIROSグループ各社のCMの予定もあるし、兼業バンドマンのままっていうのは、もったいない気がしてる。だから‥‥‥」


「ハッチ!そこまでだ」

ハッチさんの発言にかぶせて、いつになく、厳しいお兄ちゃんの声がした。

気遣いながら提案してくれてるハッチさんに、そこまで厳しい顔で言わなくても良いのに。


「オレ自身は、自分の食い扶持を稼ぐために兼業で音楽やってるけど、メンバーそれぞれは、本業の方にも夢やプライドを持ってる。

音楽もホワネスも大事だけど、それは簡単に答えが出せるものじゃない」

「わかってるわよ!

でも、これだけ才能があって、チャンスが巡って来ているのに、私が言わなかったら、趣味の延長線のままじゃない!」



そのまま、二人がケンカに発展しそうになったのを、私たち三人で必死に止めた。

そして、今日の宿題に「ファンクラブサイトのタルトんの声を確認すること」が追加されて、解散となった。



ついさっき、スタジオに来る道すがら、大学を卒業した後の働く場所をどこにするのか、そもそもナースなのか音楽なのかを考えること、先送りしたばっかりだったのに。

もうちょっと真剣に、自分事として考えなくちゃなんだなあ。






「紀亜。今日、大学は午前中だけだろ。午後は何か予定入れてるか?」

昨夜は宿題の物語の世界にどっぷりと浸って、気が付いたら空が明るくなり始めていた。

睡眠不足で現実と虚構がごちゃごちゃになっている私に、秀ちゃんが朝食プレートを出しながら声をかけた。


ホント、毎朝、ありがたい。

お兄ちゃんと秀ちゃんが上京する前はひとりで生活していたから、こんな状況だったら食パンをトーストせずに食べるか、時間がなくて朝食抜きなんて当たり前だった。


なんか、お返ししたいなあ。クリスマス近いし。


「どした?まだ、眠いか?

予定がないなら、新宿行かないか?大きな書店があっただろ。ちょっと付き合ってよ」

「それだ!」


一緒にお出かけしたら、秀ちゃんにぴったりのプレゼントを探せる!




授業後にランチに誘ってくれた愛実んに、秀ちゃんと出かけることを伝えたら、

「こんな小汚い服でデートなんて、信じられない!」と言われた。

小汚いとは失礼だなあ――いや、愛実んに比べたら、小汚いかあ‥‥‥。ま、デートじゃないけどね、残念ながら‥‥‥。残念なのかな?


私の葛藤をよそに、愛実んは動画の早送りみたいなスピードで大学近くのファストファッションのお店に私を連れて行き、あっという間に小洒落た女子大生が出来上がった。

さすが同期で一番のファッション番長!

ネイルチップもつけてくれようとしたんだけど、この後、ホワネスの打ち合わせで楽器弾くから、それは丁重に辞退した。

それなら、とネイルシールを貼ってくれた。爪に色がついただけで、何だか華やかな気持ちになるもんだね。




秀ちゃんは、農業の機械化の件でKAIROSとの打ち合わせがあるというので、新宿駅で待ち合わせた。


「おお!どこの素敵なお嬢さんが来たのかと思ったよ!うん。綺麗になったなあ」

待ち合わせ時間の5分前に到着したのに、既に秀ちゃんはそこに居た。


背が高くて、整った顔立ちだからキレイ系のお姉さんに声をかけられていたけど、仏頂面でガン無視。

なのに、私が近づいた途端、柔らかく微笑む秀ちゃんにドキッとなんてしてないよ。してないったら、してないよ。たぶん。






秀ちゃんが探していたのは、苺の栽培と農業の機械化に関する専門書だった。ネットだと中身が確認できないから、直接、手に取って確認したかったんだって。

専門書だから、電子書籍になってないし、大型書店じゃないと置いてないんだって。

いくつか、お目当ての本が見つかったみたいで、秀ちゃんは、重いからと自宅へ配送してもらう手続きをしてた。便利な時代だねえ。


私も、医学書のコーナーへ行ってみた。

そこには、専門書と医療に興味がある一般の人向けの本が置いてあった。看護学生向けの本は、大学近くの書店の方が多いかなあ。学生は一割引だから、専門書はあっちで買おうっと。


でも、専門書って高いんだよね。図書室で借りればタダだけど、試験とか実習のタイミングはみんな同じだから、欲しいときに借りれないんだよなあ。

それにしても、一般の人向けの本って、1年弱、勉強した私にはわかりやすいけど、医療関係者じゃない人がこれを読み解くって、結構大変な気がする。



その後、児童書のコーナーに寄った。

推しの絵本作家さんの新刊に浮かれたり、小さい頃に秀ちゃんに読んでもらった本を見つけたりした。楽しいけど、私のお腹が、空腹を訴える。

お昼をファッションショーで食べそこなってたから仕方ないけど、そこまで笑うことないと思うのよ、秀ちゃん!



近くの喫茶店に移動して、秀ちゃんはコーヒー、私はナポリタンセット。だって、東京の喫茶店で、ナポリタンとサラダとクリームソーダって、何だかエモいじゃないですか!


「ほら、取らないから、あわてず食え。せっかく綺麗な服着てるんだからさ」

そう言って、私の口元を親指で拭った秀ちゃん。

え、その指、なめた?!―――なんだかとっても、恥ずかしい‥‥‥。






お腹は満足したけれど、ホワネスの打ち合わせまでにはまだ時間がある。

私たちは、楽器店に移動した。


ちょっとでも練習出来たらなあ、と思ったわけではないけれど、キーボードを前にすると自然と次のレコーディングに向けてperspectiveを弾いちゃう。


近くでギターを触っていた秀ちゃんがそれに合わせて来る。

秀ちゃん、ホワネスではベースを弾くことが多いけど、ギターも弾けるんだよね。

ホワネスメンバーはそれぞれ担当の楽器が決まっているけれど、全員、複数の楽器を弾けるんだ。器用貧乏なんだよね、みんな。



あれ?人が集まってきた。手拍子してくれる人が居る。踊りだしちゃった子もいる。

うわあ、楽しい。


あれ?あの人、動画、撮ってない?私たち、許可取られてないよ。

なんかヤダ。

発表前の楽曲がネットに流れる危険性とか、お兄ちゃんやハッチさんに迷惑かかるとか、色んなことが急に頭の中に流れて、手が止まる。


「行くぞ!」

秀ちゃんが、私の手を取って、急に走り出した。



楽器店の人が、動画を撮っていた人に声をかけてくれたタイミングで私たちはその場から離れた。誰かが追いかけてくるわけじゃないけど、走った。

何だか、悪いことしたわけではないけど。でも、悪いことなのかな。未発表曲だし。




しばらく走って息が切れたところで、私たちの前にちょっとレトロな雑貨屋さんがあった。

中に入ってみると、アクセサリーコーナーが目に入った。


「そういえば、この前の実習の打ち上げでさ、愛実んが『女の19歳は本厄で、シルバーは邪気を払うから』って彼氏からシルバーリングをもらったんだって」

何となく気まずくて話題を考えてたら、直近の愛実んエピソードが出てきたけど、強請ってるって思われたかなあ。


「愛実ん、ホントはピンキーリングが欲しかったんだって。ピンキーリングって知ってる?」

「小指に着けるリングだろ」

流石に知ってたか。


「ピンク色のリングじゃないの?って訊いたんだろ」

そこまでお見通しですか!ちぇっ。


「あ、これ可愛い」

ちょっと、ブサ可愛い3匹の猫のシルバーのリングを発見!

ちっちゃいから、小指にちょうどいい。


自分用に買っちゃおうかな。値段、いくらだろうか。


「コレ、ください」

横から手を出した秀ちゃんが、店主のおじいさんに声をかけた。


「え、自分で買うよ!」

「バーカ。いい女は、男に買わせるんだよ、アクセサリーは」

え、そうなの?それは秀ちゃんの国の風習なんじゃない?それとも、お貴族様ジョーク?


私の頭の中が疑問符だらけになっている間に、秀ちゃんはサッサと会計を終わらせて、私の左手を取った。

「今の紀亜なら、左の小指が良いんじゃない?」

そう言って、ブサ可愛い3匹の猫が、私の左の小指に納まった。


「薬指は、もう少し先だな」

そう言って、隣の指をさらっと撫でた秀ちゃんは、笑っていた。

それって、どういう意味なんだと声をかけようとしたら、ちょっとごっついイヤーカフに猫の肉球がついているのが目に入った。


「なんだ、それも欲しいのか?」

何なの?!今日の秀ちゃんは、どうして貢ぎたがるの?!


「違うよ!今日は、秀ちゃんにクリスマスプレゼントを考えてたの!なのに、私のを買っちゃうから!」

私は、恥ずかしいのと、嬉しいのと、よくわからない混乱で秀ちゃんに八つ当たりした。


「ああ。もうすぐクリスマスだったな。でも、その後すぐ、紀亜の誕生日だろ。指輪は誕生日プレゼントのつもりだった。イヤーカフ、クリスマスプレゼントにするか?」

「違う!秀ちゃんに似合うと思ったの!」

私は、アルバイトは出来ていなけど、ホワネスの活動でのお給料を少しだけもらっているので、お小遣いじゃなく、自分で稼いだお金でプレゼントをしたかったのに!


「そっか。紀亜のピンキーリングが猫だし、肉球付きっていうの、良いな。

これ欲しい。プレゼントされたら嬉しいよ、紀亜」

くそう!

こんなところでイケメンが可愛くおねだりだなんて、推しに課金する気持ちが分かっちゃうじゃんか!





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