12
私は本気で神様を恨んでいた。
──と言うのも、この日は王家主催の夜会の日。
そう、私が指に何度も針を刺し、お姉様に嵌められても挫けず仕上げたハンカチが活躍する日だった。
「それなのに!アイヴァン様が警備指揮の為にエスコート出来ないなんて聞いてない!」
団長なのだから当然と言えば当然だが、ワンチャンもしかして…と言う考えは拭えなかった。
間際になって「すまない…」と謝罪を受けた時の私の気持ちが分かる!?一緒に出たいと言う胸中と、仕事だと割り切ろうとする意思が殴り合いの大喧嘩よ。
「もう、いい加減諦めなさい」
呆れ顔でやってきたのはお姉様。夜会仕様のドレスに身を包み、身だしなみもばっちり。いつにも増して煌びやかなオーラを纏っている。
黙っていればそこそこの容姿なのに勿体ない…とは口が裂けても言えない。
「私、急に具合が悪くなったので本日の夜会は欠席します」
「そんな嘘が通用すると思ってるの!?」
ベッドに顔を突っ伏して抵抗を見せるが、お姉様は許しちゃくれない。腕を掴み、ベッドから引き剥がそうと奮闘してくる。
「まあまあ、アネット、無理強いは良くないよ」
姉を窘めたのは、婚約者のエリク。その後ろには弟のレスターも控えている。
「エリク、この子をあんまり甘やかさないでちょうだい」
「誰も甘やかすなんて言ってないだろう?」
眉間に皺を寄せるお姉様を横目にし、ベッドしがみつく私に寄り添うように手を置いた。
「本当に夜会に出ないつもりかい?」
「アイヴァン様が居ないのなら行く意味がありません」
「ふ~ん…」
誰がなんて言おうと、この場から動いてやらない。折角、思いの込めたハンカチを渡せると思ってたのに……
『ありがとう。大切に使わせてもらうよ』
そう言って抱きしめられる予習までしていたのに…!
「あんまりよぉぉぉ!!」
涙を滲ませ、シーツに顔を埋めた。傍らでは、姉が呆れて頭を抱えている。
「ねぇ、ミーリ?よく考えてご覧よ。場は王家主催の夜会。警備とはいえ、華々しい場に普段の騎士服では不相応だと思わない?」
宥めるように頭に手を置きながら、耳元で囁いてきた。
「何が言いたいの?」
はっきり言えと言わんばかりに睨みつけると、ニヤッと口角を吊り上げた。
「別に?きっと団長様も正装で会場にいるんじゃないかなぁと思っただけだよ?」
ピクッと耳が動いた。
「せい、そう、だと……?」
「団長様の正装が見れないんなんて残念だねぇ」
正装…アイヴァン様の正装……?普段の騎士服でも十分格好いいが、特別仕様の正装……
カッと目を見開き、エリクの肩を力強く掴んだ。
「行くわ!」
「えぇ?無理しなくていいんだよ?」
したり顔で言い返されたが、今の私にエリクの声は届かない。
「完全に盲点だったわ……正装、なんて素敵な響き……アイヴァン様の色気と魅力が増し増し……」
手を組み、うっとりとした表情で明後日の方向を見上げながら、想像と妄想を膨らませた。
「そういう事なら仕方ないなぁ。ミーリのエスコートはレスターが務めるよ」
白々しく言うエリクの言葉を待っていたようにレスターが手を差し出してくる。
「よろしくお願いします」
国を挙げての夜会となれば、エスコートは必須。この時点で、私のエスコートを頼めるのは目の前のレスターしかいない。
まんまと計略に乗せられたようで癪だが、この際ちっぽけなプライドなんてぐしゃぐしゃに丸めて捨ててやる。私のプライドよりもアイヴァン様の正装姿の方が何倍も価値がある。
まあ、会場にさえ入ってしまえばこちらのものだし。
「こちらこそ」
手を取らない理由はなく、ガッチリと握り返した。
***
馬車に揺られてやって参った。夜会の開かれる王宮へ。
レスターのエスコートでガヤガヤと賑わい、艶やかで華やかなドレスが目に眩しい会場内へと足を踏み入れた。
チラチラと周りを見渡すが、思った以上に人が多くて、アイヴァン様が見つけれない。
「ミーリ、何か飲みますか?」
「え?あ、あぁ…」
レスターは側にいたボーイからグラスを二つ取ると、私に一つ渡してきた。
適量注がれた酒にはお洒落に果物が添えられいる。流石は王家主催…小さな所まで手が込んでいる。
「ありがと」
「いいえ」
淡々とした受け答え。会話を続けるでもなく、黙って横にいるだけ。
(昔はもう少しお喋りだったのになぁ)
いつからこんなに喋らくなったんだっけ…?と視線を上げてレスターを見つめていると、視線に気づいたレスターと目が合った。
「なに?」
「ん、ううん。なんでもない……」
こうして二人きりになるのも久しぶりで、何を話していいのか分からない。
(気まず…)
重苦しい沈黙が続く。堪らず手に持つグラスを口に持っていく回数も増える。
(ん?)
ふと、こちらに向けられる視線に気がついた。
「ねぇねぇ」
「声かけてみる?」
モジモジとしながら一歩が踏み出せないでいる令嬢数人。その視線は、私の隣で顔色一つ変えずに立つレスターに向けられている。
「レスター、折角だから他の子と話してくれば?」
さり気なく勧める。
別に、彼女たちを思って言ってるんじゃない。今この場の雰囲気を打開するには彼女たちが打って付けだったってだけ。
「いえ、よく知らない者と喋る気はありません」
まあ、そう来ると思ってたけど。
「そうは言っても、向こうはそう思ってないのよ?少しでも貴方と近付きたい子がいるの」
「それは私に何の得がありますか?」
「損得勘定じゃないのよ!」
忘れてた……コイツも恋愛不適合者だった。
女性に話しかけられても素っ気ない態度で、会話が弾むでもなく一言二言で終わる。普通に考えてつまらない男なのに、世の女性達は少々頭がイカれているのかコレがいいと言う。
そもそも、好意を損得勘定で選ぶ時点でアウト。
「私はミーリと一緒がいいです」
「……へ?」
「「キャァァァ!」」
見せたことの無いフワッとした柔らかな微笑みに、見ていた令嬢たちから悲鳴に近い黄色い声が会場に響き渡る。
(は?え?……はぁぁぁぁ!?)
戸惑い、困惑なんてものじゃない。一周まわって恐怖。
「怖い怖い!なになに!?なんかの罠!?あ、もしかして酔っちゃった!?」
「これぐらいで酔うわけありませんよ」
「そこは嘘でも酔ったって言ってよ!」
冷めざめとした目で言われ、間髪入れずに突っ込んだ。すると、レスターは鼻が当たりそうな距離まで顔を近づけてきて
「……酔ったと言えば、君が介抱してくれますか?」
「は?しないけど?」
間髪入れずに即答。
(何を言うかと思えば…世迷いごとを…)
普通の女の子なら胸きゅんシーンかもしれないが、残念な事に1ミリもときめかない。
「貴方とはただの幼なじみってだけで、私が介抱する義理はないでしょ?介抱されたいなら、医学の知識を持った人にしなさい。その方が安心でしょ」
まあ、相手がアイヴァン様なら話が別だけど。
「君らしい答えですね。安心しますよ」
「最初から揶揄うつもりで言ったんでしょ?悪趣味にも程があるわよ」
幼い頃から一緒にいて、私の性格を熟知している彼がわざわざ『介抱してくれ』なんて言うはずがない。
「そこまで否定されると、少し意趣返ししたくなりますね」
「え…?──わっ!」
言い終えるが早いか、急に手を取られ、なすすべもなくレスターの腕の中に包まれた。
「ちょっと!レスター!?」
すぐに引き剥がそうとするが、アイヴァン様の逞しい腕には到底及ばぬ細い腕なのにびくともしない。
「いい加減にしないと本気で怒るわよ!」
こんな場面、アイヴァン様に見られたら……
「あ」
レスターの腕の力が少し緩んだ。
急にどうしたのかと振り返ると、陛下と共に会場に入ってきたアイヴァン様と目が合った。確実に目が合ったのに、アイヴァン様はなんのアクションも見せず顔を背けてしまった。
サー…と全身の血の気が、栓を抜いたように一気に抜けた気がした。
「あ~ぁ、見られちゃいましたね」
レスターの声が遠くに聞こえた。




