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※アイヴァン視点です。
「おかえりなさいませ」
一日を終え、屋敷に着いたのは日がとっぷり暮れた頃だった。
「先にお食事になさいますか?」
出迎えてくれたのは、この屋敷を切り盛りしてくれている執事のエリオット。
エリオットの両親がこの屋敷の元使用人と言う事もあり、幼い頃から一緒に過ごしてきた親友であり家族のような存在。俺が一番信頼している人物でもある。
「いや、先に風呂へ行く」
「承知いたしました。すぐに湯を張らせます」
「それもいい。水で十分だ」
「はい。水ですね……──みず!?」
驚いたように声を張り上げた。
「ちょっと待ってください!水ですか!?」
暖かくなってきたとはいえ、水浴びをするには季節が早すぎると言いたいのだろう。しかし、今の俺には水が丁度いい。
エリオットの止める声も聞かずに、ガチャンと浴室の鍵を閉めた。ドアの前ではまだエリオットが騒いでいるようだが、気にせず服を脱ぎ捨てた。
水を張った桶を手に取ると、豪快に頭から水を被った。何度も何度も……繰り返し水を浴びるが、身体の熱が冷めない。
「……ミーリアム」
名前を口にするだけで身体中の血が沸き、感情が昂る。目を閉じれば、彼女の艶やかな表情が浮ぶ。震える手でシャツのボタンを外し、潤んだ瞳で俺を欲する彼女に正直、タガが外れそうだった。
「ルディガーが止めてくれなければヤバかった……」
俺を求めてくれるのは嬉しいが、俺自身まだそこまでの勇気がない。
「臆病者だと罵られるだろうか……」
クスッと自嘲した。
彼女は出会ったその瞬間から、自分の想いを全力でぶつけてくれた。少々強引な部分もあったにはあったが、その瞳に嘘はなかった。
臆しているのは俺の方。
歳が一回り以上離れている上に、騎士という職柄だ。いつ命を失うか分からない。そうなった時、残された者のことを一番に思ってしまう。
何度か縁談も受けたが、自分にもしもの事があった際のことを考えるとどうしても決心がつかず、気が付けばこんな歳になっていた。
もはや伴侶を持つことを諦め、騎士としての生涯を全うしようとしていた矢先
「団長~!いいもの持ってきました!」
部下の一人が『婚約者募集』を謳う紙を持って駆け寄ってきた。
「はぁ~?婚約者募集?なんだこれは」
「街中の掲示板に貼られてたんですよ!体格的にも年齢的にも団長ドンピシャだと思って伝えに来ました!」
「私は今更婚約者など…」
こんな張り紙までして婚約者を募るなんて、正気の沙汰じゃない。
「なに言ってるんですか!団長の血は後世まで受け継ぐべきです!……あと、なんか面白そうだし……」
それらしい事を並べても、本音が漏れては台無しだ。いつもなら軽くあしらうが、この時ばかりは違った。
何となく興味が惹かれ、忙しい仕事の合間を縫ってミーリアムの元へ向かっていた。
(今思えば、神の巡り合わせだったのかもしれんな)
そこからは怒濤の勢いで婚約が決まり、晴れてミーリアムは俺の婚約者になった。
後悔がないと言えば嘘になる。
若い娘の生涯をこんなオッサンで潰していい訳じゃない。『彼女にはもっと見合う男がいる』そう何度も自分に言い聞かせ、何度も彼女に白紙に戻すよう言う機会はあった。
──なのに、言えなかった。
彼女から向けられる好意、笑顔、触れる体温……すべてが愛おしくて、手放すのを惜しくなってしまった。
「自分がこんなに欲深な人間だったとはな……」
俺は彼女の好意に甘えているだけの臆病者だ。その癖、他の男が彼女に触れるのを見ると、腹の底から感じたことの無い感情が湧き出してくる。醜く、欲深い感情……
『早いとこ自分のモノにしないと、他の男に取られちゃいますよ?』
ルディガーが立ち去る間際に耳打ちして来た言葉。助言と言うよりも警告に近いと感じた。
ミーリアムは自分には魅力がないと思っている節があるが、彼女以上に魅力的な女性を見たことがない。
コロコロと変わる表情は見ていて楽しくて、自分の意志を通す所なんかは、他の令嬢にはない強さを感じる。
そんな彼女が男の目に止まらないはずがない。なにより、そんな彼女に惹かれつついる自分がいる。
(いや、既に惚れているのかもしれない)
自分は恋愛とは無縁だと思っていたが、まさかこの歳になって色恋に関わるなんて思いもしなかった。
「はぁぁ~…自分の歳を疎ましく思う日が来るとはな……」
深い溜息を吐くと、まだ冷めやまない身体に水を打ち付けた。




