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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者の蕾】/ようかの夜
第2章

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独――終わりの見えない閉塞






 胸を打つ鼓動が、耳の奥を震わせていた――。


 心の中で、秒を刻む。



 一、二、三、――



 ゆっくり、呼吸に集中する。



 息を吸って、一。

 吐いて、二。


 心臓の鼓動や呼吸に合わせて、頭の中で一定の間隔を刻み続ける。

 時間の感覚を失わないように。


 理性はまだ残っている。


 冷たい床の上に横になり、背後で縛られた手首が擦れる。

 目隠しはきつく、口元の布は呼吸をするたびに生温かくなっていくのを感じる。



 湿った匂い。

 石の匂い。

 古い鉄の匂い。



 一、二、三.



 ただ繰り返す。


 数を積み重ねる。

 現実を繋ぎとめておくように。



 途中で、何度か数え直す――。



 ここに放り込まれてから、どれくらい経ったのだろう。

 それも曖昧になっていく。


 それでも、数え続けた。



 しかし、やがて数は崩れ始める。



 四百二十七の次が、六百十三へ飛んだ。

 呼吸の乱れとともに、感覚も狂っていく。



 もう一度、最初から。



 一、二、三――



 何度目かわからないやり直し。

 時間が動いているのかさえも、分からなくなってきた。


 そして――



 オレは、数えるのをやめた。



 もう意味がない。

 これ以上数え続けても何も変わらない。


 静寂だけが、そこにある。



 ――喉が渇いた。



 舌が、布に触れる。

 湿っていたはずの布は、いつの間にか乾き始めていた。


 息を吸うたびに、繊維が唇に張りつく。

 舌が、無意識に布を押す。


 飲み込める唾液が、もうほとんど残っていない。



 手首が痛い。

 いや違う、最初は痛かった。


 でも今は痺れだ。

 じわじわとした鈍さが、手に居座っている。


 血が流れているのかわからない。

 足も同じだ。

 だんだんと感覚が薄くなっていく。


 自分の身体が、自分のものではなくなっていくような。

 そんな感覚。


 身を()じって、手首を床に押しつけ、必死に擦る。

 だが結び目は思っていたよりも固く、微動だにしない。

 削れたのは皮膚だけで、拘束は解けなかった。




 ――怖い。




 真っ暗な世界の中で、その感情が一番はっきりしている。



 いつまでこの状態が続くのかな。

 朝は来るのかな。或いはもう来てるのかな。


 ここは、本当にルピナスの拠点なのかな。

 気絶している間に、変な場所に連れてこられたんじゃないか。



 いや、もしかして――



 ルピナス……あの子はオレを本気で誘うつもりなんてなかったんじゃないのか。


 本当に彼女を信じていいのか……?


 新たな仲間ができたと、勝手に思い込んでいただけなのかもしれない。


 オレを拉致して、何かに利用するつもりなのか。

 ならどこからが罠だったんだろう。



 とにもかくにも、彼女たちは敵。



 だったらオレが取るべき行動は明確だ。

 どうにかしてここから脱出しなければ……。



 考えがだんだんと良くない方向に滑っていく。



 疑念が増幅していく。


 何もない空間の中、歪んだ思考だけが膨らんでいく。




 あの時と同じように、オレはまた――。




 思考は、さらに浸食されていく。



 何者かが、自分の耳元で囁いた気がした。



 近くに、誰かいるのか?

 そう思い耳を澄ませる。



 だが何も聞こえない。気配もしない。



 足音がした気がする。

 誰かが近づいてくる。



 オレは再び耳を澄ます――。



 いや違う。足音じゃない。

 自分の鼓動だ。


 どくん、どくん。

 心音が耳の奥で響いている。



 それを足音だと思ったのか……。



 静寂が、音を捏造していた。



 涙が、目隠しの布に吸い込まれる。

 その感覚が気持ち悪い。


 濡れた布が、皮膚に張り付いてくる。

 手が縛られていて、拭えない。



 どうしようもない。



 それに堪えきれず、オレは顔面を床に擦りつけた。

 冷たい石に頬を押しつけると、気持ち悪さが少しだけマシになった。


 そのとき。


 目元にかけられていた布が、わずかにずれた。

 ほんのわずかな細い隙間。


 光はない。が、形はある。




 鉄格子。石壁。

 狭い空間。




 やはり牢獄か…。



 間違いなくここは、夢ではなく現実。

 視界の回復は、救いにならなかった。


 確認できたのは、絶望の証明のみ。



 もう、数えない。


 もう、考えない。


 身体が、重くなっていく。


 感情が、薄れていく。



 怖いという気持ちさえ、もはや遠くなっていった。




 無感覚。



 時間が過ぎていく。


 自分の名前は、思い出せるだろうか。



 ……。



 ……。



 大丈夫。


 思い出せる、はず。


 けど、一瞬の空白がある。




 その空白が、再び恐怖を連れ戻す。




 どれくらい経ったのかな。


 分からない。




 もうここで死んだ方がいいのかな。


 頭を地面に叩きつけてれば、きっといずれ、逝けるだろう。




 いつ時かを思い出させるように、オレはまたすべてを投げ出そうとした。

 そのとき――。



 また、音がした。



 足音。


 違う。


 どうせ鼓動だ。


 ――いや。




 違う。




 今度は、錯覚ではない。

 本物だ。


 石床を踏む乾いた音。


 はっきり聞こえる。



 近づいてくる。確実にこちらへ。



 一定の間隔。

 規則的な重み。


 誰かが来る。



 ――ん。



 音は2つだ。


 1人じゃない。複数人いる。


 多分、2人……か?




 異なる2種類の足音が重なり合う。




 途中、一方の足音が急に速くなった。


 焦っているのか。


 急いでいるのか。


 駆けたいのを、抑えている。

 そんな足取り。




 そして、その足音は牢の前で止まった――。




 長い、長い孤独を耐えた末。


 永遠にも思えた閉塞の時間は、ようやく終わりを迎えたのだった。






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