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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者の蕾】/ようかの夜
第2章

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異境での目覚め




「――どうせ何の役にも立たないくせに、なんでまだ生きてるんだ?」




 声が、する。


 敵意が滲んだ声が、オレに向けられている。




「最低、だね」


「僕は見抜いていましたよ。あなたの本性」


「どうして、見捨てたのだ?」


「助けて…助けてよ……」




 声は重なり、増えていく――。


 吐息が触れるほど近い距離。

 なのに顔だけが闇に溶けていて、誰のものかはっきりとは見えない。けど、そのすべてが知っている声だ。




「私たちはアイト君のこと助けてあげたのに、アイト君は助けてくれないの?」


「恩知らずのクソガキは、さっさとくたばったらええんやわ」




 ――違う。


 あなたたちにはすごく恩も感じていて、それを返そうとオレは……。



 耳元で囁かれるその声に反論しようと試みるも、オレの声は声にならない。




 ――――!




 気づくと、オレは立っていた。

 そこは村――だった場所。


 崩壊した家々、散乱する瓦礫。

 慣れ親しんだ土地は無数の亡骸に覆われてしまっている。



 なぜオレはまだここにいる。


 もうあそこは捨てたはずだろ……。



 周囲を見回してみると、どこまでも続いているはずの景色は途中で途切れていた。



「やっぱり捨てたんだ」



 背後から、声がした。


 振り返ると、そこに立っていたのは、村で一番親しくしていたはずの人物によく似た人影だった。

 でも、この人も顔は陰に隠れていて、よく見えない。



 友人にかけるような声色ではなかった。

 心底オレを軽蔑するかのような低さで、さらに言葉を足した――。



「――俺らを、見捨てたんだ」


「――――!」



 答えたいのに、オレの声だけは届けられない。



「村の終わりを見渡して、嬉しかったか?」



 喉が、ひくりと動く感覚。

 “その人”は、こちらの反応は確かめずそのまま続ける。



「笑ってたもんな」

「――――」



 何か言わなければいけない気はしたが、オレは何も言わなかった。

 言葉を発せないからというのもあるが、今度はそれだけではない。


 否定、できなかったからだ。



「――退屈な生活が終わった、って安堵した?」



 あの時のあの感情が、脳裏に浮かんできてしまう。


 退屈だった日々。繰り返されるだけの何も起きない未来。

 それが壊れたという事実。



「これから訪れる非日常に、期待しましたか?」



 ……。



「我らが死してよかったな、アイト」



 ……え、違う。それは違う。



「私たちなんて…不要な存在、だったもんね……」



 不要だなんて、そんな風に思ってるわけがない……。

 皆が仲良くしてくれたこと、オレは本当に嘘偽りなく嬉しかった。


 正面から聞こえていた問責は、いつの間にか横から後ろから、次々と押し寄せてきていた。

 逃げ場を塞ぐように、言葉の檻がオレの周りを取り囲んでいく。



「私たちがいなくなって、嬉しかったの?」



 優しい棘が、オレの胸を刺す。


 お願いだから、そんな捉え方をしないで――。



「人の死ぃ喜ぶなんて、見損なったわ。――助ける価値なんか、なかったわ」



 巨躯から発せられる大きな言葉が、重たくのしかかる。


 確かにオレはあの時、抱くべきではない感情を抱いた。

 けどそれは皆の死を喜んだわけじゃない……!




「お前も一緒に、死ねばよかったのに――」




 そんな言葉を吐きながらゆっくりと薄く消えかける友人を掴もうと、オレはすがるように手を伸ばす。




「違う、待って!!! オレはただっ――!」




 気づけば、その叫び声とともに、身体を跳ね起こしていた。


 息が漏れる。

 肺に空気が流れ込むのと同時に、世界が一気にほどけていく。


 手が震え、胸が荒く上下しているのが、自分でもはっきりと分かった。


 やわらかい感触。

 指の間に沈み込む感覚。

 かけられていた布団を両手で握りしめる。その感触を確かめ、自分が夢から覚めたことを自覚した。



「――ぁ。いや……なにも、違わないのかな」



 小さく呟いたそれは、誰の耳にも触れることなく静かに消え入った。



 薄く息を吐きながら、オレは周囲を見回す。


 部屋は暗くて少し見づらいが、白く塗られた壁とやや高めの天井が目に入った。

 左手には小さめの窓がある。けれど、そこから差し込む光はない。


 カーテンの隙間をぼんやりと覗くと、外は黒く街の灯りなども見えない。



「まだ夜……か」



 どれくらい眠っていたのだろうか。


 オレは意識が落ちる前のことを思い返す。



 村のこと。

 襲撃のこと。

 その後に助けられたこと。


 そして、馬車に揺られているところで記憶は途切れている



「確か明け方くらい……だったような」



 となると、恐らく日付はまだ変わってないくらいか。

 或いは、何日も目が覚めてなかったパターンの可能性もある。


 そこら辺の情報も含め、オレをここまで連れてきたくれたであろうあの子――ルピナスに聞きに行ったほうがいいかもしれない。



「とりあえず行くか…」



 ゆっくりと足を床に下ろすと、素足に触れる床板の冷たい感触が、じんわりと広がる。

 ぼーっとしていたのか、立ち上がると少しだけふらついてしまった。


 記憶が正しければ、確か彼女はオレを自分の拠点に連れていく、みたいなことを言っていたはずだ。

 なので順当に考えれば、ここは多分ルピナスの邸宅の一室といったところだろう。


 オレは部屋の扉の方へと向かい、手をかけた。


 あの後の道中問題はなかったか。

 自分はどうなったのか。

 ここはどんな場所なのか。


 聞かなければならないことはいろいろある。

 ――だが、それは半分建前みたいなものだ。


 本当は、ただ1人でいるのが落ち着かないだけなのかもしれない。



「そっか、もう遅い時間だもんな……」



 もうとっくに寝静まっているかもしれない。

 その可能性を考慮して、なるべく音をたてないようにオレは扉を開く。


 すると、予想していたよりも広く、長い廊下が続いていた。



「一人暮らし、にしては広すぎるよな」



 1人で住む用の家にしては大きすぎる気がする。

 ここに住んでいるのは、ルピナスだけではないのかもしれない。

 もし他にも住人がいるなら、誰か一人くらい起きていてくれれば助かるんだが。


 廊下の灯りは落とされていて、全体が闇に沈んでいる。

 建物が息を潜めているのに倣うように、オレも足音を殺しながら一歩踏み出す。

 別に悪いことをしてるわけではないのだけど、念のため。


 勝手に歩き回っていいものかどうかもわからない。

 が、別に部屋に戻る気もない。


 なのでオレは、闇の奥へと歩き進んでいくことにする。



 どこまでも静かな廊下。

 床は思いのほか軋まない。

 新築というわけではなさそうだが、きちんと手入れはされているのだろう。オンボロ拠点という感じではない。


 途中、窓があった。

 オレはそこで一度足を止め、そっと外を覗いてみる。


 周囲には街の灯りなどが広がっている様子はない。

 街灯もなく、そもそも周辺に家々が見られない。

 郊外……いや森の中か。

 少なくとも、都会のど真ん中とかではなさそうだ。


 オレは再び歩き出す。

 いくつか並ぶ扉の中から一つを適当に選び、ためらいがちに手をかける



「失礼しまーす」



 ゆっくりと押し開けると、中は使われていない客室のようだった。

 整えられた寝具に、簡素な机と椅子。

 オレが寝かされていた部屋と似た内装の一室。


 人の気配は……なさそうだ。


 扉をゆっくりと閉め、次の部屋へ。


 今度は小さな書斎のようだ。

 本棚に、机と椅子。

 こちらにも誰もいない。


 今更だがよく考えれば、扉を開けて入るのは軽率だったかもしれない。

 中に人がいるならいるで、眠っているところを起こしてしまう可能性もあった。

 それは流石に気まずいし申し訳ない。


 そんなことを考えながら、さらに奥へ進む。

 すると、階段があった。

 上の階へ続く階段と、下の階へ続く階段。



「じゃあここは2階、なのかな……?」



 どっちに行くか迷いつつも、オレは下の階へ続く階段へと足を伸ばした。

 そのとき――




「たまたま帰るのが遅くなったのが、幸いしましたね」


「――え?」



 背後から、女の人の声がした。

 澄んだ声色の奥に、刃のような芯のある響き。落ち着いた声音で、感情の揺れがない。


 オレが反射的に振り返ろうとしたその瞬間――


 背中に鋭い衝撃。

 それと同時に視界が大きく揺れた。


 後ろから蹴られたのだと理解する前に、オレは階段を転げ落ちていく。



「――っ!」



 全身が強く打ち付けられ、呼吸が詰まる。


 だがその痛みに呻く余裕はない。

 その隙を突くようにすぐに肘が押さえつけられ、手首が強引に反転させられる。


 無駄のない動き。

 洗練された動きに、オレはまるで抵抗できずにあっさり捉えられてしまう。



「――静かに。暴れないでください」



 冷えた声が、耳元に降ってくる。


 意識が完全に飛んだわけではない。

 でも、身体は自由に動かすことができない。



「きなり……んなんだよっ!」



 振り払おうと身を捻る。

 が、肘がさらに強く締め上げられ、関節を極められてしまう。


 その拍子に、女の影が視界の端に映る。



 ――細身。


 袖口の広い衣服が、わずかに揺れている。

 緩く束ねられた髪がかろうじて分かったが、顔まではよく見えない。



「何者かは分かりませんが、ひとまず拘束します」



 痛みは最小限。

 だが逆らえば確実に容赦なく折られる。本能がそう直感する。


 故に、これ以上もがくことはしない。



「屋敷内を徘徊……どうやって侵入したのですか?」

「は…? 侵入? 違……っ、いッ!」



 言い終える前に、腕がさらに捻りあげられる。


 そっちから聞いてきたくせに、オレに答えさせてはくれないらしい。

 なんとも理不尽な状況だ。



 なぜか侵入者扱いされている。


 冗談じゃない。



「まぁいいでしょう。情報は後で吐いてもらいますから」



 淡々とそれだけを告げると、後ろで手首が固く縛りあげられた。



「……待って! 話をき――」



 どうにか弁明の言葉を張り上げようとしてみるも、その声は呆気なく封じられた。


 口元に何か厚い布のようなものが押し当てられる。

 強く引かれ、それは後頭部で結ばれる。


 それだけでは終わらない。


 同じように、次は目元だ。

 布が巻き付けられ、ぐっと締め上げられる。


 世界が閉ざされ、ほんのわずかな隙間さえ残されていない。



「…! ……!」



 言葉も視界も奪われた状態。


 敵意がないことを示そうと、なるべく彼女を刺激しないよう注意を払う。

 塞がれた口の奥で、言葉にならない音を転がし、落ち着いてもらおうと試みる。


 しかし、何も返答はない。

 ただ無言のまま、拘束は続く。


 そのまま斜め後ろで身体を支えられ、歩かされる。

 階段を下る感覚だけが、足裏に伝わってきた。



 一体どこに連れてかれているのか……?



 自然と意識は耳から得られる情報へと向かう。

 床板を踏む、彼女の足音と自分の足音。


 抵抗は無駄だと悟り、オレはすべてを諦め彼女に身をゆだねる。


 途中で、足音が固い床に変わるのが分かった。

 石のような感覚で、空気も冷たくなった。

 それに、湿った匂いもする気がする。



 地下、だろうか……?



 やがて、金属が触れ合う音が聞こえてくる。

 鍵束が揺れる音、に近いと思う。

 そして続けて、重たい鉄の軋み音。


 自分がどういう状況に置かれているのか。

 何かを理解する前に、再び背中に強い衝撃が走る――。



「んぅッ……!」



 体制を崩し、そのまま固い地面に叩きつけられた。


 床が、ひどく冷たい。



「ひとまずここに置いておきます」



 その声を最後に、足音が遠ざかる。

 一歩、また一歩。


 そして、気配も消え、辺りは静まり返った――。






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