第91話 正餐
正餐……それは主に公式の場に用いられる最も正式で、格式の高い宴会。
つまるところ……粗相をしてはいけない場だ。
なのに……私はこの国のテーブルマナーを知らない。
これはイジメかな……?
侍女さんに体を洗われてエステでピカピカにされながらそんな疑問をなげかけると、『とんでもない』と言って、急遽マナー講師を手配してくれた。
──それがほんの一時間前のこと。
一時間なんて付け焼き刃がすぎるでしょ。から笑いしか出てこないよ〜。
コンコン
はい、と気乗りしない返事を返すと、そこにいたのはサンボウだった。
「サンボウ」
思わず立ち上がって駆け寄ろうとしたら裾を踏んでしまい、あわや大惨事! ……と、なるところをサンボウが抱きとめてくれた。
『姫、大丈夫か?』
ここでの数少ない友達の存在に心が緩む……
あーー。泣きそう……
「サンボウぅ……疲れたよ〜。眠いよ〜。行きたくないよ〜」
『それはまた……多種多様な理由じゃな』
壁際の侍女に聞かれないくらいの小さな声で、私の知ってるサンボウで話をしてくれた。
『でもこんなに美しいのだから、部屋に籠もっていてはもったいないと思うぞ?』
「……美しい? ……私が?」
『あぁ……綺麗じゃ。着飾った姫を見られるとは、わしは役得じゃな』
ふふっと二人で笑い合う。
たしかに今着ているドレスは普段着ていた服と比べ物にならないくらい上質できめ細やかな生地で作られていた。
白地のドレスに紫のシフォンが肩から腰に、腰から裾に向かって優雅なドリープを奏でていて、ドレスそのものを柔らかい印象に仕立てている。アクセントとして青みがかったピンクの花が散りばめられ、優雅さのなかにも可憐な一面をのぞかせていた。
たしかに落ち着いてるけど適度に可愛さもあって、結構好きかも……。
「でも向こうで待ってる方はもっと、もーーっと美しいはずでしょ?」と、投げかけると、あさっての方を見ながら『否定はできんな』と言った。
このやり取りが楽しくて、クスクスと笑ってしまう。
『では姫、御手をどうぞ。お部屋まで御案内させて頂きます』
胸に手をあてて優雅に一礼するサンボウにミレイも緩やかなドレスの裾を少し持ち上げて、習ったばかりの礼をしてみせた。
「よろしくお願いします。…………どうかな?」
不安混じりに上目遣いで問いかけると、サンボウは頬を赤らめて『かわいい』と言ってくれた。
いや……礼の出来を見てほしかったんだけどな……。
意図してないけど、あざとい行為になってしまい、なんだか恥ずかしくなる。
本宮にある客室を出てから、長い廊下を渡り水龍さまの居住区がある東宮へ向かう。王さまのプライベートなエリアと言うことで派手な建物を想像していたのに、思っていたよりも普通の造りで驚いていた。
部屋を出て廊下で官僚や使用人、それなりの数の人とすれ違うけど、みんながチラチラとこちらを見てくる。
えっ……やっぱりダメだった?
歩き方、やっぱり不格好かな……。
でもドレスなんて慣れてないし……
俯く私に『姫、どうしたのじゃ?』とサンボウが小声で聞いてくる。
「私、やっぱり駄目だよ〜。さっきみたいに転びそうだし、みんな振り返るし……。帰りたいよお〜」
『なんじゃ、弱々しいな。
転びそうになったら、わしが抱きとめるし、皆が振り返るのは姫が綺麗だからじゃ。
仮になにか失敗しても大丈夫じゃ。側にいる時も居られない時も、わしは……我等は常に姫の味方じゃ。信じられないか?』
ふるふると無言で首を振る。
『会場にはクウもいるぞ? 帰りはわしが送っていく。そもそも姫がこの国のマナーを知らないことも陛下にはご報告済じゃ。
陛下はお優しいし、他者を無意味に陥れる方ではない』
ギュッと握られた手が嬉しくて涙が出そうになる。
「……がんばる」
『その意気じゃ。……着いたぞ』
衛兵によってゆっくりと大きな扉が開かれ、『行って来い』とニコリと笑うサンボウを見て、ミレイも微笑んだ 。
◇ ◇ ◇
「疲れた〜……」
慣れないドレスを脱いで、メイクを落としてやっと一息つける。
トータル的にはまずまずだったと思う……。
正餐の会場と言っても数ある部屋のなかでも一番小さい部屋を選んでくれたらしく、テレビで見たような縦長のテーブルではなかった。しかも室内には私と水龍さま。給仕はクウと侍女長の二人が担当してくれて、とてもこじんまりとした会食だった。
本来なら近侍頭も侍女長も指示を出す側の人であって、配膳をするような役職ではないよね。それでもそうしてくれたのはクウの配慮かな……。
侍女長さんも優しかったし……。
水龍さまは……やっぱりカッコ良かったなぁ〜。
食事をする姿も美しくて、見とれてしまったくらい。しかも優しかった。
──私が初めてみるフルーツに戸惑っていたら、 『おい……』と声をかけてナイフとフォークを使って剥き方を実演してくれた。その後は侍女長さんが隣に立って教えてくれて、綺麗に剥けたら『お上手ですね』……と、まるで子供に言うように褒められた。
みんなが気を遣ってくれてる。
私もがんばろ〜。
ベッドの柔らかさが疲れを癒やしてくれたのか、自然と瞼が下がっていく。
知らず寝入ってしまった私を翌日、侍女が控えめに起こしてくれた。
──あれから三日。
急遽、御前会議が開かれることになり、準備が忙しいとの理由で『自室でお過ごし下さい』と、言われてしまった。
ただ少し変わったのはマナー講師の先生か引き続き講師をしてくれることになり、前みたいに『暇〜』とボヤくことが無くなった。
『明日からはまた執務室に来てください、と言付かっております』
「……そう……ですか」
思わず笑顔が引きつってしまう。
あの重鎮が並ぶ空間にいるくらいなら、こちらで優しいマナーの先生とお勉強してる方がはっきり言って楽しい!
でも、仕事を請うたのは自分自身。……やっぱり行かないと駄目だよね〜。
窓の外を眺めると茜色の空が広がっている。
空の色は龍王国も人間の国も一緒だ。
リリスさん達元気かなぁ〜。連絡取れたら良いんだけど……。
ふぅ〜と小さく溜め息をつく。
その様子を侍女がじっと見ていた。




