第90話 子供から大人へ
……あたたかくて ふわふわする
……ぼうっとしてくる
この感覚は……なんだ
温もりに身を任せてみると
護られているような安心感につつまれた
……ふわりと甘い匂いがした
コンコン
『陛下?』
応接間にダニエルが入ってきた。
室内は陽が傾いた為に薄暗く、奥までは見通せない。
ソファーに居ないってことは素直に昼寝したのかな? ……あの陛下が?
疑問を抱きながら衝立の向こう側を覗きこむと、成人男性が寝転がっても余裕のある大きめのベットには水姫の姿しか見えない。
えっ。なんで? 陛下は?
水姫の姿は確認できても肝心の陛下が見当たらない。まさかと思ってじっと見ると、ミレイの体に沿って僅かにこんもりしている?
えっ……? まさか……
いや、でも執務室から出るはずはないし……
おそるおそる布団の端に手をかけてみる。
いや……まてよ。この布団の中があられもない姿だったら……?
ダニエルの頭の中に半裸の二人が寝る姿が目に浮かぶ。
いやいや……。あの陛下だぞ?
ないだろう〜。それに今は子供だしな……
意を決して布団をめくると、視界に飛び込んできたのは女性の胸の辺りで踞ってる成人男性が一人。
『えっ…………』
意味がわからない
『へい……か……?』
その呟きに応えるように二人がモゾモゾと動き出した。
「う〜ん。なんか寒い……」
『……なんだ』
『へいかぁーー!』
ビクッッ!
いきなりの大声に二人共パチリと目を開けた。
「なっなに!?」
『……騒がしいぞ…………ダニエル』
えっ……?
なに今の低い声……。それになんか硬くてゴツゴツしてる?
ミレイがそっと自分の胸の辺りに視線を落とすと、そこにあったのは暗がりの中でもキラキラ輝く銀の色。 その銀色のかたまりが動き、互いの視線が交わった。
「……」
『……』
不意に腰をグッと引き寄せられて、秀麗な顔が近づいてくる。
『……どうした?』
「えっ…………えーー!」
パチン!!
頬が僅かに赤く染まり、美麗な柳眉が歪みをみせる。
『へいかーー!』
断末魔のようなダニエルの叫び声。
『いたいな……。ダニエル、お前は五月蠅い』
なに? なんでイケメンが私の胸に顔を埋めてたの? どういう状況!?
──っていうか今の顔は……たしか……
『陛下!お戻りになられたのですね!
良かったーー!』
感極まって私と水龍さま、二人を抱きしめようとしたダニエルさんは、掌底をくらって弾き飛ばされていた。
『とにかく大神官様達を呼んできます』
そう言ってダニエルさんは痛みで顎を抑えながら、慌てて部屋を出て行った。
「……すみませんでした。でも水龍さまで良かった〜」
『何が良かったのだ?』
安堵の溜め息をついた私に、片膝を立てて小さな欠伸をした水龍さまが問い掛けてきた。
なにこの色気……。
気だるいイケメンなんて絶対、直視注意でしょ〜!
「いや、だって。目が覚めたら男の人とベットにいたんですよ。驚いて当然でしょ? それが知り合いの、しかも水龍さまだから安心したんです」
『……私だから安心?』
チクリ……
何故だろう……面白くない
「はい。それよりも元に戻れましたね!
良かったですね〜」
その言葉に改めて自身の手を見ると、子どものそれではない、大きな手に実感が湧いてくる
『あぁ……そうだな』
「でもなんで戻れたんでしょう?」
疑問を浮かべるミレイを横目で見ると『さぁな』と言ってベッドを降りた。
何故か……
思い当たるとしたら、先程まで感じていた『安心感』
他人が横にいて寝れるわけがない、と思っていたのにな……。
長い眠りに付く前でもこんなに熟睡したことはなかった。仕事で脳を疲弊させて無理矢理、自身を寝かしつけていた。それでも微かな物音で覚醒する程度の浅い眠り。
体が……軽い
眠りとはこんなに大事なものだったのか……
水龍がカルチャーショックを受けていると、コンコンと隣の部屋からノックの音が聴こえてきた。
『へいかーー!』
『陛下、ご無事ですか!?』
慌ただしく執務室に入ってきたのは、宰相のバートンと侍医だった。
『騒々しいぞ』と姿を見せると今度は固まってしまった。バートンに至ってはその場に座り込んで肩を震わせている。
こんなにも心配をかけていたのか。
まぁ、バートンは罪悪感もあってのことか?
『はぁはぁ……失礼しますぞ』
次に息を荒げて現れたのは大神官だった。
『……走ってきたのか?』
『はい。……はぁはぁ……。陛下が戻られたと一報を受けまして、老体ながら全力で参り……ました』
『大神官が王宮内を疾走など、何かあったのか?と皆が不安になるだろうが』
そう言いながらも、その表情は呆れと柔らかさを含んでいた。
『大丈夫ですぞ。周りの目があるところでは神官らしく楚々と歩きましたから』
ミレイは自信たっぷりに話すおじいちゃん神官を見て、笑いを堪えるのに必死だった。
なにそれ。
人目がある場所では優雅に歩くけど、誰もいないところではローブをたくし上げて、ダッシュしたってこと!? このおじいちゃんかわいすぎる〜!
『失礼ですが、そちらの方はもしかしたら水姫様ですか?』
全員の眼がミレイに向く。
ミレイは居住まいを正してニコリと微笑んだ。
「申し遅れました。ミレイと申します。
一応、水姫として人間の国から参りました」
『そうか。水姫様が陛下を戻してくださったのですね! 何を試しても駄目だったのに、どんな方法を用いたのですか!?』
侍医を名乗るおじさんが興味津々に聞いてくる
「どんな?」
はてなマークしか浮かばないミレイに、期待の視線が注がれる。
『コホン。それはですね……』
そう言って助け船を出してくれたのはダニエルさんだった。
『水姫様は隣室でお休みになられた陛下の手を握っておられました』
?? 手……握ったかな〜?
疑問に思う私とダニエルさんの目がバチリと合う。
その目から『話をあわせろ』と無言の圧力を感じた。
了解しました〜……。
『手を握っただけで? それは不思議ですね〜。
やはり水姫は違うのですね』
関心する侍医と大神官様に愛想笑いで流す私。
ダニエルさんに促されて、一同が着座したところに再度ノックの音が室内に響く。
入ってきたのは白髪の小さなおじいちゃんだった。
『はぁ……お前もきたのか』
『来ては不味かったのですかな? 老人に敬意を払わないところをみると本物のようですな』
あまりの不遜な言い方にミレイは驚いた。
そのおじいちゃんの視線がミレイに向けられる。
ゾワリ……とした感覚を覚えてミレイは反射的に立ち上がると、ソファーの横に立ちゆっくりとお辞儀をした。
「初めてお目にかかります。ミレイと申します。
どうぞ宜しくお願い致します」
『ふむ……』
バートンと水龍の視線が無意識に交わされる。
『礼儀正しいお嬢さんですな。わしはヒルダー。
式部の長官を務めている』
「……失礼ですが式部というと、もしかしたら儀式や行事を扱う部署ですか?」
『ほう……良く知っていますな。バートンが教えたのかな?』
「いえ。私のいた国でも式部省と言う国の部署がありましたから」
『なるほど。国の機関を覚えているとは、赤子のような年でも阿呆では無いようですな。
知識は己の財産。これからも学びなさい』
「……はい。ご教授ありがとうございます」
うんうん。と朗らかに笑っているから良かったのかもしれないけど……
褒められたのか貶されたのか良くわからない。でも何故かこの人に逆らってはいけない気がした。
『あの水姫様もお疲れのようですし、我々もこれからの話し合いがございます。姫には一度お部屋にお戻り頂いてはどうでしょうか?』
バートンこと、サンボウが提案してくれた。
グッジョブ! サンボーーウ!
この空気は耐えられないよ〜。
『そうだな。ユーリ、水姫を部屋に送ってこい』
水龍さまのひと言で私は席を立ち、一礼をして部屋に戻った。
「あーー。一人の部屋、最高ー!」
部屋に戻るなり、ソファにぐで〜と沈み込むと、心の底から叫んだ。
部屋を出る前はあんなに一人は嫌。暇死にするーー! って思っていたのにね。でもあの重鎮ばかりの空間に長く居たいとは思わないよ〜。
「はぁ〜……」
道中、先程のヒルダーおじいちゃんの話になった。
ユーリ君が言うには、あのおじいちゃんは先代王から国を支えている重鎮で、前々職は宰相をしていたらしい。
今は第一線から離れ、式部のトップとして腕を振るっているが、それでもその影響力は絶大らしい。
正に『敵にまわしてはいけない人』だったと言うことだ。
そういう情報は先に教えておいて欲しかった……。
密かな怒りがこみ上げた瞬間だった。
「はぁ〜……」
何度目になるかわからない溜め息をついたところに、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
はいと答えると、クウが侍女を三人を伴って入室してきた。
「ク……! いや、レミス……さん?」
そのしどろもどろな言い方にクウはクスリと笑うと、綺麗な一礼をして私にこう言った。
『水姫様。龍王陛下より御夕食を伴に、とご要望がありました。つきましてはお仕度をさせて頂きたく、侍女と共に参りました。準備に入らせて頂いても宜しいでしょうか?』
余所余所しいまでの完璧な敬語。
でも仕方がない、今のクウは近侍頭。主に王様の居住区、全てを管理する部署のトップらしいから……。
でも、クウなら……と少しだけ反論してみる
「この服装のままではいけないんですか?」
正直、今は疲れていて着替えもしたくない。縋るような目を向けてみてもクウは苦笑いを浮かべるばかり……
『申し訳ありません。国賓の水姫様をお招きしての食事ですので「正餐」となります。こちらのドレスに着替えて頂きます』
「ドレス……」
ドレスだと〜……。
女の子なら一度は憧れる綺麗なドレス。
でも、おじさんパワーにやられている今の私には苦行でしかない。
嫌だけど、でも……
「……わかりました。よろしくお願いします」
『ありがとうございます』
クウが申し訳なさそうに微笑んだ。
こんなお疲れモードな時こそ、ソファーでだらりとして、レモンサワーと唐揚げで一杯やりたいのにな……。
はぁ……。
今日の一日は長いなぁ〜……
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