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第81話 水龍さま起きてください! 



「これが水龍……さま……。龍族の王」


 誰もいない部屋にミレイの言葉が響き渡る。

 

 『荘厳』とはこういう時に使うのだろうか。

 厳かで存在そのものが場の空気を作りだす。

 何者にも侵されない、侵すことができない空間。

 それがミレイの前に拡がっていた。  



 ……すごい。本物の龍だ


 なんだろ……この込み上げてくる感情は……

 恐れ多いような、でも懐かしさも感じる。


 …………あぁ、そうか。私は『水姫』

 龍と人間の混血の存在。

 私の中の龍族の血がそうさせているのかも


 ミレイは湧き上がってくる感情も、昔から龍に対して興味があったことも全て納得がいった


 わたしは……『水姫』 

 龍族の血を受け継ぐ者。

 この世界にきて幾度となく聞かされて、受け入れていたつもりだったけど今日初めてストンと腹に落ちた気がした。



『うっ……』

「サンボウ!? 気がついたの?」

『ひ……め……』

「見て、水龍さまだよ! みんなが会いたがっていた水龍さまだよ!」


 手を傾けて水龍さまが見えるようにすると、サンボウは糸のように細い目を見開き、そして感極まったように涙を溢した。


『ほんと……じゃ。本当に水龍さまじゃぁ……。

 ずっと、ずっとお会いしたかった。あぁ、水龍さま……』


 嬉しそうに笑いながら、止め処無く流れる涙を見てミレイも鼻の奥がツンとした。


 よかった。会えてよかった。

 これで元気になってくれれば……


『これで思い遺すこともない。……姫、ありがとう』

「! いや、待ってよ、違うから!

 ここはやるぞー!……って元気になるところであって、満足するところじゃないから!」

『でも御姿を拝見できただけでもう──』

「もうじゃない! 諦めない! 折角ここまで来たんだから会話しようよ! 水龍さまと会話をしよう!」

『かいわ……か』

「そう。会話! それにここ数百年のこと水龍さまに教えてあげないと。自分の主君が困るってわかっているのに何を安眠しようとしてるのよ! 

サンボウの薄情者ーー!」

『……ふふっ。そうか薄情者か……。たしかに』


 弱々しい声だったけど、笑うサンボウを見て少しホッとした。


「待っててね! 何とか水龍さまを起こすから!」


 ミレイはソファーの上に妖精達をそっと置くと水龍に向かって走りだした。


 とりあえず寝てる人を起こす方法は……


「水龍さま起きてください! ミレイです。龍湖で会いましたよね。水龍さま〜!」


 方法一 声をかける

「はぁはぁ……だめかぁ~。それなら……」



 方法二 叩く ……かなり強めに

「水龍さまーー!起きてくださーーい!」 


 バシッ バシッ!




 ・・・・

 ・・



 ──騒がしいな



 結界に触れる気配があったから、もしやと思ったが……


 あの女か……


 まさかニンゲンの身で本当にここまでくるとは……


 結界を越えてこの王の間まで辿り着くとは……


 思念体のままの意識は半覚醒のようなもの。本体を覚醒させることはまた別の次元だ。


 ただのニンゲンにできるはずがないのに……


 なぜそこまで……


 あれか……。あの妖精達のためか……


 水龍の思念体はソファーの上の小さな妖精に視線をうつす。その今にも死にそうな姿を見て、水龍の心の中に拭い切れぬ影が雨雲のようにひろがったが、水龍は頭を振ってその姿を打ち消した。


 ──私には関係ない

 

 



「サンボウ〜、駄目みたい。水龍さま起きないよ〜」


 ミレイは手の痛みと喉の渇きで妖精達がいるソファーに戻ったが、そこで見たのは息の荒いサンボウ達の傍らで静かすぎるクウ……。


「クウ……? 大丈夫? ねぇ起きて、息をして!」


 そっと抱き上げて声をかけるもその目が開くことはなかった。ミレイの指に微かな振動が伝わってくる。クウの心臓の音だ……


 マズイ……マズイ。

 ……これは本当に……。


 ミレイは踵を返して、もう一度水龍のところに向かった。


 バシッッ!

「水龍さま本当に起きて! 時間がないの!」


 バシッ バシッ!

「私でできることなら何でもするから起きて! 

 クウが……みんなが死んじゃう! せっかくここまで来たのに……」


 ひたすら声をかけて両の手でその硬い鱗を叩く。

 でも水龍の体に変化はない。


 なんで……なんで起きてくれないの。


「次の方法は……。はぁはぁ……」


 不本意だけど仕方ない!

 やれることはやらないと……躊躇ってる場合じゃない。


「社会人なら自分の発言には責任をもちましょーー!」


 寝そべる頭の方に移動して、その大きな口に口づける……。


 数秒間のキス……


 プハーーっ!

 

 水龍に変化はおきなかった。


「やっぱり意味ないのよ〜。キスで目覚めるなんて御伽話なのよ! こんなんで起きたら苦労しないっての!」


 目覚めない腹立たしさと恥ずかしさで、一人で悪態をつく。


「あとはどうしよう……。何をしたら……」



 キョロキョロと周りを見渡すと、水龍さまの頭の上の方に台座があり、大きなお皿のような物が見えた。


 アレを頭に落とすか……


 一瞬『不敬罪』なんて単語が頭をよぎったけど、もう今更だ……。


 ミレイは台座の後ろに階段を見つけた。

 鎖で施錠してあったけど、そんなのは気にしない。鎖の上に足を掛けて一気にジャンプをして無理やり侵入した。目指すは台の頂上。



 はぁはぁ……苦しい。

 喉が渇いた……手も痛い、でも……でも……


「着いた」


 台の頂上にあったのはお皿ではなく銀色に輝く水盤だった。

 水盤には水が張られ、上部の明かり取りの窓から入る光によってキラキラと輝いていた。


 水だ……おいしそう……。

 キラキラしてる。


 ゴクリと喉がなる。


 イヤまって! この水…………いつの?


 サァーっと血の毛が引く。



 うん。冷静になろう。

 水は水龍さまを起こした後でたらふく飲む!

 とりあえず今はこの水盤ごとひっくり返して、水をかける。あとはガンガン音を鳴らす。……これしかない!!


 おっ重い……。

 でも諦めない! 諦めるわけにはいかない。

 みんなに諦めるなって言ったのは私だもの。


 テコの原理でこぼせばよいと思ってたのに甘かった。水盤そのものが重くて全く動かない。仕方がないので少しずつ傾けて、水の量を減らしてから零すことにした。


 どうしよう、こんなにのんびりしてる状況じゃないのに……。このままじゃみんな死んじゃうよ。


 不意に涙が溢れ、水盤の上にポタポタと流れ落ちた。


 このまま起きてくれなかったら妖精達は死んじゃうし、精霊も動物も村のみんなも生きていけなくなる……。


 みんなの命の重みが両肩にのしかかる。

 ミレイは今更ながら「任せて」なんて安請け合いをした自分を少しだけ後悔した。


 私はこんなに無力なのに……。

 水姫なんて呼ばれても何もできないのに……。

 それでも……それでも……


「あきらめるわけにはいかないのよーー!」


 もう一度水盤を押す力を込めると、僅かに持ち上がった。チャプチャプと地道に減らしたかいがあった!

 

「根性みせろーー! わたしぃーー!!」


 フッと肩が軽くなった直後、下の方で凄い音がした。


 ガシャッン ガラーーン!!


 水盤の水は下の水龍さまの頭にかかり、水盤も見事な角に引っかかっていた。


「やっ、やったーー!!」


 歓喜のあまりその場から飛び降り、水龍さまの頭の上に着地した。すると水盤の水を被った辺りからフワリと水の渦が生まれた。


「なっなに……!?」


 水の渦は徐々に広がり、水龍の体全体を覆うほどに大きくなってミレイの体もその渦に飲み込まれていく。


 マズイ にげないと!

 どうしようこのままじゃ溺れる!!


 必死で呼吸法を思いだしてみたが、渦の流れでそれも上手く出来ず、ミレイはパニックを起こしていた。




 ──その頃の水龍も突然の水に動揺していた。


 思念体の空間には水は存在しない。

 久しぶりの水。



 ──これもあのニンゲンの仕業か?

 み……ず? ……水だ。 

 我らの命そのものである 水……



 水龍が何百年ぶりの水の感触に陶酔していると、思念が伝わってきた。それは数日ぶりの思念だった。



『もうーー水龍さまがいつまで寝てるから悪いのよ! 王様のくせに寝すぎなのよ。いい加減、起きて仕事しなさいよ! 

 大体、部下を働かせて自分は引き籠って寝てるってどういうこと!? 無責任すぎるでしょ。

 みんなを助けたくて眠らせたのなら最後まで責任もって助けなさいよ! この自己中男ーー!』



 ──・・・自己中男……


 はじめて言われたな


 私の責任……か。



 水龍の頭の中に先日見た、東の龍湖の惨状が思い出される。


 ──あれも私の責任……




 その時、水龍の視界にゴポゴポと溺れるミレイの姿がうつった。



『……たす……けて……』



 『ニンゲン!? いや……ミレイ!』



 思念体の意識が霧散し、気づくとその視界は地面に近いものだった。



『グォォーー!』



 龍の咆哮が王の間の壁を震わせる。

 渦巻いていた水が一箇所に集められ、凝縮しミレイの体を下から支えた。



『…………ミ……レイ』


「……」


『ミレイ』


「……ここは……ゴホッゴホ」


 ミレイが水を吐き出し、上を見上げると金色の瞳と目があった。人のものとは明らかに違う宝石のような瞳。



「…………キレイ」

『!? 何を言っているのだ。私は……醜い』

「……どこが?」


 キョトンとして答えると、むしろ龍の姿の水龍が動揺した。


『……それはその。……ぜんぶ……だ』

「…………プッッ。何それかわいい〜! 

 そんな大きな図体でプイって!」


 ケラケラと爆笑するミレイを見て、水龍の方がなんだか恥ずかしくなった。



 何なのだ。この女は!

 やっぱり無礼だ! 

 さっきまで死にかけていたくせに!


 水龍が龍の姿から人型に変化した。


「あーー。もう変わっちゃうの? もっと見たかったのに……」


『……お前は何を言っているのだ。もっと見たかったなどと……』


 ほんとうに……何を……。



 不満を洩らすミレイに呆れ口調で抗議するも、水龍の口元は綻んでいた。



 本当に変なニンゲンだ。





やっと起きました!


…………長かった……。


これから先の話は水龍さまもメインで出てきますので、よろしくお願いします!

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