間話:No.2-鍛治師の創剣-
怪奇ッ!本編が進んでないのにサブストーリーを書く男ッ!
薄暗い鍛冶場の中に火花が散る。その中心には高熱により身を赤くしたとある『金属』が在った。
一人の青年が一切曇りのない顔で、その『金属』を槌で打っている———鍛造、というやつだ。
度重なる槌撃により、その身を強固にした『金属』が奇しく煌めいた。
そしてその煌めきは、いつも人を狂わせる。
彼の名はアデス。
かつて人々に天才と持て囃された、憐れな鍛治師である。
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「これが、依頼の剣です」
鍛治師の青年が、依頼人に一本の剣を差し出す。そして依頼人は無言でそれを手に取った。
「………」
依頼人は持ち上げた剣をじぃっとりと見つめながら無言を貫いている。
鍛治師はこの瞬間、恐怖を感じていた。
だが、剣の出来の悪さを恐れているわけではない。むしろ、その逆とも言えるのかもしれないが、とにかく恐怖していた。
「………いい剣だ。報酬は弾もう」
数秒後、依頼人はそう呟いた。
その瞬間、鍛治師は心の底から安堵した。だが、その感情は表には出さない。
鍛治師は「それは良かった」とだけ呟いた。
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「………ふぅ………」
鍛治師………アデスは鍛冶場の中で一人、項垂れていた。
この溜息に、安堵と疲労のどちらの感情がこもっていたのかは、彼自身でもわからない。
だが、恐らく両方だろう。
アデスは鍛治師だ。
依頼された剣を淡々と作り続けるだけの歯車に近い存在。
勿論、至高の傑物を創りたいという夢はある。
だが、それも潰えてしまった。
夢が潰えた時、アデスは嘆いた。
嘆いて、嘆いて、諦めたのだ。
そして、尊敬していた師の元を去り、孤独に剣を作り出した。
悪いのは、自らの才能だった。だから、仕方がない。そう思う他に逃げ道はなかった。
その時、店側から「すーみませーん!」とアデスを呼ぶ声が聞こえた。
ここは、店と鍛冶場が合体したどこにでもあるような鍛冶屋であった。
店側から来たと言うことは、知り合いではない。新しい依頼だろう。アデスはそう予想する。
頬をペチンと叩き、笑顔を作る。
「………行くか。」
ゆっくりと、店の方へと歩んでいく。
「どうかしましたか?」
「あの!友達からここの剣がとても良いって聞いて………だから、私の剣を作ってもらいたくって!」
予想通り、来客者は依頼人であった。
依頼人は元気な若い女性で、服装を見るにどこかの国の冒険者のようであった。
「そうですか………それで、用途は?」
用途によって、剣の形状や素材は大きく変化する。
だから、これは絶対に聞いておかなくてはいけない必須事項だ。
「あれ?ていうことは…………作ってくれるんですか!!」
「え、えぇ………そうですけど………」
アデスは、驚いた。
女性が急に、目の前の机に手をつき目の前まで身を乗り出してきたからだ。
「よかったぁ………気難しい人って聞いたから、作ってもらえないかも!って思って………」
確かに、女性の態度は依頼をする立場としては不敬と言えるかもしれないが、アデスの気に触れるほどではない。
だが………
(気難しい、か………この人の友達には、そう見えてたのかな………)
アデス自身に、自分が気難しい人間だという自覚はない。
なので少し疑問を抱いたが、とにかく今は接客を続ける。
「えっと、それで………」
「あっ、用途だっけ?用途は魔獣との戦闘だよっ!」
女性は元気いっぱいにそう答えた。
「それでは、他に細かい注文などはございますか?」
「うーん………特にないかなっ!」
「でしたら、明日。ここに受け取りに来てください。」
アデスの説明に、女性は頭の上にクエスチョンマークを浮かばせた。
「えっと………剣って、そんなに早く出来る物なんですか?友達は、一ヶ月もかかったって言ってたんですけど………」
その女性の言葉に、アデスも疑問を覚えた。
(俺は今までで一度も、依頼に二日以上かけていないはず。だから、一ヶ月も待たせたお客さんなんて居ないはずなのに………)
「あ」
頭に湧いた一つの可能性に、アデスは間抜けな声を出してしまった。
「もしかして………あなたのご友人が仰っていた鍛治屋って、ダンケルのとこじゃありませんか?」
この街には、二つの鍛冶屋がある。
アデスの鍛冶屋は街の南端に位置しており、あまり有名ではない。
対して、ダンケルという鍛治師の鍛冶屋は街の中央に位置しており、とても有名だ。
それでも、間違える者はそこそこいる。
「えっ?えっと、あー………うーん……」
女性は戸惑い、体をくねらせながら申し訳のなさそうな顔をしている。
店を間違えたことは明確のようだ。
だが、
「で、でも!私はあなたに作って欲しいんです!」
アデスにとって、その返答は意外なものであった。
過去に店を間違えた者は、ほぼ間違いなく依頼をせずに帰ってしまっていたからだ。
「ですが、私はあなたが本来依頼する予定の鍛冶屋よりも未熟で———」
本当は、自分のことを未熟だとは思っていない。でも、大きな問題がある。
だからこそ、本当に望まれた時以外は剣を作らない。アデスはそう思っていた。
「んぅ………もうっ!い・い・のー!!」
だが、アデスの自己否定は女性の元気な声に遮られる。
「間違えちゃったのは、もうしょうがないでしょ?だから、あなたに作って欲しいの!」
女性の元気で力強い訴えかけは、アデスの心をほんの少しだけ溶かした。
「後悔、しないでくださいね?」
「もっちろん!!」
アデスの言葉に、女性ははにかみながらそう答える。
女性の口調は最終的には敬語にすらなっておらず、客としてはとても不敬だ。と、アデスは思う。
だが、優しくて元気があって、何よりも芯がある。
惚れてしまった。とまではいかないが、もしかすると、良い人なのでは?
と、アデスは女性への評価を改めることを検討するのであった。
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「それじゃあ、また明日!」
まるで友達になったのかのような挨拶と共に、依頼を終えた女性は店を出ていった。
「………」
嵐が過ぎ去り、静寂を取り戻した店に、一人佇む。
「………ふっ」
その中で、アデスは一人静かに微笑んだ。
(良い人には、全力で応えたくなる。)
それは、久方ぶりに心の底から湧き出た、意欲だった。
(だから、頑張らないと———)
アデスはそう意気込む。意気込む。意気込もうとした。
『お前に、剣を創る資格はない。』
ぐらり、心が大きく揺れる。
心のさらに奥底に深く突き刺さった『呪い』が、心中を貫く。
『お前は、天才なんかじゃない。お前は………悪魔だ。』
追い討ちをかけるように、次々と呪いの………尊敬していた師によって告げられた、呪いの言葉が脳裏を駆け巡る。
アデスは剣を創れない。
創れば、誰かが狂ってしまう。
いつだって、悪いのは自分の『才能』だ。
自分の『才能』が恐ろしいし、憎い。
憎い、憎い、憎い。
でも人を傷つけてることは出来ないから、剣を創らず、作る。
『呪い』がアデスを蝕み、剣を創らせない。
アデスは、また諦めてしまった。
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「おぉーおー!」
次の日、剣を受け取った女性が感嘆の声をあげながら、それを見つめる。
アデスに重くのしかかる重圧。自らの作った剣が、使い手を『魅了』し、狂わせてしまわないかという恐怖。
彼自身も、感情に押し潰され、狂いそうだった。
「本当に、ありがとうございますっ!」
幸い、女性の精神は侵されていなかった。
「そうですか。それは………良かったです」
つい、いつもと同じ返答をしてしまう。
「………元気、ないですか?」
「へっ?」
いつのまにか、女性はアデスの顔を心配そうな顔で覗き込んでいた。
「いえ、なんともありませんから。」
アデスは逃げるように客から背を向け、鍛冶場へと向かおうとする。
「あの………お金は?」
「今回はもう、大丈夫ですから。お帰りください。」
アデスはすっかり消耗、意気消沈。疲れ果て、絶望していた。
良い人だったからこそ、いつものように無心で作るわけにはいかなかった。
だから、さらに悪くなった。
今はもう、誰とも話したくない。
アデスの心はいっぱいいっぱいで、今すぐにでも消え入りそうだった。
「待ってください。」
だが女性の、違和感を感じてしまうほどに印象の違う真面目な口調に、引き止められた。
アデスは振り返る。
「お金がいらないというのなら………これが私からのお礼です。」
今までの態度が嘘かのように、真面目だ。
一体、何なのか。
アデスは困惑す———
「あなたの苦難は、いずれ救われる。」
突然の女性の身勝手な発言に、アデスは少しばかりの怒りをおぼえた。
長年苦しめられてきた苦難が、消える。
ぽっと出の他人に言えるものではない。
だからこそ、アデスは怒りを———
「———数ヶ月後………あるいは、数日後。あなたの元にとある男が訪れるでしょう。」
「………は?」
唐突で、突拍子もない話。
疑問が、アデスの怒りを忘れさせる。
「その男は、あなたに救われる機会を与えるでしょう。…………これは、予言ではなく『運命』です。」
一体、何を言っているのか。アデスにはさっぱりわからなかった。
だが、一つだけ気付いたことがある。
瞳が。
女性の、前髪から見え隠れしている左の瞳が、金色に輝いているように見えるのだ。
まるで、黄金の様に。
「あなたは一体……………」
元気はつらつだった先程までの雰囲気がすっかり変わってしまった謎の女性。
疑問と、好奇心が溢れ出る。
「私は、『風を詠む者』」
女性はアデスに顔を近づけ、金色の瞳をじっと近づける。
「良い剣を、ありがとう。あなたは『悪魔』なんかじゃない」
どうして、そう言われたことを知っているのか。
これは疑問にならなかった。
何故か、納得させられる。
神秘的で、美麗な瞳に、納得させられる。
「それでは、さようなら。」
女性は淡々と、静かに店を去ろうとする。
しかし、扉に手をかける瞬間、「あ、そうだ」と呟き、それと同時に振り返って———
「あの人に、宜しく伝えておいてね!」
女性………否、『風を詠む者』は、初めて出会った時と同じような元気な笑顔で、そう告げた。
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「何、だったんだろう………」
アデスの心中を、疑問が取り巻き続ける。
聞きたいことは山ほどあるのに、その対象は既に去ってしまった。
『風を詠む者』。
アデスはこの言葉の意味を知らない。
だが、何となく………非常に何となくではあるが、良い人なんだろうと推測していた。
それと、嘘をついているようには見えなかった。
(本当に、俺の………呪いが………)
無くなるのか。
疑念と期待が湧く。
実に胡散臭い話ではある。
でも、良い人だと感じたからこそ、信じてみたい。
最終的に、アデスは女性の『予言』を信じ、その時を待つことにした。
———『予言』の真偽は、これより二十日後の、一人の来客によって明かされる。
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十日後
いつも通りの静かな朝。のはずが、扉を叩く音が聞こえる。
家がないため、鍛冶場で睡眠をしていたアデスは起き上がり、音の出所が店側の扉であることを確認する。
(客、かな。)
壁に取り付けられた小窓からは薄い光が降り注がれている。
その光加減を見るに、外はまだ早朝のようだった。
「すみません。今、開けますから。」
服装を整え、気合を入れる。
これは、あの謎の女性以来の、二十日ぶりの来客であった。
ガチャ、音を立てて扉は開く。
その先にいる男を、アデスは見た。
煌びやかな装飾があちこちに飾り付けられた豪華な服に、燃えるような真紅色の髪と瞳。
その印象は、まるでその存在自体がこの世界の規格から抜け出しているようで———
その時、男は口を開く。
「我は、我に至高の剣を創り与える者がいると認識している。して、 それは貴殿か?」
「………は?」
真紅の髪を持つ男。
この男こそが、アデスにとっての最後の依頼人となることは、ただ一人を除いて、誰も知る由のないただ唯一の『運命』であった。
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「我は、我に至高の剣を創り与える者がいると認識している。して、それは貴殿か?」
この言葉は、アデスは人生最大級に困惑させた。
至高の剣。それは概念である。鍛治師にとって、至高の剣とは自らが描く最大級、最高級の造物であり、創造物。そして究極の目標である。
それを、初対面の見知らぬ男が何を言っているのか、意味がわからない。
アデスの困惑は、至極真っ当なものだった。
「一体、何を仰っているのか………」
困惑を言葉にし、問う。
「我の、言葉通りの意味だ。我に、至高の剣を創り与える者がいる。して、それは貴殿である。これは我が導かれた『運命』だ。」
相も変わらず、アデスにとって、真紅の髪の言葉は理解できないものである。
だが、『運命』という言葉は、聞き覚えがあった。
謎の、女性だ。
『風を詠む者』と名乗る女性が、そう口にしていたことは、心に深く刻まれている。
アデスはもしやと思い、問う。
「あなたは、『風を詠む者』の———「彼女を、知っているのか」
問うと、男は食い気味にそう口にした。
「成程………この『運命』も、彼女の風の導きというわけか………」
何やら、考え深そうに呟いている。
「するとやはり、貴殿が、我に至高の剣を創り与える者というわけだ」
「………」
真紅の髪の男との会話は、再び原点に戻った。
だが、至高の剣とは、アデスにとって禁句だ。
剣を創ることができないアデスにとって、至高の剣など夢ですらない。
とうに諦めた記憶の残骸。それにすぎない。
この男により、自分が救われるかもしれない。
女性の言葉によるその期待はあれど、出来ないものは出来ない。
もう、人が狂うところは見たくない。
だから、
「私には、出来ません」
アデスに、そう答える他はなかった。
「何故だ」
真紅の髪の男はアデスに問う。
その言葉に怒りの意味はなく、単なる疑問でしかない。
『お前に、剣を創る資格はない。』
だが、その言葉に誘発され、呪いの言葉は溢れ出す。
「私には………剣を創ることなど、出来ないから、です」
「何故だ」
『お前に剣を創る資格はない。』
「っ、だから、私には剣が創れな———」
「何故だ。」
『お前に剣を創る資格はない。』
「…………っ!」
疑問、疑問。男の、純粋な疑問。
それが、憐れな鍛治師の心を揺さぶり、沸騰させた。
「俺は、剣を創っちゃいけないんだよ………!創ると、誰かが狂う……!狂わせたくない、狂ってほしくない、狂わないでほしいのにっ………勝手に狂うんだ!なんでなんて、自分でもわからない!そのせいで、師匠にも捨てられた!
もう、俺には剣を創るなんて恐ろしいことは出来ない………だから、剣を作るしかなかった、もう、諦めたんだ。それで、十分だった……のに…………なのに、なのに……!あんたは!」
長年の不満による感情の爆発で、どうしようもない怒りが込み上げ、アデスは真紅の髪の男の胸ぐらを掴み掛かる。
だが、真紅の髪の男はアデスの行動を気にもとめずただただ、アデスの瞳を見ていた。
「何故だ。貴殿は、何も諦めていないではないか」
「………ぁ?」
何を言ってるんだこいつは、俺の何がわかるんだ。
男が口にした言葉はアデスの中に負の感情を湧き上がらせる。
そして再び爆発を———
「貴殿の瞳には、」
真紅の髪の男の、落ち着いた、一点の曇りのない声が、アデスの鼓膜に響く。
「貴殿の瞳には、炎が灯っている。嫉妬、怨嗟、悲壮。だがその中に諦念など、一切存在していない。在るのは、夢、希望、渇望。して、貴殿は何も諦めてなどいない。貴殿は慈愛に満ちた善人なのだろう。それゆえに、他の者に累を及ぼすわけにはいかなかった。と、いうことであろう。」
男の指摘は、一部的を得たものであった。
アデスは、他の者を案じるあまり、剣を創らなくなった。
でも、それが真実だからこそ。
『お前に、剣を創る資格はない。』
「だからこそ、あんたに創るわけには———」
いかない。
そう言おうとした。
言おうとしたはずなのに、言葉が詰まる。
体が、至高の剣を創らないことを、拒否したのだ。
それにより、アデスはついに自覚する。
あの時から、師匠に悪魔と言われたその時から、創ることを諦められてはいなかったと。
剣を創れないのなら、鍛治師をやめてしまえばよかった。そのはずなのに、剣は作り続けた。
嫌な思い出しかないのに、剣を作り続けた。
本当は、その時からわかっていたはずなんだ。
「………」
アデスは自覚した自分の感情に驚愕はしない。
隠していただけで、元々わかっていたはずのものだったからだ。
しかし、自覚したからと言って、自らの呪いの『才能』が無くなったわけではない。
だから、恐怖はある。
でも、でも、
創りたい
「あんた………後悔はしないか?」
既に、客と店という見せかけの関係は剥がれ落ちている。
故に、アデスの店側としての礼儀も消え去った。
「本来の貴殿を、取り戻したようだな。我には観えている。して、貴殿が案じている狂気だが………案ずる必要などない。我にとって、狂気なんぞは単なるまやかしに過ぎん。」
アデスにとって、男の返答は最高であり、待ち望んでいたものだった。
故に、アデスはもう恐れない。
「分かったよ………俺が、あんたのために至高の剣を創る男だ。」
それは、真紅の髪の男が最初に問いかけた質問に対しての、遅めの回答であった。
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「で、剣の用途は?」
真紅の髪の男に対してアデスは最も重要な質問をする。
『呪い』から逃げることをやめ、立ち向かう覚悟を決めたアデスは自信に満ち溢れており、態度すら変わってしまった。———こうなってしまえば、先日の女性か、それともアデスか………どちらが客、店員として不敬なのかはもう比べることは出来ない。
「用途などは、特に決定していない。我が欲するのは、貴殿が想う至高の剣のみだ」
男はそう答えた。
アデスは、その返答を(要は自由に創ればいい)という意味で受け取る。
「………素材が、必要だな………」
アデスは今まで、剣を創ることを恐れていた、故に、剣を作っていた。
作ることと創ることは、全くの別物である。
作るとは、ある程度の型を用いて既存の物を複製、または改造することである。
創るとは、型を用いず、完全なゼロから新たな物を創造することである。
アデスが創る物は、それを手にした者全てが狂気に魅入られるという厄介で、史上最悪な性質を持っていた。
故に、今までこの鍛冶屋では既存の型を改造する形でした剣を作らず、素材もごく一般的なものであった。
だが、至高の剣を創るとなれば話は別だ。
鍛治師の腕は勿論だが、実際には素材の練度や、素材そのものと鍛治師の相性、さらには使い手の相性でさえも関わってくる。
故に、至高なのだ。
だが、アデスの鍛冶場に良い素材などない。
「素材ならば、我に当てがある。」
「当て?」
「赤龍王の魔石だ。」
「っ!」
赤龍王。魔龍の一種である。
魔龍とは、魔獣の中でも龍型のものを指し、その攻撃性、豪胆さはずば抜けて高い。
人間に近い構造を持ち、意思疎通の可能な龍族とは全くの別物であり、人類にとっての討伐対象である。
魔龍にも様々な種類がいる。
その中でも、火を扱うことを得意とする赤龍の中の王。それが、赤龍王である。
そして、正真正銘の怪物だ。
「あんた………倒せるのか?」
「あぁ。我の旧友に、駆除を頼まれていてな。至高の剣の素材となれるのならば、龍もさぞかし嬉しかろう」
アデスは、龍を倒せると簡単に言ってしまう真紅の髪の男との、認識のズレを感じる。
だがそれと同時に、納得もした。
(赤龍王の魔石なら、至高の剣の素材として不足は、ない)
剣の素材として、魔石は最高級である。そしてその中でも最高峰である龍の魔石。
故に、最高の素材なのだ。
「それじゃあ、頼めるか?」
「………」
アデスの質問に、返答はなかった。
流石に、赤龍王の討伐は厳しかったのだろう。アデスはそう推測した。
だが、違った。
男が口を開く。
「貴殿も、我と共に来るといい」
「それはつまり………あんたと一緒に赤龍王を倒せってことか………?」
無理だろう。
アデスの心は否定する。
何故なら、アデスに戦闘能力はないからだ。
「否。貴殿はただ、我の戦いを見聞するだけでよい」
「それなら………」
俺がついて行く必要はない。アデスはそう言おうとしたが、やめた。
理由は女性の言葉だ。
男との赤龍王討伐の旅こそが、俺が『呪い』から解放されるために必要なことかもしれない。
そう思ったからだ。
「………分かった。俺も同行する」
ただ一つだけ、条件がある。
アデスは続けて、
「あんたの事は、信頼している。だがもし、何か危険が生じたら………すぐに逃げれるようにしてほしい。俺に、自殺する気はない」
万が一、男の実力が想像以上に無かったとしたら、それは討伐ではなく単なる無謀な自殺である。
故に逃走経路は必須だ。
男は数秒の思考の後、
「であれば………これを手にしておくといい。」
そう言い、服の内側に手を伸ばす。
そうして取り出したのは、二つの指輪が入った質素な小箱だった。
「これは、我の友人が開発した魔道具だ。曰く、所持者を守護する魔法が組み込まれている………とのことだ。我は彼を信用している。故に、効果は我が保証する。」
「なるほどな…………一つだけでいいのか?」
「あぁ、その筈だ」
アデスは指輪を嵌める。
あまり、似合わなかった。
「それで、赤龍王は今………どこにいるんだ?」
「ここより西に連なる、ミーレ山脈だ。」
「思ったより…遠いな。」
だがそれでも、目的地は決定した。あとは向かうのみ。
「それで、いつ出発するんだ?」
「今だ。」
「え?」
「今だ。」
今、らしい。
「我の龍に乗れば、ミーレ山脈なんぞ一瞬で辿り着ける」
龍に乗って龍を倒しに行く。何だかおかしいようには思えるが、距離の問題を解決できたので、アデスは疑問を無視した。
「行くぞ」
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液体が、滴り落ちる。
視界はふらつき、臓器の逆流を感じる。
「う゛っ———ぅう」
深い苦痛の声が漏れる。それと同時に追加の液体が喉の奥底からやってきて———
「ゔぅぇろ」
アデスは再び吐いた。
(き、気持ち悪い………)
上下左右に揺れながら高速で飛行する龍の乗り心地は、言わなくてもわかるだろう。慣れたら景色を見る余裕も生まれるだろうが、勿論アデスにそのような余裕はない。
ただただ、振動をモロに受けるだけだ。
対して、真紅の髪の男は何も動じていない。息は整い、汗ひとつかいていない。アデスとは真反対の様子であった。
「ちょ、っと待って、くれ………もう少しで——ゔっ—治ると思うから………」
「あぁ。初めて乗った者は、皆そうなる。故に、我は待つ。」
「あり、がとう………ゔぉえ」
三度目の嘔吐。
朝から何も食べていなかったのが幸いし、口からは何も出てこない。だがそれ故に、腹は減っていた。
そして数分後———
「もう、大丈夫そうだ………ありがとう。」
「分かりきっていた事が故に、案ずるな。」
分かりきっていたんだったら教えて欲しかった。アデスはそう思ったが、今は元気がない。
とにかく今は嫌味とかはよくて、何かを食べなければいけない。
アデスの体は食を欲していた。
だが、今回の旅は至高の剣の素材のためのものであるため、我慢、我慢。
「………」
「どうした?」
アデスが自らの空腹の我慢を開始した時、真紅の髪の男はじっとりと空を見ていた。それも、何かを感じ取ったように。
「来るぞ。」
来るぞ。この場において、この言葉にただ唯一以外の意味はない筈だった。それはアデスも理解している。
だが、覚悟が足りていなかった。故に本来自らを防衛するための避難行動は行われず、身構えることすらない。ただ立ち尽くすだけであった。
それは唐突な、王の登場、出現、そして降臨。
目の前の男と同じ真紅色の物体が強烈な風を吹き荒らしながら空から降ってくる。
その鋭い眼光には、何かドス黒い感情が灯っている。
「好奇心、であろう。貴様の瞳には、好奇心の炎が灯っている。故に、我らを襲わず、観察を続ける」
真紅の髪の男が同じ真紅の龍に語りかけた瞬間、アデスは恐怖を思い出した。
自らよりも大きな体躯、鋭い牙、爪………その全てに、人間をいとも容易く殺すための要素が詰まっている。
さらに言えば、魔龍とは魔獣。故に、魔力を使用することも可能である。
それは、生存本能。生き延びるために本能によって生み出された、最高級の恐怖であった。
「———案ずるな」
アデスの様子に気付いたか否か、真紅の髪の男はそう呟いた。
「赤龍王など、我の敵ですらない。」
全身兵器で殺意の塊。そんな龍を、男は敵ですらないと言った。
「ヴォルルルルルルルルルルル…………」
龍は唸る
感じ取り、理解したのであろう。瞳に灯っていた好奇心は全て消え去り、変化した。
暴虐的な、漆黒色の殺意へと———
「———我に殺意の炎を向けたな?」
その瞬間、世界が割れる。
猛烈な熱波が周囲を襲う。否、真紅の髪の男よりも前方、龍がいた方向のみを襲っていた。
その証拠に、アデスは何も感じていていない。
超高温の熱も、世界を轟かせるような爆音も。
それは、ただただ龍のみを襲った。
唯一アデスに与えられた情報は、視覚。
それは、一太刀だった。
真紅の髪の男の腕の先の五指のうちの、二本。
それが、真紅色に燃え広がった瞬間に、世界は割れた。
真紅色の一太刀は、太刀筋の全てを焼き断つ。
真紅色の鱗に、更なる真紅に燃え盛る一筋の炎が刻み込まれる。
右肩から翼の付け根までを両断された赤龍王の生命が潰える。
どすん
体内にある魔石に一切の傷をつけることなく討伐された赤龍王の首が音を立てて地面に墜落した。
「 」
アデスは、その光景に呆然としていた。
アデスの心を揺れ動かしたのは、圧倒的な強者であるはずの赤龍王を一切の苦難も躊躇もなく両断してしまった男への恐怖だろうか。それとも畏怖だろうか。
どちらも違う。
それは一種の尊敬、憧れ、感謝。そして、彼の剣を作るのに最も相応しいのは俺だ。という自己中心的思想。
『呪い』による消耗により隠されていたアデス本来の性格、そして鍛治師としての矜持と『才能』が、顔を出し始めていた。
「素材は、集まった。」
いつの間にか、真紅の髪の男は赤龍王の死体から大きな魔石を取り出し終えていた。
「………」
鍛治師としての『才能』を取り戻したアデスは、その類稀すぎる『才能』を存分に行使し、素材を鑑定する。
「これなら、作れる。」
至高の剣を。
興奮が抑えきれず、アデスの口から笑い声が漏れ出してくる。
———本来のアデスとは、優しい一面を持ちながらも剣に狂う、異常者であった。
そしてその異常性と天性の『才能』が混ぜ合わさり、常軌を逸する剣を創りあげてしまうがために、彼の剣は他者を魅了し、人を狂気に陥れる。
故に、剣を創ることを自ら封じ、他者からも封じられた。
しかし、アデスは解放された。
故に、彼を止められる者はいない。
「へ……へへっ………」
「歓喜に浸っている所であるが故に余計であるかも知れぬが、逃走手段を欲したのは貴殿であろう」
アデスは一瞬、男が何を言っているかがわからなかった。
だが、次の瞬間にはその意味を理解させられることとなる。
「我の龍に乗れ。さもなくば食われるぞ」
アデス一行が殺害したのは、赤龍”王“。
王となれば、臣下がいる。
大量の赤龍が、アデス一行を襲わんとしていた。
「我は無駄な殺生を好まない。行くぞ」
「あ、あぁ」
アデスが素早く龍に乗り込んだの確認した真紅の髪の男は、龍を発進させる。
だが相手も龍であるが故に、戦闘は空中戦へと移行した。
「「「ヴォォォォォォォォォォォルルル!!!」」」
何十体もの赤龍が一斉に唸り声を上げ、口を開く。
魔力が、収束を始めていた。
それは炎の龍息吹の前兆。
「!」
放射の直前、男が構えを取る。
アデスを守るためか、龍を殺すためか。
だが、炎の波はやってこなかった。
「ヴァール………我と龍を護ったか………」
アデスは、男がそう呟いたのに気付かない。
何故なら、驚愕していたからである。
それは何に、か。
(何、だ。これは)
炎の龍息吹が放射される瞬間、辺りを覆い尽くした風の道に、驚愕していたのである。
「行くぞ。」
危機を脱したのを確認した男は、龍を加速させようとする。
「ちょ、」
アデスは、何と言おうとしたのか。それは分かりきったことであろう。
そして予想通り、アデスは鍛冶屋に戻った後、再び嘔吐した。
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「これで、素材は集まった。…そうだな………三日。三日ほど、待っていて欲しい。至高の剣を創るためには、時間がかかる。だから、三日後に来てくれ。」
帰宅し、一通りの嘔吐を終えたアデスが真紅の髪の男に告げる。
それを聞いた男は、「了解した」と答えた後、鍛冶屋を離れようとする。
それを、アデスは引き留めた。
「少し、待ってくれ。俺の名前はアデスって言うんだが………あんた、名前はなんて言うんだ?」
通常、出会いと同時に行われるはずの名乗りを、今更行う。
アデスは師を離れてからの間、自分からは名乗っていなかった。
名を未来に残す。その必要はないと考えていたからだ。
だが今、アデスはすでに本来を取り戻している。
それ故、名乗る。
「我の名か?我の名は………バルナロク。バルナロク・グルーディリアだ」
「成程な………覚えておく。それじゃあまた、三日後に」
「あぁ。さらばだ」
そう言って、バルナロクは店を出る。
その背中は始めて出会った時と同じように、存在そのものが世界から確立しているようで美しく———哀しかった。
「———始めるか」
頬を叩き、気合を十二分に込めてから、素材である赤龍王の魔石に視線を向ける。
アデスの脳内には、すでに一つの剣の設計図が完成されていた。
それはバルナロクとの対話により確立された、ある一つの完成形、そして、至高の一品。
剣とは、使い手が居るからこそ存在が確立される。
故に、鍛治師の観察眼は素材だけではなく、使用者にも向けられる。
アデスは、バルナロクの類稀なる存在力を、存分に体験し理解した。
今まで、その忌々しいほどの『才能』により、釣り合う者が与えられなかったアデスにとっての、最高の機会。
だからこそ、構想は一瞬。後は創るのみ。
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薄暗い鍛冶場の中に火花が散る。その中心には、高熱により、元々真紅であった身を更に赤くそして紅くした、魔石が在った。
この素材は、本来は熱を受け付けない筈であったが、真の鍛治師に、それは障壁とはならない。
度重なる槌撃により、魔石はその身をより強固にし、煌めきを増す。
そしてその煌めきは、鍛治師自身の精神を侵す程に狂気の魅惑を纏っていた。
だが、鍛治師にとって、そんなことはどうでも良かった。
至高の剣を、相応しい者に与える。
その願いの為ならば、彼はたとえ死んだとしても剣を創り続ける。
故に、どうでも良かった。
彼の名は『剣匠』アデス。
かつて人々に天才と持て囃され、そして後世に名を語り継がれる程に剣に魅入られ、剣を創り続けた異常者である。
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「………」
アデスは、成し遂げた。
鍛治師の念願、そして自身の念願。
至高の剣を、創り遂げた。
感動により、瞳が潤い、水で溢れる。小さな笑い声が口から漏れ出し、歪んだ笑顔を浮かべる。
だが、それと同時に、アデスは一つの真実へと辿り着いていた。
「………完成したか」
いつの間にか、異常なほどの存在感を放つ男………真紅の髪を持つ、バルナロクが部屋の中にいた。
「………受け取れ」
アデスは絞り出すかのような声を出しながら、バルナロクに剣を受け渡す。
アデスは、恐怖しない。バルナロクが狂気に呑まれるはずが無い。そう信頼し、確信しているからだ。
「それなら、あんたの炎を抑えることが出来るはずだ」
「………やはり、気付いていたか」
「あぁ。鍛治師が観るのは、素材だけじゃない」
アデスは、バルナロクの中に、哀しみを感じた。
それは、内なる炎の暴走を抑え続けるものによって生み出されたものだと、アデスは予測した。
何故出会ったばかりにも関わらず、そんなものを予測出来たのか。それは『才能』であり、『運命』とも言える。
「感謝する」
「こっちこそ、感謝するよ。あんたと………『風を詠む者』のお陰で、俺は本来の自分を取り戻せた」
それに、真実にも辿り着けた。
真に至高の剣など、存在しない。
鍛治師が、今持ち得る最大限の力を凝縮し、最高品質に仕上げられた剣は、確かに至高の剣と言えるかも知れない。
だが、真の至高ではない。
真の至高とは、未来の更にその先にあるものであり、絶対に届くことのない、終着点。
至高の上に、至高がある。故に、辿り着くことはない。
だからこそ、その一生辿り着くことのない存在を夢見る事によって、鍛治師は剣を創り続けるのだろう。
と、アデスは考える。
「それと、あんたは、俺の命の恩人みたいなもんだ。だから、その剣に代金はいらない」
だけど。
「もし、その剣について誰かと話すことがあれば、俺の名前を伝えておいて欲しい。別に、この場所のことは伝える必要はない。ただ、名前………俺の名前だけは、未来へと伝えて欲しい」
「あぁ、了解した。…………して、この剣の名は何という」
「あぁ、言ってなかったか………この剣の名前は———」
アデスは剣の名前を静かに告げた。
この剣は後の、遠い遠い未来。とある女性の手に渡ることになる。
遠い過去、彼女の心は、氷のように冷たく、孤独に閉じこめられていた。
その心を溶かしたのは、一つの炎。
『我と共に来い。我が、貴殿の凍り付いた心を溶かして見せようぞ』
その男の名は、バルナロク。
彼女の心を溶かした炎とは、炎帝となった男の、熱烈な愛の告白であった。
これが、遠い過去の物語です




