【おまけ】『5話で迎えに来た傭兵叔父』『三人娘と野ネズミ』『家猫君、十三男と出会う』
【人物紹介】
リリカ:主人公。『野ネズミ』。6話時点で15歳。
ユリウス:ノイス侯爵家の当主実弟。『家猫くん』。6話時点で14歳。
アーロン:リリカの弟。6話の時点で14歳。
ルーベン:リリカの父の弟。五男。傭兵。≪放浪侯爵傭兵団≫副団長。6話時点で30歳。
エデル:リリカの父の弟。十三男。傭兵見習い。≪放浪侯爵傭兵団≫所属。6話時点で13歳。
ベアトリス:赤髪令嬢。ツンデレ。
***:鉄色の髪の令嬢。手先が器用。
***:藍色の髪の令嬢。おっとり穏やかタイプ。
***『5話で迎えに来た傭兵叔父』(叔父ルーベン視点)***
「……リリカ、誰にやられた」
騎獣から飛び降りたルーベンが、ガラス細工に触れるような繊細さで、リリカの短くなったミルクティー色の髪を掬いあげる。腰元まであった長い髪が、肩先までの長さになっていた。問題は、その切り口だ。太く武骨な指に乗せられた髪は、どう見ても何か鋭利なもので切り取られていた。そう、魔獣が原因ではありえない切り口だった。犯人は、人間だ。
そのまま視線をリリカの簡素な服にやる。ルーベンが所属する≪放浪侯爵傭兵団≫が見習いに着せている戦闘服だ。……ベースは。
姪が魔獣支配圏で討伐見学なんて危険な実習に参加すると聞き及んだルーベンが、弟のエデルを遣いにして持っていかせた、耐切創と耐攻撃魔法の機能が付与され、着用者の現在地と生体データが一定時間ごとに自動発信される最新型戦闘服である。ちなみに姪には教えていない。姪のリリカは遠慮深く、叔父であるルーベンの手を煩わせるのは申し訳ないと言い出す可能性があったからだ。
そんなリリカが着ている、装飾もない生成りの質素な生地からは考えられない魔改造が施された上下の戦闘着は、血と肉片で赤く染まっていた。そこまではいい。これがリリカの血でないことは分かっている。だが、問題は、服では覆われておらず、ルーベンが把握していなかった姪の頭部だ。
リリカが大事に手入れしていた、ルーベンも姪っ子のチャームポイントの一つとして、他の人類生存圏に護衛任務で出かけた時にはハーブのヘナやら薔薇の香油やらを土産に買ってきてやっていた長い髪が、バッサリと無残に切り取られていた。
―――切り口から言って、剣か。
ルーベンが駆けつけるまでに参照した生体データにも、リリカの手足に傷があり、残存魔力量が急激に低下していると表示されていた。だから、覚悟はしていたつもりだった。
だが、甘かった。
体から漏れ出た魔力に威圧され、周囲の人間達が一歩後退ったのが分かる。乗って来た騎獣が警戒したように嘶いた。竜型の魔獣相手にも怯えない相棒が。
―――まさか、魔獣じゃなく、人間に俺たちの宝物が傷つけられるとは。
ルーベンは冷え冷えとした声音で、可愛い姪っ子に再び尋ねた。
「うちの小姫に手ぇ出した馬鹿はどこのどいつだ」
―――地獄を見せてやる。
***『三人娘と野ネズミ(6話後)』(リリカ視点)***
「まぁ、野ネズミさん。私のお友達がそんなでは困りますわ。もっと身なりを整えてもらわないと」
赤髪の子爵令嬢が目を細めて差し出してきた紙袋を両手で受け取り、リリカは小首を傾げた。なんだろうか。袋の口を開くと、中身は木の板に巻かれたリボンだった。それも十数種類はある。どれも赤色の色糸が使われているが、それ以外は素材も意匠も千差万別のリボンに、リリカは紅玉色の瞳を丸めて赤髪の令嬢を見上げた。
「ベアトリスさんはね、リリカさん。リリカさんとお揃いの髪飾りを付けたいのよ。ほら、リリカさんとベアトリスさん、髪と瞳がお揃いの赤色でしょう?」
鉄色の髪の子爵令嬢が、リリカの持っている紙袋を覗き込み、その中にある光沢のある長めのリボンを取り出した。今日、赤髪の子爵令嬢が着けているものと同じな気がする。
リリカの髪は、以前のように背中で一本の三つ編みに結ぶには短くなりすぎた。邪魔にならなければいいかと組紐をヘアバンド代わりにしているだけの髪に、鉄色の髪の子爵令嬢は手にしたリボンを当てると一つ頷き、リボンと髪を交互に動かして、右側サイドの髪をリボンと一緒に三つ編み風に編み込み始めた。
彼女は、最終的に右耳の下まで編み込むと、どこからかヘアピンを取り出して髪を固定し、リボンが解けないように一度結んで、残りの余った部分を幾度も丸めていき、最終的に両端を垂らした。
「あらあら、赤色だけでなく、赤色と銀色に、赤色と藍色のリボンもあるわね。こちらは三色とも揃っているわ。今度はこのリボンでお揃いの髪型にしても楽しそうね」
鉄色の髪の子爵令嬢が髪を結っている間、手持ち無沙汰のリリカに、藍色の髪の令嬢が袋の中のリボンを一つ一つ取り出して机の上に並べ、それぞれについて解説してくれる。
「これは東方にある島嶼部人類生存圏でだけ取れる月光蚕でできた薄月リボンですわ。夜闇の中で淡く光るので夜会で人気ですのよ。こちらは、南方にある火吹き鳥の羽毛を織り込んだ紅炎リボン。ほら、赤い魔力粒子が表面で踊っていて煌めいているでしょう。華やかで目を引くと、意中の殿方と出かけるときに着ける方が多いわ。こちらは私の領地で育てている真珠羊の羊毛を使っておりますわね。肌触りが良いのよ。締め付け感がないからチョーカーとして首に巻くのもオススメですわ」
そうこうしているうちに編み込みが完成したらしい。ドヤ顔の鉄色の髪の子爵令嬢が水の魔法を使って中空に水鏡を作り、リリカに出来上がりを見せてくれた。丸めたリボンはまるで花弁のようで、リリカの右耳の下に小さな赤薔薇が咲いていた。垂らされたリボンが、教室の窓から入ってきた風にヒラヒラと舞って楽しげだ。
「わぁ……素敵!」
紅玉色の瞳をキラキラと輝かせて鉄色の髪の令嬢に礼を言ったリリカは、解説してくれた藍色の髪の令嬢と、ことの発端である、リボンをくれた赤髪の令嬢にも改めて礼を言う。
それに、鉄色の髪の令嬢は、
「どういたしまして。明日はハーフアップが試してみたいわ。待ち合わせしましょう」
とニコニコと笑い、
藍色の髪の令嬢は、
「うふふ、使う時の参考になったら嬉しいわ。四人でお揃いでも楽しそうねぇ。皆でそれぞれの髪を結えばいいわ。ベアトリスさん、この赤色と青色と銀色で小鳥とライラックを描いているリボンはまだ余っていらっしゃるかしら」
とワクワクした表情で両手を組み、
赤色の髪の令嬢は、
「ちょうど四人分ありましてよ! ……リ、リリカさん。どうかしら、明日はお時間はおあり?」
頬を染め、視線をウロウロとさせてた後に、おずおずとリリカの名を呼んだ。
リリカは花が咲くように笑って、それに答えた。
「――――はいっ」
***『家猫君、十三男と出会う』(叔父エデル視点)***
家猫くんが野ネズミに出会って一年経った頃の話だ。そんなことは知らないエデルは休日に家で惰眠を貪っていた。
***
―――リンゴーン。
遠くで鳴る鐘の音にエデルは唸り声を上げた。
―――リーンゴーン。
再び音がした。これはエデルの家の呼び鈴だ。
エデルは今年で10歳。年若いが複雑な魔導陣行使が得意な傭兵見習いとして魔獣支配圏での護衛任務に何度も同行し、生還してきた。今回も魔獣支配圏を踏破して砂漠地帯へ赴き、現地に発生する飛魚型魔獣とその討伐方法を調査研究する学者集団の護衛任務を終え、ようやく昨晩ヴァッレン帝国へと帰って来たところだった。
帰路も魔獣支配圏を通過したのだ。交代で仮眠と休憩は取ったが、当然疲労は蓄積した。帝都の傭兵ギルド本部で任務完遂報告を行った部隊長が解散を宣言した後、ギルド付属食堂で簡単な夕食を取り、家に戻ってからの記憶がない。
泥のように眠っていたエデルを叩き起こした呼び鈴は、未だに鳴り続けている。
―――リンゴーン、ゴゴゴーン。
連打しやがった。どこのどいつだ。舌打ちしたエデルは諦めてベッドから身を起こし、床に脱ぎ捨てていたブーツに足を突っ込んだ。
寝ぐせのついた髪を手櫛で整えながら扉に向かう。エデルが住んでいるのは5棟が連結した半地下アパルトマンだ。5棟全てにエデルの父親違いの兄弟たちが住んでいる。
長兄が購入した物件で、ある程度自立できる年になって職を得た弟は順次この物件に住まい、独立した生活の練習をする。慣れないうちは長兄が頻繁に様子見にくるが、大抵は問題なく過ごし、金が溜まって自分で新しく家を買うものもいれば、不便が無いからとそのまま住まい続ける者もいる。エデルは後者だった。
半地下階層を含めて三階ある家は一人暮らしには十二分な広さであり、生活する中で増えた武具や衣類、魔獣に関する資料に加え、雑多にある生活具類をいまさら新居に移すのも面倒だからだ。ちなみに、長兄に相場家賃はきちんと払っている。そこは兄弟でも線引きすべきと弟組で話し合った結果だ。
エデルは玄関に向かうために階段を登りながら大きく欠伸をした。この家を訪ねるのは、職場の傭兵団の人間か親類ぐらいだ。近所に帝都一のホラースポットがあるので、そもそも人通り自体が極端に少ないエリアであったりもする。
「どちらさんー?」
目を擦りながら木造の扉を開くと、大柄な少年が玄関先に立っていた。
「エデル、お帰り! もうお昼だよ、ご飯食べに行こう!」
尻尾を振る大型犬のように明るく笑いかけて来た彼に、エデルは眉間に皴を寄せた。
「……おい、飯はいいが、アーロン……後ろに連れてきてんのは誰だよ」
テヘ、と笑った一歳年上の甥御の後ろに、少女と見紛う美貌の少年がいた。背の高さはエデルと同じぐらい。年の頃も近そうだ。
「こっちは僕の新しい友達のユリウス君! 一緒に傭兵ギルドの横にある食堂に行きたいんだけど、この格好のままだとちょっとまずいかなって」
「お前、そりゃぁ、こんな如何にも貴族でございってな坊ちゃんが来たらなぁ」
「僕の服を貸そうと思ったんだけど、サイズが合わなくて」
「アーロンはガタイがいいからな。何食ったらそんなにデカくなんだ。まだ11歳だろ」
ポンポンと会話しながら二人を招き入れれば、アーロンは慣れた様子で、後ろの貴族少年はおずおずと入って来た。二人を一階のリビングに案内すると、ちょっと待っていろとエデルは言って地下へと降りて行き、すぐにシャツとズボン、ベルトに靴下と言った小物を二人分持って戻って来た。
「サイズ的にこんなもんだろ。お綺麗な髪はどうしようもないが、その帽子も貸してやるから、そいつで隠しな」
男同士だしここで着替えて行けと指示して、エデル自身も夜着の上着を脱ぐ。貴族少年の薄紫色の瞳が見開かれた。エデルの上半身には薄い筋肉と―――無数の傷跡が付いていた。
「……なんだよ、お貴族サマ。傷跡が珍しいかよ」
「……いや、僕と同じだなって……」
そう呟くように答えた彼が脱いだ服の下は、確かにエデルと似たような有様だった。それどころか、黒色の魔導刻印が心臓を中心に腹から鎖骨まで広がっており、見せる相手を選ぶという意味では、少年の方が上回っていた。
「おい、それ……同意か?」
焦げ茶色の瞳を眇めたエデルは、少年に一歩近づき、その魔導陣を『読み解い』て問う。返答は短かった。
「うん」
「そうか」
―――エデルが『読み解いた』魔導陣の効果は、魔力暴走時の威力強化―――少年が死ぬことを前提とした広範囲攻撃型魔導陣だった。
そういう一族にエデルは心当たりがあった。たしか、当主実弟がエデルより一歳年上だったはずだ。
「悪いが、俺は貴族の礼儀作法なんざ毛筋ほども知らねぇ。……嫌だったら服だけ貸すから、アーロンと二人で行ってくれ」
「気にしないよ。ここでは貴族じゃなくてただの『ユリウス』として扱ってもらえたら嬉しい」
「じゃあ、『ユリウス』。よろしくな。俺は『エデル』だ」
服を着替え終わったエデルは、顔を洗って髪形を整えると、アーロンとユリウスと三人で、昨日までの護衛任務の話をしながら家を出て、傭兵ギルドの隣にある食堂へと向かった。ユリウスが着ていた服は、途中でアーロンの家に預けた。帰りに寄って着替えるらしい。
「調査対象が飛魚型の飛行種魔獣でさぁ、砂漠の砂のどこから飛び跳ねて来るか分かんねぇから学者先生が喰われないように守んの難くて参ったわ。現地の部族は、土魔法が得意な奴が地下に魔力を放出して反射反応で位置を特定しててさ。それを共有する宝玉型位置共有魔導具があって、それで攻撃の効率性を上げてた」
エデルの話にユリウスが食い付いた。菫色の瞳をぎらつかせ、その話もっと詳しく、とエデルに一歩近づく。
「それ、詳しい調査結果の報告書って公開されるのかな。うちも一年前、紫瘡魚型が例によって群れで発生したんだ。数千匹単位で発生する、空飛ぶ毒魚とか最悪だった。今でも夢に見て魘される」
二人に挟まれる形でゆったり歩いていたアーロンは、静かに彼らの会話を聞いていたが、うーん、と顎に手を当てて上を向き、のんびりとした口調で話始めた。
「じゃあさ、どうにか紫瘡魚の位置を索敵魔法で特定して、それをその魔導具で指向性魔法が得意な人と共有したら、全頭一斉駆除ができたりしないかな。魔力消費量が多過ぎて無理かな」
どうかなと首を傾げるアーロンに、黙って聞いていたユリウスが薄紫色の瞳を輝かせる。
「それ! できたら最高だ! ……問題は100kmはある索敵範囲の広さと、それだけの範囲に指向性を付けて正確に攻撃魔法を放たないといけないこと。……特化型魔導陣を刻印した武具を作って……魔力は『ノイス』で十分として、そんなものを魔導陣含めて創って実行できる人間がいるのか、というか、索敵範囲がそもそも広すぎる……複数人で協力して? ……いや、しかし……」
言いながら思考にどんどん沈んでいき、足を止めてしまったユリウスに、先に進んだ友人二人が振り返って声をかける。
「おい、腹減ってんだよ。早く行こうぜ。旨い飯が食えるってのが生者の特権だろうが」
「そうそう。難しいことは後にしよう? 魔獣討伐も大事だけど、まずは僕たちが人生楽しまないと」
戻って来た彼らが、ユリウスの両手をそれぞれ握って、そのまま引っ張りながら前へと進ませる。
「今日は何頼むかな」
「今週は若鳥の足がオススメになってるらしいよ。すっごい柔らかくて美味しいんだって。塩と胡椒を振りかけたらエールが樽単位で消えるってルーベンさんが言ってた。大皿単位で頼むとちょっとお得だって」
「へぇ、じゃあ大皿頼んで、三人でシェアするか」
それでいいか、と顔を覗き込むエデルに、ユリウスは少し戸惑った表情をして、うん、と頷いた。よし、決まり! と笑ったアーロンと共に、三人仲良く石畳を彼らは進んでいった。
熱々のオニオングラタンスープに山盛りの若鳥の足、スパイスの効いたジンジャーエール、ローズマリーとガーリックで香り付けしたフライドポテトで腹を膨らませた彼らは、隣接する傭兵ギルド本部の訓練施設で腹ごなしと言って手合わせをして……一部壁面を破壊した。
ギルドへの謝罪と賠償の仲介役となった、エデルが所属する≪放浪侯爵傭兵団≫副団長に三人仲良く叱られた彼らは、帰り道でやっちまったぜと顔を見合わせて、二ッと笑って再戦を誓い合った。
二人と分かれて家に帰ったエデルは、耳元の通信具に増えた連絡先に機嫌よく鼻歌を歌い、食堂から夕食用に持ち帰った魚のフライと揚げ芋を炎と水の魔力で温め直して、酢と塩を盛大に振りかけてかぶり付いた。
―――面白いダチができた。今日は良い日だったなぁ。
エデルが帝都ギルド本部の結界魔導陣と耐物理・耐魔法攻撃機能付障壁を友人二人と一緒に壊したという話を聞いた長兄が鬼のように連絡を入れてくるまであと三十分であった。ちなみに、もうちょっと野菜を取れとも叱られた。
時間があったので書いた小話三篇です。そろそろ職場の常時修羅場が構って欲しそうなので、作者が消えたり、返信等が遅れた場合、社畜業を頑張っているとお考え下さい。




