第86話 聖女は戦女神のお気に入りとなる
「こんなに相手の魔法がよく見えるのは……? ひょっとして、回復魔法の講習をしていたからなのでしょうか?」
よくよく考えてみれば、どんな魔法修行よりも神経を使うものでした。
身体強化魔法で、静止視力も動体視力も全開。
常に視野を広く取り、40名近い生徒1人1人に目を届かせなければいけなかった。
魔力的な感覚も、限界まで研ぎ澄ませていました。
複数人が展開する魔法の術式を、誤りがないか正確に判断しなければならなかった。
「他人に教えることこそ、1番の修行」
よく聞く言葉ですが、わたくしは知らず知らずのうちにそれを実践していたのです。
今、わたくしとリュウ様を守って下さっているのは、40名近い受講生の皆様方が与えて下さった経験。
そう思うと、胸が熱くなりました。
本当にあのギルドの皆様には、助けられてばかりですわ。
(ヴェリーナさん、ミツキの『インビジブルライデン』が見えるのはいいんだがよ。……このまま回避し続けても、ジリ貧だ)
指向性のある念話魔法で、リュウ様がこそっと話しかけてきました。
そうですわ。
現在リュウ様やわたくしには、強固な防御力を誇る機械竜への決定打がないのです。
おまけにリュウ様は竜人族の魂と呼べる竜魔核にダメージを負っていて、かなり無理をしている状態。
攻撃魔法が発動できないどころか、このまま戦い続けては竜化が解けて墜落する危険すらあるでしょう。
それに対しミツキ・レッセントの「インビジブルライデン」は、かなり効率のいい魔法です。
瞬間的な威力こそ凄まじいものの、発動している時間は一瞬。
まだまだ連発できそうな雰囲気があります。
このまま逃げ続けていても、先に力尽きてしまうのはリュウ様でしょう。
「ミラディース様……わたくし、どうすれば……」
良い打開策を思いつけなかったわたくしは、ついついミラディース様に祈ってしまいます。
これは元神官・現ミラディース教徒として、良くない姿勢です。
あくまでミラディース様は、現世で精いっぱい生き抜いた魂を救済して下さる慈愛と安息の女神。
死力を尽くした者にしか、祝福は与えて下さらないことでしょう。
そもそも今必要なのは、ミラディース様の祝福ではありません。
(レオンの娘よ……、力が欲しいか?)
また、あの声が聞こえました。
ミラディース様のように美しい。
でもミラディース様より凛とした、力強い声。
「力が……。わたくしは力が欲しいです! 暴力ではない! 彼女の心の鎧を斬り裂き、救い出す力が!」
極大雷魔法で黒焦げにされても――
リュウ様を攫われ薬漬けにされても――
番としての繋がりを断ち切られそうになっても――
わたくしは彼女を――ミツキ・レッセントを憎みきることができませんでした。
それは彼女の境遇に対する、単なる同情なのかもしれません。
しかし紅い瞳をキラキラさせて「にゃんこマスク」と友人になりたがった彼女を見て、思ってしまったのです。
わたくしもまた、違う形で出会いたかった。
彼女と友人になりたかった。
今ならきっとまだ……間に合う!
わたくしが突然叫んだので、リュウ様はビックリされておりました。
ですが彼が、もっと驚くような現象が起こったのです。
遥か眼下。
電灯と魔法灯の光に溢れたシーナ=ユーズの一角で、ひときわ強烈な黄金の輝きが放たれました。
あれは確か、「奉竜大武闘会」の試合会場。
「ティアマットアリーナ」がある辺り。
身体強化魔法で視力を強化してよく見れば、やはり光はアリーナの屋根から噴き出していました。
(気に入ったぞ! 性癖だけでなく、心意気までレオンに似ているのだな!)
黄金の光は矢となって夜空を射抜き、わたくしとリュウ様のすぐ近くまで飛んできました。
何が起こったのか分からないリュウ様とミツキ・レッセントは、空中で呆然と静止してしまいます。
何が起こっているのか、わたくしはうっすらと感じ取っておりました。
しかし、にわかには信じ難い気持ちもあります。
光の矢はわたくしのすぐ横まで来ると、人の形を取りました。
月光のような輝きを放つ、長い金髪。
どこまでも晴れ渡った空のような、青き瞳。
纏った白き鎧は神々しく、勇壮。
ミラディース様の妹神にして、戦と研鑽の女神リースディース様。
勝気で美しい笑顔を浮かべながら、彼女は片手でずいっと剣を差し出してきました。
黒い鉄鞘に納められた片手剣。
黄金の装飾が施されたその姿には、見覚えがあります。
レオンお父様が――
ランスロット様が――
ミラディア神聖国の歴代剣聖達が、ずっと腰に佩いていた神器。
(受け取れ! 私の力の一部を! 初代セナ・アラキから数えて、そなたが1125代目の使い手だ)
差し出された神剣リースディアを、わたくしは両手で恭しく受け取りました。
「リースディース様……。ご加護を与えて下さり、ありがとうございます。ですがわたくし、剣術は素人。神剣リースディアを、どう扱ってよいものか……」
(ハハッ、何も心配することは無い。リースディアは剣にして、剣にあらず。今のそなたに、1番相応しい姿となり力を貸すだろう。――心のままに、念じてみよ)
――心のままに、念じる?
わたくしはやや距離を取って滞空していた、ミツキ・レッセントへと視線を向けます。
そして想像しました。
彼女に似合わない機械竜の装甲板を――
心を覆い隠す鎧を――
忌まわしい装置との、欺瞞に満ちた繋がりを――
みんなみんな、叩き斬ってしまう力のイメージを。
念じた瞬間。
鞘に納めたままのリースディアは光の粒子へと姿を変え、わたくしの頭上に渦巻き始めます。
そして元の大きさより遥かに長大・超重量な武器となって、両手にずっしりとのしかかってきました。
あまりの重量に、慌てて身体強化魔法の出力を上げます。
『うおっ! 重てえっ!』
わたくしを背に乗せていたリュウ様も、重力低減の魔法をコントロールしてバランスを取ります。
「これは……槍? それとも大剣と考えた方が良いのでしょうか?」
わたくしの両手に握られていたのは、見たこともない武器でした。
槍のように長い柄の先に、これまた長く幅広な刀身の大剣がくっついているみたいですわ。
柄だけで3m。
刀身部分だけで2m。
合わせて5mはあるでしょう。
(それは斬竜刀と呼ばれる、東方の武器だな。大きさと重量に任せて、巨大ドラゴンの鱗を叩き斬るために生み出された。もっともその重さと大きさゆえ、実際に使いこなせた戦士は皆無だがな)
さすがは戦女神様。
世界中の武器について、造詣が深いのですわね。
(リースディアの斬竜刀形態については、念じさえすれば軽くなるぞ。振るう瞬間だけ、「重くなれ」と念じれば良い)
アドバイスを下さったリースディース様のお姿は薄くなり、夜空に溶けてゆきます。
後は自分で考えて、戦えということでしょう。
言われた通り斬竜刀に「軽くなれ」と念じた瞬間、まるで羽毛のように軽くなりました。
これならばわたくしを乗せて飛ぶリュウ様に、負担をかけずに済む。
『そんなにコロコロと重量を変えられちゃ、飛びにくいぜ!』
あらら……。
軽くなったらなったで、負担をかけてしまうようです。
しかし――
「リュウ様、心配は要りません。斬竜刀の重量を変化させるのは、あと1回だけ……」
次の一合で、勝負が決まる。
確信を持って、リースディア斬竜刀形態を構えます。
得物を立て、柄を右肩に引き付けた八相の構え。
見よう見まねですが、レオンお父様の得意とした構えですわ。
「リュウ様。ミツキ様は、身体強化魔法の使い手ですか?」
『いいや、取得はしてねえはずだ。俺ら竜人族や天翼族みてえに変身できる種族は、身体強化魔法や飛行魔法をわざわざ取得しねえ』
思った通りですわ。
竜化すれば爆発的な身体能力の向上と、飛行能力が手に入るのです。
時間を割いて、それらの魔法を取得する者は少ないでしょう。
ミツキ・レッセントは、身体強化魔法を使えない。
だとしたら必殺の一撃である「インビジブルライデン」にも、大きな欠点がある。
「おそらく『インビジブルライデン』発動中、ミツキ様の……には……が……ていないのですわ」
『なるほどな……。ってことは、……に、弱えってことだな?』
わたくしとリュウ様は、同時に頷きました。
戦い方は決定です。
後はミツキ・レッセントが、誘いに乗ってくるかどうか。
『ハッ! 何そのバカでかい剣は? そんな原始的な武器で、この私の装甲を斬り裂けると思っているの?』
大音量の念話魔法で、遠くからミツキ・レッセントが話しかけてきます。
斬竜刀を警戒して、一旦間合いを外したようです。
「斬り裂いて欲しいのでしょう!?」
こちらも身体強化魔法を発動して、大声で叫んでやりました。
リュウ様は風の魔法で耳を保護していますが、それでも少しうるさそう。
「ミツキ・レッセント!! あなたに鉛色の装甲板など似合わない! 夜空に煌めく黄金色の鱗こそ、雷の魔王竜に相応しいドレス! その姿を、さらけ出しなさい!」
『……ふざけないでよ! やれればとっくにやってるわよ! こんな醜い鎧、脱ぎ捨てて……。ヴェリーナ・ノートゥング! あなたにはそれができると言うの!?』
「試してみれば、よいのではありませんか!?」
敢えて挑発を仕掛けてみました。
ミツキ・レッセントは空中で静止し、兜の中で両眼を閉じます。
そして再び紅い眼光が輝いた時――
『インビジブルライデン』
雷の魔王竜、最速の魔法が発動されました。
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次回、第87話 聖女はどこに落ちたい?
3月11日、9:30頃投稿予定です。