第70話 聖女は魂が凍り付く
『ちっ! めんどくせえな。並の竜人族3人ぐれえなら、全力飛行で逃げ切れ……』
「それも、難しそうですわよ。……敵総数、15ですわ」
身体強化魔法で視力を強化して見渡せば、金竜機甲師団の数は15まで増えておりました。
360度グルリと囲まれておりますし、頭上も押さえられております。
先ほどは『大人しく投降しろ』などと念話で警告してきましたが、大人しく投降しても身の安全は疑わしいです。
現に今も、砲弾の雨が降り注いでいるのですから。
うーむ。
この状況は、よろしくありません。
わたくしとフクが背中に乗っているせいで、リュウ様は回避や防御に専念しなければなりませんもの。
一方のわたくしも、リュウ様の背上から遠方の敵を攻撃する手段がありません。
人型のシュラ様に拳圧を飛ばして攻撃したこともありましたが、竜化した竜人族達相手では効果が薄いでしょう。
ならば、やることはひとつです。
「リュウ様。わたくし、地上で戦いますわね」
『おい、ヴェリーナさん。俺から離れるんじゃねえ』
「すぐ戻ってきますわ」
わたくしは鞍から立ち上がり、宙返りしながら後方へとジャンプしました。
フクも一緒についてきます。
現在の高度は、2000mといったところでしょうか?
眼下には、荒れた岩山が広がっていました。
少し平らになっている部分を目指し、わたくしは急降下していきます。
頭を下にして空気抵抗を減らし、なるべく速度を上げるよう心掛けました。
のんびり降下していては、砲弾の的になってしまいますものね。
地面に激突する寸前、身体強化魔法を発動。
足から着地しますが、衝撃で岩山に亀裂が入ります。
爆炎魔法みたいな轟音が出てしまいましたが、わたくしは怪我ひとつ負っておりません。
我ながら、綺麗な着地だったと満足しています。
「ご主人様! 正面!」
大丈夫ですのよ、フク。
見えております。
着地のタイミングを狙うとは、やりますわね。
わたくしの正面には、金竜機甲師団の大砲から放たれた砲弾が迫ってきておりました。
「要りません。返品させていただきます」
大気を切り裂き飛んできた砲弾を、わたくしは球蹴りゲームの要領で蹴り返しました。
砲弾は吸い込まれるように、出てきた砲門へと戻っていきます。
ワンテンポ遅れて、小さな爆発が巻き起こりました。
「ゴォーーーール!! さっすがご主人様!」
フクが叫びます。
球蹴りゲームでは得点が決まった時、こう叫ぶのが慣わしなのですわ。
大砲を破壊された竜人族さんは墜落していきますが、低空からなので死にはしないでしょう。
わたくしが地上に降りた理由は複数ありまして、ひとつは爆弾などの地上攻撃用兵器を装備している敵が見当たらなかったこと。
地上の敵を大砲で狙うというのは、難しいはず。
地面への飛行角度がついてしまい、墜落の可能性が出てきますもの。
そして、もうひとつが――
「いいですわね。ここには、武器にできそうなものがたくさんあります」
わたくしは拳を叩きつけ、傍らにあった岩壁を叩き割りました。
破片となって飛び散った岩の直径は、20cmほど。
実に手頃な大きさですわ。
わたくしは、岩のひとつを手に取りました。
そして、先ほどとは別の竜人族さん――壊れていない大砲を装備しているドラゴンに向けて、岩を投擲すべく振りかぶります。
身体強化魔法を発動。
全身を鞭のようにしならせ、魔力は流水のように循環させます。
わたくしの右腕から放たれた岩は、砲弾以上の速度と威力をもって飛びました。
そのままドラゴンの背にある大砲を直撃し、破壊してしまいます。
「ストライク……ですわ」
今度は球を投げる競技の真似をして、コールします。
わたくしは次々に岩を投げ、金竜機甲師団の大砲を破壊していきました。
なんでしょう?
敵の動きが、良く見えます。
ここ最近は回復魔法の講習とその準備に追われて、戦闘に関する修行の時間は減らしていたというのに。
「ご主人様は、直接相手の体には当てないんだね」
わたくし、暴力は嫌いですの。
どうしても振るわなければならない場面でも、最小限に留めたい。
それに――
「なんだか、手加減をしても相手を即死させてしまいそうな気がして……」
シュラ・クサナギ様を倒して以来、魔力が上がったような感覚があるのです。
思えば、ブライアン・オーディータ様を阻止した後も。
オーディータ様の時は、リュウ様と番になった影響だと思っていました。
もちろんそれもあるのでしょうが、それだけとは思えない。
激しい戦いが、わたくしの魔力を底上げしたのでしょうか?
とにかく魔力が上がり過ぎていて、軽く投げた岩でもドラゴンの鱗を貫いてしまいそうなのです。
なので背中の大砲が狙えない時は、牽制球を投げます。
リュウ様に向け雷の吐息を放とうとしていた竜人族さんの鼻先を、掠める一投。
怯んで吐息を中断した隙に、リュウ様の尻尾が相手の横っ面をひっぱたきました。
食らった相手は、フラフラと高度を下げてゆきます。
やはりリュウ様も、なるべく死人や重傷者を出さないように戦っている。
あとで火竜領と雷竜領の揉め事にでもなったら、大変ですものね。
すでに、どうしようもない事態に陥っている可能性もありますが。
敵の竜人族の数は、みるみると減っていきました。
竜化しているとはいえ、普通の竜人族達ではリュウ様の相手にはなりません。
なんせ今まで、魔王竜を打ち倒してきたのですから。
残敵数は2。
これなら戦闘をやめて、リュウ様の全力飛行で逃げ切れる――
そんなことを考えていたわたくしの背筋に、ゾクリとした戦慄が走りました。
なんですの?
これは?
内臓が握りつぶされそうな、圧倒的魔力の波動。
まるで、初めて魔王竜姿のオーディータ様を見た時みたいですわ。
いいえ、この力は――
オーディータ様より強い!
シュラ・クサナギ様よりも!
わたくしは力を感じる方角へと、視線を向けました。
『ヴェリーナさん! 気を付けろ! 何か、とんでもねえのが来るぞ!』
リュウ様が地上近くまで降下してきて、注意を促します。
「この強さ……。これはひょっとして、雷の魔王竜……雷竜公ツクヨミ・レッセント様ではありませんの?」
「いいや。こう言っちゃなんだが、あのオッサンはあんまり強くねえ。これからやってくる奴の方が、ずっとヤベエ……来るぞ!」
南東の空に、小さな黒い点が見えました。
身体強化魔法で視力を強化しても、これが限界。
しかし次の瞬間には、視界いっぱいに鉛色の何かが映り込みました。
慌てて視力強化を解除します。
鉛色の何かは、身体強化魔法など使わなくても充分目視できる距離まで来ていたのです。
――瞬きするほどの間に。
それは、巨大なドラゴン。
リュウ様やオーディータ様の全力戦闘形態より、少し大きく見えます。
恐らくは、全身を鎧で覆っているからでしょう。
しかしこれを、鎧と表現してよいものか。
幾重にも重ねられた装甲板こそ、鎧との共通点も見られます。
しかし、その隙間から見える人工的な光――
蛇のように走る管の数々は、鎧というより機械をイメージさせます。
わたくしはそのドラゴンを、心の中で「機械竜」と命名しました。
機械竜は金属の翼から炎と風を噴射し、減速して大地へと着陸します。
まだ無傷だった金竜機甲師団の2人は、機械竜の両脇を固めるように布陣しました。
やはりこの機械竜も、雷竜領関係者。
そして、おそらくは――
わたくし達の敵。
顔面を覆う機械の兜からは、血のように紅い瞳が覗いていました。
『久しぶりね、リュウさん』
二重の意味で、驚きました。
ひとつは念話の声が、若い女性のものだったこと。
もうひとつは声の主が、リュウ様の知り合いだったことに。
『まさか……その姿……。お前、ミツキなのか?』
――ミツキ・レッセント!
先ほど話に出てきたばかりである、リュウ様の妹弟子。
魔王竜、雷のレッセントの娘。
しかしこの強大な力と、禍々しい姿はいったい?
『ひどいわね。私のことが分からなかったの? 私はリュウさんが雷竜領に入った瞬間、分かったわよ。あの日と同じ、懐かしい魔力を感じたんですもの。魔王ルビィ様とよく似た、焼けつくような魔力を』
ミツキ様の紅い瞳が、輝きを増したような気がしました。
『……そいつはすまねえ。なんせ俺は、お前が竜化した姿を見るのが初めてなもんでな』
リュウ様の声が、遠慮がちです。
やはり、火傷を負わせたという負い目を感じていらっしゃるのでしょう。
『ミツキ。お前、竜化できるようになったってことはひょっとして……?』
『ふふふ……。私に番ができたかどうか、気になる? 安心して、リュウさん。私は、通常と違う手段で竜化しているの。まだ番はいない、独り身よ』
全く安心などできませんわ。
水晶の洞窟でリュウ様の過去を聞いた時、直感したのです。
ミツキ様は、リュウ様のことを――
『そうだったのか。俺の方は、番ができた。紹介させてくれ。もうすぐ婚約者になる、ヴェリーナ・ノートゥング……』
刹那、機械竜の全身から稲妻が迸りました。
『何? その女? 噂の竜殺しの英雄?』
『いや。だから、いま言っただろ? 俺の番で、もうすぐ婚約者になる……』
今度はわたくしとリュウ様の背後にある岩山が、切断されました。
ズズッと音を立てて巨岩が斜めに滑り、轟音を上げて倒れてしまいます。
ああもう!
リュウ様のニブチン!
わたくしには好意に鈍感とか言ってましたが、絶対リュウ様の方が鈍感ですわ!
ミツキ様は、リュウ様を愛している。
昔から、今でもずっと。
彼女からしたら、わたくしはポッと出の女。
泥棒猫のようにすら、感じているかもしれません。
『リュウさん、なにわけの分からないことを言っているの? 私をこんな姿にしておいて、他の女と一緒になるですって? そんなの……許さない!』
ミツキ様の体から迸る稲妻同士が衝突して、激しい火花を散らしました。
――こんな姿?
リュウ様が火傷を負わせたのは、顔の半分だけだったと聞いておりますが。
全身を装甲板で覆った機械竜の姿は、リュウ様の責任ではないのでは?
『ミツキ……お前、俺のことを……。火傷に関しちゃ、本当に申し訳ねえと思っている。俺にできることなら、なんでもする。だけどよ……。俺の番はもう、ヴェリーナさんなんだ!』
リュウ様の言葉が放たれた時、急に稲妻が収まりました。
その静けさに、わたくしはなんともいえない嫌な予感を覚えます。
『「竜人族はいちど番を定めたら、二度とと変わることはない。たとえ死が2人を分かつとも」……か。でもね、リュウさん。それってもう、昔の話なのよ。雷竜領では最近、竜魔核や魂の結びつきを断ち切る技術が開発されたの』
ミツキ様の口調は、とても嬉しそうなもの。
それを聞いたわたくしは、魂が凍り付くのを感じました。




