第69話 聖女は疑惑の空を飛ぶ
「なんダスって!? アナスタシア奥様が不在!? ヴェリーナお嬢様が婚約者候補を連れてくることは、知っていたはずダスよ!?」
「それに関しては、『連れてくる男性に申し訳ない』と。『娘が選んだ男性なら間違いないだろうから、婚約は全面的に認める。好きにしなさい』とも」
詰め寄るミランダ・ドーズギールに、メイドさんはタジタジです。
わたくしも一緒になって問い詰めたい気分ですが、そんなことをしてはかわいそう。
「あー。俺が嫌われてるから逃げられたとか、そういう理由じゃねえんだな?」
こんな時でも、リュウ様は冷静でした。
落ち着いた口調で、メイドさんに確認を取ります。
「ええ、違います。奥様は、『水竜領の奥地で、重大なものが見つかった』との連絡を受けて飛び出したのです」
「アナスタシア奥様がお嬢様達との約束をすっぽかしてまで、飛び出して行くほどのもの……? まさか……。まさかなんダスよ……。あの魔法に関する、新たな資料か何かが……」
ミランダは心当たりがあるらしく、何やらブツブツと呟いています。
「どうする? 魔国ヴェントラン水竜領に向かって、オフクロさん達を探すか?」
リュウ様からはそう提案されましたが、わたくしは首を横に振りました。
「いいえ。お母様は、『婚約は全面的に認める』と仰ったのです。ならば先に火竜領へと行き、魔王ルビィ様にご挨拶を済ませた方がよろしいかと」
「それもそうだな。……俺とヴェリーナさんは、水竜領に近づかねえ方がいいだろうし」
シュラ・クサナギ様の一件がありますものね。
クサナギ家がどこまで把握したのかは不明ですが、わたくしとリュウ様は跡取り息子の仇ですもの。
「よし、話は決まりだ。先に火竜領に行って、ウチのオフクロに挨拶する。また日を改めて、アナスタシアさんには挨拶に来るってことで」
全員が踵を返して、火竜領へと旅立とうとした時です。
「お待ちください! ミランダ様は、お屋敷に残っていただかないと! 奥様も坊ちゃまも不在で、お屋敷のことが回らないのです!」
「なんダスって!? わたすはヴェリーナお嬢様のお傍でお世話するようにと、奥様から仰せつかって……」
「その、奥様からの指示です。このように、文書で残されております」
メイドさんから渡された手紙を、ミランダは穴が開くほど見つめていました。
「……うむむ。確かに、奥様直筆の手紙による指示なんダス。わたすはノートゥングのお屋敷に、残らないといけないんダス」
「それは……心細いですわね。ミランダ抜きで、異国の地に赴くというのは」
冒険者の任務で地竜領に向かった時とは、また違った不安を感じます。
リュウ様のお母様――魔王ルビィ様に、お会いするんですもの。
気に入られなかったら、どうしましょう?
同性で気心の知れたミランダが近くにいないというのは、本当に心細い。
不安に思っていることを、リュウ様には見透かされてしまったのでしょう。
優しく肩を叩かれます。
「なーに。別にそのまま、ムラサメ家に嫁入りするってわけじゃねえんだ。オフクロには『結婚するからよ』ってあっさり伝えて、長居せずにトンズラしようぜ」
「ふふっ。実家からトンズラなんて、妙な話ですわ」
「オフクロは、俺が家を出て冒険者になることに反対しなかったんだけどよ……。石頭な連中もいるんだよ。本家筋のひとり息子である俺が、ムラサメ家魔王竜の称号を継ぐべきだって奴らがな。だから火竜領には、あんまり長居したくねえ」
リュウ様はムラサメ家を継ぐ意思が、全くないのですわね。
わたくしも魔王様――もうすぐ先代魔王様になるのですが、そんな方と同居するというのは緊張してしまいます。
「よーし、飛ぶぜえ」
リュウ様は、わたくしを横抱きにかかえてしまいます。
最近は、この変身パターンがお気に入りなのですわね。
お姫様抱っこのまま竜化。
閃光が収まった時わたくしはもう、ドラゴンの背に乗って飛んでいるという。
しかも耳のカフスを外す時片手を使うからと、首に両手を回すよう言ってくるのです。
――もう!
けっこう恥ずかしいんですのよ!
どうも恋人同士になって以降のリュウ様は、わたくしと密着したがる癖があるようです。
それも、人目がある所で。
『竜人族のカップルは、みんなこんなもんだ』
などと仰っていましたが、本当かどうか疑わしいですわね。
リュウ様はノートゥング家の庭で、竜化してしまいます。
事前に教会聖騎士団に届け出ておりますので、街中で竜化しても討伐されたりはしません。
ただ、数人の聖騎士がノートゥング邸の周辺を巡回しておりました。
半年ほど前にブライアン・オーディータ様の襲来があったので、聖騎士団の皆様はリュウ様にも警戒しているようです。
騎士団長ヘンリー・レーヴァテイン様が直々に出向き、鋭い眼光で監視しておられました。
この方はレオンお父様の上司だったので、わたくしも何度かお会いしたことがあるのですわ。
地上の聖騎士達と街並みが、みるみる小さくなっていきます。
「リュウ様。やはり雷竜領の上空を通って、火竜領へと向かいますの?」
魔国ヴェントラン東部にある火竜領に向かうためには、2種類の飛行ルートがあります。
ひとつは、北側の水竜領を通るルート。
もうひとつは、南側の雷竜領を通るルート。
先ほど、「水竜領には近づかない方がいい」という話をしたばかりですものね。
『ああ。雷竜領ルートで、決まりだな……』
念話魔法で聞こえるリュウ様の声は、どこか沈んでいるように思えました。
「リュウ様? 雷竜領に、何か嫌な思い出でも?」
『いや、そういうわけじゃねえんだ……。以前、話しただろ? 雷竜領には、妹弟子がいるんだ。今頃、どうしているのかと思ってな』
そうでした。
名前は確か、ミツキ様。
暴走したリュウ様の戦いに巻き込まれ、顔に大火傷を負ってしまったという。
彼女がどうしているか、優しいリュウ様は気がかりなのでしょう。
罪悪感に、苛まれているのでしょう。
なのでわたくしは、わざとこんなことを言ってやります。
「ふぅん。リュウ様は婚約間近な恋人の前で、他の女の話をしますのね……。減点ですわ」
猫型精霊のフクまで、リュウ様の顔周辺を飛び回りながら「減点! 減点!」と騒ぎ立てます。
『減点って……。ミランダさんみてえなことを言うんだな』
「ほら。また、他の女の名前を出しましたわね。持ち点が、無くなりますわよ?」
『ミランダさんもダメなのかよ。だいたい持ち点って、何点スタートなんだ? わーったよ、もうミツキの話はしねえ! ……ありがとうよ、ヴェリーナさん』
あらら。
わざとおどけてリュウ様の気持ちを軽くしようとしたことを、見抜かれてしまっていますわね。
でも、沈んだ気持ちを浮上させることには成功したようです。
リュウ様は翼を力強くはためかせ、速度を上げました。
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魔王竜クラスの力を持つリュウ様は、本当に速く飛べます。
魔法で守られているわたくしとフクは快適ですが、速度は音速の何倍も出ているようです。
わたくし達はあっという間にミラディア神聖国を出て、魔国ヴェントラン領空へと入りました。
魔国西端に位置する地竜領をすでに通過し、雷竜領に入ったところです。
『さーて。そろそろ、金竜機甲師団のお出ましかな?』
魔国ヴェントランの各領地には、独自の軍事組織が存在します。
地竜領には緑竜騎士団。
水竜領には青竜海軍。
火竜領には赤竜魔法兵団。
有事の際にはこれらが一体になった「魔王軍」となり、他国に対抗するそうです。
もちろん、この雷竜領にも独自の軍事組織が存在します。
それが、金竜機甲師団。
ツクヨミ・レッセントが治める雷竜領という領地は、機械技術が発達しているそうです。
機械を用いた兵器で戦う軍隊。
それが、金竜機甲師団。
雷竜領の上空に差し掛かったので、哨戒中の金竜機甲師団と遭遇するはずだとリュウ様は仰っているのです。
遭遇したとしても、全く問題はありません。
わたくし達は上空を通過するだけなので、税金を払わされたり、手続きをする義務はないのです。
地竜領上空を通過する時も、問題はありませんでした。
竜化した緑竜騎士団の竜人族さんが飛行しながら近付いてきて、『どちらまで行かれるのですか?』と尋ねられただけです。
最後は『お気をつけて』と、旅の無事まで祈ってくださいましたわ。
ただ雷竜領の場合、わたくしが心配しているのが――
「リュウ様。この雷竜領を治めるレッセント家は、反・人族派だと仰っていましたわよね? 人族であるわたくしを背に乗せたままで、大丈夫なんですの?」
『ああ。それは、大丈夫だ。ツクヨミ・レッセントは人族嫌いでも、魔国全体を治めるオフクロは親・人族政策を取っている。それに逆らって、レッセントが人族を害することは許されねえ。それにな……』
リュウ様は一旦、念話を止めます。
これから話す情報の精度に、自信がないようです。
『どうも最近のレッセントは、親・人族派に転向したんじゃねえかって噂だ。ミラディア神聖国と、技術交流をしたりしているらしい』
「それだけ聞くと、素晴らしいことに思えますが……。突然変わった、理由が気になりますわね」
『その通りだな。その他の政策も、まるで別人みてえだと……お? お出ましだぞ。金竜機甲師団だ』
リュウ様の視線を追って、わたくしは9時方向へと視線を向けます。
そこには翼を広げて飛行する、ドラゴンの姿がありました。
鱗の色は、黄色。
金竜機甲師団という名前ですが、全員金色の竜というわけではないのでしょう。
オーディータ様のところの緑竜騎士団も、全員が緑竜種というわけではなかったようですし。
ただ、確実に金竜機甲師団だと確信できる外見の特徴がありました。
背中に、2門の大砲を担いで飛んでいらっしゃるのです。
さすがは、機械技術が発達した雷竜領の軍事組織。
『……ちょっと待て。1人じゃねえ! 3時方向にも1人! 真後ろにも1人! こりゃあ、ただの哨戒飛行って雰囲気じゃねえぞ! ヴェリーナさん! フク! 警戒しておけ!』
リュウ様が言い終わったのと、同時でした。
青空に、轟音が轟きます。
これは――
大砲の音!
『くそっ! 撃ってきやがった! しっかり捕まってろ!』
リュウ様は反転しながら急降下し、砲弾を避けました。
どうやら、真後ろを飛んでいた竜人族が撃ってきたようです。
『やめろ! 撃つな! 俺達は、旅の冒険者だ! 着陸しての竜化解除にも応じる! 冒険者証も提示する! だから……!』
リュウ様の念話魔法を遮るように、2度目の攻撃が飛んできました。
今度は雷の魔法です。
大した威力ではなかったので、リュウ様は防御結界の魔法で弾いてしまいます。
そのタイミングで、金竜機甲師団の竜人族からの念話魔法が飛んできました。
『知っているとも! 竜殺しの英雄、ヴェリーナ・ノートゥング! そして我らが主と魔王の座を争う、リュウ・ムラサメだろう!?』
なんということでしょう。
わたくし達を狙っての襲撃。
すっかり失念していました。
今が次期魔王を選ぶ、魔王選の時期だということを。
リュウ様本人が魔王になるつもりがなくても、ツクヨミ・レッセントは知らぬこと。
『俺は魔王になんざ、なるつもりはねえ!』
『魔王候補を2人も屠っておいて、信じられるものか!』
どうやらレッセント家の諜報部隊は、相当に優秀なようです。
ブライアン・オーディータ様の件もシュラ・クサナギ様の件も、かなり正確に把握されている。
『大人しく投降しろ! リュウ・ムラサメ!』
有無を言わさぬ念話が、わたくし達の頭に強く響きました。




