第102話 聖女は【絶獄炎竜拳】を目撃する
歓迎の宴と深夜の空中散歩から、ひと晩明けた朝――
早めに目が覚めてしまったわたくしは、魔王城の中庭へと来ておりました。
ストレッチとシャドーボクシング、空手の型稽古を行うためです。
お寝坊さんなフクは、寝室のベッドに置いてきてしまいました。
昨夜はいっぱい食べたので、体を動かしておかなくては。
リュウとの結婚式が控えているのに、お腹が出てウエディングドレスが着られないなんてことになったら悲惨です。
わたくしは中庭の隅に陣取り、次々と空中に技を放っていきました。
シャドーや型稽古と続けるうちに、うっすら汗が滲み出てきます。
うん。
気持ちがいい。
暴力は嫌いですが、体を動かすのは嫌いではありませんの。
稽古を続けていると、いつの間にか見学者が増えていました。
魔王城の警備に就いている、赤竜魔法兵団の皆様です。
「皆様、お仕事はよろしいのですか? クレイ団長に、叱られますわよ」
「ヴェリーナ様、そう言わずに見学させて下さいよ。ヴェリーナ様の技ってメチャクチャ綺麗だから、参考にしたいんです」
赤竜魔法兵団には、身体強化魔法を駆使して格闘戦を行う前衛部隊が存在するそうです。
今わたくしの前にいる方々も、前衛担当。
それも剣や槍ではなく、体術が専門なのだとか。
彼らの目は、真剣でした。
「わたくし、皆さんにお見せできるほどの使い手では……。魔法兵団の中には、もっと腕の立つ格闘家がいらっしゃるのではなくて?」
「団長も体術の達人ですが、かなり特殊な拳法の使い手なのであまり参考にできません。それに、お忙しいですし……」
同じ体術使いとして、クレイ団長がどんな拳法の使い手なのかとても気になります。
詳しく掘り下げて、話を聞こうとした時でした。
「おい! 決闘だぞ! 決闘! 観戦に行こうぜ!」
通りかかった魔法兵団の団員さんが、わたくしと話していた団員さん達に呼びかけます。
決闘ですって?
こんな朝っぱらから?
「誰と誰が決闘するんですの?」
「あっ、ヴェリーナ様。聞いた話によると、リュウ様とクレイ団長の決闘らしいですよ」
それを聞いて、わたくしは走り出しました。
リュウがクレイ団長と決闘?
どうしてそんな事態に?
団員さんの後について、わたくしは広大な中庭を横切ってゆきます。
するとちょうど庭の中心あたりに、人だかりができていました。
ここが決闘の会場で、間違いなさそうです。
「ちょっとごめんなさい。通して下さい」
わたくしは身体強化魔法を発動し、グイグイと人混みをかき分けていきます。
すると人の輪の中心に、リュウと団長、そして魔王ルビィ様の姿を見つけることができました。
「リュウ。団長と、決闘すると聞きました。どうしてそんな話に?」
「ヴェリーナも来たのか……。いや。団長が突然、変なこと言い出してよ」
赤竜魔法兵団の長、クレイ・ムラサメ――
彼に視線を向けると、腕組みをしていました。
昨日までとは打って変わって、厳しい表情ですわ。
「リュウ・ムラサメ! あなたはいちど、この国を捨てた男だ。魔王様の許しを得ての出奔とはいえ、その事実は変わらない。それが今さら戻ってきて、魔王竜の称号や魔王の座を継ごうなどと片腹痛い」
「おいおい。だから俺は、魔王になる気なんかねえって何回も……」
「ムラサメ家魔王竜の称号を受け継ぐというのなら、せめて私を倒してからにしてもらおうか! 傍系とはいえ、火竜領でルビィ様の次に強いと言われているこの私をな!」
「話を聞けよ……」
妙ですわ。
クレイ団長は、リュウが魔王になることを望んでいたはず。
これは、ひょっとして――
「リュウ。これは団長の……」
「ああ、分かってる。罠だな。オフクロまで、グルと見た」
わたくし達は声を低くし、頷き合いました。
クレイ団長はこの決闘で、リュウの力を皆に見せつけたいのです。
出奔したリュウでは、火竜領の後継者に相応しくないと考えている勢力がいるのでしょう。
あるいは自分こそが、火の魔王竜後継者に相応しいと考えている者もいるのかもしれません。
力さえ強ければ、ムラサメ家直系でなくても魔王竜の称号は継げるそうなので。
そういった輩を黙らせるために、クレイ団長は大っぴらに決闘を行うことにしたのでしょう。
自分が引き立て役として、負ける予定で。
「リュウ、決闘を受けよ。これは魔王として、ムラサメ家の長としての命令じゃ」
ルビィ様は幼女体型のままなのに、大人モードの時みたいな凄みを放っていました。
これは本気ですわね。
「もし断ったら、どうするんだよ?」
「魔王の名において、この国から追放する。そして……ヴェリーナとの結婚は認めぬ」
――結婚は認めぬ。
その言葉に、わたくしは胸が押し潰されそうになりました。
「……おい。ふざけたこと言ってるんじゃねえぞ? だいたいオフクロに認められなくったってなぁ、どっか別の国に行って2人で暮らすだけさ」
「くっくっくっ……。何を動揺しておるのじゃ? 妾は結婚を認めぬと、言っておるだけじゃぞ? そなたが言う通り、婚姻に関してはなんの強制力も持たぬ。しかしじゃ。決闘から逃げ出すような腰抜けが、女を幸せにできるとは思わぬな」
ああ、これはいけません。
安い挑発ですわ。
「……いいぜ。そこまで言うなら、受けて立ってやるよ」
「リュウ!」
「心配するなよ、ヴェリーナ」
リュウは軽くウインクして、わたくしの耳元で囁いてきました。
――適当なところで、わざと負けるつもりだと。
聞こえたわけではないのでしょうが、雰囲気で察したのでしょう。
ルビィ様は、釘を刺してきます。
「おっと。わざと負けようなどと、考えるでないぞ? そんなのは、決闘から逃げ出したのと変わらぬ。やはり、国外追放じゃ」
「……ちっ。それで? 決闘の方法は、どうするんだよ? 竜化してからの戦闘でも、いいんだぜ? 俺の竜魔核は、今朝完全に癒えたからな」
「はっ! 竜化したそなたと団長が戦えば、ブレイズシティが吹き飛んでしまうわ。人型同士のまま、やり合えい」
ルビィ様が言い終わると同時に、クレイ団長は赤竜魔法兵団の証である深紅のローブを脱ぎ捨てました。
まあ!
上半身裸ですわ!
格闘家らしく、素敵な筋肉です。
くっきり6つに割れた腹筋が、とてもセクシーですわね。
「コラ! 婚約者の目の前で、他の男の筋肉に見惚れるんじゃねえ。あとで、筋肉抱きしめの刑だ。俺の筋肉の方がいいと、たっぷりわからせてやる」
最近リュウにも、わたくしの筋肉好きはバレてしまっているようです。
き――筋肉抱きしめの刑!
わたくしにとっては、ご褒美にしかならないお仕置きですわ。
――おっと、いけません。
今は筋肉云々より、リュウを応援しなければ。
「リュウ……。無事に帰ってきてください」
「ヴェリーナ……。だがよ。俺が無事に帰ってくるためには、相手を倒さないといけねえ。ヴェリーナの嫌いな、暴力でな」
まさかこの状況で、そんなことを気にしているとは――
相変わらず嫌いなことは嫌いなのですが、わたくしだって冒険者。
状況によっては暴力で解決せざるを得ないと、割り切りもできてきました。
でも、リュウがわたくしに気を遣ってくれているのは嬉しい。
やっぱり優しい人――
そして同時に、強い冒険者。
偉大な魔道士であることも知っています。
「リュウ……。あなたならば暴力的ではない方法で、この決闘を制することができるのではなくて?」
返答は、ありませんでした。
代わりに、返ってきたのは笑み。
犬歯を剥き、獰猛に笑ういつもの表情ですわ。
「リュウ様。そろそろ始めてもよろしいですか?」
「ああ、待たせたな。さて、久しぶりに見せてもらおうか。クレイ・ムラサメ団長の【絶獄炎竜拳】をな」
リュウと同じく、鋭い戦士の笑みを浮かべたクレイ団長。
彼が魔力を解放すると、周囲の気温が一気に上昇しました。
「ヴェリーナ。下がっておれ」
いつの間にか大人体型になっていたルビィ様が、冷気の防御結界魔法で守ってくださいます。
わたくしだけではなく、中庭に集まった野次馬全員が対象です。
さすがは魔王様。
クレイ団長の体が、業火に包まれました。
芝生の焼ける臭いが、結界内まで入ってきます。
「ふん、団長め。また腕を上げたな」
ルビィ様は、団長に感心しておられました。
周囲の野次馬からも、歓声が巻き起こります。
「熱い!」という、悲鳴も混ざっておりましたが。
悲鳴を受けて、ルビィ様による冷気結界魔法の出力が1段階上がりました。
クレイ団長の全身を包んでいた炎が、拳に収束してゆきます。
彼は、燃え盛る右拳を構えました。
炎を纏っていない左手は開き、標的であるリュウへと伸ばします。
まるで、弓を引き絞るような構えですわ。
「……参る!」
クレイ団長の宣言と共に、大地が震えました。




