12話 校舎裏の庭園
いましたわ! 目標発見です!
私と御剣刀真が言い争ってる間に逃げるように走り去った香音ちゃんは、何故か校庭の裏庭にいた。あまり人は来ないけど、花壇に色とりどりの花が咲いてていくつかベンチが置いてある落ち着く良い場所だ。ここは【校舎裏の庭園】……なお、この場所は乙女ゲー【桜色ラプソディ】の中でよくイベントに使われるところなので当てずっぽうで来てみたら、見事的中していた。えらいぞ私!
今は春だから、花壇の花たちもとても綺麗にみえる。ラベンダー、アネモネ、芝桜などが一流の造園家によって彩られて、とても美しく維持費がかかりそうな庭園である。……ってこういうのを見るとつい維持費とか考えてしまうんだけど、もしかして私って貧乏性? いや前世貧乏でしたけど!
そんな中でも際立って愛らしい花が裏庭のはしっこの方にひっそりと立ちつくしていた。そう、その花とは乙女ゲームのヒロイン、桜香音ちゃんのことである! (「桜」って名字だから花とかけてみた。我ながらいい例えではなかろうか?)
桜の名が示す通り薄桜色の綺麗な髪をたたえた彼女は、まるで春の妖精のような可愛らしさだった。乱暴にするとすぐに手折れてしまう花のよう……そんなポエミィなことを思ってしまった私は……
普通に声をかけるつもりだったのに、思わずそろりそろりと気付かれないように背後から忍び寄っていた!
い、今になって声かけるのが怖くなったとか、そそそんなんじゃありませんことよ!? スゥーッ……この子を目の前にしたら当たり前のことが出来なくなるというか、なんというかその……うぅ、わからないよー! 前世でも経験したことないんだもの、こんな気持ちは……
香音ちゃんの髪はボブ気味のショートカットなので比較的短く、うつむいたときにうなじがチラリと見える。かぼそくて頼りないその首を見ると、何故だか私はごくりとつばを飲んでしまった。
彼女との距離は約2メートル。一般的に人と人との対人距離は2メートルくらいが妥当で、そのくらい離れていなければ「距離が近い」と感じてしまうらしい。なるほど、これはかなり近い。これ以上は踏み込むのに勇気がいりそうだ。私はもっと近づいてみたいけど、彼女が私に許しているパーソナルスペースはどのくらいだろうか?
彼女はまだ私の存在に気付いていない。もっと近寄ってもいいのだろうか。私は花に誘われる虫のように無意識のうちに足を一歩踏み出したが……足元の床面レンガブロックの隙間に靴がカツンと引っ掛かり、重心が前につんのめった。アホ! 私のアホー! こんなときにドジっ子発動するんじゃない!!!
だが! この朱鷺宮銀華はあいにくスポーツにおいては超優秀(というか原作設定の銀華は全てにおいて優秀)である! その天才的な体幹バランス(たぶんダンスとかで鍛えられてるはず)において、この場をなんとか踏みとどまれる! ……と思ったそのとき、香音ちゃんは私の存在に気付いたのか急にクルリと後ろを振り返った。気付けば私が前のめりになってたせいで、彼女の顔が1m近くの至近距離になっていた。
その瞬間、私の頭がボっと急に熱を持ち沸騰した。
景色がやけにスローモーションに見える……彼女は走ってきたからか過呼吸気味に空気を吸って吐いてを繰り返し、血流が良く巡ったのか顔は紅潮しており、目は少し潤んでいた。少し汗もかいていて、服も多少乱れている。
……なんというか、その様子は少女なのに色っぽい感じで、そんな彼女の顔を下手したら吐息がかかるかもしれない距離で見た瞬間、色々な感情がかけめぐり頭が真っ白になった。
そしてつい先ほど、バランスを崩してこけそうになっていたにも関わらず、その瞬間はそんなことを忘れてぽけーっとしてしまっていた。
するとどうなるでしょうか? 当然、倒れますわよね!?
「えっ……ひゃあっ!?」
香音ちゃんは私に気付いて高い声を上げる、が咄嗟には動けず硬直したままだ。私は勢いそのままに前のめりに倒れようとしている。倒れる方向は香音ちゃんに向かっているが、このままでは入学当初はゲーム内の運動ステータスFのヒロインである彼女は当然反応すらできずに巻き込まれるだろう。私はそのまま彼女の胸に倒れこみ、彼女はそれを支えることすら出来ずに仰向けに倒れる形に……!
「ーーーって危ないですわ!」
緊急事態に私は声をあげて意識を取り戻した! このまま私が倒れこむと彼女が固い床レンガブロックに背中を打ち付けてしまうと思った私は、咄嗟に彼女の背中に手を回して抱きつく体勢になった。その瞬間、私がお嬢様として転生してから磨いていた格闘術が冴え渡った。そのまま、彼女を地面に落とさないように巻き込むようにくるりと彼女を回転させて上下を入れ換える。
これぞ【銀華流格闘術奥義・順逆自在の術】!
大層な名前をつけたが、実際は腕力と体幹の筋肉で無理矢理相手との体勢を入れ替える、相撲取りが土俵際で出すような技である。え? 何故お嬢様であるわたくしが格闘術を磨いていたかって? 愚問ですわね。あの御剣刀真をぶっ飛ばす為に決まっているでしょう!
そして上手く空中で体勢を入れ換えて、私が下に倒れて背中をしたたかに地面に打ち付けた。あう、痛い!
私はジンジンしてる背中の痛みを感じて苦痛に悶えていた……が、唐突に今の状況に気付いて痛みが飛んでいった。
そう、今の状況を正確に伝えるならば、地面に背中をついた私が下で、その上を香音ちゃんが覆い被さるように倒れていて、その彼女の背中に私の腕が絡み付いている。……これって要するに女の子同士で抱き合ってる状況じゃない!?
ハッと気付いて周りを見渡したが、幸い人はおらず誰にも目撃されてないようだ。つまり見られていない。ふぅ、危ない危ない。こんなところを人に見られたらあらぬ誤解を受けてしまう……
とりあえず彼女の無事と人に見られてないことに少し安堵して冷静さを取り戻した私であったが……いや、全然冷静になれないわこの状況! もっとこう……ラッキースケベ的に喜べるような状況かもしれないけど、いきなりこんな抱きあったら何も考えられないわよこれ! というかこのシチュエーション、最初の出会いでもやってないか!? これ2回目なんだけど!
ドキドキなシチュエーションにも関わらず、もう頭がホワホワして何も考えられない!! そうして私が放心してると彼女も放心していたのか、何秒か経ってようやく何かに気付いたように反応した。
「ふぇっ!? あれ!? 倒れたと思ったら逆!? え、え? というかやわらかい??」
私より身長が一回り小さい彼女は、頭ごと私の胸の中にかかえこまれてて顔をこう……わたしの胸にうずめる形になってたから私より更に混乱していたように思う。この絵面、ほんとに誰かに見られなくて良かった。いや、女の子同士だしそんな犯罪的な絵面ではないかも? むしろ見た目だけは超絶美少女な悪役令嬢と、ちょっと地味めだけど可愛いヒロインが密着してるのは、スチルにしたらめちゃくちゃ良いやつなのでは……ハッ、つい他者視点で語っちゃったけど、私当事者だわ! 駄目だ、意識するな私! また鼻血出るかもしれん! というかもう頭がヤバい!!!
「ほわ……ふぁむぅ……」
私の胸にうずくまったまま不明瞭な鳴き声を発する香音ちゃん。と、とりあえず離れなくては!? ってわたくしが彼女の背に腕を回してるから離れられないんですわ!? いや早くどこう私!?
私は彼女の背中に回していた腕を外すと、彼女も何かに気付いたようにバッと手を地面に立てて起き上がった。私はそんなところにもちょっと感慨を覚えてしまった。動作がワンテンポ遅くて慌ただしい小動物的なこの感じ……まさしく香音ちゃんって感じだ……まじでわたし、乙女ゲームのヒロインと一緒の空間に存在してるんだな……うぅ、すごい……
「えっ、えっ? あなたはと、朱鷺宮さん……じゃなかった、朱鷺宮様……??」
香音ちゃんは私に気付き、困惑したように言う。がーん! 様づけに言い直されて微妙に距離置かれた!?
いやこのくらいでショック受けるな私。私にとっては20年くらい想い続けた相手だとしても、香音ちゃんにとって私はまだほとんど交流の無いお金持ちのお嬢様なのよ。
「って大丈夫ですか!? 今ので背中打ったんじゃ……」
ああ、やっぱりやさしい。私は一人でこけて相手を巻き込んだ戦犯なんだけど、真っ先に私のことを心配してくれた。私は貴方が私が出会ったときの……ゲームのときのまま優しい貴方でとても嬉しい。
「……ふっ、この程度大丈夫ですわよ」
私は痛みを忘れたかのようにシャキンと立ち上がり、背筋をしゃんと伸ばしてノーダメージをアピールする。本当は結構痛いけど、痛がったら心配させるだろうし。大丈夫、この感じだと大した怪我は負っていない。お嬢様流格闘術を身に着ける際の修行で何度も受け身してるから、痛みの程度はなんとなくわかる。
背中をさするのを我慢して極めて普通に振るまう私に対し、何故か「すごい……本物のお嬢様は痛みすら感じないんだ……」と羨望のまなざしを向ける香音ちゃん。たまにズレた発言するのもゲーム通りの彼女の性格で嬉しさを感じてしまった。
「あの、ところで朱鷺宮様が何でここに?」
心底分かってない感じの顔で首を傾げながら香音ちゃんは言う。ど、鈍感だ。これもゲーム通りだ。話せば話すほど、ゲームのヒロインそのものと感じてしまう。うぅ、急に彼女を抱きしめたくなってきた。だ、駄目よ私、内なる私を抑えるの! まだ出会って日が浅いし、ここで攻めると警戒させてしまうから……と、とりあえず、普通に話しますのよわたくし!
「いえ、ちょっと貴方の誤解を解こうと思いまして」
「誤解……? ってなんですか?」
キョトンとした表情で私を見る香音ちゃん。いや、あなたさっき私とあの男が話してるときに逃げるように走り去っていったよね! 忘れたの!? 私は内心荒れ狂う津波の心を抑え、平静をふるまって軽く咳払いをした。
「こほん……気にしているかもしれないと思いまして。わたくしとあの男……御剣刀真との関係を」
「ああっ! さ、さきほどはどうもすみませんでした」
「……何故謝りますの?」
「あの、確か婚約者同士でとても仲が良いのに私がいちゃ迷惑ですよね……あはは……」
香音ちゃんが力ない笑みを浮かべる。いやー! そういう顔して欲しくないのー! あれは誤解なのー!!
申し訳なさそうに肩をすくめて小さくなっている香音ちゃんに対して、私はきつ然として言い放った。
「それは違いますわ!」
「えっ? あの、それはどういう……?」
「正直に申し上げますと、わたくしはあの男に恋愛感情を抱いたことは一度もありませんわ」
「え……そうなんですか?」
「ええ。婚約も家同士で決めたもの。今の時代にはそぐわない古臭い因習ですので、将来的には破棄する予定ですわ」
「ええーーーっ!?」
「というわけで、別にあなたを責めるつもりは全くありません!!!」
私がそう言い放つと、香音ちゃんはびっくりして声を上げた。私はあの俺様気質の男には一度も魅力を感じたことはない。だから婚約者を辞退しようと何度も両親に相談している。でもゲームの強制力が効いているのか知らないけど、結局だらだらと婚約者を続けて今に至るのである。まっこと不本意である。まぁどうせゲームじゃ婚約破棄決定してるし、あの男とはそれまでの関係だ。
「だいたい、あの男とわたくしはソリが合わないし、完璧主義者なのかいちいち言うこと細かいし、ナチュラル上から目線だし、なんというか、あの男はもう……もう!」
というわけでそこのところ誤解ないように香音ちゃんにこんこんと説明しておいた。あの男は偉そうだの、プライベートでは全く会わないだの、いちいち細かいことに目くじらを立てるだの、目つきが悪いだの。わたくしの抱いてる不満点と男としていかに魅力が無いかを力説した。それを香音ちゃんはぽかーんとした表情で聞いていた。
「……ということで理解できまして? わたくしとあの男の関係を」
「は、はぁ……なんとなく。でも第三者である私にそういうこと言って良かったんですか?」
「ええ、あの男に配慮してあなたとの友情を失いたくありませんもの!」
「ゆ、友情!?」
香音ちゃんが心底びっくりしたような声で叫ぶ。こ、この反応、思っても無かったかのような香音ちゃんのこの反応……もしかして私やっちゃったか!? まだ私は香音ちゃんと友情を抱く段階ではないと!? ががーん、ショックだ……いや、冷静に考えればまだ私と香音ちゃんは出会ってそんなに日数も経ってない。私は一日千秋の想いでずっと彼女を待ち望んでいたけど、彼女にとってはただのクラスメイトの一人でしかないということか!?
私が彼女に抱いている巨大な感情は、本当は友情どころのレベルじゃないというのに、距離を詰められないことにもどかしさを感じる……
私はしょぼんと肩を落として、力なく言った。あうぅ、若干涙で目が潤んできた。私は力ない声でぺたんと座り込みながら言った。
「やっぱり……わたくしと……ゆ、友情……駄目ですの?」
「はわぁ!?」
香音ちゃんがおろおろとしだした。うぅ、やっぱり駄目かぁ……私のアプローチの何が悪かったのかなぁ……いや、よく考えたら私ろくに彼女と話したこと無いし、2回もぶつかったし、めっちゃ迷惑に思われてるのかも……というか私、そもそも悪役令嬢だし……ヒロインと友達になろうなんてどだい無理な話なのかも……
そう思ってしょぼーんとしてると、突然私のだらんと垂れ下がった右手をそっとあたたかい体温が包むのを感じた。私が疑問に思って右手の方を見ると、香音ちゃんが両手で私の右手を包んでいる。そして顔を正面に向けると、身長差で上目遣いに私を見上げる香音ちゃんの顔がそこにあった。な、何事!? 私は混乱してパニックに陥る。
「あ、あの……私でよければ、いや、あの私なんかが本当はおこがましいんですけど、そ、それでも私なんかでよければ」
「ふぇ……?」
香音ちゃんはガチガチに緊張しながらも言葉をつむぐ。若干潤んでいる瞳からは何かの決意を感じた。ああ、この目何度も見たことがある。ヒロインが勇気を奮い立てるときの目だ。こんなに小さくて弱々しく感じるヒロインなのに、外見からは想像できないほどの芯の強さを感じさせる瞬間だ。そんな目が今私に向けられている。私の体温がかぁっと熱くなるのを感じた。
「あの、『銀華さん』! これから私と友達になりませんか!?」
「よっ、喜んで!」
もちろん私は即答だった。
最近、仕事に疲れては帰ってきてボーっとする日々……そんな感じで書くペースが落ちてて駄目でした。そんな中、グラブルのサウナイベを見て、サウナに行って疲れを取ろうと決意し6回くらいサウナに行きました!
サウナ効果ヤバいです。肩こりが取れました!夜眠れそうな気がします!めっちゃ疲れ取れてる気がする!!!
というわけでようやく書く元気が戻ってきました。がんばるぞー。がんばれーわたしー。何書いてるのか自分でも分かんなくなるときあるけどがんばれわたしー。




