ラーメン編『友達を作ろう。‐奈良炎上‐』‐4
ぬ。
はっ、と目を覚ますと、頭がなにか柔らかいものに包まれていた。
視界はなにもない。感触からして、どうやら頭に布を巻かれて目隠しをされているようだ。
両手も後ろ手に縛られているし、両足首にも縄の感触がある。体勢は正座だけれど、上体が前傾姿勢で亜里沙に突っ込んでいるようだ。
しかし、頭――というか、顔――に感じる、布越しでもわかる柔らかさ、ハリのある弾力、鼻先がぴったりとはまるようなフィット感は、そう――。
「……亜里沙ですわね……! 無事ですの……!?」
3度ネタである。
声はくぐもった音になってしまったけれど、それでも相手に通じた。猿轡まではされていないのが幸いだった。
そして、僕の言葉に対して、返答があった。
「……リリィ君? リリィ君だね!? 私は無事だよ。少し、疲れてはいるけれど――そうか、この感触はリリィ君だったのか」
亜里沙の声だ。間違いない。
久しぶりに聞いたような気がする、亜里沙の声だ――。
――あ。
ふと、目じりに温かいものを感じた。
彼女の存在に、安心して気が緩んだのか――けれど、状況はひとつも好転していない。目隠しの下で目を閉じ、深呼吸をする――。
はい吸ってー。
「すぅー」
吐いて―。
「はぁー」
うん、リフレッシュ。もう何回かして、意識を切り替えていこう。
「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」
「いやちょっと、リリィ君!? なんでそこで深呼吸をするんだい!? ちょっと!?」
「精神集中してますの。ちょっと静かにしてくださいな。すぅー」
「いやいやいやいや、あの、そこで深呼吸をされてしまうと、私はとっても恥ずかしいわけだけれどっ!」
「はぁー。別にいいじゃありませんの。減るものじゃありませんし」
「減るよ! 正気度的なものが!」
3度目だというのに、亜里沙はひどく慌てふためいていた。
――というか、これ、頑張れば目隠し外せそうですわね。
こすりつければいいのだ。こう、首をグイングインと上下に振って、目隠しを亜里沙の胸にこすりつければ――いける。
うん、いける。
いけると思った。
だから、そうした。
「えええええちょっとリリィ君!? ねえ!? ええ!? なにこれ!? どうしてこう、いきなり積極的に――まさかキミ、目隠しされているほうが興奮するタイプ――!?」
「失礼な! わたくし、そんな特殊性癖はありませんのよ! この動きだって、必要だからそうしているだけですもの!」
「必要!? これが!? なんで!?」
「いいからちょっと黙ってじっとしてなさいな! こら、左右にぶれるな!」
激しく動く亜里沙にぐいぐいと顔を押し付け、首を振る。変な動きをしたせいで、少し鼻息が荒くなってきた。
「んふー、ふー、んんー」
「んぁっ、ちょっと、リリィ君、鼻息、鼻息がこそばゆいよぅ……」
「んふ、もうちょっと、もうちょっとだけですの……!」
「セリフが犯罪……!」
その言われようは激しく遺憾である。
けれど、そのうちに亜里沙も抵抗をあきらめたのか、おとなしくしてくれたので、僕は思う存分顔を擦り付けて――いや、この表現は誤解を招くけれど、しかし、やはりこれは必要なことだったのである――どうにかこうにか、目隠しを下にずらすことに成功したのだった。
「……ふぅ」
と、一息ついて、僕は前を見た。
亜里沙がいた。僕と同じように両手首、両足を縛られ、目隠しされている。
そして、尻をこっちに向けていた。
褐色の頬が真っ赤に染まっている。
――あら?
僕と同じように、正座で向かい合わせにされているものだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
彼女はそれこそ芋虫のような体勢で、僕に尻を向けるような形で転がされていたのだ。そして、その尻に僕は顔をうずめていたわけか。
「ふむ」
僕は亜里沙の尻に顔をうずめて、深呼吸を繰り返し、嫌がる彼女を無視して顔を擦り付けていたわけか。
尻に。
亜里沙の尻に。
「ふむ、ふむ」
どうりでハリがあったわけだ。
なるほど。
なるほどなるほど。あいわかった。
「――ええ、胸だと思っていましたので、セーフということで――どうですの?」
「例え胸でもアウトだよこのスケベっ娘め……!」
言われてみればそうである。
「目隠しされているからわからないだろうけれど、私、今わりと本気で涙目だからね……!」
「まあ! ともあれ! 無事に合流できてよかったですわね!」
「強引に話の流れを変えに来たね! いいけれど! いや良くないけれど! まあ今はいいとして! ――いややっぱり良くないぞ。そもそも――」
亜里沙は声を荒げて言った。
「――なぜ来たんだ、君は!? 私が君のために身を張ったと、そうわからなかったわけじゃないだろう!?」
彼女は続ける。
ある意味で、予想通りのセリフを――。
「追いかけてくれなんて、一言も言わなかっただろう、私は!」
亜里沙は、苦しさの滲む声で、そう言った。