ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐7
畜生街道。
畜生というのは仏教用語で神や人間以外の生物を指す言葉、あるいは六道のひとつ畜生道、十界のひとつ畜生界など、あまり良い印象で使われる言葉ではない。
街道というのはそのままの意味で日本全国津々浦々を繋ぐ道を指すけれど、この似非大正の世においては、新しい意味を持っていたりする。
いや、意味というか、印象と言ったほうが良いかもしれない。
明治時代に国道が定められ、番号が振られたわけだが、大正時代になって、より東京中心型の国道に整備し直されたのだ。
当然、昔からある街道の名前が番号になったところで、大した差ではない――昔からある名前で覚えている人がいまから番号で覚えろと言われても難しい話だ――ので、使う人間からすればどうってことはない変化である。
さて、今回ご紹介するこの畜生街道という道は、お察しの通り国道ではない。どころか、津々浦々を繋ぐような道でもない。
新宿のスラムの端っこにある、小さな通りだ。
規模で言うならば商店街くらい。それもかなり小さな商店街だ。あばら家がギュウギュウ詰めに並んでいる。街道などという大仰な名前で呼ばれるような場所ではない。
けれど、人々はそこを畜生街道と呼んだ。
なぜか?
「そのままの意味ですわよ。ようするに、食肉のブラックマーケットですわね。密猟、横流し、盗品……いろいろありますわね」
「政府の管轄で取り締まられている肉とは別ルートということだね。それは高そうだ」
「ええ、高いですわよ。ただでさえ、このあたりは……あー、とある有力な闇の勢力が抑えているところですので、ショバ代とかいろいろあるんですのよ」
「ははは、素直に実家がケツ持ってるって言ったらどうだい」
「あら、いやですわね亜理紗ったら疑り深くて……。暁之宮家はこのあたりの商売には絡んでおりませんのよ? ええ。――表向きは」
「バリバリ絡んでいるじゃないか……」
バリバリ絡んでいた。
ともあれ、この街道に来たのには、わけがある。
「やはり犬肉が多いですわね。ですけれど、1頭丸ごとの取り扱いもあるようですし、ガラくらいなら手に入れられそうですわよね」
「そのようだね。いや、まさかひとつめの材料から闇市の世話になるとは思わなかったけれども」
「骨だけ、なんて注文なら、政府の直轄よりもこういった場所の方が融通がきいたりしますのよ」
「なるほど……さすがに詳しいね、暁之宮の姫は」
「ちなみに融通がきくのは特に新宿内の闇市だけですの」
「バリバリ絡んでいるじゃないか……!」
バリバリ絡んでいた。
ともあれ、僕と亜理紗は堂々と吊るされた犬肉やら鶏肉やらをスルーして、畜生街道の端を目指す。
――おりん・スチュワートに会うのも久々ですわね。
畜生街道の商売を取り仕切るのは、意外にも年若いひとりの女だ。
名前をおりん。姓をスチュワート。海外から来た貴族の没落した血筋だというが、それでも商魂たくましく、このようなところで頭角を現しているというのだから、世の中諦めることだけはしたくないものだ。
さて、畜生街道の端、あばらやが立ち並ぶ中では珍しく、しっかりした造りの木造の家の引き戸を開けて中に入る。
そこにいたのは、波打つ金髪と白い肌、特徴的なブルーの瞳を持つ美女だった。着流しを着崩していて、むせかえるような艶美さを醸し出している。長い煙管を指に挟んで持ち、物憂げにこちらを見遣るさまなど、いっそ神秘的ですらあった。
「およ、お嬢様じゃねえですか。ようこそおいでなすって」
「お久しぶりですわね、おりんさん」
「さん付けはよしてくだせえ。こちとら、玲王様のおかげで生きてるようなもんなんですからよぅ」
「ならば、なおさらさん付けで呼ばせてくださいな。お父様のお仕事が成り立つのは、貴女のような忠実な部下がいるからですもの」
「もったいねえお言葉ですともさ」
姿勢を正して頭を下げる、このおりん・スチュワートというキャラクターには――秘密がある。
この女は、ゲームキャラではないが――僕の父、すなわち玲王・暁之宮の情婦のひとりなのだ。
「で、お嬢様。本日はどのようなご用件でごぜえますか」
「仕入れをお願いしたいの。鶏の骨と豚の骨――そうね、とりあえずは骨だけでいいわ。両方とも分量はこの紙の通りに……それから、可能なら魔術師に冷凍処理をお願いして、日持ちするようにして頂けないかしら」
「ほ。その程度でありやすか。なら、おいらたちに任せなせえ。これなら――そうですな、3日もあればご用意いたしましょ」
ふわりと美女は笑って、紙を折りたたんで懐にしまった。
「それと、代金の話なんだけれど――」
「ああ、ああ、気にせんでくだせえ。決して高くはねえものですが、おいらたちにとっちゃあ暁之宮のお嬢様に御恩を売れるならめっけもんですんで」
「でも、それでは商売が成り立たないのではなくて?」
「気にせんでくだせえよ、お嬢様。――ああ、それより」
と、多少強引におりんは話を変えた。
「後ろの方は、ご学友でごぜえますか」
「……ええ。そうですわ。友達というわけではありませんけれど」
「そうだね。――自己紹介させていただけるならば、あえてこう言おう」
亜理紗は袴を翻してポーズを取り、指を立てて言った。
「私の名前は亜理紗・セントラル。いずれリリィ君の親友となるものだ」
「へえ。なるほど、頭のおかしい人でありやしたか」
「即バレですわね!」
「いや、私の頭がおかしい前提で進めないでくれないかい……?」
でも、まあ、と僕は一息入れて、おりんに笑ってみせた。
「良い人ですわよ。この人――馬鹿ですけれど」
すると、おりんも嬉しそうに笑った。
「するってえと、あれですかい。友達になれそうな人はできたと、そういうことですかい」
僕は笑って、首を横に振った。
「いいえ。わたくし、悪役ですもの。悪役に友達は必要ありませんのよ」
けれど、
「それでも仲間と言える人がいるならば、この亜理紗・セントラルになるのでしょうね」




