未来予測課
魔王城に帰ってくるまでの間、リグヴァルド様はずっとえぐえぐと泣きじゃくっていました。泣いている理由が箱庭に手を出されそうになったからなのか、それとも僕に耳を引っぱられて痛かったからなのかはわかりません。でも見た目中年男の涙はこれ以上ないくらいにうっとうしいです。
リグヴァルド様も一応は神族ですから、外見は整っている……はず……なのですが――。ここで僕の歯切れが異様に悪いのは、何故かこう、断言できないものがありましてね。いえ、決して認めたくないとかそういう子供じみた感情ではなく、ひとつひとつのパーツを見ると、確かに人外の美しさなんですよ、リグヴァルド様は。なのに全体を見ると、なんて言うんでしょうか――圧倒的な平凡オーラ?それが漂っているんです。ある意味奇跡の造形だと思います。
「ううう、蒼くん、僕もほんと悪かったと思ってるよ?でも託宣忘れるよりは、予約しておいたほうがいいと思ったんだよ。そこまでちゃんと気を回したことについては、むしろ褒められてもいいと思うんだ……」
やっぱりベニテングテロに行って来ていいですか?
「蒼、とりあえずリグヴァルド様は協会にお連れして、ダーヴァラ様のご判断を仰ぎましょう。未来予測課の結果もそろそろ出ている頃でしょうから、そちらもついでに片付けたいですね」
ぐっと握りこぶしを作った僕を見て、紅が慌てたように言います。でも躾って大事なんですよ!?
いや真面目な話、世界管理者への罰則ってなかなか難しいんです。だって協会は世界管理者を取りまとめる立場にあるとはいえ、管理者に給金を出しているわけでもなければ、出世によって何がしかの見返りを与えられるわけでもありません。せいぜいが最新技術を優先的に提供する程度で、管理者側には失うものがまったくないわけです。だからリグヴァルド様みたいに懲りない性格の管理者には、本当に打つ手なしに近い状態なんですよねー。まあ、今回もダーヴァラ様の采配に期待しましょう。
相変わらずぐずぐずと涙目のリグヴァルド様を協会の会長室で引き渡した僕と紅は、協会の最下層エリアにやってきています。他の三人にはお留守番ついでに庭のルバーブ畑の修復をお願いしてきました。広大な協会本部は内部転位陣で結ばれていますから、階段を延々と降りるような苦労はありませんが、それでも疑問に思うことがひとつ。
最下層転位陣を出てからこっち、回廊の左右は見事に空き部屋ばかりなのですが、本当にこの先に未来予測課があるんですかね……?
と思いながら進んでいたら、そのまんま『未来予測課』と書かれた両開きの扉に突き当たりました。左右のドアの目線の高さには、進入禁止のマークと共に『関係者以外立入禁止 KEEP OUT』と書かれた紙がでかでかと貼られています。やはり機密性の高い部署だということなのでしょうか。
少し身構えながら扉をノックすると、中からは可憐なソプラノの声で、「はーい」というやや気の抜けるような返事が返ってきました。間を置かずして、まったく警戒感なくドアが開かれ、ブロンドに銀縁眼鏡の少女が顔だけをひょっこりと覘かせます。うおう、予想外に若い子ですね。
「あの、特殊システム班の者ですが。お願いしていた未来予測の結果を……」
「ああ、最古参の魔王様方ですね!中へどうぞ。さあ、遠慮なさらず、ずいっと!」
なんか異様に瞳がキラキラしていて、見ず知らずの部署でそこまで歓迎される心当たりがまったくない僕は、思わず紅と顔を見合わせてしまいます。それでも用事があって来たのは事実なので、一歩室内に足を踏み入れると、そこには更に予想外の光景が。
いくつかのオフィススペースをぶち抜いたと思しき広めの空間には、三十台ほどのデスクがそれぞれ五、六台ずつのアイランドを構成する形で配置されていました。それ自体は特に不思議でもなんでもないのですが、そこに座って一心不乱に何かを書き綴っているスタッフの皆さんが、全員若い女性だったんです。基本的に男女平等を心がける協会において、この女子率の高さにはびっくりします。しかしこんなに華やかな部署がなんであんなに世界管理者や職員に恐れられているのか、激しく謎ですね。
「魔王様方、わざわざご足労いただきましてすみません。課長のエレナです」
そう挨拶して僕たちの向かいに腰を下ろしたのも、砂色の髪をアップスタイルにまとめた女性でした。てきぱきとした手つきで二枚の紙をテーブルの上に広げてくれます。
「こちらが私たちが提案する天候災害とその結果予測になります」
淡い燐光を放つその紙は、確かに世界管理者が持つ運命の書と同じ性質のものなのでしょう。複雑な魔力の流れが感じられます。
それによれば、マテアスをもっとも効果的に足止めする災害はふたつ。ひとつは明後日の午後、マテアスの首都東部の印刷所に落雷させることによって、発生した火災が強風にあおられて、マテアス軍が買い占めた穀物庫を含む周囲一帯に広がるというもの。落雷が起こす自然環境への長期的影響はほぼなし。
もうひとつはマテアス北部の中堅都市で、元々予定されていた暴風雨の雨量を少し弄ることによって、川が決壊して相当数の住民が避難を余儀なくされ、その結果軍が食糧を放出しなければならなくなるというもの。こちらは秋口に数日猛暑日が戻ってくるようになるので、少しだけ植物や野生動物への影響があるだろうという話でした。
「火災は消し止められたら終わりですね。紅はどう思います?」
「ここはやはり確実を期さなければならないでしょうから、ふたつ目の案かと」
「そうですよね。じゃあダーヴァラ様の承認を申請してみましょうか。エレナさん、ご協力ありがとうございました」
そう言って僕と紅が会釈して立ちあがると、いつの間にか室内の視線がすべてこちらを伺っていたことに気付きました。何これ怖い。
しかも魔王種の優秀な耳は、部屋の隅のアイランドで行われているひそひそ話の内容まで正確にキャッチします。
「ちゃんと意見を求めていらしたわ。副官思いの上官的な?」
「ライバル同士が同じ職場ってシチュの方が萌えない?」
「でもお二人なら兄弟設定でもおかしくないわ」
なんか思いっきり理解したくない会話でした。隣で紅もいつになくひきつった微笑みを浮かべています。僕の無表情は(多分)健在だと思いますが、服の下では鳥肌がびっちりですよ!
「あらあら、お二人はご存知ありませんでしたのね?」
そんな僕たちの様子を見ていたエレナさんが、生温かい笑顔で話しかけてきました。
「な、何をですか……?」
「この部署は別名『未来妄想課』。予測作業がない時は、運命の書の断片に妄想を書き連ねて、その仮初の物語の結末を見守る。そんな夢見る女の子たちの職場なんですよ」
協会の備品(運命の書の紙)を趣味に使うのってどうなの。でも何か言えばその人を題材にした妄想を書かれて、運命の書が予測したその物語の結末を突きつけられるんでしょうね……。予測課が管理者たちに恐れられている理由がよーっく分かりました。この部署が最下層に隔離されている理由も。ああ、早くおうちに帰りたい。
ただ、帰ったら帰ったで特大の厄介事が待ち受けていることを、この時の僕はまだ知りませんでした――。
いつも読んで下さってありがとうございます。
この話の本筋に腐要素は一切ありませんが、今回の表現でご不快に思われた方がいたら申し訳ありません。
ただ何となく、未来を予測して書いては消しを繰り返せる紙があったら、どういう人が喜ぶかなと考えた時にこんな結果になりました。
懲りずにお付き合い頂けますと幸いです。