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閑話: 萌黄

萌黄視点。

長いです、しかもあまり上手く纏まっていなくてすみません……。



 「萌黄ちゃん、ココア作ったけど飲む?」


 夕食後にそう言って部屋を訪れたのは、後輩の珊瑚。

 既に両手にマグを持っているけれど、私が断ることは想定してないのかしら。

 正直、寝る前に珊瑚が好む激甘な飲み物はどうかと思わないでもないけれど、部屋にまで持ってこられたら仕方ないわよね。折角作ってくれたんだし。


 「……いただきますわ」


 いかにも渋々といった返事になってしまったのに、まったく気にした様子のない珊瑚は当然のように窓際の二人掛けソファに直行して自分の隣を指し示す。

 ……ここ、私が使わせていただいている部屋だって分かってます?


 でも淑女がベッドに座って話すのもどうかと思うし、仕方なく――ええ、それはもう仕方なく、隣に座って甘い香りを放つ液体に口をつけた。

 口の中に広がる甘さと温かさに体の力が抜けて、ほうっという溜息が漏れる。こんなに強張っていたなんて、まったく気付かなかった。


 「良かった」


 じっと私の顔を見ていた珊瑚が漏らした呟きの意味が分からず、小首を傾げそうになるのを慌てて押し留めた。子供っぽく見える仕草には注意しないといけないのに、この後輩相手だとつい気を抜いてしまうことがある。


 「何がですの?」

 「ご飯の時から、ずっと深刻な顔してたでしょ。まあ、食欲はあったみたいだからそこまで心配はしていなかったけどね」


 言われて気付く。考え事をしながら機械的に食べたせいで、今夜のメニューが何だったかろくに覚えていない。作って下さった先輩に顔向けできない……。


 「別に……ちょっと考え事をしてただけですわ」

 「ほら、また眉間にシワ。ま、誰のことを考えていたかなんて丸わかりだし?」


 すべてを見透かしているような後輩の表情に、眉根に更にぐっと力が入る。


 「別に誰のことも考えていませんわ」

 「相変わらず素直じゃないなー、萌黄ちゃん。ただの人間が協会の奥の院に呼び出されるなんて滅多にあることじゃないし、心配するのは普通っしょ」

 「だから心配なんてしていないって言ってますでしょう?」

 「でも奥の院なんて機密の塊だもんね。口封じの制約をかけられるかもしれないし、そもそもこの世界に帰してもらえるかも分からないし」

 「ああもうっ!人の不安を煽るようなことばかり言わないでいただけます!?」


 思わず声を荒げてきっと睨みつければ、後輩の口許がにんまりと笑みを形作る。


 「ほら、やっぱりね?」

 「……後輩のくせに、ナマイキ」


 肯定しても否定してもからかわれることが分かっているのだから、残された道は憎まれ口を返すくらいしかない。そもそも珊瑚は蒼先輩や紅先輩には一応敬語を使うのに、同じ先輩の私にはタメ口だし、本当に生意気だと思うのよ。


 「でも心配してるって分かれば、レオニールだって嬉しいんじゃない?萌黄ちゃんはヤツの理想の女性なわけだし」


 『理想』――そのひと言に、また急速にテンションが下がり、自然と俯いてしまった。


 「……そう思い込んでいるだけですわ」

 「萌黄ちゃん?」


 私の声のトーンがいきなり落ちたのを不審に思ったのか、わざわざ屈みこんだ珊瑚に下からまじまじと顔を覗きこまれる。


 「レオニールは、私の容姿が幼いからそう錯覚しているだけですわ」

 「えーと……それが何で錯覚になるのかよく分からないんだけど」


 そう、魔王種には男性も女性もいて、珊瑚だって決して成熟しているとは言い難い容姿だけれど、十代前半の、どう背伸びしても『こども』にしか見えない外見で固定されているのは私だけ。

 そのことが気にならないと言えば嘘になるし、事実幼く見えて人間に侮られることがないように、仕草や言葉遣いには細心の注意を払ってきた。


 けどだからこそ、この外見を気に入ったと言われた時は純粋に嬉しかった。自分が肯定されたようで、それで良いんだって言って貰えたようで。まあ、最初はその変態的な言動にばかり目が行って、嬉しいどころの話ではなかったけれど。

 でも一緒にいるうちに、今度は嬉しさを押しのけるようにして不安が募りはじめた。


 「だって。容姿は好みでも、他の条件が悪すぎますもの。レオニールもいつかそれに気付きますわ」


 あの人が自分の外見以外にも目を向けるようになったらどうしよう。私も魔王だってことを現実的に意識し始めたら。いつまでも成長しないこの姿にやっぱり違和感を覚えるようになったら。

 どうしよう、どうしようって、何をしていても心の中で不安がぐるぐると渦を巻くようになった。


 「えっと、さあ。萌黄ちゃんの言う条件って何のための条件?」

 「何のってことはありませんけど……」


 正直、自分でもこの心の奥底から目を背けていたいくらいなのに、珊瑚は徹底追求の構えに入ったようで居心地悪いことこの上ない。けれどこれ以上踏み込まれる前に話を逸らさないと、と思っていた矢先に、珊瑚がいきなり爆弾を投下した。


 「んじゃストレートに聞くけど、萌黄ちゃんはレオニールと恋人同士になりたいわけ?結婚したいわけ?」

 「こ、こ、恋人!?結婚!?」

 あまりにも予想外な言葉に、思わず声のトーンが跳ね上がる。

 「だってさあ、条件なんて言うのはそういう関係を望んでいるんじゃないの?」

 「そんなこと、考えたこともありませんでしたわ……」


 私はただあの人が笑って話しかけてくれれば、あの目に異質なものとして認識されなければそれで良いと思っていただけなのに。

 そもそも繁殖とは縁のない魔王種は、恋愛感情というものを持ちにくい種だとされている。中には他種族や極稀に魔王種同士で『パートナー』と呼べる関係を築いている者もいるけれど、私が知る限りどれも人間種の言うところの恋人や夫婦関係とは少し違う気がする。


 「レオニールからもそういう関係を望まれたわけではないの?」

 「いえ、普通に知り合いというか。と、友だちって言っていいのかしら……」


 後半部分は口の中でごにょごにょと不明瞭な音になって消えたけれど、きっと珊瑚の耳には届いているはずだ。


 「そりゃあ『職業は魔王でお仕事は虐殺です』なんて女の子は嫁候補として両親に紹介し難いとは思うけど、友だちなら別に良いんじゃないの?」

 「それは友だちだとしても問題なような……」

 「いやー、悪友のひとりやふたり、人間社会じゃよく聞く話でしょ」


 そう言われてみればそうなような、いやでもそれで済ませてはいけないような……ってそうじゃなくて!


 「両親に紹介云々はどうでも良いですけど――」

 「どうでも良くないよ、萌黄ちゃん!嫁姑間の争いは、人間社会では大問題なんだよ?そこら辺勉強しなかったの?」

 「いえ、職業魔王で仕事は虐殺って言っている相手に突っかかれる姑がいたら、むしろその人間こそ勇者だと思いますけれど。問題はそういうことではなくて、あの人が私に好意を向けてくれる理由は容姿しかないわけでしょう?」

 「うーん、まあきっかけは容姿だったとは思うけど」


 そう言葉を濁した珊瑚を見れば、なぜか顔をしかめている。


 「だけど人間の寿命は短いから、あの人の価値観だってどんどん変わっていくでしょう?それであの人がいずれ老いたり、嗜好が変わったりした時、私のことなんてどうでも良くなるかもしれ――ふがっ!?」


 最後まで言い終わらぬうちに、むぎゅっと鼻をつままれた。


 「あのね、萌黄ちゃん。それはレオニールに失礼。確かにきっかけは萌黄ちゃんの見た目だったかもしれないけど、ふたりで色々と話したりしてたよね?それって萌黄ちゃんの中身にもちゃんと触れて、その結果一緒にいたいと思ってるってことなんじゃないの?」

 「でもそれもいつまで興味を持ってくれるか――」

 「それに変わるのはレオニールだけじゃないでしょう?萌黄ちゃんだって変わらないのは外見だけで、内面は日々変わっているでしょう?」


 その点に関しては否定できない。何せ、今こうやってうじうじと悩む自分なんて、少し前までは想像することもできなかったのだから。


 「あとね、変化っていうのは勝手に起こるものも勿論あるけど、一緒にいることで起こるものもあるんだから。萌黄ちゃんが、お互いに良い方向の変化を起こすように働きかけていけば良いんだよ。それも一回だけじゃなくて、ずっと継続的に」


 変化に怯えながら待つのではなく、自分で望んだ方向に変化させる。それも継続的に。考えてみたこともなかった。


 「私にそんなこと、できるかしら……」

 「できるよ。外見だけってとこが気になるなら、中身も磨けば良いわけだし。萌黄ちゃんに必要なのは、相手を見ること以上に自分を見ること」


 確かに私は自分を客観的に捉えることを避けてきた。その自覚はある。今だって別の姿かたち、人生に生まれ変わってやり直せるならやり直したいと思っていないとは言い切れないし、そんな自分を見つめるのはきっと辛いことだと思う。

 だけどそれによって自分が変えられるなら――。

 不思議に胸につかえていたものがすとんと落ちて、心の中で渦巻いていた不安もどこともしれない新しい方向へと流れはじめるのを感じる。


 「人間の寿命は短いよ。いつまで一緒にいられるか分からないんだから……」

 「うん……ほんと、そうですわね……」


 そう小さく呟いた珊瑚の微笑みはとても綺麗で、だけど寂しそうだった。そしてきっと私も今、泣き笑いのような表情を浮かべているのだと思う。

 しんみりしてしまった空気が胸の奥に溶け込むのを待つかのように、お互いしばし無言で冷めたココアを口に運ぶ。

 そんな沈黙を破ったのは、先にマグを空にした珊瑚だった。


 「あとね、協会に関してはあんまり心配しなくてもいいと思うよ。なんだかんだ言ってリグヴァルド様は蒼さんのこと、とても大切にしているから」

 「あれって大切にしているって言えるのかしら。だって自転や重力管理まで先輩にさせているのでしょう?怠慢もいいところだと思いますけど」

 「萌黄ちゃんには分からないかもしれないけどね、そういうのもリグヴァルド様なりの愛情表現だと思うよ?好きな子ほどいじめたいって言うか」

 「私にはただのダメ上司に見えますけど……」

 「ま、それが言いたかっただけだから」


 何故か複雑そうな表情でそう答えた珊瑚は、律儀に飲み終わったマグふたつを回収して立ち上がる。


 「珊瑚。あの……その、ありがとう」


 扉に向かって歩き出した背中にかけた声は、やはり思っていたよりもずっと小さなものになってしまったけれど、魔王種の耳にはそんな蚊の鳴くような音でも十分で。


 「どーいたしまして。じゃ、おやすみ。がんばってね」


 いつものにんまりとした人の悪い笑みと、からかい半分の応援の言葉を残して部屋の扉が閉められた。


 「本当に生意気なんだから……」


 次の満月の夜に何があるかは分からないけれど、まずは自分を見つめてみよう。

 誰かと一緒に居られるように、求めた自分になれるように。



お読み下さってありがとうございます&ご無沙汰しております(汗)

暑さに脳どころか生命活動からして鈍り中orz

脱水ヤバイ。発熱も超ヤバイ。

水分を上手に摂取できる体が欲しいです、切実に。


本編はエピローグ辺りはサクサクと書けてきているのに、このお嬢さんとダメ上司が上手く動いてくれなくて難儀しております。

結果、長い上にあまり綺麗に纏まらない閑話になってしまいましたが、呆れずもう少しお付き合い頂けると感謝です。


ここをご覧の皆様も、暑さに負けず夏を乗り切れるよう祈りつつ。

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