閑話 メリーのメリー☆クリスマス
クリスマスイブの前夜
十二月二十三日、夜。部屋で勉強しているはじめのスマホが振動した。
LINEが来たようで、確認するとメリーさんだった。
――
(LINE個別トーク:メリーさん)
【メリーさん】はじめさん、こんばんは
【メリーさん】(雪だるまが挨拶しているスタンプ)
【はじめ】メリーさん、こんばんは
【メリーさん】明日はクリスマスイブですね
【はじめ】そうだね
【メリーさん】……はじめさんは、その、どなたかと過ごしたり、外出していたりしますか?
【はじめ】しないよ。メリーさんは?
【メリーさん】…いつも、一人なので。ずっと予定ないです。はじめさんしかお友達いなくて
【はじめ】そうなんだ。僕も友達全然いない
【メリーさん】はじめさん、とてもお優しい方なのに、不思議です
【メリーさん】お揃いですね。ひとりぼっち
【はじめ】メリーさん、今どこにいるの?
【メリーさん】……商店街の電話ボックスの中です
【はじめ】え!?……この寒空の下!?
【メリーさん】…はい。ここなら少しだけあったかいので
【はじめ】今、迎えに行く
【メリーさん】え……でも。はじめさんお勉強もありますし
【はじめ】いいから、待っててね
【メリーさん】すみません。宜しくお願いします
――
そんなこんなで、メリーさんを迎えに行った僕は、自宅へと帰ってきた。美少女との自転車二人乗り、癖になりそうです。
凄いんです。なんか、色々来るものがあるんです。
「……というわけで、今日は泊まっていってね」
「あ、う、えっと」
メリーさんが目を丸くした。
「クリスマスイブ明日だし。ボッチ同士そのほうがいいでしょ。ちなみに、僕は誠実さがカンストしてるから、一切変なことをしないと誓います」
「でも、ご迷惑じゃ……」
「闇バイトじゃなきゃ、メリーさんとイブ過ごしてもいいって、母さん言ってたし」
そう言ってから、僕は念を押すように付け加えた。
「ただし、今回は勝手に帰るの禁止ね」
「?」
「前みたいに、朝起きたらいなくなってるのはダメ。明日もあるんだから」
メリーさんは少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「……はいっ」
「約束」
「約束です」
これで少なくとも、今年のクリスマスイブは二人とも一人じゃない。
そんなことを思いながら、僕は自分の部屋の床に布団を敷いた。
*
翌朝。
僕はいつも通り、早朝から勉強机に向かっていた。
受験生にクリスマス休暇などない。
参考書を開き、問題を解いている間、メリーさんはベッドの端にちょこんと座っていた。
たまにスマートフォンをいじったり、僕の本棚の本を読んだり、ときどき窓の外を眺めたり。
とにかく邪魔しないよう静かに過ごしてくれていた。
「暇じゃない?」
「大丈夫です」
「ほんとに?」
「はい。はじめさんが勉強しているところを見るの、好きです」
「つまらなくない?」
「楽しいです」
「そっか」
怪異に、勉強しているところを見るのが好きだと言われる人生になるとは、思っていなかった。
しばらくして、廊下から足音が聞こえてきた。
コンコン、と部屋のドアが叩かれる。
「はじめー、開けるわよー」
ドアが開いた。
母さんが顔を覗かせる。
「……あら?」
視線が僕からメリーさんへ移った。
「おはようございます。お邪魔しております。メリーと申します」
メリーさんが慌てて立ち上がる。
「お、おはよう。はじめの母です」
母さんは数秒、僕たちを交互に見た。
「昨日からいたの?」
「うん」
母さんは一度コホンと咳払いした。
「はじめ、ちょっと」
廊下に呼ばれたので、仕方なく部屋を出る。扉が閉まる直前、メリーさんはニコッと笑顔を見せていた。
「ちょっと、あんたバカ、なにしてんのよ」
母さんはひそひそ話をする声量で質問を…いや、尋問をする気だ。
「あの子がメリーさんだけど」
「変なことしてないでしょうね」
「僕の髪に誓って」
「よし。それはそうと大丈夫なの?親御さんとか心配かけてない?」
「メリーさん、ひとりなんだよね。いろんな意味で」
「………そう」
母さんは眉を寄せ明らかに声のトーンが落ちた。表情にもメリーさんを案じているのが、見え見えだ。
「あの子…妖精?天使?とかそういう属性よね。お肌も真っ白だし」
「あー、わかる。中身も見た目通りだね。おっちょこちょいだけど」
「……付き合ってるの?」
「友達だよ」
「ふーーーーーーん」
かなり意味深な「ふーん」だった。人生でもNo.1のふーん。
「今日の予定は決まってるの?」
「勉強」
「は?メリちゃんは?」
「僕の勉強観察かなー」
「…戻ってよし」
「はい」
それだけ言って、母さんは一階へと降りていった。
「ごめんごめん。お待たせ」
「いえ、それより、私のせいで怒られてしまいましたか?」
「大丈夫だよ。母さん優しいタイプの母だから」
「それなら良かったです」
そして数分後。
また僕の部屋のドアがノックされた。
「メリちゃん?」
「はい」
「暇?」
「?…えっと」
「午後からケーキ作るんだけど、一緒にやらない?」
「い、いいんですか?!」
「もちろん。買い物も付き合ってくれない?」
メリーさんの顔がぱっと明るくなった。
「はい。ぜひ……!」
「じゃあ決まり。はじめは勉強」
「え?」
「受験生でしょ」
「僕もケーキ一緒に――」
「勉強」
「はい」
そうして、母とメリーさんが部屋から出ていき、ドアが閉まった。
(イブに僕だけボッチだ!イブボクボッチ。イボボ。……嬉しそうだったからいっか。ナイスだよ母さん)
僕は参考書に視線を戻す。
しばらくすると、コーヒーを持ったメリーさんが戻ってきた。
「失礼します。はじめさん、コーヒー淹れてきました。こちらに置いておきますので、良かったら飲んでくださいね。お口に合うといいのですが。それとこれから、お母様と買い出しにいってきます」
「なんか、いきなり二人とか気まずいよね?ほんとごめんね」
「いえいえ!少しだけ緊張していますが、とっても嬉しいです!お母様とても優しくて、はじめさんみたいです。ワクワクしてます」
「そう言ってもらえて助かるよ。気をつけてね」
メリーさんは「いってきます」といって扉を閉めた。
*
しばらくすると外から車の音がした。買い物から戻ってきたみたいだ。
部屋の外から、二人の話し声が聞こえる。
最初は遠慮がちだったメリーさんの声が、少しずつ少しずつ明るくなっていくのがわかる。
「これ、どうすればいいんですか?」
「そこはこう混ぜるの。そうそう、上手」
「わあ……」
「普段、料理する?」
「いえ……そういった環境にいなかったもので」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあ今日ははじめだけじゃなく、メリちゃんもお料理のお勉強だね」
「……はいっ!!」
僕は英文法の問題集を眺めながら、なんとなく耳を澄ませていた。
「それでね、はじめったら――」
「ふふふっ、そうなんですね」
「そうなのよ。小さい頃なんてね――」
「ふふっ、かわいいですね」
「ママぁー、ママぁー、なんて大声出して泣いちゃって」
「おぉーい!母さん!!全部聞こえてるからねえぇー!!」
思わず声を上げる。
「聞こえてた?」
「聞こえるよ」
「じゃあ集中できてないのね。勉強しなさい」
「はい」
またすぐに二人の笑い声が聞こえた。
結局、昼過ぎまで僕は勉強を続けた。
途中、また二人でどこかへ出かけたようで、僕はしばらく集中して勉強していた。
そして夕方。
二人に呼ばれて一階へ下りていくと、部屋が見たことないほどに飾りつけられていた。
(これが女子の力というものなのか)
テーブルの上には、母さんが作った見慣れた料理と、少し不格好なメリーさんが作ったっぽい料理、それとケーキが並んでいた。
「本当はもっとちゃんとクリスマスっぽくしたかったんだけどね」
母さんがテーブルを見渡す。
「もっと早くメリちゃんが来るって分かってたら、色々用意したのに」
「いやいや、こんなクリスマス仕様の我が家はどう見ても初めてだよ」
メリーさんが前回のスマイルで僕と母さんを見ていた。
「私、こんなふうに誰かとクリスマスを過ごしたことなかったので、全てが幸せです」
「そう?」
「はい」
母さんは少しだけ目を細めた。
「じゃあ、来年はもっと派手にやるわよ!!」
「……来年も、いいんですか?」
「もちろんよ」
「嬉しいです!」
母さんが慈しむように笑う。見たことない笑顔だ。少なくとも僕は。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
「いただきま~す」
僕がフォークを手に取った、その時。
パンッ!!
「どわぁーえーい!!びっくりしたぁ!!」
メリーさんがクラッカーを鳴らした。どうやら二人で仕込んでたらしい。
クスクスと笑うメリーさんは怪異ではない。間違いなく天界人だった。
「くすくす。ごめんなさい、はじめさん」
「…マジでビビった」
「乾杯するよりも先に食べようとしたら、鳴らしてねって頼んどいたのよ」
「くっ。先読みか。もう、わかったよ。かんぱーい!!」
「「かんぱーい」」
カチンとグラスを当てて軽く口をつける。お馴染みのシャンペンも、この季節ならではの味わいがある。
「この肉めっちゃ柔らかい!うまっ」
「良かったです」
「それはメリちゃんが一人で作ったやつ。この子いいお嫁さんになるわよー」
「たしかに。こりゃ良妻確定案件」
「そそそそんな、こと、ないです……」
ゴニョゴニョモゴモゴ何か言ってたが聞き取れなかった。顔を真っ赤に染め上げて恥ずかしがってるメリーさんは国宝だ。
僕は苦笑して、ケーキにフォークを入れた。
向かいでは、メリーさんが嬉しそうにケーキを眺めている。
「メリーさんも美味しい?」
「とても美味しいです」
「よかった」
「……あの」
「なに?」
「メリークリスマスって、言ってもいいですか?」
「もちろん」
僕は少しだけ笑って、グラスを持ち上げた。
「じゃあ」
「「「メリークリスマス!!」」」
三人の声が重なった。
窓の外では、いつの間にか雪が降り始めていた。
今年のクリスマスは想像とは違い、とても賑やかだった。
夕食後、少し休んでから、メリーさんを駅まで送っていくことにした。
自転車は危ないからと母が送ってくれた。
もう、あの夢のような青き春は、僕の背中にやって来ないのかもしれない。
*
(LINE個別トーク:メリーさん)
【メリーさん】電車間に合いました!二日間ありがとうございました
【はじめ】良かった。こちらこそ楽しかったよ
【メリーさん】はじめさんのおかけで、とても幸せでした
【はじめ】僕は勉強ばかりで何もしてないよ
【メリーさん】私を迎えに来てくれました。こんな幸せな気持ちになってしまっていいのかなって
【はじめ】大げさだって
【メリーさん】お母様にも、大変良くしていただいて
【はじめ】母さん、変なこと聞かなかった?
【メリーさん】「付き合ってるの?」とか「お嫁さんに来る?」って聞かれました
【はじめ】ごめん
【メリーさん】ちゃんと、答えました
【はじめ】そ、そうだよね
【メリーさん】あの、はじめさん
【はじめ】なに
【メリーさん】友達で、合ってますよね?
【はじめ】うん。友達だよ
【メリーさん】そうですよね……また遊びに行ってもいいですか?
【はじめ】もちろん。母さんも喜ぶと思うよ
【メリーさん】良かったです
*
【メリーさん】あの、無事着きました。今日は本当に、ありがとうございました
【はじめ】僕も、ケーキ一人で食べなくて済んで助かったよ
【メリーさん】ふふ、それはよかったです
【メリーさん】メリークリスマス、です
【はじめ】メリークリスマス
【メリーさん】不安だったんです、帰るの
【はじめ】そうなの?
【メリーさん】はい。一人になって淋しくならないか。でも、思ったより大丈夫でした
【はじめ】それなら安心だよ
【メリーさん】思い出も沢山出来て、心がぽかぽかしてます。はじめさんのくれたプレゼントもありますし
【はじめ】あれはプレゼントと呼べるのか疑問だけど。ちゃんと用意してあげられなくてごめん
【メリーさん】いえいえ!あのキーホルダーが良かったんです。あれじゃなきゃ、だめです
【はじめ】これからも思い出沢山作ろう
【メリーさん】約束ですよ。お勉強頑張って下さいね
【はじめ】うっ。…頑張る
【メリーさん】それでは、おやすみなさい。
【はじめ】うん、またね。おやすみー




